第7章:ケガと一緒に弱さという病も治ってくれたらいいんですが

「芽衣花、このケガを何とか治せないか?」

 僕はベッドの上で左足を突き出し、芽衣花に真剣に頼んだ。

「一体どういうつもり?」


「とりあえず右腕の打撲は全治10日だから、昨日で包帯が外れた。あとは、この左足の靭帯が切れたところ、全治2週間。まあ2週間っておおよそなんだけど、本当に14日間安静だったら今日も入れてあと4日は待たなきゃいけないって感じか。でも、回復魔法を得意とする守護術師、つまり君の力を借りて、全治を早められないかと聞いているんだ」


 ズルいことしやがって、と思う人もいるかもしれない。でも僕はとにかくケガを治したい。早く包帯と苦痛から解放されたかった。


「一応、一週間までなら全治を縮められる魔法があるけど?」

「ああ、だったら余裕だ。残りの三日分で靭帯をもう切れないぐらい頑丈にもできるんじゃないの?」


「だって80回も負けるような意識低いボーイなんでしょ? 本当はあと4日、ケガにかこつけてゴロゴロするのが関の山なんじゃないの?」


「意識の高さに、負けの回数は関係ない」

「あるわよ。アンタが意識高かったら、今頃は逆に80勝4敗ぐらいになってるはずよ」

 芽衣花は冷淡な視線と言葉を真っすぐに僕に突き刺す。


「それともアレ? まさかゴキブリになりたくない一心で、今からでも魔法の練習したいとか?」

「ご名答」

 本意を見透かされたことを取り繕うように、僕は涼しい顔でうつむき、気取って見せた。


「アホらし」

「ちょっと、何がアホらしいんだよ」

「要するにあれでしょ? 魔法の練習したいっていうのは口実。でも本当は練習嫌いだけど、ケガの痛みも嫌いだから、とにかくケガだけは治してくださいっていう魂胆でしょ?」


「何だそれ!? 僕はどんだけヒネくれてるんだ!?」

「あえてヒネくれてるんでしょ」

「何をあえてるんだ!?」


 しかし芽衣花はシカトを決め込んで部屋を去った。

「何だよ、アイツ、別に禁断の魔法を使えとも言っているわけじゃないのに」

 納得いかない僕はベッドに横たわり、うわ言をこぼした。



 翌日、目が覚めると、僕はベッドから降りて、脇にたてかけていた松葉杖を手に取った。次の瞬間、一枚の紙が床に落ちたので、杖をどかして拾い上げた。


「アンタが寝ている間に、回復魔法『ファスト・ヒーリング』を施したから。私も守護術師として半人前だから、三日分の回復量しか与えられなかったけど、一日ぐらいワケないよね」


 僕はベッドに足を下ろすと、ためしに左足をそっと上げてみた。確かに痛みはもうない。元に戻ったことを確かめるため、左足のふくらはぎの部分を揉んでみる。柔らかな弾力だけで、痛みの介入はない。松葉杖を掴みながら、そっと立ち上がってみる。杖を突きながらも、六歩歩き、六歩下がる。痛くない。


 そう分かった瞬間、自然と嬉しさが溢れた。

「よっしゃああああああああああっ!」

 ガッツポーズとともに雄叫びを上げる。ベッドを転がって越えると、窓の右側の角にかけたままの魔法の杖を手に取る。


「今日から僕が持つのは松葉杖じゃなく、この魔法の杖なんだ……!」

「いきなり何? 超絶うるさいから目覚め悪いんですけど」

 芽衣花が不満タラタラで部屋に入ってきた。


「あっ、芽衣花! 僕、ついに足治ったよ!」

 そう告げて、ベッドの上をまた転がり、左足を突き出す。パジャマのズボンの裾を上げると、まだ包帯が巻かれたままだったが、僕は左足を上下に大きく振って全快をアピールする。


「フッ……お子ちゃま」

「何だその言い方!? ケガが治ったの喜んで何が悪い!?」

 僕は思わず憤慨の言葉を芽衣花に浴びせた。

「とにかく、ケガが治ったの! ほら、こんなに歩けるんだって!」


 そう言って部屋中を縦横無尽に歩き回ってみせた。

「そう、良かったね」

「いやいやいや、君が治してくれたんだよね? 僕の部屋にも書き置き残してたでしょ」


「本当は80敗ボーイのために回復魔法使うのってどうかなって気が引けてたのよ。アンタを治して明日から練習させても、それで解決になるのかなって」


 芽衣花は僕から視線を逸らしながら語った。

「僕が頼んでから、素直にすぐに治せばよかったのに」

「じゃあ、明日から魔法に対して真剣に打ち込む?」

「本当だって! ケガが治る前のリハビリにもちゃんと取り組んでいたし、今日好きなだけ動けるってことなら、ワケないだろ」


「何それ、象さんの鼻息みたい。プロのウィザードならもっと恐ろしい熱風、何パターンでも放てるわよ。あとさっさと窓閉めて。雨が降ってるんだから、それが入ってきて部屋が濡れるわよ」


 確かに実際に外は霧雨が主役だった。大人しく窓を閉める。


「勝手に窓開けちゃって悪かったけど、今の技は炎属性のウィザードには有名だからな」

 僕は不満に思うあまり、芽衣花のダメ出しに抗議した。

「有名でしょうね。だってただの基本技だし。アンタのその自慢って、『九九が全部言えます』ってレベルでしかないのよ」


 悔しいが事実だった。部屋を去る芽衣花の背中をただ見送るしかできなかった。僕みたいに特段の強みのないウィザードは、自分のチャームポイントを語ろうにも、「あいさつができます」「きちんと人の話に耳を傾けられます」的な当たり前すぎてしょっぱい自慢をあたかも凄いように言うことしかできない。何度も思い知らされた現実を、もう一度知ったのである。

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