第15章:これが妖精失格になった方の転職先です

「きゃああああああああああっ!」

「いやああああああああああっ!」

「変たああああああああああいっ!」


 女子たちの重なる悲鳴に、目覚めを通り越してパニック状態で飛び起きた。戸口の向こうでは、ミリアをはじめとした女子のウィザードたちが、怒り、悲嘆、怯えと、思い思いの表情をしていた。しかも彼女たちは皆、生まれたままの体をタオル一枚を縦にして必死で隠している。慌てて周囲を確かめると、背後に巨大な浴槽があり、両側の大理石でできた壁際には、シャワーがある。どうやらここ、寮の女子用の浴室みたいだ。


「えっ、どうして僕、ここにいるの!?」

 足下を見ると、ヌンティアがうずくまりながら顔をしかめている。

「もう、いきなり何、うるさいわね……」

 彼女がけだるそうに体を起こし、僕の姿を確かめる。


「あっ、幸助? 無事だったの。良かった~!」

 ヌンティアは再び僕に抱きついた。池の中で渦にやられる前より両胸がきつく僕の体に押しつけられるが、今はそれを堪能している場合じゃない。

「ヌンティア、今の状況分かってる!?」


「分かってるわよ。ヴロンティにひどい目に遭わされたけど、なんだかんだでこうして無事でいられた。ちょっと体が痛むから、かすり傷ぐらいありそうだけど、こうやって助かったからよかったじゃない」

「何がいいのよ!」

 ミリアが怒りに身を任せて浴室に踏み込んできた。


「ミリアちゃん!?」

「さっさと女風呂から出ていきな! じゃないとここで竜巻起こすわよ!?」

「ヌンティア、ほら、こう言ってるから、とりあえずここは出よう。僕がいちゃいけない場所だし」


「分かりましたよ、出ればいいんでしょ、出れば。ほら、そこどいてちょうだい」

 ヌンティアはミリアをはじめとしたヌード状態の女子たちに左手で「どけ」のサインを送ると、開けた道を通る。ミリアは僕が通りすぎようとしたところへ容赦ない張り手をかましてきた。戸口に立つ女子たちも口々に「最低」「先生に言いつけるから」「犬以下のクズが」と次々に罵声を送ってきた。


「練習抜け出して、精霊とイチャついて、女子風呂で一緒に寝てただと!?」

 僕たちは小部屋に呼ばれるなり、正座させられたままコロンバス先生にそうどやされた。

「この立場で言うのも何ですが、ところどころ誤解してますよ」


「口答えするんじゃない。お前はとうとう、自分の経歴を80回の負けで汚すだけに事足りず、とうとう女子たちの記憶まで汚しにかかるんですか、コノヤロー!」

 先生は聞く耳を持たず、徹底的にまくし立てた。

「それに、そこの精霊。君も恥ずかしくないんですか!?」

 僕の隣で、ヌンティアも正座させられていた。


「だって、いきなり私が棲んでいた池の中に幸助が飛び込んできたから、それを助けてあげただけ。それにあの勢い、自分から飛び込んだんじゃなくて、明らかに誰かに吹っ飛ばされて飛び込まされたものでしょ。そう思ったら、幸助が可哀想と思って、助けたついでにぎゅ~っと抱きしめてあげたの。ここだけの話、濡れた服ごと抱く形だったけど、触れ心地がよくて、抱きがいがあったから、ついつい放さずにいちゃった」


「それがダメだと言ってるんですよ! 人間の言葉が分かりますか、精霊さん!?」

 先生は収まりがつかず、余計ヌンティアに怒りを露にした。


「もう、幸助はいいけど、私、アンタたちから見たら外様なのよ。なのにじいさん、怖すぎ~。もうちょっとお手柔らかにしてくれてもいいじゃないの?」

 ヌンティアが至極最もっぽい指摘をするが、いかんせん僕に抱きついたことで不純異性交遊の罪とみなされ、精霊の職を追われた後では、説得力に欠けてしまう。て言うか、今の彼女は僕たちから見たら、外様どころか侵入者だ。


「全く、ノルマーレムの森の精霊ともあろうものが、友道をたぶらかすなんて。友道は大事なときに禁じられた遊びに呆けたあげくに、女子風呂を占領するなんて。おじさん悲しいよ。情けなくてゲロ吐いちゃうよ」

「涙が出るんじゃなかったんですか?」


 次の瞬間、コロンバス先生の僕をにらむ目が、怪しく、冷たく光った。指を差し向けると、いきなりそこから爆音が響きわたった。気がつくと、体が寒い。ウィザードとしてのコスチュームのうち、上半身を一気にはぎ取られてしまった。僕の後ろの壁際で、無残に散らかされた服が、焦げついた音を上げながら一筋の煙を上げていた。


「今のは、布を吹き飛ばす魔法。その名も『リップネード』です。次にくだらない口答えをしたら、どうなるか分かってますよね?」


 先生が厳しい口調で僕を問い詰める。僕は思わずズボンを押さえた。あの威力なら、恐らく下着も無事では済まされない。背筋がリアルに寒くなる。僕は異常な重圧に屈するように先生に頷いた。


「全く、やっと本気になったと思ったら、練習をサボッて精霊と危険な情事に落ちるとは……」

「すみません、お言葉ですが」

 ヌンティアが抗議のサインとして手を上げた。


「何ですか?」

「今回の件に関しては、そもそもこの人、自分から練習抜け出したんですか?」

「ああ、抜け出したよ。あのときだってまだ特訓は最後まで終わってなかったからね」

「そうですか? 幸助は、練習相手の竜巻にやられて池に飛び込まされたって言ってましたが?」


「いやいや、そうだとしても、お前とイチャイチャしていい理由にはならないだろう」

「しょ、しょうがないじゃないですか! この人はあくまでも魔法が使える人間であって、水の中で生きられる精霊じゃないんですよ!? そんなのがいきなり池の中に入ってきたら、溺れさせまいと助けるしかないでしょ。水面に上がった後も、全身びしょ濡れで寒いだろうから、水の中でも私の内面から伝わる温もりをなるべく彼に与えようと思って」


「人はそれをイチャイチャというの分かってますか? 君は予言者の癖に世間を知らなさすぎるな?」

「悪いですけどね!」

 ヌンティアは憤りに堪えきれず立ち上がった。


「私は予言を司る立場として、リンデンに住む全国民の存在は知ってます。それにこの世の全ての魔法も、精霊の記憶の中にしかと刻まれています。なぜなら魔法はリンデン国において歴史を変えうるほどの大切な要素。実際に私も魔法に関する予言をたくさん示してきました。使えば当人の精神を蝕むどころか、世界の破壊にもつながるような禁断の魔法がどこで放たれるかも予言したことがあります。あとは、ウィザードバトルのとき、誰がどんな技で誰に勝つかも」


 そのとき、僕は予言画にあった、自分の杖から燃え盛る隕石のようなものがグレゴリーを撃ち抜く場面を思い出した。

「僕がグレゴリーに勝つときは、どんな技だったっけ?」

「ギガ・メテオ・キャノンよ」

「ギガ・メテオ・キャノン……」


 その厳かな響きに、僕は圧倒された。これから僕は、その技の主となるのか。

「何、話を逸らそうとしているのかな~?」

 先生は能天気に聞こえるトーンとは裏腹に、指先から忌まわしき光を灯し、僕に向けていた。目にもとまらぬ速さで衣をぬぐい去る弾が、爆音とともに放たれた。

「ああああああああああっ!」



「で、幸助は生まれたままの姿で泣いていたと……」

「そう、まるで赤ちゃんみたいにね」

 ヌンティアは困惑する芽衣花に、まるで友達のように語りかけた。


「精霊さんはちょっと黙ってもらえますか?」

 僕は黒い外套に身を包み、気まずくベッドの上に座りながら、ヌンティアを諭した。


「『元』精霊さんでしょ。で、本人はこれからどうするの?」

 ベッドの正面にて、木でできたイスに腰かけながら芽衣花が率直に問いかける。

「さあどうしようかなあ?」

 ヌンティアが呑気にベッドに上半身をもたげる。


「もしかしてここに居候する気?」

 僕は嫌な予感をそのまま口に出した。

「しょうがないじゃん。こっちは一生、予言精霊やってると思ってたんだし」


「こりゃダメね、人生設計もへったくれもないわね。何となく生きるだけで失敗したときのプランを何も考えていない。その日のことしか考えない、下流民俗の典型的な考え方」

「いやいや、私ちゃんと人生設計してましたけど? 一生リンデン国に予言を送り続けるものだと思ってましたよ。そりゃ、十二神の皆さん厳しいところもあるけど、私のことをそれなりに評価してくれることもあって、やりがいはありましたよ?」


「でも生きがいなくしたんだろ、あんないらないことやって」

「あれがいらないこと? じゃあアンタはこのまま溺れていりゃあ良かった?」

 ヌンティアが上半身を起こしながら問いかけてきた。


「そうじゃない、僕を助けたら、さっさと陸に上げてほしかった。僕、炎属性のウィザードだし、万が一あれで全身が寒くなっても、バーニングバリアとかで温まれたんだよ」

「さすがにそれは幸助が正しいかな。元精霊さん、脇が甘かったね」

 芽衣花もここは僕に同調してくれた。


「十二神が厳しいのは分かるけど、先生も先生で厳しいから、ただでここにいさせてもらえるとは到底思えないわよ。ヌンティアが一週間の期限付きでここに泊めてもらえるとは聞いたけど、その先のプラン、今から練った方がいいんじゃないの?」


「別に、私も何となく居候すると言ったわけじゃないわよ。本気でここに居つくつもり」

 ヌンティアが言葉に力をこめ始めた。


「先生に何かアピールするものでもあるの?」

 対して芽衣花は相変わらずいぶかしげだ。


「精霊の居場所を追われた、堕天使ならぬ堕精霊、すなわちただのさまよえるワケの分からない生物になっちゃったけど、それまでのリンデン国民や魔法の全ての記憶が消えたわけじゃないのよね。今から生まれてくる子どもたちや新しい魔法はタダで知ることはできないけど」


「ああ、それ。先生に呼び出されたときも言ってた。僕がグレゴリーを倒すなら、その技は、何とかメテオ……パワーかな?」

「ギガ・メテオ・キャノン。自分の必殺技くらいはちゃんと覚えてよね」

「ごめん」


「と言うことは、魔法の知識が全知全能なんだから、幸助のスキルアップどころか、SHOOT OUTの全ウィザードに対して的確なアドバイスを送ることもできるの?」

「任せときなって。別に一朝一夕で魔法の歴史が変わるわけじゃないんだから、朝飯前よ」


 ヌンティアは自信満々の様子だった。

「というわけで、アンタ、特訓中だったんでしょ?」

「はい、ナチュラル・アーマーの効果を高めるために、ひたすら相手の攻撃に耐える特訓をしてました」


「ただ耐えるだけじゃ勝てないわよ。あのグレゴリーっていうゲスチャンピオンも同じこと言ってたのは気に食わないけど、アイツの体のド真ん中に一発ぶちかます攻撃技が必要ね」

「それが、ギガ・メテオ・キャノン?」


「アンタ知らないの? 必殺技を使うには、相当な魔法エネルギーを使うのよ。アンタの今の体力じゃ、ギガ・テメオ・キャノンを一発撃ったら、反動によるダメージで、体が鉛のように重くて動かないんじゃないの?」

 芽衣花が冷静に僕を諭す。


「そうね、スタミナをつける特訓と並行して、攻撃力と、ギガ・メテオ・キャノンにつなげるための戦略も必要ってことね。その関係上、アンタは必殺技以外に、もう一つか二つ新技の習得が必要かも」

「そんな~」


 僕は気が遠くなり、思わずベッドに横たわってしまった。

「ほら、またそうやって弱音吐く~」

 芽衣花が冷淡な表情のまま、僕の体を揺さぶり、無理矢理起こした。


「アンタ、負けたら先生の手でマリスランドに送られて、ゴキブリになるのよ」

「それは本当に嫌だけど……」

「だけども何もないわよ。そろそろ今日の練習が始まるから、行くわよ」

 芽衣花が僕の手を無理矢理引く形で、部屋を後にした。


 SHOOT OUTの裏側からしばらく進んだところに、僕が巨石を30個受け止めた場所である岩壁がある。その付近の草むらを僕、芽衣花、先生が歩き、ヌンティアが追従する形で、体を浮遊させながら進んでいた。

「一体目のモンスターが現れ次第、攻撃特訓開始だからな」


 先生が僕にそう告げる。僕は「はい」とはっきりと応答した。

「ねえ、もうすでに怪しい気配に満ち溢れているんですけど」

 ヌンティアが芽衣花の体に軽く抱きつきながら周囲を警戒している。

「何言ってるの、アンタなら、この場所に現れるモンスターとか分かるんじゃないの?」

「分かるからこそ怖いのよ」

 ヌンティアの一言に、芽衣花はやれやれという顔をした。


「本当に大丈夫なんですか? 彼の技はヒートヘイズ、バーニングバリア、ヘイジートルネードしかないんですよ?」


「グレゴリーとの試合が決まった以上、技の引き出しをなるべく増やさねばなりません。色んなウィザードの戦いを見守っては、回復魔法で癒やしてきた加賀なら、分かるでしょう?」

「はい……」

 芽衣花は今ひとつ腑に落ちないトーンで返事した。


「……ハッ!」

 ヌンティアが、モンスターの気配に気づいた。

「あそこから来るわ!」

 左側の茂みから、いきなり集団のモンスターがやってきた。それは、僕のヒザに相当する高さを誇るサイコロのような形をしたもので、五体が集結していた。「1」のところが顔のようで、赤い丸の下に、不気味に笑った口がついている。五体が揃って、僕たちの方を見て不敵に笑っているから、不愉快極まりなかった。


「行け、友道!」

 先生に当たり前のように繰り出された僕は、サイコロ集団のもとへ進み出た。

「あれはキュービクル。いつも集団で動いている。獲物を取り囲んで、角をぶつけてダメージを与えるのよ」


 ヌンティアの説明を背中で聞きながら、僕は魔法の杖を構えた。一体目が飛びかかってくるが、僕は魔法の杖を盾のようにかざしながら向かい、弾き飛ばした。他のサイコロ連中が次々と僕に角を向けながら飛びかかってくるが、僕は胸元を広げて受け止めたり、腕をふるって打ち返したりした。


 僕の体を支配するナチュラル・アーマーが効いたのか、キュービクルたちは少しフラフラのようだった。しかし、気を取り直すと、奴らはひとっ飛びするだけで僕を取り囲んだ。

「危ないぞ!」

 先生が思わず叫ぶが、僕は構わず杖を構えた。


「バーニングバリア!」

 キュービクルが全て飛びかからんとしたところで、僕は自分を炎のシールドで包囲した。キュービクルたちの拍子抜けしたような悲鳴が、炎が唸る音と交わって聞こえた。バリアが解けると、キュービクルたちは、それぞれ体の一部を焦がしながらも、残されたわずかな戦意を露に僕をにらんでいた。


「ヒートヘイズ!」

 僕は再び三百六十度、得意技を振りまき、キュービクルを一体残らず巻き込んだ。吹き飛ばされたキュービクルたちは、茂みの奥へ飛んだり、地面を転がって昏倒したりした。先生は、目の前に転がってきたキュービクルの様子をチェックする。


「戦闘不能だな」

「本当ですか? ありがとうございます」

「よくできました~」

 先生は無表情のまま、拍手で僕を称えた。


「さあ、次のモンスターは新技で倒すとしようか?」

「えっ、ここでですか?」

「そのとおりです」

「あの、それって練習場でもできたことでは?」

「つべこべ言ったらサンクションだよ? また素っ裸だよ?」


 先生は無表情のまま、僕を脅しにかかった。さっき褒めたのが嘘みたいだ。

「モンスターが出てくるかもしれない場所の方が、練習場よりも新技習得へのモチベーションが高まる。お前には特にそれが必要だ。モンスターが先か、新技が先かだ。モンスターが出たら出たで、戦わねばならない。いつ戦ってもいいように備える力も併せて向上し、戦いへの集中力が高まる」

「……分かりました」


 僕は渋々納得した。しかし、心の中では怖かった。練習中にモンスターが飛び出してくるかもしれないという未体験のシチュエーションが、怖かった。

「それじゃあ、ヌンティア、堕精霊最初の仕事だよ。今のコイツにふさわしい新技を教えてやれ」

「分かりましたっ!」

 ヌンティアが敬礼で応え、僕の前に駆け足で進み出た。


「それじゃあ早速……」

「ヌンティア、危ない!」

 僕は慌ててヌンティアをどかし、その背後にいた新たなるモンスターと対峙した。今度は一体だけだが、全身の体毛がとげとげしく逆立ち、緑色の体毛もやけに陰鬱さを持った虎もどきの生物だった。


「ソーナイガーね!」

 ヌンティアがモンスターの名を叫ぶ。

「幸助、これはさっきのキュービクルよりも危険だから気をつけて!」

「はい!」

 僕はソーナイガーから目を逸らさぬまま、ヌンティアの忠告に頷いた。


 ソーナイガーが飛びかかるのを、僕はひらりとかわす。ヒートヘイズを三度にわたって放つが、ソーナイガーの動きは素早く、なかなか命中しない。そうこうしているうちにソーナイガーの突進をかわそうとしたが、奴の体がかすって僕は転んでしまった。奴が上から飛びかかってくるのを僕はバーニングバリアで防ぐ。


 弾き返されたソーナイガーの体毛に炎が燃え移り、奴はパニックになってのたうち回る。立ち上がるや否や明後日の方向の茂みを越え、木に激突した。

「ふぎゃあああああっ!」

 ソーナイガーが錯乱しながら走り去っていく。どうやらこれで決着がついたようだ。


「ソーナイガーのトゲはバラのトゲと同じ成分だから、アンタみたいな炎属性の魔法には滅多に弱いのよね」

 ヌンティアは静かにソーナイガーの弱点を解説した。

「じゃあ、改めて特訓始めるか」

「はい」


 僕は戸惑いながらもヌンティアに向き直った。

「まずは、スパーキービートね」

「必殺技じゃないの?」


「必殺技につながるまでの戦略が、ウィザードバトルでは大事。いつまでもヒートヘイズとバーニングバリアだけじゃ、戦略の幅が狭すぎてグレゴリーどころか他のウィザードともまともに戦えないわ。ヘイジートルネードはヒートヘイズ三回決めないと使えないし」

「すみません」


「スパーキービート、行くわよ!」

 こうして僕はスパーキービートの習得のために心血を注ぐことになった。



「違う、違う、もっと、魔法の杖に気持ちを込めるのよ! 魔法を覚えるには、自分を信じ、その強い意志を杖に対しいかに伝えられるかが大事なのよ!」

 ヌンティアの厳しくも的確なアドバイスを受けながら、僕は杖を握る手に力を込めて、「スパーキービート」と叫んだ。しかし、魔法の杖の先が、わずかにバチッと火花を上げただけである。


「力入れすぎ。握力をこめたら魔法の杖に念が伝わるわけじゃないわ。大事なのは、思いよ。百発の火花が放たれる壮麗な様子を頭に思い浮かべる。雑念は一切排除。勝つために技を放つという思いを、腕の脈から杖へ通すのよ!」


 僕は大きく息を吸い込み、グレゴリーの憎き顔を思い浮かべた。その隣にはマーガレットがいる。彼女を奪われた怒り、チャンピオンであることをいいことにした横柄な言動の数々への怒り、いや、それよりも、もうこれ以上僕をバカにはさせまいという念を、自分の右腕の脈を通し、杖にこめた。


「スパーキービート!」

 そのとき、杖の先から、速射砲のように繰り出される破裂音とともに、激しい火花が流れるように向こうへ飛んでいった。

「わあ、きれい! やればできるじゃん。友道幸助!」

「ありがとうございます!」


 無邪気さをのぞかせながら褒めるヌンティアに、僕は素直に礼を述べた。

「じゃあ、次行くわよ!」

「またですか?」

「いつまでもヒートヘイズとバーニングバリアとスパーキービートだけじゃ、戦略の幅がまだ狭いわね。ヘイジートルネードはヒートヘイズを三回決めないと」


「分かりました、やります」

 僕は食い気味に次の新技を習得する意思表示をした。

 その後も僕は、グレゴリーに負けない、ゴキブリにならずに善良な人間らしくグレゴリーをやっつけてやるという一心で、新技と向き合い続けた。


「さあ、ドロップバーナーを撃ってごらん!」

「ドロップバーナー!」

 僕は杖の先から、マグマでできた水滴を放とうとしていたが、出てきたのはほんのわずかな火の粉だけだった。

「もう、何やってんだか……そこに敵!」

「何!?」


 コロンバス先生の狙い通りと言うか、僕の方へストレイクという怪しい爬虫類が、真っすぐに僕の方へと向かいながら、猟奇的な舌を伸ばしていた。奴の見た目は白ヘビそのもので、体長は2mぐらいだが、体が一切曲がらず、ひたすら真っすぐ突き進む生態だった。


「うわ!」

 僕は思わず、ストレイクをかわす。奴は構わず、僕を見守っていた芽衣花の方へ突進を続けた。

「はっ!」


 芽衣花もおどろきながら横に逸れる。するとストレイクは急停止すると、伸びきった体を横向きに反転させ、再び僕の方へ急発進してきた。

「幸助、そっちに行くわ!」

 芽衣花が思わず声を荒らげた。

「そこでドロップバーナーよ!」


 ヌンティアの指示で僕は技名を叫び、杖をかざすと、その先からマグマの雫が何発も飛び出してきた。ストレイクは、その全てを正面から浴びる。奴の真っ白い体の前半部が、火傷の痕で黒く染まる。


「しゃああああああああああっ!」

 ストレイクは怒りのあまり僕の方へ再び突進し、僕の鼻先へかじりついてきた。僕が後ろ向きに倒れると、ストレイクの体は、頭からしっぽの先までピンと空の方を向いた。


「ヒートヘイズ!」

 僕は陽炎の風を送ったが、ストレイクはビクともしない。

「ストレイクの強固な体質は、風を使った攻撃の一切を受け付けないのよ! 特にそうやって体をピンと伸ばしているときはね!」


 ヌンティアがストレイクの忌まわしい特徴を叫んだ。

「こうなったら、もう一発ドロップバーナーだ!」


 今度は至近距離でマグマの雫を放つ。そのとき、ストレイクのピンと上に伸びた体に当たった雫は、重力の法則という神よりの厳命でまっすぐに落ちる。その先は、僕の体だった。


「あっちいいいいいっ、あちちちちち、ぎやあああああっ!」

 逃げ出したストレイクもそっちのけで、僕は自分で放った攻撃の威力を思い知っては、地面にのたうち回った。

「やれやれですな。そろそろ時間が押してきたから寮に戻ろう。夕飯に遅れたら、先生の私まで食事抜きになっちゃうし」

 コロンバス先生の一声で、この日の特訓はお開きである。


 翌日。同じ場所で僕は、このときみたいな太陽が出ているときだけ使える「サン・ファクチュアリ」で、杖の先の水晶体の太陽にかざし、その光を充分に受け、すぐに相手にかざすことで太陽に負けないぐらいの発光を放つことで相手の目を眩ませられる技を習得した。


「これもよくできました」

「ありがとうございます。いい技ですね、サン・ファクチュアリ」

 と僕はお礼を述べたが、そこで発した技名を真に受けるかのように、横に寝かせる形で持っていた杖の先から光が暴発した。


「ううっ!」

 慌てて杖を上げたが時すでに遅しで、光は、僕の斜め左前に立っていたコロンバス先生の顔面に当たっており、先生が顔を押さえてその場に座り込んだ。

「すみません、先生! 大丈夫ですか!?」


 僕は気を動転させながら先生を気遣う。ところが、先生は僕を見ないまま、親指を僕の腹に突き立てた。

「タッチング・カース!」


 怒り任せにそう叫ぶと、親指の先から僕に魔法の弾を撃った。ヤバい撃たれ方をしたと思ったが、不思議と痛くない。ただお腹から背中へ何かが突き抜けた感じはした。僕は何かと思い、先生から三歩下がったそのときだった。


 突然の爆発音が僕の足もとから発生するとともに、視界が煙に包まれた。まさか僕は爆発したのかと不安になったのも束の間、煙が晴れ、視界は元通りになる。しかし目線がやけに低くなっている。僕は立ったままのはずだ。それなのにこの違和感は何だ。


「うわあ、かわいい」

「まあ、幸助くん、ヒヨコに変わっちゃったのね」

「ヒヨコ? うっ……」


 やたらと声が高くなっていることに戸惑う僕に、芽衣花が無言で近寄り、自分が持っていた杖の水晶体を僕に向けた。確かにそこには、無垢なヒヨコが映っている。ということは……。

「何じゃこりゃああああああああああっ!?」


「加賀、コイツを元に戻してやれ。私の視界は幸いにも戻ってきたぞ」

「分かりました」


 コロンバス先生は相変わらず振り向かないまま芽衣花に指示を送った。芽衣花がこの世のものとは思えないような言葉を唱えると、空気を優しく震わせるような音が響くなか、僕の周囲が青白い光に包まれる。今度は僕がその眩しさに目を閉じて悶える番だった。そのとき、自分の体が一瞬にして長く伸びるような感覚が訪れた。音が消えるとともに目を開き、自分の体を確認する。


「よかった、元通りだ。芽衣花、ありがとう」

「加賀、今度私がアイツにタッチング・カースするときは、一時間ばかり回復させなくてもいいからな」

「はい」


 僕はコロンバス先生の恐ろしさを改めて実感し、軽く手を震わせながら杖を縦向きに持ち直した。それは、もう絶対に、バトル以外では人に杖を向けないことの決意でもあった。次の瞬間、水晶体がゆっくりと赤く点滅しながら、何やら不可思議なお告げを知らせるような音を鳴らし始めた。


「ちょっと待って、これって……」

 芽衣花も僕の杖先を見て驚く。ヌンティアは確信を得たように微笑んでいた。コロンバス先生もゆっくりと僕の杖の方を振り向いた。

「いよいよ、来たか」


「必殺技を得るときは、もうすぐそこです」

 ヌンティアは、僕がここまで来たことを称えるように語りかけた。

「引き続きよろしく」

「分かりました。友道幸助、覚悟はいいわね。これはアンタの負け犬からの卒業試験の予備試験だと思って!」


 ヌンティアはよく分かるような分からないような例えで僕を鼓舞した。

「先生、場所を変えてもいいですか?」

「むしろそうした方がいいよ。森の中じゃ、あの技を出すには狭すぎる。木々でもなぎ倒したりとかして、環境破壊などと非難轟轟になる事態を起こすと、SHOOT OUTの信用問題にも関わるからな」

「分かりました。さあ、幸助、来て!」


 ヌンティアの手招きされる形で、僕たちは森を引き返した。

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