最終話 エピローグ そして私たちは歩き始める


 季節が冬になろうとしているある土曜日。いつの間にか我が家のリビングのエアコンも暖房の設定になっている。そういえば昨日の夜、寝ている間少し寒かったような気がする。

 うちの学校は土曜日は原則的に休みにならないので、私は今日も登校する準備をしていた。お母さんは今日は仕事はお休み。なのに早起きして私に朝ごはんを作ってくれていた。ヒロは学校がお休みで、まだ寝ている。


「おはよう、お母さん。毛布出しといてー。それと今日帰り夜になるー」

「トモコ、おはよう。コージ君とどこかにお出かけ?」

「うん。なんか神社にお参りに行きたいっていうから八幡宮行ってくる」

「こんな時期に神社行くの?」

「私もよく分からないけど、神頼みするんだって」


 お母さんが疑問に思ったことは、昨日私が思ったことと同じだった。


「いや、初詣よりも前にさ、ちょっとお参りしておきたくて。もう文化祭も終わったから、あとは俺たち3年生って受験だけじゃん?その前に神頼みをしとかないとね」


 コージ君はこんなようなことを言っていた。よく分からないけど、ここは彼女として付き合ってあげておきましょうか。


「それでね、トモコ」

「なあに?」

「一つだけ言っておくわ。よくお聞きなさい。今のあなたに言っても分からないかもしれないけど」


 お母さんが今までの微笑を引っ込めて、しっかりした口調で私に呼びかけた。


「はい」

「初恋はね、普通は叶わないものなの。そして、叶ってしまった初恋はね、終わらせるのがとーっても難しくなっちゃうものなのよ。だからトモコはこれからコージ君とたくさん喧嘩しなさい。あなたたち二人がどれだけ続くかは、付き合い始めの今ぐらいの時期に、どれだけたくさん喧嘩してお互いの本性を見せ合えるかにかかっているのよ」

「……よく分かんないけど、分かったー」


 まだコージ君と付き合って2か月とちょっと。そんな時期になんて無粋なことを言うんだ、と思ったけど、お母さんの瞳は真剣そのもの。私はその迫力に頷くしかなかった。


「それと、今日、八幡宮行くんだったら、コージ君に帰りにうちに寄ってもらいなさい」

「えー!?まじでー?」



*********


 文化祭が終わってコージ君たち軽音部の3年生も引退した。


 コージ君たちの軽音バンドの文化祭のステージは盛況だった。

 山岡君、広瀬君の二人が演奏の土台をしっかり固めて、コージ君の派手目なギターとのんちゃんのきらびやかなキーボードの彩りが加わり、めぐちゃんの圧倒的歌唱力と狂乱のマイクパフォーマンスが冴えに冴えた。ゆかりちゃんも私が聞く限りは上手にギターを弾いていた。

 最後の曲が始まる前にめぐちゃんは「大学生になったら本格的にバンドでボーカルやるから!みんなー、聞きに来てねー!ストリップはそれまで、お、あ、ず、けー!」 と叫んでいた。観客席は大きくどよめいて大盛り上がり。

 ステージが終わった後の控室で黒縁メガネ姿に戻っためぐちゃんから「トモちゃん、私、ホントにストリップの練習しておいた方がいいでしょうか?」 と真顔で聞かれた。この子はまじでやりそうで怖い。というか、自分で叫んどいてなぜ私に聞く?

「どんなバンドでどんな曲やるかによるんじゃない? でも普通のJ-POPとかだったらストリップなんてやらないよー」

「……私、実はパンクロックも大好きなんです……」

「そ、それはめぐちゃんの歌唱力を活かせないと思うよ?」

 なぜか私がめぐちゃんのストリップを全力で阻止するという、よく分からない状況になっていた。


*********


 私とコージ君がその日の午前中の授業を終えて、さて八幡宮に行こうかと校舎を出ると、帰宅途中ののんちゃんとばったり鉢合わせになる。


「あら、のんちゃん!」

「あ、トモちゃん、コージ君も。帰るところ?」

「ううん、ちょっと寄り道して行こうと思って」

「じゃあ、駅まで一緒に行っていーい?」

「もちろん」


 3人でだべりながら歩いていると、校門を出ようとしたところで背後から声をかけられた。


「小田先輩!」


 ふり返ると小柄なポニーテールの女子が私の方を見つめている。赤のリボンなので2年生だ。でも、こんな子、知らない。うわー、嫌な予感しかしない。


「あのー、あ、ありがとうございました。先輩のおかげで上手くいきました!」


 彼女はそれだけ言うとポニーテールをひるがえして去って行った。まただよ、と私はうんざりする気持ちを隠せない。のんちゃんは「あははは。まただねー」とにやにや笑っている。コージ君はきょとんとしている。


「だーとも、今の子になんかしてあげたの?」

「別になんにも」


 私はぶすっとしてそっぽを向いた。明らかに不機嫌になった私をフォローするように、のんちゃんがコージ君に話しかけている。


「へへへ、コージ君は知らなくていいよー。しかし、あの子もやっちゃたんだねえ、アレを。大反響だねー、トモちゃん」

「わざわざ私に報告に来なくていいのよ、まったく。のんちゃんさ、ああいうのなんとかならない?まじで」


 文化祭が終わったあともトモコ式告白の勢いはとどまることを知らず、すでに10組以上のカップルが誕生している。最近は告白が成功すると私のところにお礼を言いに来るのが流行っていて、私は知りたくもない良く知らない人同士のカップル誕生の報告を、連日受けるハメになっている。まじやめてー。これじゃあまるで新興宗教の教祖だよ。


「トモちゃんトモちゃん、トモコ式告白神話は女子限定なんだってさ。男子には決してばらしてはいけない、男子にばれると告白は失敗する、という設定が追加されてるみたい。だから男子はみんななーんにも知らないんだってー」


 のんちゃんがコージ君に聞こえないようにこっそり教えてくれた。コージ君は当事者の片割れのはずなのに、まるで知らん顔してるのはそういうことなのか。たしかにコージ君の視点からみたら、夏休みにした告白の返事を朝のHR前にもらっただけという認識なんだろう。


「なによお、それ。私だけが恥ずかしい思いしてるのー?信じられない!」

「まあ伝説なんてそんなもんよ。あーあ、私もやってみたいなあ、トモコ式」

「のんちゃん、やめてー、忘れてー。それか他の名前にしてー。まったくー」


 私は頭に来てコージ君の背中に思い切りパンチを入れた。


「いてー、だーとも、何すんだよ!」

「もー!全部コージ君のせいだからねっ!」


 でも良く考えてみたら、最初に告白された時にその場でOKしとけば良かっただけの話。これは明らかに私の八つ当たりだった。


「ふふふ、やっぱり仲いいよねー。トモちゃんとコージ君。邪魔しちゃうのもアレだから、私、先に行くね。じゃあねー」


 のんちゃんはそう言って右目の前で横ピースをすると、くるっと前を向いて先に走って行ってしまった。



*********



「ということでさあ、お母さんが言ってるんだけど、コージ君、お参り終わったらうち寄ってかない?」

「まじで?それはちょっと、いや、かなり緊張するんだけど……。だってご両親も妹さんもいるんだろ?」

「うーん、いるだろうねえ。うへー、私もなんか緊張してきたー。お母さんはともかく、ヒロにコージ君合わせるのはなんかやだなー。お父さんは多分ちょっとだけ顔出してすぐ逃げると思うけど」

「んー、断るわけにも行かなさそうだなあ。というか今日、俺、制服なんだけど」

「そりゃそうだよ。午前中学校だったんだから……」


 私たちは軽くお昼を食べたあと、電車に乗って八幡宮にやってきた。大きな鳥居をくぐって参道を歩いている。秋空の下の日差しは柔らかく、私たちの周りの時間の流れも緩やかになっているようだった。


「そんでさ、コージ君、うちのお母さんがね、付き合い始めの今のうちにコージ君とたくさん喧嘩しとけって言ってたよ」

「へえー。うちの姉貴もさ、彼氏彼女としての付き合いは、一回ガチで喧嘩してからが本番だ、とか言ってた」

「そんなもんなのかな?」

「わかんねーけど経験者二人が言ってるんだからそうなんだろうなあ」


 お正月に初詣客でいっぱいになるこの広い参道は、今日は人もまばらだ。外国人の観光客と老人団体がちらほらいるぐらいだった。


「コージ君、私と喧嘩してみる?」

「…… いや、いい。遠慮しとく。だーともがキレると何するか分かんないし」

「なんだか、失礼な物言いだねー。まるで私が瞬間湯沸かし器みたいじゃん。人聞き悪い」

「…… だーとも、自分で気付いてないな、さては。ある意味湯沸かし器よりもヤバいぞ」

「なんだとー」


 本殿への階段を上り切ると眼下に街並みが広がっていた。景色に見とれそうになるが、まずはお参りだ。ここもお正月と違ってすぐ順番が回ってくる。


 コージ君と私は並んで賽銭箱に100円玉を投げた。かこんかこんと100円玉が賽銭箱に吸い込まれる。


「だーとも、何をお願いすんの?」

「そんなの内緒だよー、な・い・しょ」

「ま、そりゃそうだな」


 コージ君がガラガラと鈴を鳴らした。続いて私も鳴らす。


 二礼。


 ――― いつまでもいつまでも。できるだけ長い間。


 二拍手。


 ――― あなたの側に私が居られますように。私の側にあなたが居てくれますように。


 一礼。


 ――― あなたの恋人のトモであり続けることができますように。




「よしっ!お参り終了!」

「だーとも、ちゃんとお参りしたか?」

「もちろん!何をお願いしたかはナイショだもんねー」




 私はコージ君の腕を取った。


「コージ君、それじゃあ、行こうか!」




 私たち二人は腕を組んで歩き出す。

 

 ――― 目の前に広がる広い道を。


 ――― どこまでも、まっすぐに。




(完)

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トモコのトモは友達のトモ ゆうすけ @Hasahina214

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