第22話 双子語り7 コーヒーカップの歴史

「あんたたち何やってんの?」


 いきなりノックもなしに扉が開かれた。私たちはびっくりして声のする部屋の入口を揃って振り返る。

 仕事から帰宅した私たちのお母さん、小田真弓45歳だった。


「あ、お母さん、お帰り」と私。

「お母さん、お帰り。言うほど遅くなかったじゃない」とヒロ。


 それに対してお母さんが少し憮然として答える。

「何言ってんの、ヒロコ。もう10時よ?あんたたちはお母さんに何時まで働かせるつもり?」

「え?」

「え?」


 私とヒロは双子っぽくシンクロして私の机の時計を睨んだ。

「あらー、もうそんな時間なんだー」と私。

「結構喋ってたね」 ヒロも頷きながら同意する。


「もう、1階に人の気配がないからびっくりしたじゃない。そもそもあんたたち二人が部屋で一緒に話し込んでるなんて珍しい」


 お母さんはほっとした様子で「泥棒でも入ったのかと思ったわ」と言っている。

 試験前でもない限り、普段お母さんが帰宅する時間帯は、どちらかが、あるいは二人ともが居間でテレビを見てることが多い。1階が無人という事態は滅多になかった。今日は帰宅するといきなりリビングが真っ暗だったので、お母さんはさぞ驚いたに違いない。


 私たちのお母さんは銀行に勤めている。と言ってもいわゆる銀行員ではなく、今は社員食堂のメニューを考えたり、食材を調達したりする仕事をしているそうだ。なんとなく働くのが好きだったお母さんは、結婚して双子が生まれても2年間育児休職の後、会社に復帰して働き続けた。「大きな会社ってのはいろんな仕事があるから、働ける場所がどこかにはあるもんなのよね」と言っていた。「会社で嫌なことととかあったりしないの?」と聞いたら「そんなの無限にあるわよ。それこそ浜の真砂だけど、それに対応するのもお給料のうちなの」とにっこり笑う。キャリア志向とはとても言えないけど、こういう働き方もあるんだなと思う。


 ちなみに我が家のお父さんは単身赴任中で、週末にしか帰ってこない。たまの週末にお父さんが家にいると異物感が拭えない、と言ったらお父さんかわいそうかな? ヒロはそういうとこ上手だから 「おとうさーん、ちょっとお買物連れてって―」みたいな甘えた声で買物に連れ出しては、服を買ってもらったり iPhone買ってもらったりしてる。

 そういう時、お父さんは帰宅後「いやあ、またヒロコにいろいろ買わされちゃったよー」と激デレ顔でぼやいて、「これトモコの分な」と言ってお小遣いをくれる。変なとこでバランスとらなくてもいいのに、とは思うけど、ありがたく頂戴しておくのが我が家のセオリーだった。


「あ、お母さん、今日の晩御飯ピザだから。キッチンにあるから適当にチンして食べてー」

 ヒロがお母さんに話しかけた。ヒロはちゃんとお母さんの分もピザ頼んであったんだ。私はすっかり忘れていた。もし今日私が当番だったら、お母さんの晩御飯はなかっただろう。


「んー、極めて不満だけど、今から作る気もしないわね。あんたたちも適当にお風呂入りなさいよ?ヒロコは明日から学校なんでしょ?」

「はーい」

「ところで、あんたたち何の話してたのよ?」


あ、ヤバい、と思ったら既にヒロが答えを口にしていた。


「あー、それはトモの恋の悩みを……」

「わーわーわー、やーめーてー!」

 慌てて腕を振り回して制止したけど間に合わなかった。お母さんはまるで中世ファンタジー世界の魔女のような妖艶な顔でにやりと笑って私を見つめた。


「ほほう。それは聞き捨てなりませんね。トモコ、ちょっとそのまま待っていなさい。お母さんも聞かせてもらいますから」


 ……なぜに敬語?

 ていうか、まじで聞くの?

 お母さんは着替えをするために軽やかに階段を下りて行った。


「……ねえ、ヒロ」

「ん?」

「どうしよう」

「話せばいいんじゃない?」

「……他人事だと思ってるでしょ?」

「まあまあ。人生経験豊富な我らが師匠のご意見を伺っておくのも悪くないよね」

「他人事だと思ってるでしょ!」

「……ちょっとだけ、ね?」

「もー! ヒロ、嫌い! 『ね?』 じゃないわよ!」


 階段を登る音が聞こえて、部屋着に着替えたお母さんがピザの箱とグラスに入った麦茶を持って入ってきた。ヒロはお母さんの分の飲み物は注文しなかったらしい。

 お母さんはテーブルの上にピザを置いてヒロの横に座った。


「さて、トモコ。話していただきましょうか。コーヒーカップの恨みは返してもらいますからね」

「え?恨み?」

「春にトモコがコーヒーカップ割った時の話なんでしょう?あのコーヒーカップはお母さんがお父さんから始めてもらったプレゼントだったのよ」


 怖い!いきなりピンポイントで核心を衝いてくる。この人、怖い!

 それよりもあのコーヒーカップがお父さんからのプレゼントだったとか始めて聞いた。


「まだ大学生でお父さんと付き合い始めたばっかりの時だったわね」

 お母さんは涼しい顔で言っている。我が家にあったシンプルなパステルカラーのコーヒーカップ。緑を私、黄色をヒロが使っていたが、そんな歴史のあるものだとは知らなかった。


「ここまでの話はね、コージ君ていうクラスメートをトモが好きになって、わりかしいい雰囲気になってたんだけど、玲奈ちゃんて子が割り込んできたの」

 ヒロは私のここまでの話をわずか70文字にまとめ切ってドヤ顔で説明した。


「ちょっと、ヒロ、それ説明が雑すぎるよー」

「えー、でも要約するとそれだけじゃん。トモが一人で勝手に話をややこしくしてると思うんだけど」

「二人とも、だいたい分かったわ。さあ、トモコ。話を続けて」

「えー!お母さん、これだけで分かっちゃうの??魔女なの?それとも私の回りって超能力者ばっかりなの?」




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