第1章:僕の実力だけでなく、彼女との絆も弱かったみたいです
「今日の結果、マーガレットに何て言おうかな……」
僕はダメージでうずくアバラを抱えていた。
「また負けちゃった。それにしても、あんだけの目に遭って、何でこうやって歩けているんだろう。それもそれで怖いな……」
こんな独り言をつぶやきながら、石壁に囲まれ、壁には灼台が等間隔でかけられた、薄暗い廊下を歩いていた。控え室の、古びた木でできた引き戸をゆっくりと開く。
「マーガレット……誰もいない」
待っているはずの彼女は、どこにもいない。控え室から出る時は、「健闘を祈っているからね」と優しく僕の頬にキスをしてくれたのに。すっかり健気な表情で、僕の帰りを待っているのかと思っていた。
ちょっとした用があって、外に出ているのだろう、僕はそう言い聞かせながら、中に入り、引き戸を閉め、壁際に置かれた、傷だらけで足元がガタガタになっている椅子に座った。彼女を待っている間も、地味に座り心地の悪さが僕の体に伝わる。数分前にあれだけ激しく地面に叩きつけられたわけだ。全くその痛みは癒やされない。むしろダメージを再認識させられるような堅苦しさが、座部から伝わってくるだけである。
……こんな感じで、5分、10分と時間がいたずらに経過していく。その間、攻撃魔法と思われる衝撃音と、その度に湧きおこる歓声が、残響となってこちらに入ってくるだけだ。
「本当にどこ行ったんだ?」
僕が参戦しているウィザードバトルは、その名の通りウィザードたちが自分たちの磨き上げた魔法をぶつけ合う、まさに格闘技。血気盛んな戦士たちが集う場所である。もしかして、ウィザードと肩がぶつかり、「ブチのめしてやろうか?」みたいな感じで脅されている可能性も否めない。
いや、ここまで待って帰ってこないと、もう実際そうなっているのかも。
「マーガレット……」
僕は痛む体と闘いながら、立ち上がり、控え室を抜け出した。
「マーガレット、マーガレット!」
人目もはばからず、僕は彼女の名を叫びながら会場を歩き回る。
「すみません、マーガレット・リアンは知りませんか? あの、黄色いコスチュームに、白いベルトとフリルが付いているんですけど……」
こんな感じで何人にも触れて回ったが、「知りません」の一言で跳ね返されたり、首をただ横に振られるだけで終わったり、明確な手がかりは掴めない。
「すみません、黄色いコスチュームに、白いベルトの女の子は……」
「ロッキング・リング!」
一人のウィザード女子に至っては、いきなりゴーレムのような石っぽい輪っかを鋭く繰り出され、僕のアバラを留めるや否や、壁へ釘付けにした。
「痛い、苦しい、助けて……」
ロッキング・リングが、僕を壁に打ち付けてもなお、ただの輪っかとは思えないほどの力で僕のアバラを締め付ける。ヤバい、腸が潰れそう、窒息する。
「私のコスチュームの色も分からないバカ? この通り、チョコレート色中心のセーラー服をモチーフにしたコスチュームよ! コーチは泥んこの色とか言うけどね!」
「いや、あなたじゃなくて、マーガレットのコスチュームの色なんですけど。マーガレットは僕の彼女で……ちょっと待って!」
僕が弁解の一言を終える前に、ソイツは足早に去って行った。リングが消え、僕は地面に突っ伏す。
声にならない呻き声を漏らしながら、僕はアバラを押さえて立ち上がり、再びマーガレットを探し始める。近くにあった右の曲がり角を通ると、突き当たりに他の控え室とは一線を画したような、物々しい扉があった。真っ白で、「GREGORY」と金ぴかの文字が力強く書かれた看板が、貼り付けられている。白いガウンのフードを目深に被った二人のガードマンらしき者が扉の脇を固めている。
それもそのはず、奴はこの日、出場していたアルティメット・ウィザードバトル・チャンピオンシップ・ユーストーナメントの決勝戦に出る。因みに同トーナメントは去年も制しており、彼には四連覇がかかっていた。確かに、ただのワンマッチで秒殺される僕にとっては、雲の上、いや、大気圏ほどに遠い存在だった。
それでも僕には、大切な人探しがある。だからおそるおそる彼を守る二人のガードマンへ近づいた。
「あの、マーガレット・リアンは……」
言い終わらぬうちに、二人のガードマンが一斉に僕に杖を向け、白いエネルギー波を放った。光属性の攻撃魔法なのは明らかだった。僕はエネルギー波を受けるや否や、稲妻に撃たれるような衝撃を感じながら、後ろの壁際までぶっ飛ばされた。先ほどのスプラッシュ・サイクロンに匹敵するレベルで背中を強打し、僕は地面に堕ちた。壁からこぼれた石の破片がいくつか僕の体に降りかかった。僕はまたしばらく、立ち上がれなくなった。
せっかく、試合で負った鈍痛が引いたのに、また体の芯をえぐるような痛みが体を支配する。その時、向こう側の白い扉が、ゆっくりと開かれる重々しい音が聞こえた。
「そろそろオレの試合の出番なんだろ? 何かあった、誰か出しゃばった?」
「侵入者が一人出ましたが、我々が撃退しておきました。彼は先ほど、たった十秒で水属性のバトルウィザード、マーコス・ロバーツ=セザノス選手のスプラッシュ・サイクロンに玉砕した、十流ぐらいのザコウィザードですから、反撃する力も残ってないでしょう。だからこのままにしておいても支障なさそうなので、気にしないでください」
ガードマンが僕の悪口を、グレゴリーという、白いマントに、貴族風情のような雪のように綺麗なコスチュームを着こんだ男に吹き込んでいる。
「ああ、そう、そいつが今、あそこに倒れてる、そこでくずおれてる?」
グレゴリーは何か、わざわざ脚韻を刻むような、奇妙な喋り方だ。
「その通りでございます」
「分かった。マーガレット、準備は終わった?」
その一言をスルーすることなど、僕は到底できなかった。倒れたまま正面へ顔を上げると、確かにマーガレットはそこにいた。あの、グレゴリーと。稀代の魔法天才 (マジックジーニアス)という二つ名を持つグレゴリー・ダニエル・ジェイ=クリフォードと。
マーガレットは、僕ではなく、グレゴリーが本当の彼氏であるかのように、彼と肩を組みあって仲睦まじくこちらへ歩いてきた。
僕は彼女をこんなことに走らせてしまった自分が情けなくなり、目頭が思わず熱くなった。痛む体に鞭を打つように立ち上がり、曲がり角の先をふさぐように二人の前に立った。
「マーガレット・リアン!」
「何よ」
マーガレットはとぼけた様子だ。
「君は僕の彼女じゃなかったのかよ! 何でグレゴリーなんかと一緒にいるんだよ!」
「グレゴリーなんか……? お前、誰に口利いてる? オレ、現チャンピオンって理解してる?」
当の非道なるマジックジーニアスが、横柄に韻を踏んできながら僕を威嚇する。でも、コイツは僕にとって、今やマーガレットの浮気相手。間違いは、正さなければならない。
「分かってるよ、確かにあなたはチャンピオン……」
「分かってんなら、どけよ、ボケ野郎」
「でも、僕の彼女であるマーガレットと勝手にイチャイチャしていい理由など、どこにもないはず! こんなことが許されると思っているんですか?」
僕はマーガレットを好きなんだという気持ちを燃やし、全力でグレゴリーに物申した。
「バカじゃないの、アンタに物を言う権限があると思う?」
冷めた口調で呟いたのは、マーガレットだった。
「どういうことだよ?」
「私はもう、アンタの彼女だなんて思ってないわよ」
さも当然のように言い放つマーガレットの凍てついた表情に、僕は戦慄した。
「どうして、そんなことを言うんだよ」
「だってアンタ、ウィザード始めて何勝何敗よ?」
「4勝……だよ」
「誤魔化さないで、4勝何敗か、この場で胸張って言いなさい。怒らないから」
そう言うマーガレットの顔は、もはや鬼の形相であった。
「4勝……8敗ぐらいかな?」
「1ケタ少ない! アンタ、4勝80敗なんでしょ!」
完全に知られたくない真実を完璧に明かされ、僕は今いる場所が何もない真っ暗闇であるかのように感じた。僕の現在進行中のやましい事実が、少しずつさらされ、それでもまだ明らかになってない部分は食い止めようと頑張ったが、無情にも全て、グレゴリーの耳に届いてしまったという現実に絶望した。
「へえ、お前、そんなんでオレから彼女さらおうと思ってんの?」
「何言ってんだよ? 彼女奪ってんのお前だろ!」
「誰に向かってお前と言ってる、礼儀をわきまえなきゃどうなるか知ってる!?」
グレゴリーは僕の胸倉を掴みながら怒鳴り、容赦なく突き飛ばした。奴の腕力の強さに押され、僕は再び、背中から壊れた壁にぶつかる。歪で無駄に堅固な石壁で、再び背中に鈍い痛みが走った。それでも僕はまた立ち上がる。
「いくらチャンピオンでも、人間としてやっていいことと、悪いことがあるはずだ。チャンピオンだったら、浮気していいのかよ」
「人聞きの悪いこと言わないで、浮気っていうのは、要するに二股とか三股とか、それ以上とか、複数の異性と同時にラブラブな関係を持っちゃうことよ。私はアンタからグレゴリー様に乗り換えたから、浮気じゃない。だからこのお付き合いは健全なの」
「都合のいい解釈して済むと思ってんの!?」
僕はマーガレットへの憤慨を思いっきり言葉とともにはじき出した。
「逆でしょ? 都合のいい解釈をしているのはアンタ。ちょっと見た目がイケメンで女にモテていれば、別にウィザードバトルで勝てなくてもいいや、とか甘ったれた考えで今日まで生きてきたんでしょ!」
しまった。これも図星だ。確かに僕はモテた。鏡を見れば、確かにそこには人並みよりかは見事に整った顔立ちがそこにはあった。でもウィザードとしては全く目が出ずにここまで来た。
「どうせあれでしょ? とりあえずイケメンでウィザードやってればモテると思って始めたけど、実際は顔が傷つくのが怖くて、及び腰で、隙だらけだから相手にあっという間にボコボコにやられてばかりなんでしょ? 今日だってどうせそうよ」
「そんな、別にビビッてないよ」
「じゃあ何で今日の試合だって、棒立ちのままスプラッシュ・なんとか受けるだけで終わったわけ? もしかして『僕は顔が傷つくのが怖くて戦う自信がないから、とりあえず鐘が鳴ったら突っ立ってるんで、スプラッシュ・なんとか一発撃つだけで終わりにしてください』とか舞台裏で対戦相手に頼んでたってわけ?」
「何だその逆八百長! 誰がそんなことするんだよ!」
「アンタ!」
「んなワケねえだろ! 僕をバカにしてんのか!」
「実際バカでしょ。顔に『僕は魔法が怖いDEATH』みたいなこと書いてるの見え見えよ。いくら弁明したって無駄。さっさと切り札引きなさい。引退宣言と言う名の切り札。もしくはグレゴリーの手でアンタは肉だ」
「お前まで何で『切り札』『肉だ』で嫌らしく韻を踏んでんだよ。とにかく、次こそは、次こそはあんな目には遭わないから! むしろ僕が一発で相手をやっつけるから!」
「どうせそれも口だけよ! 口だけって言うまでもないくらい口だけよ! だから私からこの口ではっきり言ってやるわね!」
「何だよ?」
マーガレットは僕の間近に詰め寄った。
「アンタみたいな三流……いや、十流のウィザードとはもう付き合えない!」
そう言い放った彼女は、僕の頬を無造作に打った。
「痛っ……何てことするんだよ!」
「さあ、グレゴリー様、こんなクズ、さっさとブスにしてぶっ飛ばしちゃって!」
「おい! 僕の顔に傷をつけたら……」
「ほら言った! やっぱり自分の顔が傷つくのが怖いんだ。ビビリムシが!」
「何だと!」
「マーガレット、オレの後ろに下がれ」
彼女がグレゴリーに言われるままに立ち位置を移した。コイツ、一体何する気だと思った瞬間だった。
「マーガレットの言う通り。コイツはぶっ飛ぶ遠方に! レイジング・フラッシュ・バースト!」
グレゴリーの野郎は、白い杖の先にある黄金の水晶体をきらめかせた。異常な眩しさに目が眩む。次の瞬間、何かゾウぐらいの大きさのものが間近で爆発したかのような衝撃が、僕の身を襲った。
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