第4話 あいつのこと
「じゃあね、ユリ。また明日」
「うん。ばいばい」
ユリと私はコーヒーショップを出て中央駅の改札口で分かれた。ユリは青い電車のホームへ、私は赤い電車のホームへと階段を上る。夕方の駅は帰宅を急ぐ人々で混み始めていた。
赤い電車に乗った私は、窓の外に流れる景色をぼーっと見つめる。これまでの高校生活のことを思い浮かべながら。
*********
コージ君とは高校に入って一番最初に席が隣になった。
見た目は特にイケメンではない。
背も低くはないが高くもない。
運動も普通。
球技はどちらかというと苦手っぽいが、走ったり泳いだりは割と好き。
勉強も普通。
1年の前期末で数学で赤点を取って半泣きで教えてくれと頼まれた。
マックでおごりと引き換えにしばらく数学を教えてあげたけど、なんのことはない。やってないからできないだけで、私なんかが教えるのはおこがましいぐらいにすぐ理解が追いついていた。
「俺、朝ってクソ苦手なんだよねー」と言って割と頻繁に遅刻してくる。特に土曜日は電車が空いてて座れるので、かなりの確率で寝過ごしてしまうらしい。
朝だけじゃなくて授業中の居眠りもしょっちゅう。だいたい「だーともー、寝ちゃってた。ノート見せてくれたらなんか上手いもん食べれるかもよ?」みたいなセリフでノート写しをせがんでくる。その割には1年生の前期末での赤点で懲りたのか、以後の試験ではまあ普通の成績を取っていた。
男子高校生の必須アイテム、TVゲームやポケモンは苦手。「あのノリにはついていけない」 とよくぼやいていた。
それなのにボードゲーム、オセロ、将棋、トランプなんかはめちゃめちゃ強い。ほとんど鬼畜の強さ。友達なくすレベルだった。
音ゲーも苦手。ゲーセンに行くと必ず「 あんなので音感図られたくない 」 とうそぶく。
実際、本物の楽器は一通り人に聞かせる程度にはこなせるみたいだった。実際に演奏しているのを見たのはピアノとギターとドラムだけだけど。
コージ君は明るい裏表のない性格でいつも楽しそうに笑っていた。笑うと目がなくなって、子供ぽい顔になる。
私とは1年のころからウマが合って、私からよく声をかけたし、よく話しかけられもした。「だーとも」 というセンス激悪の呼び方とともに。それまでそんな風に呼ばれたことなかったし、クラスの他の誰にも浸透しなかった。かえって呼びにくいから当たり前だ。
コージ君に教室で呼ばれるたびに私は居心地の悪い思いをしていた。
1年生の秋に「それならユリのこともギリユリって呼びなよ」と抗議したことがある。コージ君は「ユリちゃんにそんな失礼な呼び方できない」と真顔で言った。すんごい腹が立ったので思い切り鳩尾にパンチを入れておいた。
関係ないけど、このやり取りをそばで見ていたユリが「ギリユリ」という呼び方をいたく気に入って、しばらくコージ君の前でユリ本人が一人称に使っていた。
なんだかんだ言って、私はそう呼ばれるのがそれほど嫌な訳ではなかった。私が真剣に嫌がれば、コージ君はきっとすぐやめてくれただろう。1年生も秋をすぎるころにはすっかり慣れてしまっていた。
お互いの部活に顔を出したり、放課後なんとなく一緒に帰ったり。
コージ君は、明るくて楽しい人、ちょっと出来が悪いかわいい弟、みたいな印象だった。
しかし、2年間同じクラスで過ごして少しずつ見方が変わってきた。
コージ君はとても多才な男の子だった。ただし男子高校生にとって、ほとんど役に立たない地味な分野で。
1年生の文化祭でおや? と思ったので、2年生の文化祭の時はさりげなく彼の行動に注目した。やっぱり、彼は目立たないところでいろいろ才能を発揮していた。
クラス出し物の衣装を作っている時、女子を圧倒する見事な針捌きミシン捌きを披露してみたり。
ドライバーと半田ごてで捨ててあった壊れたラジカセを修理して、音が出るように直して見せたり。
わけのわからないキャッチコピーと、どう見ても下手だけど妙に印象に残る絵で勧誘ポスターを何種類もさらっと作ってみたり。
将棋部の体験対戦で平手で互角以上の大熱戦を繰り広げて、結局負けたけど 「油断した。ぎりぎりだった。途中負けを覚悟した」と全国大会常連の超強豪の先輩に言わせてみたり。
打ち上げのカラオケでタンバリンとマラカスを使ってすごいキレのあるビートを出してみたり。
いつだったか 「コージ君、すごい多芸多才だよね」と言ったら、珍しく真面目な顔で「いや、俺、器用貧乏だし」と返された。
コージ君にとってはどれも自慢することではないようだった。
だからクラスで彼の無駄な才能の存在が見えている人はごく小数だったと思う。
*******
赤い電車に乗って約20分。自宅最寄の坂の町駅に着く。
なんてことはない郊外の住宅地の駅だけど、私はこの街が好きだった。
もう外は暗くなってきている。思いのほか本屋とコーヒーショップで時間を費やしたらしい。駅から家までゆるい上り坂を歩いて約10分。
ポプラ並木の歩道にはまだ夏の名残が色濃く残っている。
秋というにはまだ早い。
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