第12章:気が付いたら、闘争本能が沸々としていました
「先生、思ってたより体調よくなったんで、練習させてください」
僕は練習場へつながる廊下でコロンバス先生に頭を下げていた。
「頭を上げな」
先生に言われたとおりにゆっくりと姿勢を正す。
「その目は何ですか?」
また怒りを買ったかと思い、僕は思わず体を強張らせた。
「ああ、ちょっと言い方悪かった? 今まで見たことない目をしていたからね。しかもいい意味で。友道幸助史上まれに見ない、強い意志に満ちた目だ。ヌンティアが何かしたのか知らないけど、やっと戦士らしくなったね。ただそれだけとは言え、とても嬉しいよ。なぜかというぐらい嬉しさが沸き上がってきてるよ」
先生はそう語りながら、わずかに口角を上げ、喜びを表した。
「ありがとうございます」
僕は改めて先生に一礼した。
「行ってきな」
「はい!」
僕は練習場に駆け出した。
「ヒートヘイズ!」
僕は早速スパーリング相手のジェレミー・ウィンストンに対し、杖から陽炎を浴びせた。しかし、すぐに避けられる。
「ロック・オブ・ピサ!」
相手のジェレミーが杖の先の茶色い水晶体を光らせると、足元から岩でできた斜塔が現れ、僕を突き上げる。僕は必死に斜塔にしがみつく。僕のスキルではこれほど派手な技など、到底出せない。目の前でジェレミーが杖を振り上げる。
「ヒートヘイズ!」
「うおっ!」
飛び上がったジェレミーにカウンターで陽炎を浴びせ、墜落させた。追撃にいこうと杖を振り上げたとき、斜塔の側面から石のように歪なツタが4本現れ、僕の体に巻きついた。
「そのまま叩き落してやれ!」
ジェレミーの非情な指示のもと、僕はツタに捕まったまま、前方に放り投げられた。固い床に叩きつけられ、背中に痛みが走る。
「クソ、ほどけろ、ほどけろ!」
そう念じながらもがくが、石のツタがますます僕の体を締め上げている感じがする。
「本当の基本技の打ち方を教えてあげるよ。ロックキャノン!」
「バーニングバリア!」
僕は防衛手段として、藁にすがる思いでこの技の名を叫んだ。そのとき、僕の手前を、炎の結界が遮る。燃え盛る結界の轟音にまぎれ、その向こうから石がいくつもぶつかる衝撃音が確かに聞こえた。バリアが消えると、そこには困惑したジェレミーの姿があった。僕はただ、炎属性の魔術師が持つ守備技を唱えただけだ。
「そんな、石のツタに縛られている相手は、守備技も出せないはずなのに」
そうこうしている間に、石のツタがほどけ、僕は解放された。拘束時間のリミットが訪れたわけだ。
「SHOOT OUTの地属性ウィザードきっての、『ハードアタッカー』、ジェレミー・ウィンストンをバカにしないでほしいね、80敗ボーイ!」
ジェレミーの露骨な挑発に、僕の顔も強張る。でも、もっともだ。ジェレミーだって、15歳のウィザード歴1年ながら、並居る相手をバッタバッタと倒し、15戦13勝。僕から見れば、彼レベルでも無茶な相手なのは重々承知していた。
でも、なぜだろう。スプラッシュ・サイクロンで秒殺されたときとは比べ物にもならないぐらい、僕の体内は戦闘本能で満ちている。こんなに戦うことで生を実感することなんて、今までなかったはずだが。
「カルナック・ドリラー!」
ジェレミーが杖から放ったのは、巨石の三角錐。それが頂点をこちらに向けている。横幅が僕の体の高さと同じぐらい。それが僕の体へ突っ込んでくる。
「バーニングバリア!」
僕は三角錐へ立ち向かいながら、二度目の炎の結界を表出させた。二つの技がぶつかり合う衝撃音。僕は叫びながら、バリアを支える杖を握る両手に力を込めた。しかし、燃え盛る結界は破られ、巨石のドリルが僕の体の中心に突き刺さる。
僕はそのまま壁際に押しやられ、背中から激突。爆発のような音とともにあたりが煙に包まれる。その中で、臓器が二、三個潰されるような感覚とひたすら戦っていると、巨石が砕け散り、地面に倒れ込んだ。
「ハハハハハ、やっぱり僕の楽勝じゃん。やっぱりお前は」
「ヒートヘイズ!」
僕は陽炎の風を起こし、不用意に近づいたジェレミーを吹き飛ばした。
「何だコイツ!」
「自分でも分からない。でも、まだまだ心が戦いたいと言ってるみたいだ」
なんて勢い任せにキザなことを言ってみた。でも自分では何でそんな言葉が出たのかも分からなかった。僕は立ち上がろうとするジェレミーとの距離を一気に詰める。
「ヘイジートルネード!」
僕が杖から巻き起こした陽炎の竜巻は、サンシャインブレスを三度使うことで初めて使えるとっておきの技だ。これもみんなからは「それも基本だから」とバカにされるんだが。
「ジェレミーを呑み込んでやれ!」
僕は勢い任せに声を上げた。竜巻がジェレミーに迫る。しかしジェレミーは鮮やかに体をひるがえしながら回避する。
「ロックキャノン!」
ジェレミーは僕の足元に向かい、石ころを放つ。見事に命中してしまい、僕は前のめりに倒れた。ジェレミーはとんぼ返りしてきた竜巻に気付くや否や、再びひらりと避ける。ヘイジートルネードは僕の方へ迫ってきた。
「うわあっ!」
僕は竜巻の餌食となり、全身を襲う熱風に苦しめられた。竜巻に投げ出された僕は、背中から地面に堕ちた。
「これはどうだ! モアイベリー・バッシュ!」
ジェレミーの杖から4体のモアイ像が放たれる。奴らは僕を取り囲み、まさに「かごめかごめ」の状態で狙いを定めていた。やがてモアイ像たちの動きが止まる。僕はマズいと思った。
「バーニングバリア!」
僕は自分の体を回転させながら、自身を炎の結界で囲った。しかし、炎はあっさりと破られ、僕は4体のモアイ像に勢いよく押しつぶされるハメになった。さすがにこれには、全身の力を失い、倒れざるを得なかった。体内の臓器のほとんどがつぶれたかと思った。
モアイ何とかという技の威力を目の当たりにしたからか、至るところで感嘆の声が聞こえた。
「何だよ、お前じゃ今日も秒殺だと思ったのにな」
見下ろしたジェレミーが、皮肉めいたことを言う。
「それって、どういう意味なの?」
僕はモアイ像により与えられた全身の鈍い苦痛をこらえながら問いかける。
「特に意味なんてな……いわけじゃないな」
ジェレミーの途切れかけた言葉と言葉の間が、意味深だった。
「今までのお前じゃカルナック・ドリラーで倒れちまうと思ったのに、今日はモアイ像まで出させてくれたんだ。お前、頑丈だな。いつからそんな風になった?」
「自分でも分からないよ」
僕はゆっくりと上半身を起こしながら言った。
「何言ってんだ、コロシアムの石でできた壁を何重にも突き破って、バトルフィールドまで飛んでいったくせに」
「あれ、やっぱり見てたんだ」
僕は恥ずかしそうに言う。
「あのとき、別の試合でオレもいたからね。それにお前がコロシアムへ飛んできたのも、それこそグレゴリーのレイジング・フラッシュ・バーストぐらいの技でも食らってなきゃありえないだろう」
ジェレミーは真面目なトーンで語り始めた。
「そうだ、亮治はどうしたのか分かる? 彼もグレゴリーのレイジング・フラッシュ・バーストを食らったんだよ」
「アイツは1ヵ月あまりは病院から出られないってよ」
「えっ!? そんな!」
僕は愕然とした。
「亮治もグレゴリーとの戦いに意気込んでいたのに」
「昨日、お前がヌンティアにイチャモンつけている間にオレは自慢の飛行能力で杖にまたがり、仲間三人ともに病院へ見舞いに行った。そのときの亮治の姿が分かるか?」
ジェレミーはそう言って、指先を光らせ始めた。その先から石ころをつぎはぎしてできた真実の枠のようなものが浮かび上がる。そこには全身包帯まみれで、顔の半分以上をあざに乗っ取られ、ベッドに横たわる亮治の無残な姿があった。
「ウソだろ、彼に限って、どうしてここまで重傷になったんだ」
「逆だろ。お前が何であれぐらいの技を食らって、1週間程度入院するだけのケガで済んだかってことだ」
そう言い放つジェレミーも、顔は苦虫を噛み潰したようだった。
「グレゴリーのレイジング・フラッシュ・バーストは、建物一軒を丸々ぶち壊しかねないとも語られるほどの威力だ。それを食らった亮治は、練習場から吹っ飛ばされるどころか、向こうの街の端にある道具屋へ突っ込んだ。腕もアバラも足も折れまくって1ヵ月あまり入院、その後のリハビリだって相当な時間がかかる。逆に80回も負けているお前が、あの程度のケガで現れたときから、僕は普通じゃないと思ってたよ」
「てことは、僕は、人よりも頑丈ってことなの?」
「そういうことかな」
「うわあっ!」
いつの間にかコロンバス先生が僕の真後ろでスタンバッていたので、僕は腰を抜かしてしまった。このおじいさんは無邪気なのか能天気なのか分からない。
「先生、いるなら一声かけてくださいよ」
「『わあっ!』って驚かせればよかったかな?」
「普通に『ちょっといいかな?』みたいな感じで話しかけてくれたらいいんですが」
「ジェレミー、よく分かったな。いや、亮治とコイツのケガの程度がここまで違うと、気づかぬフリをすることさえ難しいか」
先生は僕の体を確かめるように見つめた。
「友道幸助、お前には立派な能力がある」
「ちょっと待ってください。人より頑丈だなとは思ってましたけど、こんな奴にも、特殊能力があるんですか?」
「ああ、コイツは対戦相手にビビり過ぎるほど、精神面に問題があって、特殊能力が充分に発揮されていない」
「すみません、僕に特殊能力があること自体知らなかったんですが?」
僕も確かに、グレゴリーにぶっ飛ばされたときは、死さえも覚悟したというのに、1週間入院するだけで済むぐらい自分の体が無駄に強いことには不思議に思っていた。
「お前の体にあるのは、ナチュラル・アーマーだ」
「ナチュラル……アーマー?」
「ナチュラル・アーマーは生まれつきその人の体に備わる、生来取得型の特殊能力さ。とにかく体が頑丈で、人よりも極端にケガの可能性を抑えられる」
「それだけ僕がすごい体の持ち主なら、本当はもっと勝てたはずじゃ……?」
僕はすぐさま、今もっとも素朴な疑問を先生にぶつけた。
「確かにナチュラル・アーマーは、十二分に能力を発揮することができれば、グレゴリーのレイジング・フラッシュ・バーストを食らっても、ギリギリの状態で立ち上がれる可能性がある。だが今までのお前の精神的な弱さが、特殊能力の発揮を制限していた。下手なケガをしないだけで、実際は秒殺さえも免れなかったわけだ」
「ということは、僕が強い気持ちで向かっていけば、ナチュラル・アーマーは……?」
「世の度肝を抜くぐらい、凄まじい能力としてアピールできるぞ。だがそれには、お前の気持ち次第だ。お前が誰よりも強い気持ちを持って、相手に『打ってこい!』、いや、『オレを殺してみろ!』という意思で堂々と戦闘態勢を取ってみればな」
「『殺してみろ』は言い過ぎだと思います」
「自分から殺されにいけと言っているんじゃないよ。まあ殺されたけりゃ、今から私がお前をゴキブリに転生させて」
「やめてください! そんな気持ち悪い結末、もう聞きたくもないです!」
僕は衝動的に先生にツッコんだ。ツッコミというか、リアルな本音が出た感じだった。
「と言うことは何ですか、僕がカルナック・ドリラーでコイツを倒しきれなかったのも、コイツのナチュラル・アーマーのせいと?」
「大体そんなところだ。コイツはまさかとは思うが、ゴキブリになりたくない一心で本気になったらしい」
「ゴキブリになる? 幸助、お前、賭けでもやってんの?」
「ニュアンスとしてはそうでしょうね」
「うわあっ!」
芽衣花がこの話の輪にさらっと入り込む。
「何よいきなり」
「だから、いるならいるって言ってよ!」
「アンタがビビり過ぎなんでしょ」
芽衣花は僕の抗議に一切取り合わなかった。
「アンタもご存知のとおり、幸助は負けすぎて使えなさすぎて。だから先生も今度の試合で負けたら彼をマリスランドっていう異世界にゴキブリとして転生させちゃうって言ったの」
「だからゴキブリだなんだって言ったのか」
ジェレミーがあっさりと納得した。この異様な賭けの事実をあっさりと呑み込んでしまうあたりが、非情なバトルウィザードらしさなのか。
「先生、僕に強い気持ちを教えてください。とにかく僕、強くなりたいです」
「分かった。それじゃあお前には、これから特別メニューを課す。期間はグレゴリーとの試合が始まるまでだ。芽衣花にも立ち会ってもらおうかな。お前のカノ」
「彼女じゃないですから」
今度の僕は至極冷静にツッコんだ。
「でも私も、時間があるときは、この人の練習に立ち会うわ。グレゴリーの元カノとして、アイツがぶっ飛ばされるのを見れる可能性があるなら、私も幸助を強くするのを何とか手伝ってあげたいから」
「ほほお、なるほどね」
ジェレミーが急に嫌らしい笑みを浮かべる。
「芽衣花、てことはお前、やっぱり幸助のカレ」
「彼氏じゃないから」
芽衣花も至極冷静にツッコんだ。
翌日、僕は岩壁から転がってきた、自分のアゴぐらいまでに達する大きさの岩にタックルした。そして、跳ね返された。僕に当たった反動で、自分とななめ反対の方向へスローに転がって止まった岩。それを見て僕は、嘆きを口にする。
「いきなりこんなの無茶だって!」
「何言ってるのかな? また弱音ですか、コノヤロー。そんなことを言ったら、ナチュラル・アーマーはヘナヘナのナチョラル・ダーサーになるよ」
コロンバス先生が静かに、かつ冷徹な罵声を浴びせる。
「たかが1個目よ、分かってる。このあと、なかなか眠れないときに数える羊みたいな感じでどんどん岩が転がってくるんだからね」
隣で芽衣花も妙な例えで僕を追い込んできた。ちなみにさっきの岩は、先生が指先から放った青白い光を岩壁に飛ばした結果、その一部が剥がれ落ち、歪な球体となって僕に転がってきたものである。岩壁に残る壮絶な爪痕を見て、これがあといくつも続くのかと思い、これから訪れる厳しさをひしひしと実感した。
「うう……やるしかないか」
「よおし、岩が2個目!」
先生の青白い光が、弾のように飛び、当たった先で再び岩壁が落ち、僕に襲いかかってくる。僕は心を鬼にして、岩に向かって走った。
「おりゃああああああああああっ!」
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