第11話 追憶3 胸に残る慕情


 バレンタインデーが終わると1学年ももうラストスパート。私の高校2年生の時間も終わろうとしている。

 私の周囲ではバレンタインデーを境に数人の雰囲気が少し変わっていた。


 まず、ユリ。


 少し考え事をしてる時間が多くなった。頬杖をついて窓の外を眺めているのを良く見かける。私が声をかけると普通に喋ってはくれるが、なんかキレが悪い。私の様子をうかがってるようにも見える。

 おそらくバレンタイン絡みのことだとは思うけど、これを聞くのはあまりに憚られる。うまく行ったら話すと言ってたから、話がない以上、そういうことなんだろう。

 親友が沈んでる姿を見るのは正直つらい。何もできないし、声をかけることすらためらわれるのがもどかしい。


 次に、コージ君。


 コージ君はバレンタインとは関係ない進路の悩み。ある日の放課後、進路選択のしおりを机の上に出してコージ君は腕組みして唸っていた。理系を選択したけど数学がどうにも自信がないそうだ。


「じゃあ文系に変えればいいじゃん。2月いっぱいはまだ変更できるって先生言ってたよ?」

「うーん、それで悩んでるんだよね」

「はっきりしないなあ。男なんでしょ?決めたらがむしゃらに突き進め!」

と、無責任極まりない激励をする私。

 するとコージ君は変なことを言い出した。


「だーともが理系にするっていうのはナシ?」

「はあ?私が理系?」


 突拍子もない話だが、意外とこの質問は私を困らせた。


「んー、えーと、んー、それはー」


 すぐに否定しようと思ったけど上手く言葉が出てこなかった。

 いや、たしかにヒロは理数系科目でそこそこの成績を取っていて、理系を選択している。DNA的には私も理系ってのはなくはないはずだ。

 しかし、両親の教育の賜物なのか、私はヒロの逆を張る習性が身に付いてしまっている。たいがいヒロの方が先に決めて私はその逆、というパターンが多い。


 ヒロの学校では高2になる段階で文理を選択する。うちの学校は高2は教科選択だけでクラスは文理混合、高3から文理別クラスになる。私はヒロが理系だったので、特に考えることなくここまで文系教科を選んでいた。


 ただ、改めて私が理系で何がだめか、と問われると正直困る。


―――― それでも、ヒロとは関係なしに文理どちらか選べと言われたら、やっぱり文系だよなあ。


「ごめん。理由はうまく言えないけど、やっぱ私は文系かなあ」

「いや、悪かった。軽い冗談だよ。そんな真剣に悩むとは思わなかった」

「うん。別にいいよ。けど、私も改めて聞かれると超困った」

「俺やりたいこと的には工学系とか建築系なんだよね。やっぱり数学頑張らないとだめだよな」

「なんだ、やりたいこと決まってるんだ。それじゃ悩むことないじゃん。コージ君ならできるよ」


 また根拠のない激励をする私。ただ、今度は根拠はないけど確信はあった。

 コージ君なら、きっとできる。

 日々楽しく生きているだけの私は、将来やりたいことなんて考えたこともない。少しコージ君が大人に見えて、どきっとした。それを悟られないように、私はあわてて言葉を繋いだ。


「うん、できるって。きっと。コージ君ならね」

「まあ、そうだな。頑張るしかないよな。でも……」

「なに?」

「…… だーともとクラス離れちゃうな」


 分かりきったことだったけど、改めて口に出されると対処に困る。それは私が意識的に考えないようにしていたことでもあったから。


「―――― うん、そうだね」

「今、ちょっと淋しいって思った?」

「ううん、全然。全然大丈夫」

「ノータイムで否定されるとそれはそれで悲しいんだけど」

「今からコージ君がシュークリームおごってくれるから全然大丈夫だもん!うふふ」

「うげ。なんだ、ゆすりたかりかよ。うふふ、じゃねーよ」

「うーそ。今日は私が出すよ!じゃあ、行こっか」


 そう。

 嘘なんだよ。

 ホントは、……めっちゃ淋しい。

 コージ君とクラスが離れちゃうなんて……。


 心に立つさざ波に気が付かない振りをするのも、そろそろ限界かもしれない。



 最後に、玲奈ちゃん。


 彼女はバレンタインデーにかなり気合いを入れてコージ君にチョコをあげたはずだった。私の見た限りコージ君の様子はバレンタインの後も今までとまったく変わったところはない。さすがに玲奈ちゃんからチョコもらった?とは聞きづらいことこの上ない。


 ただ、玲奈ちゃんの行動パターンは、ほんの少しだけコージ君よりにシフトしていた。注意して見ていないと気が付かないけど、確実に玲奈ちゃんがコージ君に話しかける回数は増えていた。

 それにしても、事前に私にわざわざ宣言して渡した理由が未だによく分からない。


 なんか釈然としない気分。


 どんなチョコレートだったの?

 渡す時になんて言ったの?

 コージ君はなんて言って受け取ったの?

 それが気になってしまう時点で私の負けかもしれない。


 あー、そうですそうです。

 すごい気になるけど、なにか問題でも?

 人の色恋に口挟むなんざ外道のすることと分かってますよーだ。


―――― だから、分かってるって。




 なんか、もやもやしたまま2月が過ぎ、学年末試験が終わった。

 結局、私は文系選択のままで、コージ君とは3年生は別のクラスになることが確定した。


 学年末試験が終わった日の夜のベッドの中、普通なら解放感で幸せに眠りに落ちるはずなのに、私はなぜかなかなか寝付けなかった。


 コージ君が言った、私が理系に行くルートは、いつまでも私の中でもやもやとくすぶっている。とっくに捨てた選択肢のはずなのに、なぜいつまでも出てくるの?


 すると突然、ホントに突然に、私の頭の中で自問自答が始まった。


 ―― もう高2も終わりだね。

 …… そうだね。早いもんだね。


 ―― 文系でホントによかったの?

 …… うん。まあ私はやっぱり文系だな。


 ―― コージ君とクラス離れちゃうよ?

 …… うーん、それはしかたない……。しかたないね。


 ―― 話を変えようか。高1高2の2年間はとても楽しかったよね?

 …… もちろん。とっても楽しかった。すごい楽しかったよ。


 ―― 何が楽しかった?

 …… クラスのみんなと過ごした時間が、に決まってるじゃない。


 ―― 違うよね。それは正確じゃないよね。

 …… 違わないよ? めちゃめちゃ楽しかったもん。


 ―― 正確に言ってみなよ。分かってるんでしょ?

 …… だからクラスのみんなと楽しかったって。なんのことなの?なにを言わせたいの?


 ―― どうしても分からないなら、気が付かないなら、認めないなら、教えてあげようか?

 …… やめて! 楽しかったんだから、それでいいの!それ以上は言わないで!


 ―― 正確に言うね。 『コージ君のいるクラスで過ごした時間が楽しかった』 だよね? 『コージ君のクラスメートとして過ごせたことが楽しかった』 だよね?

 …… やめてやめてやめて!!分かりたくない!気が付きたくない!認めたくない!


 ―― コージ君のこと、好きなんだよね?

 …… お願い、やめて……。クラスメートでいいの……。友達のトモでいいの……。

    

 ―― もう一度聞くよ? 好き、なんでしょ?コージ君のことが。

   …… 

   …… 

   …… うん。多分、とっても、すごく、好き。―― そっか。私、好きだったんだ。コージ君のことが。大好きだったんだ……。


 私は、分かってしまった。

 私は、気が付いてしまった。

 私は、認めてしまった。


 私は、…… 驚き、…… 戸惑い、…… 動揺して、それから…… 持て余す恋心をはっきり自覚した。


 ―― もう戻れないよね。クラスメートにも。友達のトモにも。

 …… 私、どうすればいいの?ねえ、私は、これからどうすればいいの?




『 恋が突然なのではない。恋心に気が付くのが突然なんだ』 、有名なこのフレーズを、まさか自分が体感するとは思ってもみなかった。


 高校2年生の時間はもうあと数日しか残っていない。せめてあと1か月早く気付いていれば……。バレンタインに気合いを入れてチョコを作ったのに……。玲奈ちゃんにあんなこと言わなかったのに……。

 私って、もしかしてものすごいバカなんじゃない?


 結局コージ君とクラスメートでいられた最後の数日間は、遠くから彼を見つめるだけで終わってしまった。


 そして私は高校3年生になる。私を 「だーとも」 と呼ぶ人はクラスにもういないだろう。 それは思ったほど居心地の良いものではなく、思った以上に退屈なはずだ。

 覚悟はしていた。

 覚悟はしていた、のに……。


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