第11章:まさかゴキブリになりたくない一心で本気になったというんですか?
僕は木々の間を駆け抜けていた。それは決して現実逃避からではない。息を切らし、フラフラになりながらも、あの池の前にたどり着いた。
「ヌンティア様、ヌンティア様~!」
僕は精一杯に池の精霊の名を叫んだ。すると、池が鮮やかに光輝き、眩しさのあまりに自然が生い茂っていた周囲も真っ白になる。光に包まれ、僕はたまらず目を伏せた。
「あっ、あなたなの!?」
いきなり知っているような口調で呼ばれたので、池の方をそっと見つめなおしてみると、そこには池に映る草木を模したかのような髪色と、ひざ下まで伸びる長いブラウスに身を包んだ、僕や芽衣花と同い年ぐらいの女子の見た目をした方がいた。彼女は僕と再会したことが嬉しそうな表情をしている。
「幸助、初めまして!」
ヌンティアは池の縁まで進み出し、胸の前で両手を組みながらも、ありったけの笑みを浮かべていた。
「あの、これでも僕はあなたと初対面なんですけど」
「やーねー。私、この世界に生まれた人間のことは全て気がかっているのよ。ノルマーレムの森で起きる予言は、リンデン国にいる人全てが対象。たとえ私が見たことない人でも、この世界に生まれてきた地点で、いつ私の脳内に顔が浮かんでもおかしくないわけよ」
そう、ノルマーレムの森の予言者を務める精霊は、この国に存在する人間のすべてを、直接会わずして覚えられるという能力を持っている。そのおかげで、本当の意味で無作為かつ公平に、予言対象となる人を選べるわけだ。
「で、何でここに来たの? バトルの練習しなくていいの?」
「練習したいんですけど、その前に、あなたに聞きたいことがありまして」
「ほおほお」
「何で僕がグレゴリーに勝つって予言をしたんですか? それとも負けるって予言も」
「ああ、それなの」
「あなたはグレゴリーに予言画を見せましたよね。そしたらグレゴリーが怒って、ウチの道場に殴り込んで、本来の対戦相手である亮治をボコボコにしちゃったんですよ?」
「はあ、器小っちゃ」
ヌンティアがジト目でうつむきながらつぶやくのを聞いて、僕はドキッとした。
「ちょっと待ってください。僕は質問しているだけで」
「それぐらい分かってるわよ。グレゴリーの器が小っちゃいって言ったの」
「あっ、そうでしたか、すみません」
「いや、でもよく考えたら、予言に関して問い合わせにくるアンタは気が小っちゃいな」
「結局それですか!」
「予言なんていうのはさ、結局アレよ、アレよ。神のお告げみたいなものよ。つまりベッドの上で寝ていたら、突然降りかかるメッセージみたいなものよ。『あなたには国全体を焼け野が原にしてしまう、恐ろしい呪いの力があります』とか、『あなたは恋する彼女を一生モノの悲嘆に暮れさせてしまいます』とか、『あなたはウィザードバトルの大会当日、ケルベロススネークに噛まれて全魔法能力を喪失してしまいます』とか」
「何で例えがネガティブなものばかりなんですか」
「と・に・か・く」
ヌンティアが人差し指で拍子を刻んで話の流れを立て直す。
「予言は神のお告げ。九割以上の人は、それをありのままに受け入れ、じゃあ明日からその予言のある世界で自分はどう生きるかとか、予言をどう対処するかを思慮し、ふさわしい行動を取るべく努力するものよ。アンタみたいなバトルウィザードは、なおさらそうすべき。急に自分がチャンピオンと戦うことになったからって、うろたえて、さらにダイレクトにこちらへ問い合わせなんて、まあ気が小っちゃい小っちゃい」
相談に行くこと自体が不正解であると知らされ、僕はまた情けなくなった。どうしてこうも僕には事の流れが向かないのか。でももう、そんなことを嘆いている暇はない。
「どうすれば、僕は強くなれますか?」
僕は単刀直入に、言いたいことをはっきり言った。前傾姿勢になり、ヌンティアに答えを迫った。
「知らん」
ヌンティアは素っ気なく言い放った。
「ちょっと待ってください。あなた予言者ですよね? ほら、今から予言通りの未来に至るまでのプロセスとか、いろいろあるじゃないですか? 僕がグレゴリーを倒すのに、どんな魔法を手に入れるかとか、どんなトレーニングをしたら強くなるとか」
「アンタなんか勘違いしてない? 私の役目はあくまでも、未来のワンシーンを示すだけ。そこまでのプロセスまでは予言できません」
「えっ……」
僕はヌンティアからの予期せぬ回答に、リアクションを忘れた。
「私が用意するのは結末だけ。物語の起承転結でいうところの結だけ。起・承・転にあたる部分までは予言できないから、そっちの方でご勝手にどうぞって感じよ」
僕はヌンティアのドライな態度に、思わず何て無責任なんださえ思ってしまった。
「何ボーッとしてるのかなあ? 表の予言を実現するために頑張らなくていいのかなあ?」
ヌンティアは僕をおちょくるような素振りさえ見せる。僕の体の芯が屈辱に震える。
「が、頑張りますよ。頑張るに決まってるじゃないですか。僕はグレゴリーにケガを負わせられて、それが治ったばかりです。でもコロンバス先生からは、ケガが治ってから初めての試合で負けたら、マリスランドにゴキブリとして転生させると言われたんですよ!」
「ふう~ん、それで?」
ヌンティアは池の上で、頬杖をつきながら横になりつつ僕の話を聞いていた。精霊の魔力でそんな浮き方をしていられるのか、それとも途轍もなく器用なのか。
「その相手がグレゴリーになるなんて、僕は正直思ってなかった。なぜヌンティアさんが、僕がグレゴリーを倒すか、グレゴリーが僕を倒すかの二つの予言をしたのか、その理由だけでも聞かせてください!」
「だから天のお告げって言ってんじゃん」
「いやいや、なぜ天がそれを告げたのかを教えてください!」
僕は必死にヌンティアに訴えた。
「はあ、めんどくさっ」
「すみません、さっきから精霊らしからぬ発言を多数聞かされているんですが?」
「もううるさい、うるさい、うるさい!」
ヌンティアは現実逃避するように首を横に振った。
「しょうがないわね。実はこの予言も私の頭の中で急に思いついたわけじゃないのよね。この池の底にいたら、メッセージが届いたのよ」
ヌンティアは水の奥を指差しながら詳細の説明を始めた。
「突然、私のいた場所全体が、光で満たされたのよ。周囲の全てをそれで埋め尽くすほどに。完全にアーロス様だと思ったわ」
「アーロス様?」
「この世界を天より司る十二神の一柱。彼は戦いの部分を司っている。だから戦いに関係した予言を行うのは大体あの神よ」
「アーロスが、どうされたんですか?」
「いきなり、『ちょっといいかな? アーロスだけど、グレゴリーって知ってる?』って声がしたのね」
「あの、神様ってそんな砕けた話し方するもんですか?」
「そこはいいから、最後まで聞いて」
ヌンティアが焦り気味に僕を諭し、アーロスのことを深入りさせなかった。
「『グレゴリー・ダニエル・ジェイ=クリフォードを知らないか?』って言ったから、私も眩しさから目を塞ぎつつ、『知ってますが?』って答えた。そこからしばらく、『グレゴリーって強いよね』談義を展開してたんだけどね」
ヌンティアが嬉々としながらいきさつを語っていく。
「そこからどうしたんですか?」
「突然アーロスが、『でもグレゴリーって最近調子乗ってるから、屈辱与えることにしたけどいい?』って言ったの」
ここでヌンティアが急に真顔になる。
「『負け犬キャラに思いっきりジャイアントキリングされて笑われちゃえばいいのに。そうだ、友道幸助。負け犬キャラの象徴と言えば、今なら彼だよな。あっ、これ公式な予言だから、記録しとけよ。しなかったらお前をマリスランドへ飛ばすから』みたいなことを言ったの」
「じゃあ、僕は、神様に指名された?」
「そういうことでしょ」
こんな僕が、アーロスに関心を寄せられること自体、天と地がひっくり返るほどに信じられなかった。そのあまりに僕は呆然と立ち尽くした。
「そのかわりこの世界では、一つの予言ができたら、逆の内容の予言ももれなくついて来なきゃならない。というわけであの予言画よ。グレゴリー本人がこの池にバンバン魔法を撃ち込んでうるさいから、腹が立って数分ぐらい口論して、『これでも見てなさい、アンタ、末代の恥ぐらい後悔するから!』って言って渡しちゃった」
「そうだったんですか、分かりました」
「アンタ、グレゴリーに勝てると思う?」
「正直言って、それは分かりません」
「へえ、そうなの」
ヌンティアは呑気に言いながら池の上で立ち上がると、突然立てた人差し指をきらびやかな緑色に光らせ、上空へと突き出す。空を貫いた光の先から、グリーンの結界が広がり、あっという間に僕たちを包み込んでしまった。森の中だったはずなのに、木々や茂み、草地の一切が消えてしまっている。残っているのは僕、ヌンティア、そして彼女を取り囲む池のみだった。
そうかと思うと、今度は結界が急に深紅に変化した。天国から地獄へ叩き落されるような感覚に僕は息を呑んだ。
ヌンティアが、真面目な顔をしたまま、後ろを指差しながらツンツンと動かす。僕がそこを振り向くと、そこには、真実の枠の中で見たよりも巨大化した筋肉質な青年が、猟犬ほどにデカいゴキブリを地面に仰向けで押さえつけていた。その体勢のまま、奴はゴキブリに視線を送る。
「君の未来はこうだよ、コースケ・トモミチ」
あの日よりおどろおどろしく変化した声色で、奴はゆっくりと掌を掲げると、断頭台のギロチンのように振り下ろした。ゴキブリの肉片が一瞬にして飛び散り、僕にも浴びせられた。そんな異様な状況下にも関わらず、青年は、あの時には見えなかった悪意に満ちた笑い声を上げた。まるで僕をマリスランドへ歓迎するようだった。
真実の枠で見た時よりも、僕がゴキブリとなって無残に潰されるという未来は、壮絶な臨場感となって僕の心を呑み込んだ。僕は死が目と鼻の先に迫っているような恐怖感に支配され、目の焦点が合わなくなり、真っ暗になった。
「幸助……幸助?」
目が覚めるとともに、聞き覚えのある女子の声がした。
「芽衣花」
「もう心配したじゃない。何も言わないでいきなり飛び出していくから」
「それはすまなかった」
僕はベッドからゆっくり身を起こし、芽衣花に詫びた。
「ちょっと待ってくれ。誰が僕をここまで連れて帰ってくれたんだ?」
「これのおかげね」
「えっ?」
芽衣花が持っていたのは、羽のついた巻物だった。これを広げると、僕が芽衣花に見守られながら、ベッドで寝ている絵があった。
「予言画?」
「ヌンティアに限らず、予言ができる精霊は、予言画に羽つけて飛ばすこともあるからね~」
芽衣花がさらっと説明した。
「ちょっと待って、予言画だったら、裏は?」
「はい」
芽衣花があっさりと見せた裏面には、呆れ顔で魔法の杖から稲妻を起こし、僕をシビれさせるコロンバス先生の姿が描かれていた。傍らでは顔を覆い、衝撃シーンから目を逸らすヌンティアもいる。
「こうならなくてよかったわね」
「そうなんだ……って僕、どれだけ寝てたの?」
「安心して、日付は変わってないから。ちなみにみんなは午後の練習中です。アンタは様子見でとりあえず一日休んでた方がいいっぽい。コロンバス先生がそう言ってたわよ」
「ダメだよ!」
僕は衝動的に声を上げた。
「何が?」
「だって僕、負けたらゴキブリになっちゃうんだよ? ホラ、筋肉ムキムキ野郎の掌の上に乗せられて……」
と言いながら僕は掌を芽衣花に示す。
「あああああっ! もうあんな未来、気持ち悪すぎて説明すらロクにできない! とにかく、練習しなきゃ!」
僕は再び芽衣花を置いて部屋を飛び出した。
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