第18話 追憶7 君が本当に言いたいこと
◆
コージ君と喫茶店を出たのは日も少し傾き始めた5時半すぎだった。もう予備校の始まる時間まで少ししかない。
「コージ君、ごめんね」
「ん?何が?」
「ギター修理、持って行けなかったね」
「結構喋っちゃったな。また持ってくるからいいよ。今日予備校でちょっと邪魔だけど」
そっかー。コージ君はこれから予備校でお勉強するんだ。私はまるで他人事で激励の言葉を彼に告げる。
「お勉強頑張ってね」
「まあ、2年生までサボりすぎたよな、俺。でもだーともも少し気合い入れなよ?あ、これはセクハラになんないからな」
「ん、分かったー。善処しまーす」
「……なあ、だーとも。8月の盆明けひま?」
「え?お盆明けって何日?」
「いや、ちょっとまだ分からん」
「なにそれ。そんなのひまな日もあるし、そうじゃない日もあるよ」
「うーん、そりゃそうだよな。また連絡するわ。ちょっと時間ほしい」
「はあ。珍しいよね。コージ君がそういう風にはっきりしないの」
「まあ、そうなんだけど」
コージ君は珍しくなにかを呑み込んだような顔で言って、「じゃ、またな」と左手をあげて私に背を向けた。
夕陽を浴びたコージ君の背中でギターが揺れている。私は、その背中が人ごみに消えるまで見つめ続けた。
楽しかった。
とっても楽しかった。
玲奈ちゃんと付き合っていないことが分かってほっとした。
でも、もやもやがなくなったかというと全然残っている。
ほっとはしたけど、相変わらずもやもやする。
暑かった今日の一日は終わる気配もない。
中央駅の混雑は行きよりもひどくなっていた。
私は人混みから逃げるように赤い電車のホームへの階段を上って帰路についた。
坂の町駅までおよそ20分。赤い電車はホームの待ち客の行列ほど車内は混んでいなかった。
運よく座れた私はスマホを取り出し、ユリにメッセージを打った。
『コージ君と話したよ』
『玲奈ちゃんの件は誤解だった』
ユリからは3駅ほど過ぎたところで返信が帰ってくる。
『言ったとおりでしょ?おめでとうかな?』
「え?何がおめでとうなの?」
私は思わず画面に向かって声を上げてしまった。今日のコージ君との話でめでたいことなんか1ミリも見つからない。しばらく画面とにらめっこしてようやく思い当たる。ああ、ユリは私とコージ君の仲が進展したと思ってるんだ。
『残念ながら』
なんか考えがまとまらなかったのでそれだけ返信した。
今日コージ君と会ったのは玲奈ちゃんと付き合い出したという噂の真偽を確かめるのが目的。さっきまで私はそう思っていた。しかし、それは間違い。大間違い。致命的な間違い。それ「だけ」を聞いてもあまり意味はなかった。
事実、私のもやもやは一向に解消していない。
そうなんだよ。
玲奈ちゃんとの噂の真偽なんて枝葉末節だった。私がコージ君とただの友達でいたいだけなら、気の合う話相手であり続けたいだけなら、コージ君が誰かと付き合っていても、多少気を遣う必要はあるにしろ、さして問題にならない。私がコージ君の彼女になりたいと思った時、それが初めて大きな問題になってくる。
今日コージ君と話すべきだったのは、ユリの言うとおり 『私とコージ君の関係』 だったんだ。私とコージ君はこれからどういう関係になるべきなのか、その話をしなきゃいけなかった。
いや、もっと言うと 『私はコージ君とどうなりたいのか』 、それを私自身が決めておかなければいけなかった。
私が恋愛的な視点でコージ君との関係を始めて見たのは今年の3月。それまでにたっぷりあった時間を無為に過ごした自分の愚かさに、あらためてやるせなくなった。
途中の道のりはあまり覚えていないが、私は気が付くと家に帰ってきていた。
「ただいま」
「おかえりー。早かったじゃん」
ヒロはまだ寝間着姿のままリビングのソファーに寝転んでいた。そのままテレビから視線を外さずに声だけで私を出迎えた。私は何も言わずに2階の自分の部屋に直行した。
エアコンのスイッチを入れてそのままベッドに突っ伏す。頭からタオルケットをかぶって。
で?
私はどうなりたいの?コージ君と。
付き合いたい?
付き合う……。
もしそうなることができれば、楽しいだろうなあ。
毎日一緒に出歩いたり。
喫茶店でしょーもない話しながら、お勉強教えたり教わったり。
お互いの部活に顔出したり。
「お前ら付き合ってんの?」とかいうみんなの問いかけを華麗にスルーしたり。
人前で堂々と二人にしかわからない話をしながらチョコの受け渡ししたり。
将来の話をしながら何になりたいとか話合ったり。
夜景の見える公園で手をつないでキスしたり。
……???
あれ?
最後の一つ以外は全部この間まで普通にやってたことじゃん。
というと何かな。
私の場合、コージ君と付き合うかどうかってキスしたいかどうかってことなのかな。
当然キスしたらその先もあるわけだし……。
なんか思考が変な方向に行ってしまって私は一人赤面する。
何考えてんだよ、私。
キスしたいから付き合うの?
うーん。
いや、そりゃねー。
でもねー。
ちょっと興味あるかもー?
なんて、ねー。
じゃあ、コージ君と他の誰かがそうしていたら私はどう思う?
イヤイヤイヤ。
それはイヤ。
めっちゃイヤ。
ああ、なるほど。私の場合、付き合うってのはコージ君を独占するかどうかってことなんだな。
付き合えば独占できるというならば、そりゃ付き合いたい。
でも、独占なんてしちゃっていいもんなのかな?
そもそもコージ君、受け入れてくれるのかな?
コージ君の邪魔しちゃわないかな?
ここまで考えて、以前のセリフを思い出して私は身震いした。
『春に別れたらしいよ』
『へえ。それで最近国広君成績上がったのかー』
『成績すごく上がったんでしょ?』
『私と話さなくなったからだよね。違う?』
――――やっぱり邪魔だよね?
私といるのはコージ君の邪魔なんだよね?
ああ……、これはダメだわ。
ホントにダメだわ。
検討の余地もないってやつ。
付き合うなんてもってのほか。
私がいてもコージ君には害にしかならないんだよね……。
だから私は去らなきゃいけないんだよね……、コージ君の前から。
私は愕然とした。でも、諦めが付いたと言えば付いた。
戻ればいいんだよ、友達のトモに。
……そう。これが、私の結論。
ただ、そのために普段どうやってコージ君に接するか、それをしばらく考えよう。春ごろ私がやったように単純に避けまくるのではだめ。疎遠になるのではなく、あくまで自然に、普通に戻らなければいけない。
友達のトモに、戻らなけばいけない。
それで、万事丸く収まるはず。それで、今までどおり話ができて、一緒に遊べるはず。
例えばコージ君が誰かと付き合うことになっても、少し離れたところから笑顔で祝福してあげればいい。
ただ一つだけ。行き場を失った私の想いが犠牲になるだけ。
そんなことできるのかな?
でも、やるしかないんだよね。
幸いというべきか、もうすぐ夏休みだ。考える時間は、たっぷり、とまではいかなくても多少はある。
「トモー、晩ごはんなにー?」
リビングでヒロが声を上げた。いけない、今日は私が当番だったっけ。私は階段を降りながらヒロに言った。
「あ、ごめーん。今から作るよ。冷やし中華でいいでしょ?」
「よろしくー」
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