第20話 追憶8 悪魔のほほえみ


 週明けの月曜日。夏休み前の登校日は今日と明日の2日を残すだけになった。


 今日も快晴。朝から暑いことこの上ない。今日は午後からの授業はない。登校すると席に座るよりも早く、ユリが心配そうな顔つきで話しかけてきた。


「トモさ、話できる?ここじゃない方がいい?」


 そんな心配顔されるほどの話じゃないので「ここで大丈夫だよ」と言った。まだクラスで登校してきているのは数名だった。


「ユリの言ったとおりだった。噂は間違いだって」

「うん。それはそうだと思ってたけど、そのー、相手からなんか、そういう話なかったの?」


 ユリはまわりのクラスメートに分からないように固有名詞と状況をぼかして聞いてくる。『相手』 がコージ君てのはすぐ分かったけど、『そういう話』 の意味を理解するのには少し時間がかかった。ちょうどいい機会だからユリに聞いてもらっておこう。私はそう考えてユリにこう言った。


「ユリ、今日部活でしょ?何時に終わる?」

「今日は最終下校までかかるよ?」

「んー、待ってるからちょっとお話しない?」

「えー、待っててもらうには遅すぎるよ。ちょっと申し訳ない気がするけど……」

「大丈夫。適当にどっかで時間つぶしてるから終わったら呼んで」

「……分かった」

「ごめんね」


 午前中の授業はなんとなく消化した。夏休み直前で、なおかつ中間テスト後の授業に気合いを入れろと言う方が間違っている。でもコージ君にも言われたけど、私もそろそろ勉強しないとまずいよなー。そして、ユリはHRが終わるとすぐ「じゃ、後でね!」 と言って元気に教室を飛び出して行った。


 私はユリの部活が終わる午後6時まで暇になってしまう。とりあえずヒロに「当番明日と代わって。そんでさ、今日は食べて帰るから晩御飯いらない」 とメッセージを打っておく。私たちは交代で晩御飯を作るのがルールだった。


 だらだらと帰る用意をしていると後から声をかけられた。


「トモちゃん、仲直りしたんだって?」


 軽音の広瀬君だった。コージ君よりも少し背が高くてがっしりしている。よく通る声で快活に喋る。


「あ、コージ君と?もともと喧嘩してたわけでもないんだけどねー」

「そうなのか?いや、いろいろ心配したんだぜ?」

「……私、そんなに変だった?」

「そりゃー、もう。コージ、焦りまくってたよ。謝りたいけど何謝ったらいいか分からんって」

「うーん。それコージ君から直接言われた。悪いのは私なのにねー。コージ君が謝ることなんて1ミリもない」

「で、実際のとこなんだったの?トモちゃん、明らかにコージのこと避けてたよな?」


 珍しく広瀬君はぐいと踏み込んできた。普段なら適当にぼかしてごまかす質問だったけど、相手はある程度内情を知っている広瀬君だ。どうせかわしきれないなら、下手なことを言うよりも反撃しておくのがいい。攻撃は最大の防御だもんね。


「それはねー、まあ、ユリに聞いてみてよ。私からはちょっと言いづらいっていうか、なんていうか」

「俺がユリちゃんに聞くの? なんでそんな無理なこと言うかなあ。そうやってえぐるの上手いよな、トモちゃんは」

 

 にんまり怪しい微笑を浮かべるとすぐに広瀬君は守勢に回った。ちょろいよね。広瀬君の弱点はユリ、これはもう1年の時から私の中で鉄板だった。


「いやいやいや。私はえぐってる気は毛頭ありませんですわよ」

「出たよ、トモちゃんの悪魔のほほえみ。ま、それが出るならもうひと安心ってとこかな」

「あはは、ありがと。でも広瀬君ね、見かけによらず純情すぎだよね」


 せっかくだから追撃しておく。広瀬君は目を白黒させて捕えられた小鳥のようになってる。


「やめてくれ。自分のヘタレ具合がいい加減嫌になってきてるんだから」

「せっかく私が話題提供してあげてんだからさ。ここは一発、どーんと押してみるってのはどうなの」

「それができたらこんな苦労してないって。まあ、ここまで煮詰まると見てるだけでいいっていうか、そんな気になるんだよなあ。結局、何もできないのが俺なんだよね」

「あはは、広瀬君の自虐も2年も聞いてるとだんだん慣れてきちゃうよね。最初はかわいそー、とか、がんばれーとか思ったけど、最近うぜーって思っちゃう」

「トモちゃん、それひでーよ。それに2年じゃなくて3年半だから」

「あら?中学の時からなの?そう言えば広瀬君、ユリと同じ中学だったね」

「そ。あれは中2の冬休みの前だったなー」

「うおー、なんか語り始めたよ。なになに、聞いてほしいの?お姉さんが聞いてあげようか?ん?」

「ま、元気出たみたいで良かった。今日寄ってく?2時からなんだけど」

「おおー、ごまかしやがったよ」


 広瀬君はあはははと笑ってごまかしながら、それ以上聞いてくれるな的なオーラを出している。平たく言えば私の完封勝ちだった。でもさー、広瀬君、そんなんじゃホントに進展しないけど、それでいいの?

 まあ、あんまりいじめるのもなんだったので私も話を切り上げる。


「せっかくだから今日ちょっと覗かせてもらおっかな。あいにく手ぶらだけど」

「いいよいいよ、手ぶら上等。のぞみもめぐちゃんも今日は来るぜ。コージはいないけど」

「コージ君今日どうしたの?」

「ストラト修理に持ってくんだってよ。授業終わってすぐ部室行ってた」

「ああ、あの赤いギターか。私が修理に持ってくの邪魔しちゃったんだよね。なんか申し訳ないな」

「じゃ、俺行ってるから。適当に2時ぐらいになったら来てよ」


 広瀬君は退散、という感じで教室を出て行った。

 私はくすりと笑ってその背中を見送る。せっかくだからコンビニで飲み物でも買って軽音見学に行ってみようかな、久しぶりに。


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