第26話 告白リターンマッチ
翌日の朝。
晴れ渡った空が今日も眩しい。しかし、昨日までと比べると幾分湿度が下がって真夏の憂鬱な暑さではなくなってきた。もうすぐ秋なんだなあ、と実感する。
私は登校してすぐ、自分の教室に荷物を置くと、廊下をずんずん歩いて1組の教室の入口に来た。そーっと中を窺うとコージ君は、…… もう来ていた。最近学校来るの早くなったんだね。
気合い一発。 私は両手で頬を軽く叩いて、自分に喝を入れてから教室の扉を思いっきり開けた。バンと開いた扉が大きな音を立てる。ちょっと勢いがつきすぎたようだが気にしない。
昨日の夜は遅くまでお母さんとヒロの説教、というか作戦会議のようなものが続いた。二人はキャッキャしながらコージ君になんて言うか、セリフまで考えてくれた。お節介すぎるよ、まったく。
「トモコはセリフがまるでダメね。女優になれないわよ?」
これは、お母さんの言葉。
いや……、女優になんかなる気ないです。
「トモ、せっかく私がコージ君のハートにぶっ刺さる至高のキメゼリフを考えてあげてるのに、もう少し感情込めるとかできないの?」
これは、ヒロの言葉。
「そんな歯の浮くような言葉を私の口が吐けるとでも思ってんの? ヒロ、そんなこと言うなら自分で男子相手に言ってみなよ!」
「相手さえ見つけてくれれば、いくらでも言えるもん!」
「うそだー、ヒロは絶対その場になったら言えないって。私たち双子だから分かる。いざって時には固まっちゃうのがヒロだもん」
「そうねー。ここぞというときの火事場の馬鹿力的なのは、ヒロコよりもトモコの方があるわね」
最後の方はヒロと不毛な姉妹喧嘩になり、お母さんに微妙にディスられることになってしまった。結局、「トモコには小細工するよりもその場の勢いに任せる方が合っているわね」とお母さんの判定が下った。
「じゃあ、明朝登校したらすぐコージ君のところへアポを取りに行きなさいよ」
お母さんのまとめの一言で小田家の女子会がお開きになったのは日付が変わったころだった。ちなみに、お母さんは 「面倒だから明日は午後出にするわね」 と言って、今朝会社に電話を入れていた。面倒だからってのが許されるとは、どうにもゆるい職場だ。
1組の教室にはまだ5人ぐらいしか登校してきていない。
私はコージ君の席に向かって、気迫をみなぎらせてずかずかと歩いて行った。
「コージ君!」
「あ、だーとも。お、おはよ」
叱責するような調子で私はコージ君に声をかけた。コージ君は自分の席に座って私を見上げている。私は大魔神のように仁王立ち。コージ君の視線が泳いでる。
「……だーとも、あの、昨日さ」
「ああ、その話をしに来たの」
なんか、コージ君びびってる。どう見てもこれは怒って苦情を言いに来た私に対して、コージ君が恐縮している図式だった。私の気迫が変な方向で表情に出てるみたい。無理もない。
「ごめん!まじで間違えた。だってそっくりなんだもん。だーともに妹さんがいるのは知ってたけど、双子だなんて知らなかったよ」
コージ君はいきなり謝り出した。
「コージ君、あのさあ、常識的に考えて、あの時間に私が私服で中央駅にいるわけないじゃん。私、その時間、ユリとデパートのコーヒーショップでコーヒー飲んでたもん」
「でもさ、ホントにそっくりだったんだって。あんなの詐欺だよ。声も同じだし、服も同じだし、仕草もそのまんまだし、あれは間違うって」
「そりゃ双子だから。でも、ちゃんと違いがあるんだから。それぐらいは分かってよねー」
「んー、よーく見るとちょっとだけ雰囲気が違ったかもなあ。妹さんの方が見た感じおしとやかで、話すと逆にちゃきちゃきしてるっていうか、歯切れがいいっていうか」
「へええ。コージ君はヒロよりも私の方が、見た目がガサツで、ぼーっとしてて、鈍いって言うんだ。ふーん。コージ君、地雷踏んじゃったねえ」
「いやいやいやいや、そういうこと言ってるわけじゃなくてだね……」
コージ君はしまったという顔をして必死の防戦に回った。
おー、なんかコージ君を正面からいじめるの、ちょー楽しい。私はコージ君にも分かるように、にやりと黒い微笑みをうかべて言った。
「コージ君、こういう時、言い訳を並べると余計にはまるよ?」
「……そだな。いや、とにかく悪かった。妹さんが言ってくれなかったら最後まで気が付かなかったかもしれない」
「まあね。勘違いさせたヒロも悪いんで、家でシメあげといたから。まあ、それはいいよ。そんでさ、私に何をすればいいか、分かってるよね?」
「……えーっと、喫茶店のパンケーキで」
「あらあ、私も安く見られたもんねー」
いっぺん使ってみたかったんだよね、このセリフ。
「……プレミアムタワー、マロンクリーム添えで……」
「ま、まじで?それなら許す!」
あの喫茶店のパンケーキのプレミアムタワーは簡単にいうとパンケーキをどさっとたくさん(8枚ぐらい?)重ねただけのもの。あんなに食べると飽きるんじゃないかと思う。だって食パン1斤まるまる食べてるみたいなもんなんだもん。
ただ、その見た目のインパクトと、1700円というおよそパンケーキらしさのかけらもない値段設定で、うちの学校の女子の中ではスイーツのラスボス的扱いになっていた。死ぬまでに一度は食べてみたい憧れのメニューだよね、と前にユリと話していたことがある。
私は、プレミアムタワーを攻略するにはまず腹ごなしが必要だとか、甘味を緩和して食べ飽きるのを防ぐ手段はどうしたらいいかとか、そういうことに想いをめぐらせそうになった。
―――― いけない、今日ここに来た目的を完全に逸脱しちゃった。私、告白のためのアポ取りに来たんだった。
「ところで、コージ君」
私はコージ君を手招きした。コージ君は警戒心丸出しで私の方に顔を寄せる。私は手のひらをコージ君の耳に沿えて、こっそり耳打ちした。
「私もね……、考えたんだけど、やっぱりね、コージ君いないとダメみたいなの。それでね……」
耳を寄せるコージ君の顔に緊張が走っているのが分かった。
あれ? なんかちょっと違うぞ? ストップ、ストーップ!
しかし私の口からは、アドレナリンの後押しを受けたセリフが勢いに乗ってそのまま流れ続ける。それは、自分の声とはとても思えないほど甘美な囁き声となってコージ君の耳に届いていた。
「好きよ、コージ君のこと。…… とっても。だから、…… 私と付き合って」
うわっー、うわっー、うわっー、私、言っちゃってるよ!
なにノリで告白しちゃってるの、私!
それは、この後の告白スポットでのセリフでしょうが!
教室でここまで言うつもりなかったのにー!
えーい、もうこうなったら、ヤケクソだ 。
告白のシチュエーション?TPO?雰囲気?知らないよ、そんなの。
言いたいことが言えれば、時と場合なんてもうなんだっていい!
コージ君は驚愕の表情で私を見つめている。
いや、一番驚いてるのは私なんだけどね。アドレナリン出すぎでしょ、私。
私は動揺を悟られないように、手をコージ君の耳から離して腰に沿えると、再び仁王立ちに戻り、その状態でできるだけ荘厳に言った。
「コージ君、お返事は?」
コージ君は驚愕の表情のまま無言でゆっくりうなずく。
私はコージ君のうなずきを確認すると婦警さんのように敬礼して、にっこり笑って言った。
「じゃ、そういうことで。よろしく、ね!」
もちろんただの照れ隠し。そのまま回れ右して走って1組の教室を飛び出した。廊下に出た途端、アドレナリンが鎮静化して恥ずかしさが一気にこみ上げてきた。
うげー、恥ずかしくなってきたー。
朝のみんなのいる教室で告白とかありえなーい。
よく言えたなあ、あんなこと。
もうやだー。死にそうー。
その後の午前の授業中、先生の喋ってることなんか一言も頭に入ってこなかった。
昼休みにスマホにコージ君からメッセージが入った。
『さっきのまじ?』
…… 疑ってるのかあ。まあ、常識外れだったことは認めざるを得ない。せっかくなので口では言えないような返信を打ってあげることにした。
『何回でも言ってあげる!コージ君のこと好き!だから私と付き合って!』
読み返して悶絶しながら自爆する前に、えーいっ!と送信ボタンを押してやった。
何事も勢いが大切なのよ。
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