第25話 双子語り8 昔も今も


「それで先週の水曜日にね、軽音の練習がえりにコージ君に付き合わないかって言われたんだけど……」

「反射的に断っちゃったのかあ。バカだねー、トモは。それで今日コージ君がトモと間違って私に声かけた、ということなのね」


 そう言ってからヒロはしまったという顔をした。その表情の変化をお母さんが見逃すはずがない。


「んー?間違ってコージ君がヒロコに声をかけたの?そこでなにか話したの?」

「あー、今日ね、私、トモの服借りて中央駅行ってたんだよね。コージ君すっかり私のことトモだと思っててねー。 『断ったのもう一回考え直してくれないか』 って言ったの」

「なるほどね」


 ヒロは動揺しながらも嘘にならないぎりぎりの範囲で話を繋いでいる。上手いねー。お母さん納得しちゃってるじゃん。このトークでごまかす技は私には真似できないや。

 そこで私はハタと気が付いた。今日ヒロが私から勝手に借りて着ていった服と帽子は、7月に私がコージ君と喫茶店行った時と同じ組み合わせだった。

 髪型は私とヒロを見分ける重要なポイントだけど、帽子をかぶってるとかなり分かりづらい。服が同じだったらまず素人には見分けられないだろう。なるほど。そりゃコージ君でも間違えるわ。


 ちなみにお父さんは私とヒロを見間違えたことは一回もない。いたずらでわざと同じ服、髪型にしてみても間違えなかった。どうして分かるの?と聞いたら「目付きで分かる。ぼーっとしてるのがトモコで、虎視眈眈とおねだりチャンスを狙ってるのがヒロコ」 と言っていた。なんじゃそりゃ。


「でもコージ君もどんくさいよね。私がその時間、私服で中央駅にいるはずないのちょっと考えれば分かるのに」

「いや、それよりもトモ、そもそもなんでコージ君の告白断ったのよ。それがめっちゃ謎なんだけど」


 あ、ヒロ、ここでそれを聞く?


「……そりゃあねー。私といるとコージ君の成績下がっちゃうし。玲奈ちゃんに大見得切っちゃったし。私の中でコージ君と付き合うってのは封印してたから……。でも、一番の理由は……心の準備ができてなかったからかも」

「そんなのその場の勢いでOKしとかないと。せめて保留しとかないと。ダメな理由なんて、いくらでも後から思いついちゃうもん」

「……ヒロってなんか嫌なやつ!ずーっといい友達に戻らなきゃ、って思ってたんだから。急に方向転換できないよ」

「トモはイノシシなの?それぐらい柔軟に対応しなよ。ただね、春からコージ君がおかしかった理由は分かったよ。たぶん玲奈ちゃんは4月の最初の方、3年になってすぐコージ君に告白してるね」

「そんなに前に?」

「そう。それが彼女の作戦だったのよ、たぶん。で、8月に返事してほしいと言ったんだと思うよ」


 ヒロは私が思いつきもしなかったことを話し始めた。普通告白したらすぐ返事ほしいもんなんじゃない?それを4か月も先に答えをくれって、そんな告白聞いたことない。


「玲奈ちゃんはね、たぶんトモがコージ君とクラス離れてグダグダしてるから、4か月あれば心変わりさせられると思ったんじゃないかなー。それに返事を保留してる間はコージ君からはトモを積極的に誘いにくいでしょ?保留中はトモを誘わないで、って条件付けたのかもしれない。うーん、さすがにそこまでやらないかなー。いや、やっぱりやってたのかな」

「まじか!玲奈ちゃん怖い……」


 うーん。確かに4月5月の状況だとかなり私は劣勢だったなあ。まあ、ほとんど私の自爆だったんだけど。


「同時に嘘の噂流して外堀埋めていく作戦もやってた可能性があるねー。トモの聞いた1組の女子の話、どっちかがサクラだったんじゃないかなあ」

「じゃ、じゃあ放送室のあの言葉は?」

「あれは実質敗北宣言だろうね。3か月頑張ってみたけどまったく振り向いてもらえなかったんで、負けを認めちゃった感じなんじゃないかと」

「うへえ、まじかー」


 思わず声をあげてしまった。時間を稼いで、外堀を埋めて、その間に距離を詰めて。戦略的にはめっちゃ正しい。でも恋愛ってそんなことまでしなきゃならんもんなの?と根本的なところで疑問に思う。けど、玲奈ちゃんらしいと言えば玲奈ちゃんらしい。手段はともかく一途だもんね。


「それで8月の何日か分かんないけど、約束の日にコージ君は玲奈ちゃんに断って、あらためてトモに付き合ってくれって言ったと。コージ君律儀だよね。玲奈ちゃんに正式に断り入れるまでトモには言わなかったんだから。ただ、コージ君とトモはいろいろタイミング悪すぎるよ。トモたち二人、相性悪いかもよ?」


 ……なんかヒロは不吉なこと言ってるし。


「ホントはトモが先週告白を断った時点でゲームセットなんだけど、今回は特別にボーナスステージというか延長戦が付いてるよね。で、トモ、どうすんのよ?」

「それを聞きたいから長々と話したんじゃん!」

「ぶっちゃけ、二択だよね。トモしか決められないよ?」

「分かってる!だいたいコージ君が悪い!せっかく私が三方一両得になる解決策を考えたのに、コージ君が余計な告白するからぶち壊し……」


「トモコ!そういうこと冗談でも言っちゃいけません!」

 私たちの話をピザをつまみながら聞いていたお母さんがいきなり大きな声を出した。


「余計な告白とは何事ですか。そういう人の気持ちを踏みにじるような言葉はお母さん許しません!」

「……ごめんなさい」

 怒られてしゅんとする私。お母さんがそのまま話を続ける。


「とりあえずトモコが時間かけて考えても、ロクでもない結論しか出てこなさそうね。……そうね、こうしなさい。まずコージ君のアポを取りなさい。明日かあさってか、その次か。できるだけすぐね。それで、その時に返事をするんじゃなくて、トモの考えてることをコージ君にそのまま話す」


 お、お母さん、そんな簡単に言わないで……。


「トモコ。コージ君から告白されたってことは 『恋人にならないと今の関係は維持できない』 ってことなのよ?」

「え?そうなの?私は今のまま、現状維持できればと思ってるんだけど……」

「なに言ってんの、トモコ。あなた1回断ってるってことは、コージ君とこの先まったく関係なくなっても良い、って意思表示しちゃったことになるのよ?トモコ、もう二度とコージ君と話さない覚悟で断ったの?」

「うぐ」

「まさか、付き合うのは断わるけどお話しはこれまでどおりしてね、うふっ、みたいなノリだったんじゃないでしょうね?」

「……まずかった、かな?」

「まずくないけど甘いわよ。そんなの昔……お母さんの時代も、今も許されません」

「そうだよ!トモさ、話の中で何回も自分でコージ君に対する想いを言ってたじゃん。それをそのまま話せばいいんじゃない?あと、ユリちゃんものんちゃんもはっきり二人は付き合うべきだって言ってたじゃない」


 ヒロがお母さんに同調して一気に流れが決まってしまった。


 でも、まあそうだよね。ヒロに延々話をしてて思ったけど、私だけ、本当に私だけがコージ君と付き合うことに否定的なんだよね。玲奈ちゃんですら、口に出していないけど流れ的に私とコージ君が付き合うことには否定していないっぽい。


 これは、あれだ。

 私が覚悟を決めればいいんだ。

 友達のトモでなくて、恋人のトモに。

 コージ君の邪魔にならない恋人のトモになることに。


「ところでヒロコ。コージ君に間違えられてお話しすることになった経緯を少し詳しく聞かせてちょうだいね?明日、ゆっくり聞きます」


 ヒロの顔は引きつっている。お母さん、やっぱりごまかされてなかったんだ。この人、怖い……。


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