第13章:ナチュラルアーマーもヤバいです、でも特訓の方がもっとヤバいです
「は~い、グレゴリーが二十八人、グレゴリーが二十九人」
コロンバス先生は、いつの間にか岩をグレゴリーに見立ててくれていた。奴の名をさんざん聞かされれば、僕も彼女を奪われた腹立たしさが蘇り、一個ごとに益々積極的に岩に当たっていった。そのたびに、岩は僕を容赦なく押しのけ、明後日の方向へ転がっていく。
「ラスト、グレゴリーが三十人!」
削られに削られた岩壁から、最後の一球が転がる、これまでの二十九個と比べてちょっと大きな気がしたが、僕はここで止まるわけにはいかなかった。
「ゴルアアアアアアアアアアッ!」
僕は枯れ果てた叫び声を上げながら、最後の力を振り絞り、全身で岩にぶつかっていった。17歳の少年と、岩が、お互いの力を比べ合う。そのときだった。
突如して岩が崩れ、僕は勢い余って大きな欠片に躓いて転んだ。全ての力を使い果たしたかのように、僕はその場で動けず、乱れた呼吸と格闘し続けるのが精一杯になった。
「は~い、お疲れ様で~す」
コロンバス先生が相変わらず平坦なトーンで特訓の終了を告げる。
「君、休みたくなる気持ちは分かるけど、周囲みてごらん?」
倒れる僕を見下ろしながら、先生がそう語りかける。僕は大の字のまま、自分の左側を向いた。
「……す、すげえ」
いくつもの大きな欠片となった岩を目の当たりにして、僕は目を丸くした。本能のままに、痛む体を起こし、周囲を見渡す。この光景をどこか嬉し気に見つめる先生と、いつものクールさを装いながらも、驚いたように口に手を優しく添えた芽衣花の姿。岩以外に見えるものは、二人の姿しかない。ということは、やはり僕が、この岩を砕いたんだ。
その事実を実感したとき、僕は驚きの渦に吸い込まれ、その先に至上の喜びを見出した。
「これ、僕がやったんだ……!」
僕はそう呟くと、再び草地に大の字になって、人生で味わったことのないレベルの悦に浸った。
「ナチュラル・アーマーって、すごいな……」
こんな僕にも、他の人にはない特殊能力がある。それを心から感じた今、僕はもうどんな困難も乗り越えられる気になった。
「ナチュラル・アーマーがあったら、グレゴリーどころか、世界を滅ぼすドラゴンの攻撃だって、平気なんだろうな……」
「は~い、そこまで~」
いきなり先生に鼻をわしづかみにされ、無理矢理引き起こされた。
「あの、すみません、まだ疲れてるんですけど。このままあと一時間ぐらい休ませてほしいんですけど」
「私の指導方針が分かりますか? 褒めさえすれど、調子には乗らせないことですよ。何度も言ったはずですよ? それが分からないから、ほら、天狗みたいに鼻が伸びちゃってますよ?」
先生が僕の鼻を揺すぶりながら、淡々とダメ出しした。
「さっきビックリした時間、返してくれない?」
「芽衣花まで何言ってるの? 僕が三十個目の岩、体一つで砕いたの、見ると思わなかったでしょ? ほら、賢者の石を見つけるのと同じぐらいプレミア感あったと思うけど?」
「それが天狗だって言ってるのよ。大体自分の手柄をプレミアとか言っている地点で、ダメウィザードなのよ。あ~あ、ナチュラル・アーマーって、アンタの心に巣食う甘えまでは防げないか」
「その心が君の言葉で一発、二発食らっちゃってるんだけど。ナチュラル・アーマーで防げてないんだけど」
「はいは~い、つべこべ言わない」
再び先生に鼻を揺すぶられる。
「この後もどんどん特別トレーニングしていくからね。Are You Ready?」
コロンバス先生の宣言は、実際の口調ほど軽々しいものではなかった。僕はナチュラル・アーマーによる耐久力を中心にスキルを強化するため、水属性の魔法を使うウィザードから一人ずつ、攻撃魔法をノーガードで受けることになった。
まずはトビー・ディロンが僕の前に立つ。
「何だよ、あの日みたいにまた秒殺されに来た?」
「うるさい、もう一遍やってみろ!」
僕はあの日の怒りもかねて彼に立ち向かう覚悟を示した。
「あっそう、じゃあ、スプラッシュ・サイクロン!」
僕は再び、水の竜巻にさらわれた。溺れそうな感覚になりながらも、歯を食いしばって耐え抜く。サイクロンに無造作に床に叩きつけられたが、僕は体を震わせながらも立ち上がった。
「ウソ、何コイツ!?」
トビーもさすがに驚いたみたいだった。僕はなおも、トビーに戦意のこもった顔を向けていた。
「炎属性は本来、水属性と相性が悪い。まあ、彼の場合なら、相性の悪い攻撃こそが、耐える力を試すのに最もふさわしい。この件を通し、彼がグレゴリー戦に向けてどこまでタフガイになれるかな? これはただの実験じゃないってことだ」
コロンバスコーチが淡々とこの残酷なイベントの趣旨を水属性の面々に説明していた。ちなみにトビーを除き、そこに並んでいた水属性のウィザードはあと9人いた。
この後も僕は、巨大な水の矢で腹のど真ん中を一突きされ、腸を抉られるような痛みを伴うウォーターアロー、水でできた直方体の箱が僕の頭上に現れ、塊となったまま降り注ぐアクア・ケージ・ダウン、機関銃のように水でできた弾丸を連射されるハイドロ・リボルバーなど、非情な攻撃を受けまくった。
この間、先生に指示されたのは、攻撃が来たら、全身と魂に力を込めて、『かかって来い!』と心の中で相手に唱えることだった。僕はウィザードに水責めにされるたびに、がむしゃらに気合をフルに体に込めて、ひたすらに耐えていたのだ。
水だけではない。僕と同じ属性である炎属性の攻撃にも、僕は耐えまくった。あるウィザードが杖の先から出現させた、炎で包まれた熊に、僕は絶叫しながら突進し、がっぷり四つで組み合った。両手が焦げるように熱く感じた瞬間に、僕は辛さを見せまいと、鬼の形相で絶叫した。
次の日は屋外での特訓だ。先生は、自然豊かで山や森が遠くに見える風景に点在する木々に目をつけた。暗黒のエネルギーで織り成された刃を杖から放ち、一太刀で木を根っこから切り倒した。支えを失った木が僕に向かって倒れてくると、僕は生き延びたいという本能ひとつに全神経を注ぐ形で受け止めた。こんな感じで、僕は先生からのムチャブリにひたすら応え続けた。
その他にも、SHOOT OUTにおける地属性ウィザードの代表的存在であるジェレミーのカルナック・ドリラーを十発連続で受け続けた。光の波導弾に突進し、それを跳ね返そうと奮闘しながらも、結局自分が跳ね返され、練習場の壁に背中からぶつかった。
闇の波導弾にはなお強い気持ちで立ち向かい、跳ね返されて体勢を崩したが、床をすべるだけでどこにもぶつかりはしなかった。闇の波導弾を撃ったウィザードがそれを見て目を丸くした。
風属性の女子ウィザード、ミリア・ディーコナイトが起こした「プリティ・ピュア・トルネード」は、桃色の光彩に染まった単純な竜巻だが、巻き込まれたら最後、空高くまで巻き上げられ、コロシアムの外へその身をポイ捨てされるのは分かっていた。僕はトルネードに体当たりし、そいつを抱え込んだ。腕の中で、トルネードがドリルのように激しく回転している感触が伝わる。
僕は本能のままに、それを持ち上げた。四秒ぐらいたったあとで、僕の体は結局トルネードに吸い込まれた。僕に持ち上げられるだけでもよっぽど屈辱だったのか、奴は僕をこれでもかと徹底的にその身のなかでかき回した。かき回され過ぎて、上半身と下半身がちぎれ、体内の臓器、筋肉、骨、脳がぶちまけられるんじゃないかという恐怖感が伝わった。
気がついたら、僕は竜巻から投げ出されていた。竜巻が横から手を出し、侮辱的に「バイバイ」とアクションしているのが見えた。僕は重力の法則に抗えなかったがゆえに、その別れの挨拶に対しても何も返せないまま、スピードを上げながら落下していく。
……僕は水の中へ墜落した。残された勢いで奥まで沈んでいくと、見覚えのある精霊の姿が見えた。僕が驚いたと同時に、彼女は僕を抱えて水面へ浮上した。
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