第27話 成功率100%のウソ


 秋も深まったある日のお昼休み、私とユリはいつものように教室で机を並べてお弁当を食べていた。


 コージ君と付き合いだしてそろそろ2か月になる。

 私とコージ君の周囲は驚くほどなにも変わっていなかった。


 私の周りの半分以上が 「今さらの二人のそんな話、ニュースバリューがまったくないよねー。むしろ別れたってんなら話題にもするけど」 という反応だった。なんだかねー。

 日常も、二人きりの時間がとくに目立って増えた訳でもなく、はた目には以前とあまり変わっていなかった。ユリは「付き合い出す前の二人きりの時間が異常に多かっただけだよ。これ以上増やしたかったら、同棲しないといけないんじゃない?」 と結構どぎまぎするようなことを平然と言っていた。

 周囲の反応が薄いと、かえって私たち恋人同士なんです的なアピールをしたくなってくる女心の不思議。ことさら学校帰りに手を繋いでみたり、おそろいのチャームをかばんに付けてみたり。ただ、コージ君はそういうのを恥ずかしがってあまり乗り気になってくれないのがちょっとした不満で、そんなバカップル予備軍のようなことを積極的に私自身がやってみたくなっているのがちょっとした驚きだった。


 ユリは相変わらずふわっとした表情でお弁当のハンバーグをつついている。陸上部引退してから太っちゃってさ、と嘆いているが食欲は以前とはあまり変わりないようだ。


「トモさー」

「んー?」

「3組のみゆちゃんさ、6組の北川君と付き合いだしたんだって」

「…… 知ってるー」


 3組のみゆちゃんも6組の北川君も話もしたことないが、二人が先週から付き合い出したという噂は、その手の情報に疎い私でも聞いていた。


「陸上部の2年の女の子と1組の下川君も」

「へえ」

「あと1年生同士で2組ほどカップルできたらしいよ」

「いや、あのー、ユリさ、私がそういう話あんまり興味ないの知ってるよね?それなのにわざわざ私に言うってことは……」


 ユリはここぞとばかりにいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「正解!みんなトモコ式告白だったんだって」

「やめてー、まじで。誰がどういう風に付き合い出そうが知ったこっちゃないけど、それに私の名前付けるのだけは、まじでやめてよー」


 そう。朝イチの教室で告白するのが流行ってしまったのだった。うちの学校全体で。


 あの日の私たちの様子を見ていた1組の、主に女子たちによる噂が噂を呼んで、あっと言う間に全校の恋する女子生徒の知るところとなっていた。最初はみんな「よくやるよねー」「私には無理」と面白がっていただけだったのに(それだけでも私的には死にたいほど恥ずかしかったが)、なんとそれを真似して朝イチHR前の教室で豪快に告白した豪傑女子が出現した。

 その2年生の豪傑女子も告白に成功してカップルとなると、その後文化祭前の浮ついた雰囲気に乗っていわゆるトモコ式告白によるカップル成立が続いた。今のところカップル成立率100%。そうなるともはや宗教のようなものだった。このままだとクリスマス前とか絶対ヤバいでしょ、これは。


「それだけインパクトが強い前代未聞の告白だったってことだよ」

「やだやだー。ユリさ、お願いだからそのトモコ式っていう名前、やめさせてよー」

「私に言われてもねえ。もう校内ではそういう名前で通っちゃってるし」


 ユリはからかうような笑顔でブロッコリーを口にした。私はから揚げをむしゃむしゃ噛んで飲み込んでから、ユリに不満をぶつける。


「ねえ、ユリ。だいたい成功率100%とか言ってるけどさ、あんなの数字のまやかしじゃない?相当勝算のある人じゃないとあんなオニのように目立つ告白しようとは思わないでしょ?」

「はあ」

「『トモコ式の告白をすると100%カップルが成立する 』 じゃなくて 『100%成功しそうな人たちだけがトモコ式告白を選んで実行している 』 ってことだよね?」

「トモさあ、そんな正論吐いてもムダムダ。もうそういう名前が付いちゃったんだから。最初にやったもんの勝ちだよ。甘んじて受け止めな。なんてったってうちの学校の伝説の一つになってるからねえ」

「そもそも私のあれは事故なのよ、事故。アクシデント。想定外。不測の事態。なんであんなことしたのか今でも自分でも信じられないんだから。あれを自発的にやろうとするなんて、神経疑うよ。私にもう1回やれと言われても絶対無理!」


 あの朝の教室での出来事はその日のうちにユリに話していた。そうしたら思い切り呆れられた。それは、ある意味しょうがない。なんなら私が一番呆れていたから。

 ユリは水筒のお茶をぐびっと飲んでから楽しそうに話を続ける。


「トモ、知ってる?100%成功するトモコ式告白の3要件ってのがあるらしいよ」

「3要件?なにそれ?」

「朝イチの教室ですること、怒った状態で好きですと告げること、最後にキレ気味に 『お返事は?』 って言って勢いで相手を圧倒すること、だって」

「ユリ!それ尾ひれ付きまくり!私、怒って告ったんじゃないし、キレ気味にもなってない!」


 まじ、やめて!そんな異常な告白に私の名前付けるのやめて!恥ずかしいどころの騒ぎじゃないよ。しかも正しいのは朝イチの教室だけじゃん。


「でも、ま、あんまり流行るとそのうち禁止されるかもね。 『告白する場合は放課後にすること』 みたいなことを全校集会で学年主任の先生が言ったら面白そうだよね」


 ユリは先生がマイクを通して全校生徒に言っているところを想像しているのか、ふふふ、と笑った。


「…… そういう言い方ならまだぎりぎり誤魔化せるけど 、『トモコ式告白は禁止』 とかストレートに生徒手帳に書かれたりしたら、私死ぬかも。いや、まじで死ぬ」

「あははは」


 ユリはおかしそうにひとしきり笑った後、少し表情を戻して続けた。


「ま、でも、トモさ、やっとだったね。えらい時間かかったけど。トモたちは2年前に付き合い始めててもおかしくなかったから」

「…… ご迷惑、ご心配をおかけしました」

「ホントだよ、まったく。ついこの前までぐずぐず泣いてたのに。トモは時折暴発するよね」


 口調は素っ気ないがユリの視線は暖かい。

 まだ付き合っているという実感も少ないけど、まあいろんな人に心配かけたなあとは思う。


「それで、お昼はコージ君と食べないの?」

「ここのところ文化祭の準備で忙しいみたい。もともと私たちお昼は基本的に別々だしねー」

「まあ、すべてのカップルがお昼一緒に食べてるわけじゃないけどね。でも、トモさあ、ひとりもんの私に遠慮なんかしなくていいよ?カップルはカップルらしく、いちゃいちゃとちゅーでもしながらお昼ごはん食べてればいいから」

「…… なんか、ユリ、言葉の端々が呪いっぽいんだけど。私の気のせい?」

「気のせいな訳ないじゃん。彼氏持ちには冷たくしろ、ってのがおじいちゃんの遺言で、朝霧家の家訓だもん」

「…… 彼氏、かあ。コージ君は私の彼氏なんだねー」

「あーあ。突っ込んでほしいところでニヤけられちゃあ、やってらんないよねー」


 ユリはこのヤロー、とポテトサラダに八つ当たりしている。私の顔は相当緩んでいたらしい。

 でもユリなら男子なんて選び放題、少なくとも広瀬君相手なら2秒でカップル成立となるはずなのにそれをしないってことは、興味がないんだろう。気になったので少し聞いてみる。


「ユリなら彼氏なんてすぐ見つかるのに。告られたことなんて片手で足りないんでしょ?」

「興味も関心もない相手から告られても鬱陶しいだけだよ」


 …… まあ、ユリらしいと言えばユリらしい。常日頃からそんなことを口走ってるからビビりの広瀬君が尻込みしちゃうんだよね。広瀬君は結局今までユリに告ったことはないらしい。


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