第20章:真のダメウィザードは、お前だ!

「何でこんなときに限って次々と……」

 グレゴリーは立ちはだかった芽衣花を見て、ため息をつくように笑った。

「試合だと思って大人しくしていたけど、もう限界よ。ヌンティアを見逃してあげて」


「無理だな。オレに言わせれば、今日はコイツもオレのショーの出演者だ。いや、犠牲者か。どきな、邪魔だ」

 グレゴリーは杖を向けて芽衣花を威嚇した。

「嫌よ」

 芽衣花も杖をグレゴリーに向けた。


「バカか。お前にはないだろう、攻撃技が。自分がバトルウィザードではなく、守護術師であることを忘れたか」

 敵ながらもっともな言葉に、芽衣花は悔しそうにした。彼女は、今度は僕に対して杖を向けた。


「もっとバカか。攻撃だろうが回復だろうが、第三者が介入したら反則、これはルールブックの鉄則」

 芽衣花が追い詰められている。彼女の体の震えから、そう見て取れる。

「元カノとして出てくればオレが大人しくなると思ったか。墓穴を掘ったな」


 グレゴリーはアルジェント・ビームを繰り出し、芽衣花の体のど真ん中にブチ当てた。芽衣花がヌンティアを越えて後方に吹っ飛んでしまう。守護術師はバトルを目的として訓練を受けたウィザードじゃないため、ありきたりな攻撃でも大きなダメージを受けてしまう。


「もうやめて……」

「うるせえ、ここで一発、公開処刑、亡霊みたいに成仏、しろよ降伏」


 グレゴリーはしつこく脚韻を唱えながら、天井に向けた杖をきらめかせる。黄金色に輝くものが、あんなに憎らしく見えたことはない。

「レイジング・フラッシュ」


「ヒートヘイズ!」

 僕はグレゴリーの横から、その足元に向かって陽炎の風を放った。

「うがあっ!」

 グレゴリーは不意をつかれ、 杖に巨大な球体をきらめかせたまま倒れた。それは爆発し、一気に砂埃がフィールドを支配する。


 僕も爆風を感じながら、無我夢中で地面に伏せた。


 砂埃が晴れるのを待っていたら、突然何かで照らされているような、温かい感触が訪れた。まだ晴れない砂埃のなか、感じた方を見ると、眩しい。でも一瞬、敵の姿が見えた気がした。


「甘いんだよ、コワッパよ」


 冷たい空気を切り裂くような罵声に続いたのは、矢のように、照らされた光の中を飛んでくる光線だった。僕はまともにそれを受けてしまい、吹っ飛ばされた。


 倒れたまま、顔だけを上げる。晴れた砂埃の向こうから、独裁者が市民を見下すように高笑いをするグレゴリーが現れた。


「お前みたいに、でかい試合が決まったときだけ努力する男じゃ到底追いつかないくらいの引き出しを、オレは持っている。砂埃でちょっと目が眩んでも、ペネトレーターで照らせば、お前の影などすぐにバレるんだよ」


 グレゴリーは勝ち誇るように言い放った。僕はフラフラになりながら、立ち上がる。でかい石をぶつけられた痛み、皮膚が裂けるような痛み、骨や臓器がぐしゃぐしゃに潰れたかのような痛みが、僕の体で入り乱れていた。


「芽衣花は、僕の彼女だ。ヌンティアは、僕の恩師だよ。そいつらに手を出すのは、僕が許さない」


「ここはバトルフィールド。ハーレムフィールドじゃないよ。 オレを見くびるな、ヘビー・パーティクルだ!」

 グレゴリーは再び、鉛のような、ギラギラ輝く球体を放つ。

「バーニング・バリア!」

 僕はとっさに炎の盾を張った。しかし、5秒ぐらいしてから、鉛が盾を突き破る。すぐさま胸を突き出す。後ろに吹っ飛ばされる。


 ナチュラル・アーマーの効果で堂々と迎え撃ったおかげで、これでもダメージは人並みよりかは軽減された方なんだろう。しかし、痛みを100%防いでくれる技なんて、やっぱりこの世にない。正直、アーマーの効果を以ってしても、今の僕は満身創痍だ。トドメを刺されるのも時間の問題だ。


 このまま、ゴキブリに生まれ変わり、無気力で退廃的で、一筋の希望の光もない世界でほんの少しでも生きた方が楽なのか……。


「友道、友道幸助!」


 どこからともなく、厳格な長老が叫ぶ声が聞こえた。いや、名も知らぬ長老じゃない。


「コロンバス先生! どうしたんですか!?」


 僕は周囲を見渡しながら先生の姿を探した。確か先生は、舞台裏の真実の枠の中で試合を見届けていたはずだ。


「ボイス・TDで私の声を届けているんだよ」

「コロンバスのジジイか。お前、耳悪ぃか。オレはさっきも言ったはずだ。第三者が魔法で介入するのは反則、アンタの弟子は失格だ」

「グレゴリー、お前こそ頭悪ぃか。ボイス・TDの魔法対象は人じゃない、場所だ」


「その通り、試合は続行だ」

 コロンバス先生の言葉に審判が十字架のネックレスを口に当てて、声をフィールド中に広める形でグレゴリーに告げた。


「チッ」

 グレゴリーの舌打ちは、拡声機能のあるアイテムなしでも鋭く聞こえた。


「そうだ、友道幸助、お前に伝えたいことがあるんだった……立てえ! 立たなきゃオレがぶっ飛ばすぞ、幸助!」


 コロンバス先生は急に僕に喝を入れてきた。

「ここで立たなきゃ、いつ立ち上がる? お前はもはや、ここでへばるような男ではないはずだ。いや、ここでへばるのはゴキブリだ。オレがここまでウィザードを放っておけないと思ったのは久しぶりだ。私の好きな料理はイカのあぶりだ」


 先生、何を言いたいのか、僕にはさっぱり分かりません。


「つまり、何が言いたいかというと、今のお前は強い。そう、強いんだ。自分は強くなれると信じて、ここまで頑張ってきたんだろう。だから今も、強い友道幸助を信じるのだ。我々は強い友道幸助を信じている。お前は自分の強さを信じられるか?」


 コロシアムに響き渡る先生の声を聞いていると、僕は体の奥底から、未知の力がみなぎるのを感じた。気が付いたら、僕はゆっくりと立ち上がっていた。


「いいぞ、幸助。今こそその力で、目の前の不届き者をぶっ飛ばせ」

「ジジイ、何吹き込んでんだ! 出てこい! それともヌンティアみたいにお前もオレから引きずり出してやろうか」


 グレゴリーは僕を睨んだまま、先生に吠えた。先生の姿を追い求めてキョロキョロしてくれれば隙ができるのだが、そこは王者にて神童。そんな初歩的なミスをしてくれるほど、奴は甘くない。


「うるせえジジイも、オレがこうすりゃ黙るはずだ。現にアンタの弟子はもはや、アーマーも利かなくなるぐらいボロボロだ。今、コイツを放てばどうなるか、教えてやるよ!」


 グレゴリーは天に杖を掲げた。太陽に照らされた水晶体の真上に、三度忌まわしい黄金のエネルギーが膨らみ始める。


 もうやられるわけにはいかない……!


 その一心で、僕も大空に杖を突き出した。太陽の位置と被らないところを指すようにちゃんと杖を伸ばす。

「宇宙よ、我に強さの証を授けよ」

 心から言葉にして、天よりのエネルギーを杖に集め始める。深紅のエネルギーが膨らみ始めた。


「何だ、お前も必殺技か? どうせ素人に毛が生えただけの野郎、身の丈を越えた無茶はやめろ」


「僕は負けない、お前に勝つ!」

「できない宣言はよせ、大人しくしとけ」

「グレゴリーを倒す、自分の強さを証明するために!」

「口先三寸、お前の言うことはチンプンカンプン」

「僕はもう、自分にウソはつかない! これが僕のウィザードとしての生きる道だ!」

「好きに言ってろ、ここでオレはお前に起こすテロ」


 韻と嫌味を連ねるグレゴリーへの怒りと、自分だって強くなれると証明したい願いが入り混じり、エネルギーを集める杖を持つ手に力がこもった。


「僕はグレゴリーに勝つ、真の光は、僕の人生に射す!」


 僕も無我夢中で対抗した。言葉でも、魔法のエネルギーでも。

「うるせえ、お前など、さっさと消えちまえ! お前ごときに負けたら、オレは一生の恥を背負って生きなきゃならなくなる! だからお前など、今すぐ木っ端微塵だ!」

 グレゴリーがいち早くエネルギーを完成させた。あのディープ・シャドウ・ドラゴンの体に匹敵するほどの大きさ、推定直径三メートルに至ったエネルギーを、奴は放たんとしている!


「食らえ、レイジング・フラッシュ・バースト!」


 僕のエネルギーは、着実に天より集まってきているものの、まだアイツのより一回り小さく、とても放てる状態ではなかった。


 グレゴリーが、悪夢の黄金の爆撃を放つ。

「おらああああああああああっ!」

 奴が叫び、杖を振るった瞬間だった。そこから飛んできたのは、金色に煌めく、宝石のような石だった。


 それが砂地のフィールドの上でバウンドし、力無く僕の方へ転がってきた。


「何、失敗だと!?」

「あ~あ、日頃の行いが悪いから……」

 先生がちょっと意地悪な友達みたいなノリでグレゴリーをなじる。

「んだと!」

「は~い、前見て~」


 コロンバス先生の一言に反応してグレゴリーがこちらを見たときには、僕のエネルギーは、グレゴリーが先ほどためたものよりも一回り大きくなっていた。


「グレゴリー、これが僕の思いだ。受け取れ!」

 奴は何かを悟ったかのような表情をしていた。


「ギガ・メテオ・キャノン!」


 僕の杖から、深紅の隕石が唸りを上げながら放たれた。隕石はグレゴリーへと一直線に向かい、奴の威厳を跡形もなく打ち消すほどの爆発音を上げた。

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