第9話 追憶2 チョコレートにまつわるいくつかの出来事


 その後、しばらく何事もなく時間は流れた。

 表面上は。

 バレンタインデーの前日の放課後、私は帰り支度をするユリに声をかける。


「ユリ、チョコ買いにデパート行こ?」


 ところがユリからはまったく想定外の反応が返ってきた。


「トモはチョコ作らないの?」


 ユリの言葉は、さも作って当然というニュアンスを含んでいて、私は当惑する。なんで私がチョコ作る前提になってんの?戸惑いをそのままユリにぶつけた。


「え?作るつもりはなかったけど」

「本当に? 作らないの?」


 ああ、玲奈ちゃんのあのやり取りのことか、とようやく思い至った。でも、玲奈ちゃんがコージ君にチョコあげるのと私が手作りするのは、それこそ関係ないように思える。

 それを私が口に出す前にユリが言葉を続けた。


「うーん、まあ、トモは手作りじゃなくても大丈夫ってことか。まあ、そうかもね」


 ユリは一人で納得してる。

 私は、意味が分かっていない。

 ユリはしばらく何か迷っている様子だった。決断の早さと的確さが持ち味のユリにしては珍しい。


 ユリはゆるふわ系の見た目に反して、とてもシャープで合理的でキレのいい考え方をする。テストの点とは関係なく頭のいい子なんだなと思う。

 3人兄妹で上に二人お兄さんがいる影響なのか、外見以外は色んなところで男っぽいというか、豪傑だった。

 そして外見から想像できないけど、女子力という言葉が大きらいだった。

 おしゃれが嫌いなわけではなく、女子力とひとくくりにされるのが気に入らないらしい。


 そんなユリから耳を疑うセリフが出た。


「私、今年は作ろうと思ってる。チョコ」

「えー!? まじで? 誰にあげるの?」


 あまりにも驚いたので思わず聞き返してしまったが、私たちの学校では本人が言わない限り聞かないのがマナー、暗黙のルールだった。


 ユリの部活、陸上部の先輩かな? 軽音部の広瀬君はどっちかって言うとユリが惚れられてる方だし違うだろうな。

 それよりも女子力全否定派のユリがチョコを作ろうとすること自体が、なんていうか、驚天動地。手作りかどうかで判断される愛情なんて愛情じゃない、あんなの渡す方の自己満足以外の何物でもない、と言い切った方がユリらしい。

 実際、去年のバレンタインの前にはそんな感じのセリフを言っていたはずだ。


「それは内緒にさせて。うまく行ったら話すから」

「あ、ごめん。頑張ってね。うまく行くといいね」

「ありがと。でも、半分私の気持ちの整理だから。……思い出づくり、かな」


 あら?なんか、随分弱気な発言。そう思っているとユリはさらに言葉を続けた。


「女には負けると分かっていても戦わなければならない時があるんだよ」


 憂い帯びた表情でカッコいいことを言ってから、ユリは頬杖をついた。セミロングの髪がふわりと揺れる。

 が、私にはなんのことかこれっぽっちも分からない。


「何をそんなにシリアスになってんの」

「……トモは平和だね」


 ため息をついてユリは目を逸らした。

 これもユリっぽくない。

 それ以上は突っ込めないので、結局、中央駅のそばにあるデパ地下に一人で行ってチョコを買って帰った。

 翌日、学校についてすぐ私はコージ君の席にチョコを持っていった。


「はい、コージ君、これ。1年間お世話になりましたのチョコ」

「へいへい。ありがとさん」


 なんとも色気も雰囲気もないチョコの受け渡しだった。コージ君はそれでもにこにこと受け取ってくれて、お礼だよ、と左手で投げキスをしてきた。


「やめてよー、キモい」

「なんだよ、俺の感謝の気持ち、受け取ってくれねーの?」

「あいにく感謝の気持ちはモノでしか受け付けないんだなー、私は」

「だーとも、欲張りすぎだぜ。鼻毛伸びるぞ?」

「あはは、意味わかんなーい」

「なんかとりたてて欲しいもんあったりする?」

「んー、そうだねー。PRSの紫のあったじゃない? あれがいいかなー。SEとかヌルいのじゃだめだからね!」

「冗談は鼻毛抜いてから言いなって」

「コージ君、鼻毛抜いてて鼻血出すとかカッコ悪いにもほどがあるよ?」

「……その節はご迷惑をおかけしました。まじ申し訳ない」

「そうだよ。ホント超迷惑だよ。私がコージ君殴ったとかいう話になってるんだからさ。シャレになんない」

「あんまり黒歴史ほじくらないでくれない?」

「あはは、自分で言ったくせにー」

「それより、だーとも、もしPRS貰えたらどうするつもりだよ」

「なに?ホントにくれるの?わーい」

「わーいじゃなくって。だーともが弾くの?」

「まさか。飾っとくよ。それかメルカリで売る。もしくはコージ君に貸す。有料で」

「なんだそれ。本気でギター弾く気になったんなら適当なの見繕ってやろうかと思ったのに」

「んー、弾けたら楽しいだろうなとは思うけど、ほら、私、手小さいし」

「だーとも! ギターは手でじゃない、魂で弾くんだ! 魂と書いてソウルと読む」

「あはは、くさすぎー。コージ君が言うときもーい」

「そこ笑うとこじゃないんだけど。俺泣くぞ? それか、訴えるぞ? セクハラで」

「はいはい。チョコレートでも食べて元気出してねー」

「そんなんでPRSとか嫌がらせにしか聞こえないよ、まったく」

「あはは、嫌がらせだもん。そういうのは自分で考えてよねー。期待してるよ!」

「へーい」


 コージ君の肩をぽんと叩いて私は席に戻った。


 バレンタインデーの学校はなんとなく全体的に浮ついた雰囲気になる。私も昼休みにコージ君以外のクラスメートにチョコを配ったりして過ごした。ユリは昼休み中、ずっと席を外していた。

 玲奈ちゃんも放課後すぐいなくなったので、「コージ君にどんなチョコ渡したのかな」と少し気になった。


 私は一緒に帰る相手が見つからず、一人でとぼとぼと校門を後にした。


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