第24話 追憶11 守っていく価値
◆
ついに夏休みが始まった。
今年の夏はとりわけ暑い日が続く。
私は、昼間は連日学校の図書室で自習をすることにした。あまりの成績の悪さに、これはさすがにシャレにならないと思ったから。朝10時前ぐらいに学校に行き、だいたい夕方まで自習。ある程度追いつかないと塾の夏期講習なんか行っても無駄だと思った。
図書室で自習を始めて今日で4日目。もう来週からは8月になる。私は自習の合間に学校案内を見て大学選びをしていた。
今までの私の成績だと地元の国立大あたりがまあ妥当な線。うちの近くに公立大学もあるけど、あれはちょっと家から近すぎるのでパス。割と気合入れて勉強頑張れば、中央駅からピンクの電車で15分くらいのところにある有名私大も狙えるかな? うーん、ヒロならともかく私はあの私大のイメージに合わないかなあ。ユリはその有名私大狙いと言ってた。地元の国立大も悪くないんだけど、あそこだと今の高校時代と生活圏がほとんど変わらないのがちょっとなあ。なんか大学生になったらさ、ほら、都心の繁華街とかに出歩いてみたいでしょ?まあ、そんなので大学選ぶなという意見もよくわかる。私もそれだけで大学を選ぶ気はないんだけど。
「さすがトモちゃんの選択肢は豪勢だねー」
図書室の自習席でパンフレットとか赤本を並べて、まるで海外旅行の行先を選んでるみたいな気分になっていると、背後から明るいトーンの声が聞こえた。
卓球部のTシャツに短パンという軽やかな恰好ののんちゃん、白石希美ちゃんだった。
「あら、のんちゃん。今日は部活?」
「そう。午前は卓球、午後は軽音のダブルヘッダーよ。トモちゃんは?」
「ちょっと日頃の行いを反省してねー。少しお勉強しとかないと。ここんとこ毎日来てるの」
「トモちゃん、お昼行くなら一緒に行こっか?軽音まで時間が空いてるんだ」
その前に、とのんちゃんはカウンターに本を返しに行った。手には「学部学科がよく分かる」と書いてある本を持っている。のんちゃんは私の視線に気づくと「この時期、みんな考えることは一緒だよねー」 と明るくころころと笑った。
考えてみたら私とのんちゃんは不思議な関係の友達だ。クラスが一緒になったこともないし、部活も本来は接点がまったくない。二人だけで話をする機会はごく少ない。それでも彼女の自然に明るいキャラクターと圧倒的な楽器演奏スキルは魅力的で、私は彼女のことが大好きだった。
勉強道具は自習室にそのままにして、私たちは連れだって学食に行った。夏休みの学食は空いている。私はカレー、のんちゃんはサンドイッチとカフェオレを取ってきた。
「のんちゃん、今度文化祭ではキーボードなんでしょ?」
「うん。ゆかりちゃんがギター弾くからね。私はあくまでサポメンなんで」
「ねえ、のんちゃん。私みたく手が小さくてもギターって弾けるもんなの?」
「お、トモちゃんも弾いてみる?手の大きさはあんまり関係ないよ。弦を押さえる左手よりも、ピックを持つ右手のリズム感の方が大事」
「へえー。そういうもんなんだ」
「そうそう。慣れないとどうしても左手にばっかり神経がいっちゃうんだけどね。本当は逆で、右手がちゃんとリズムに乗っていれば、左手は多少間違っててもいいんだよね。ゆかりちゃん、左手を正確に押さえようとしすぎちゃって、それでハマってるんだよね。私なんて左手は半分もちゃんと押さえてないもん」
「そうなんだ。しかし、のんちゃん、いろんな楽器できるよね。習ってたの?」
「うち、お父さんが好きだから家にいろんな楽器が転がってるのよ。小さいころからいじくってただけ。ちゃんと習った楽器は一個もない。全部自己流、ていうかお父さんが教えてくれた」
「それってすごいんじゃない?才能だけで弾いてるってことじゃん」
「逆に私ってさ、楽譜通りに弾くのすごーい苦手なんだよ。中学の時、ブラバンやってたんだけどね。あれは苦痛だったなあ。あと基本的に練習ちょー嫌いなのよ、へへへ」
おーっと、これは意外。
ユリが女子力全否定派なのと似たようなあれなのかな?
それよりも練習しないであれだけバリバリ楽器鳴らしてるってことなんだ。そっちの方が脅威なんだけど。
「のんちゃんが楽器の練習嫌いとかびっくり。もしかして軽音にゲスト参加なのもそれのせい?」
「それもある。高1の時、どんな感じか分かんなかったからねー。中学の時みたく楽譜渡されて、この通りに音出して、とか命令されるのは、もうこりごり。ま、ここの軽音はそんなんじゃなかったから、結果的には入部してもよかったかもねー」
えへへ、とのんちゃんは笑う。そのリスみたいな表情を見ていると、とてもあらゆる楽器を弾きこなすようには見えない。以前、卓球部に入ったのもリズム感を鍛えるためとか言ってた。こと音楽に関しては、間違いなく彼女は天才にカテゴライズされる人だと思う。
「のんちゃん音大行かないの?」
「行かないよー。楽器は趣味だもん。勉強しようとか仕事にしようとは思わないなー。でも大学ではゆるーい音楽サークルに入りたいなあ」
音を楽しまないと音楽じゃないんだよ、と名言ぽいことを言ってのんちゃんはサンドイッチをほお張った。
「それよりトモちゃんさ、今日、軽音の練習覗いて行くんでしょ?」
「うーん、今日はやめとこうかなあ」
「えー、コージ君と仲直りしたんじゃなかったの?」
「まあ、そうなんだけど」
玲奈ちゃんにあれだけ大見得を切った手前、ちょっと行きづらいものがある。おそらくまだコージ君は玲奈ちゃんに返事をしていないはずだ。その状態で私からコージ君に接近するのはどう考えても淑女協定違反で、私の矜持としてそれはできない。
「トモちゃん、こんなこと私が言っていいのか分かんないけど……」
「ん?」
「コージ君、1組の先崎さんて子に告白されたらしいよ?」
「……知ってる。本人から聞いた」
「本人って、コージ君から?」
「ううん、玲奈ちゃんから」
「そうなんだ。実をいうと、その先崎さん、あんまり評判よくないみたいなのよね。欲しいものは何がなんでも手に入れるっていう感じ?お嬢様気質が随分反感買ってるみたい」
確かにお嬢様気質と言えばその通りだと思う。私がコージ君と付き合ってると思っていて、それでもなおチョコレートを渡してしまうぐらいだから。
でも、それが分かっていても私は玲奈ちゃんが嫌いにはなれない。
「お嬢様気質と言えばそうなんだろうけど、私はそんなに悪い子じゃないと思うんだよなー」
「まあ、周囲の評判なんて当てにならないけどね。それより、トモちゃん、いい機会だから言っとくね。トモちゃんとコージ君の関係って、私、ずっといいなって思ってたんだよ。1年の時から」
「それはありがとうと言うべきなのかな。反応に困る」
「まあ、聞いてよ。その関係を恋人同士と呼ぶのか、友達と呼ぶのかはトモちゃんたち二人の問題なんだけどね。ただ二人の間の信頼感とか、お互い認め合ってるところとか、息の合ってるところとか。そういうの、すごいうらやましかった。私もそういうパートナー見つけたいなって思ってたし、今もそう」
「そ、そうなんだ。……なんかそこまで言われると照れる」
「だからね。3年になって二人がなんか上手く行かなくなってるの見てると悲しかったのよ」
「あ、あれは……、私の個人的な都合なんだよ。コージ君にもみんなにも心配かけちゃった」
「うん。そのへんは、だいたい想像付いてるよ、私はね。でも、それまでのトモちゃんたち二人の関係ってね、極端な話、どんな犠牲を払っても守っていく価値があるんじゃないかと思うのよ。つまりね。例えば世界中が敵になっても、コージ君さえ味方なら、トモちゃんにとってはそれでいいんじゃないかってこと。もし、私がトモちゃんだったらそう考えるかな。それだけ貴重だと思うよ」
「うーん」
「トモちゃん、この先、大学生になって社会人になって、いろんな人と出会えてもね。ああいう関係はそう簡単には築けないと思うよ」
どんな犠牲を払っても、かー。
例えば友情を犠牲にしても、とか。
前言を翻すことになっても、とか。
なるほど、それも分かるけど……、それは勇気と覚悟がいるなあ。
学食でだいぶゆっくりお昼を食べた後、のんちゃんは「どうせ着替えてもまた汗かくから」と言って、卓球のユニフォームのまま軽音の練習に行った。
卓球のユニフォームで楽器弾くのパンクすぎない?と聞いたら「いいのいいの。気にしたら負け!」とからからと笑った。のんちゃんもユリとはまた違った種類の豪快さがある。
私はのんちゃんの再三の誘いを固辞して図書室に戻る。
さすがに玲奈ちゃんの顔がちらついて、まだコージ君をまともに見れそうにない。
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