第8章:やっぱり弱さはケガと一緒には治ってくれないみたいです

「アルフレッズ・ボム・トルネード!」

 僕と同じ炎属性のウィザードである亮治が赤く煌めいた杖から繰り出したのは、深紅の竜巻である。しかもその竜巻は、うねりを見せながら、至るところで爆発が起きていた。この世界の天変地異でも見られぬような恐ろしさが、僕の方へ急速に迫ってきた。


「ぐああああああああああっ!」

 僕はあっと言う間に竜巻に呑み込まれてしまった。体を一瞬で溶かされてしまいそうな熱風に全身を包まれてもなお、幾多の爆発が容赦なく体を打つ。やがて竜巻から投げ出され、僕は激しくスピンしながら地面へ叩きつけられた。その威力に、練習中だったはずのウィザードたちからも「おお」と感心する声が上がった。


「フッ、病み上がりやから手加減してくれるとでも思うたんか? スパーリングっちゅうのは、本番と一緒なんや。せやからオレはグレゴリーが相手やろうが、虫けらみたいなお前が相手やろうが、容赦せえへんからの」

 亮治の言葉に、広大な練習場内が静まり返った。


「おいおい、随分静かじゃないか。もしかしてお前らもサボタージュの真っ只中か? それとも、誰かの必殺技に戦慄してしまっているとか」

 先生は雄弁に語りながら、倒れている僕を見てきた。彼は練習場のみんなに向かって、杖を口元にかざした。


「どっちにしても、そんな暇があるなら練習あるのみだ! さあ、行った、行った!」

 先生の声が、杖から練習場全体に伝わる波動に乗って、大きく響き渡る。僕も思わず耳を塞いだ。ビビッたウィザードたちが練習に戻る。再び魔法が飛び交う衝撃音で練習場が騒がしくなった。


「はいはい、そこの君。病み上がりの体に言い訳して、まさかこのまま二十分ぐらい倒れっぱなしってわけじゃないでしょうね?」

「そんなこと、ないですよ」

「いやいや、過去に何回も見たから。魔法スパーリングで相手の必殺技にやられる度に、そのまま休憩モードに入っていたから。十分、二十分、ひどいときは一時間そのまま寝ていたから」


「一時間のときは本当に失神していたんですけど」

「ウソつけ。お前、ホンマは練習嫌いなだけやろ。お前みたいな虫けら、練習の虫のオレにしてみたら大嫌いなんじゃ!」

 亮治がここぞとばかりに吐き捨てる。


「コロンバスコーチ、スパーリング相手変えてくれへん?」

「前にコイツとスパーリングしたときもそんなこと言ってたな。『コイツの相手は張り合いがなさ過ぎて退屈』と。それで君が彼の相手をするのは雨の日限定にしたはずだが?」

 確かに、この日は朝起きたら、空一面がくすんだ白さに染まり、霧のような雨が降っていた。


「あんなしょぼい降り方、雨とは言わへんやろ。つうかそもそも今、止んでんちゃうの?」

「いや、午前7時の地点で一滴でも雨が降ってたら、その日は雨の日認定です」


 スパーリング相手を変えろと迫る亮治と、それを無理問答みたいにいなす先生のやり取りが、僕をさらにゲンナリさせる。僕はバトルウィザードどころか、誰かのスパーリング相手にさえふさわしくないのかという屈辱的な議題がそこにあったからだ。


「コロンバスコーチ、言うてくれましたよね? 僕は今度、グレゴリーと戦うって」

 まさかの人物の名前が僕の耳に飛び込んだとき、僕の目が覚めた。


「亮治、マジ? 君がグレゴリーと!?」

「うわあ、お前ごときにいの一番に知られてまうとはな」

 亮治は不必要に嫌そうな顔を僕に向けた。


「でも、事実は事実や。今度、アイリスコロシアムの開設50周年大会で、オレはメインイベントでグレゴリー・ダニエル・ジェイ=クリフォードと戦うんや。あいりん地区からキング・オブ・ウィザードとなる、この上ないチャンスがワイに訪れたっちゅうことや」


 僕は亮治が羨ましかった。本当は亮治ではなく、僕がグレゴリーと戦いたい。でも、僕なんかじゃ、グレゴリー相手じゃ一秒たりとも持たないんじゃないか。それは、マーガレットを奪われたあの時、グレゴリーが放った一撃で実証済みだ。

「そうか、頑張ってね」


「なんや、これから大スターと戦うオレを前にして、嫉妬する勇気もないんか。これやからお前は80敗もやっちまうマヌケなんやっちゅうのに。コーチ、今、手空いてる人、コイツ以外におらんのですか?」

 亮治は再び先生に懸命にアピールし始めた。


「こんだけウィザードおったら、一人で練習している人おるんちゃいます? 三つ巴でスパーリングやってる人から一人にお願いすんのはどうです? 僕からそういう人を捜しに行ってもいいですか?」

 焦りを顔に表し始めた亮治は、先生の返事さえ待たずに動き出そうとした。


「ドグワッシャアアアアアアアアアアン!」

「わああああああああああっ!」

 遠くの壁の一画が、爆弾を仕掛けられたかのように粉々に吹き飛ばされ、ウィザードたちの悲鳴が聞こえる。破られた壁の煙がゆっくりと消え去る。姿を現した二人の名を、僕は不意に口にした。


「グレゴリーと……マーガレット!」

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