トモコのトモは友達のトモ

ゆうすけ

第1話 プロローグ  夏の終わりに

「よし、今日はここまでだな。割といい感じだよ」


 リーダーの山岡君の声が曲が終わった後の余韻をかき消した。


 私の通う中央高校の軽音部は、夏休みの最終日、三年生バンドフルメンバーで新曲を練習していた。練習時間が終わってそれぞれ片付けに入る。


 文化祭の本番まであと一か月しかない。あっという間に時間は過ぎていく。今年の春にメンバーが固まったばかりのバンドだけど、めぐちゃんのボーカルもだいぶ板に付いてきた。慣れてくるとやっぱりめぐちゃんの歌の上手さは飛びぬけている。素人の私が聞いても分かる。


 のんちゃんは大会が終わって掛け持ちの卓球部は実質引退状態。「これで軽音に専念できる」と張り切っている。「今日もアドリブが冴えた!」とご満悦だった。のんちゃんは軽音部員ではないけど、毎度サポートメンバーとして活動している。今回の担当はキーボード。もはやマルチプレーヤーののんちゃんが空いた楽器を演奏することを前提にして選曲している。それってサポートって言わないんじゃない、と疑問に思ったりする。


 ゆかりちゃんは肩からピンク色のギターを降ろして「もう少し練習しないとそろそろマジやばい」と焦っている。普段はキーボードを弾いているけど、「最後の文化祭では私もギター弾きたい」と言って、今回はのんちゃんと楽器の担当を入れ替えたらしい。夏休み前からの猛練習にもかかわらず「うぎぎぎ、ちゃんと弾けないー!」とキレ気味だ。


 山岡君は相変わらずにクールに「今日は予備校だから」と言って、ベースをケースにしまうとすぐに部室を出て行った。


 片付ける物の少ないドラムの広瀬君は、「ちょっと用事がある。わりーね。先に行くわ」とだけ言ってそそくさといなくなったが、あれは多分校門かどこかでユリを待ち伏せしているに違いない。彼の焦りはよく分かる。私は暖かい目で見守ってあげるからね、と母親目線で部室の扉を開けて出ていく広瀬君を見送った。


「コージ君、トモちゃん、私たちも帰るね」

「お疲れさん」

 

 片付けを終わってギターを背負っためぐちゃんに、コージ君はシールドをぐるぐる巻きながら声をかけた。


「三人でどっか行くの? クッキー残ってるの持って行きなよ」

「めぐちゃんは吹奏楽部の部室、私とゆかりは私の家行ってギターの特訓さ!」

「そんな焦んなくても大体できてるじゃん。なんとかなるって」


 コージ君が楽観論を口にすると、すかさず「それだと私が納得いかないの!」とゆかりちゃんがむくれた声を上げた。まあ、確かに聞いている限りだと、ゆかりちゃんの弾いている音はコージ君の音に押されてあまり分からないな、と思ったけどさすがに口には出さない。


「じゃあねー」と三人が出ていった軽音の部室には、私とコージ君だけが残った。コージ君は残りの機材を手早く片づける。

「じゃあ、俺たちも帰るか」

 黙って頷く。電気を消して扉を開けるとコージ君は部室に鍵をかけて廊下に出た。差し入れを持って見学に来ただけなのに、また最後の片付けまで付き合ってしまった、と変な罪悪感に似た感情を抱きつつ、コージ君が鍵をかけるのをなんとなく見守る。


 夏の一日の終わり。今日も暑かった。

 赤い夕陽が校内を染めている。

 始業式を明日に控えた夕暮れの学校に、人影は少ない。

 暑かった昼間の余韻はカゲロウとなってまだグランドに貼りついている。新校舎の脇に植えられた桜の木の下には私とコージ君の影が並んでいる。


「それで、だーともさあ」

「うん?」

「俺と付き合わない? 今さらな気もするけど」


 新校舎を出て中庭の桜の木の前を横切っている途中、コージ君は私を振り返ってさらっと言った。

 直前までの会話となんの脈絡もなく。


「は?」

「……」

「はああああ?」

「いや、いろいろ考えたんだけどさ。やっぱだーともじゃないとダメみたいなんだよ」

「えー、えー、えー?」

「うん」

「うーん、あの、そのー」

「うん」

「すっごい嬉しい」

「うん」

「そんで、すっごい困ってる」

「困る? 何が?」

「私の中の封印されたアレが、そ、その」


 何言ってんだ、私は。

 しかし、さあ。もうちょっと雰囲気とか予感とかさあ、なんとかなんないの?


「あ、そうだ! それよりも、玲奈ちゃんは? 玲奈ちゃんはどうしたのよ!?」

「……やっぱ知ってた?」

「うん」

「先週断った。本当はもっと早く断りたかった。ていうか最初から断るつもりだったんだけど」


 やっぱりユリの言った通りだった。

 これは困ったことになったなあ。

 私の第一感はそれだった。

 どうしよう。

 どうしよう、私。


 視界の端にコージ君の横顔がかすめる。

 いつもの笑顔じゃないんだね。そりゃそうだよね。 

 できるだけ淡々と話そう。

 私は覚悟を決めて口を開いた。


「コージ君、あのね」

「うん」

「やっぱり、ちょっと無理…………」

「……」

「ごめんね。……コージ君のこと、嫌いじゃないんだよ?」

「……」

「むしろ……いや、ううん、あのね……」

「……」

「……ぐすっ。……ごめん!」



 私は、コージ君を残して桜の木の下から走り出していた。


 ……ホントにこれでいいの? 私。



―――コージ君と私の高校生最後の夏。

 これは、すれ違いと戸惑いの物語……。

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