第21話 追憶9 あなただけでは決められない
◆
その後、買ってきたサンドイッチを図書室で食べた私は、2時をすこし回ったころ、差し入れの飲み物を持って軽音の部室の扉をそーっと開けた。ちょうど曲の合間でメンバーは談笑中だった。広瀬君、山岡君、ゆかりちゃん、のんちゃん、めぐちゃんの5人の視線が私に向けられて、「あらトモちゃん、久しぶりだね」 とのんちゃんから声がかかる。
「こんにちはー。あの……これ、差し入れ」
私は手に持ったペットボトルが入ったビニール袋を差し出した。
うー、気まずい。
練習を覗きに来るのはおよそ4か月ぶりだった。
今日はコージ君の代わりにのんちゃんがギターを弾いている。
「ゆっくりして行ってよ。じゃあもう一回行くか」 と山岡君が言う。私は指定席だったキーボードの隣の丸椅子に腰かけた。
広瀬君のワンツースリーのカウントの後で曲が始まった。あらー、この曲はめぐちゃんもよくカラオケで歌ってるみんな知ってる系のあれじゃん。これは、……盛り上がるわー。のんちゃんは器用にキーボードのブラスパートをギターで再現したうえに、コージ君が弾くはずのギターソロもそれっぽく弾いていた。
曲が終わる。山岡君は「まあこの時期にこれぐらいできてれば十分だな」 と冷静にコメントした。「バンドのボーカルはカラオケとは違うぞ。自分の出してる声は聞こえないと思わなきゃ」 とめぐちゃんにアドバイスをする。
「うん。自分の声全然聞こえないですね。難しいです」 とおずおずと答えるめぐちゃん。
一見引っ込み思案で口下手な文学少女に見えるめぐちゃんだけど、マイクを持つと人が変わったように饒舌になる。「キミたち、ノリが足りないよー!」 とか客席を煽ったりするのも全然平気だ。「マイクさえあればストリップでもできちゃうよ!」 と普段から豪語しているこの子はいろいろヤバい。でも歌は文句なく上手い。
「のぞみ、すごいじゃん。コージいらなくね?」 とのんちゃんに声をかけたのは広瀬君。のんちゃんは「うん、ちょー適当なアドリブが決まった!爽快だよ!」 と満面の笑みでガッツポーズ。「ゆかりはもうちょい練習がいるな」 と広瀬君に言われてゆかりちゃんはぶんむくれてる。
やっぱり楽器できるっていいね。聞いてるだけでも楽しくなる。
わいわいと演奏の練習は続いて4時をまわったところで終了になった。ゆかりちゃんは残って練習、広瀬君はそれに付き合っている。広瀬君がギターを持つ姿は割とレアだ。私は図書室に戻ってもう少し時間をつぶすことにする。
夕方、6時になってもまだ陽は高い。
ユリと合流した私はセントラル地下街から直結してる家電量販店の地下のレストランフロアに足を向けた。ユリは部活帰りでお腹が空いているらしい。
今日は絶対肉を食べると鼻息荒く宣言したので、ここのハンバーグ店に連れてきた。手頃で、入りやすくて、そこそこおいしくて、あまり混んでいない。女子高生が話をしながら晩御飯を食べるにはちょうどいい店だった。
「トモ、今日私待ってる間何してたの?」
「軽音見学に行ってた」
「それは久しぶりだねー。気まずくなかった?」
「ちょー気まずかったよ。コージ君はいなかったけど」
「なんだ、コージ君いなかったんだ。私もたまには行ってみるかなあ」
ユリが軽音に見学に行くと広瀬君の演奏に露骨に影響が出るらしい。私が聞いても違いが分からないけど、メンバーにはばればれなようだった。広瀬君は「ユリちゃんが来るなら前もって言ってほしい」と言ったのが「広瀬はユリが見学に来るのを嫌がっている」とユリに間違って伝わってしまい、ユリは軽音の練習の見学に行かなくなってしまった。広瀬君はとてつもなく不憫だ。
ユリは少し迷ってハンバーグステーキを注文した。私も同じものにする。
「それでどうだったの?」
ユリはハンバーグをフォークで切り分けながら聞いてくる。いきなり300gを頼んだのには驚いたが、それをユリに言うと「本当は400にしようと思って迷ったけど自重した」 と平然とのたまう。ゆるふわ系肉食女子、それがユリだった。
私は先日のコージ君との喫茶店でのやり取りを逐一話した。
昨日の夜考えた私の決意とともに。
「―――― というわけ。だから私は戻ることにしたの。友達のトモに」
ユリはふむふむと付け出しのポテトをかじりながら聞いている。
「うーん、まあ、トモの考えてることは分かったよ。ただね……」
ユリはフォークを置いて、グラスの氷をストローでじゃらっとかきまぜてから少し口に含んで続ける。
「コージ君の成績が爆上げしたのも、二人の接触が減ったのもぜーんぶ事実なんだけどさ」
「うん」
「だからってトモがコージ君諦めるのとはちょっと話が違うんじゃないかな」
「でも、どう考えても私コージ君のお勉強の邪魔しかしてないもん。私がいないとコージ君の成績が上がった訳だし……」
「それはトモの考えすぎだって」
「でも、でも、1組の女子そう言ってたし」
「その子たちが見たことを繋ぎ合わせるとそうなっちゃうんだろうね。まあ、うちの学校の噂って、ほとんどあてにならないのはトモも知ってるでしょ?」
「いや、私、あんまり噂話とかしないから、よく分からない」
「なに、トモ自分の噂気付いてなかったの?」
「んー、気にしてないから分かんなかったなあ。そう言えば、コージ君が鼻血出したのは私が殴ったからっていう噂は聞いた」
「ふふふふ、さすがにあれはトモにも聞こえてたんだね。あれね、細かくいうとコージ君の浮気を目撃したトモが激昂して右ストレートでぶん殴ったっていう話だったんだよ」
「えー!?浮気を目撃した私が激昂?そんな尾ひれが付いてたんだ!なんでそんな修羅場系の話になってんのよ!」
私は驚くよりも呆れた。そもそも私とコージ君は付き合ってもいないのに、なんで私がコージ君に鼻血出るまでパンチなんかするのよ。あまりにも設定がめちゃくちゃだ。
「他にもトモに関する噂はいろいろすごいのがあったんだから。生徒会の島崎君がトモに告って相手にもしてもらえなかったとか」
「あ、それは噂じゃなくて本当のこと。島崎君、妹と私を間違えて告って来たの。私、それまで島崎君と話もしたことなかったもん」
なんてこった。こんなところでヒロのなりすましの余波が出てるとは思わなかった。
ちくしょう、ヒロのやつ。
帰ったら罵倒してやる。
「ま、どっちでもいいよ。トモは今までそうやって生きてきたんだから、今さら周囲の噂に振り回されることないってこと。それに……」
「それに?」
「一番の問題はね、そのトモの決意ってさ」
「うん」
「コージ君の気持ちをまったく考えていないことだと思うよ」
何でもない事のようにさらっと口にしたユリのセリフに私は硬直してしまった。
確かにそうだった。
コージ君が今までと同じで、私も今までどおり友達として接していれば、これからも現状は維持できるだろう。私が、私の恋心だけを抑え込めば、万事うまくいくように思える。
しかし。
もしも、だよ?
もしも、コージ君が今までどおりじゃない関係を望むとしたら、私はどうしたらいい?
「もうトモの考えだけでは二人の関係を決められないところにまで来ちゃってるんだよ」
ユリはそう言ってグラスのコーラの残りをすすった。
なぜかその横顔が少し淋しげにも見えたのは私の想い過ごしかもしれない。
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