第19章:アイツが意地悪なのか、神様が意地悪なのか、僕には分かりません

「ドロップバーナー!」


 僕は奴が破滅的な力を放つ寸前に、マグマの滴を飛ばした。


「うっ……!」

 灼熱の滴はグレゴリーの喉元を捉え、彼に技のコール完了を許さなかった。ヒザをつくグレゴリー、黄金のエネルギーも、それまでの威圧感を全否定するようにしぼみ、消え去った。


 僕の一撃は、決して必殺技ではない。しかし、場内はまるで僕が必殺技を決めたかのように騒がしくなっていた。


 グレゴリーは、喉を押さえて立ち上がる。杖を振りかざし、声を上げようとするが、喉へのダメージでそれは敵わない。これは、ビッグチャンスか……!?


 そう思った僕は、みなぎる自信に身を任せて、杖をかざした。

「スパーキービート!」

 僕は杖の先から火花を飛ばし、グレゴリーに襲わせた。しかし、グレゴリーは何も言わずに、光輝の結界を作り上げ、攻撃を防いだ。


「なぜだ……」

 あれは確かに光属性の基本的な防御技「シャイニング・バリア」。 しかし、グレゴリーはそれをコールしたわけじゃない。グレゴリーの類まれなスキルの高さなら、あれぐらい技名をコールしなくても出せてしまうというのか?


 グレゴリーは鬼気迫る表情で、さらに銀色に煌めく光線を放つ。僕は胸を突き出して真っ向から受け止めた。これが僕の特殊能力、「ナチュラル・アーマー」だ。


 僕はグレゴリーとの距離を詰め、「スパーキー・ビート」を放つ。グレゴリーにはナチュラル・アーマーなどないから、奴は後ろに転がって倒れた。すぐにゆっくりと立ち上がるのを見るや、「ヒート・ヘイズ」でぐらつかせ、再び「ドロップ・バーナー」を撃ち込んだ。これまでグレゴリーから受けてきた屈辱を晴らすために、僕はそのお返しをこれでもかと見舞い続けた。


 グレゴリーがフィールドに大の字になっているのを見るや、僕は天を見上げた。そこに杖をかざし、パワーの吸収を始める。杖の先で、深紅のエネルギーの塊が増大化していった。


「天よ。我の強さを証明すべく、大いなる力を我にくれたまえ。アイツに一矢報いるため、これまでの鍛錬の成果を示すため、我のもとを去った女子に我の只今のあるがままの姿を示すため、過去の弱き我と決別するため、そして!」


 僕は大きく息を吸い込み、最後の目的を唱えた。


「友道幸助の生きた証を、魔法の世界に刻むため!」


 深紅のエネルギーは、フィールドの半分ほどを覆いつくすほどの巨大な球体として、激しく揺れ動いていた。


「いざ参れ! ギガ・メテオ……!」


 ……キャノンとまでは言えなかった。土壇場になって、僕の弱さが心を一気に巣食ったからか。グレゴリーの身が砕けるのを、優しさが邪魔したからか。ユースチャンピオンを超えることに、怖気づいたからか。


 否。 どれも違う。


 奴の非情なる手段に、僕は目を疑ったからだ。

 

 いつのまにか、ヌンティアが目の前にいる。両脇に腕を絡められた状態で。その背後でグレゴリーが、凍てついた目で睨んでいた。

 僕が唖然としている間に、膨らみきったエネルギーは、生気が抜けたかのように一気にしぼんでいき、跡形もなく消えた。


「弱虫め。その手を慎め」

 声を取り戻したグレゴリーが、僕に脅しの言葉を浴びせてきた。


「ヌンティア、どうしてそんなところにいるんだよ」

 僕は気が動転して、彼女に事情説明を求めた。


「私だって知らないわよ。先生の隣で、『真実の壁画』で試合を観ていたら、突然グレゴリーに羽交い絞めにされたのよ」


 ヌンティアも、説明したくてもしきれない感じだった。僕が必殺技に行くためにエネルギーを貯めている間は、確かにそれなりの隙があるが、グレゴリーがわざわざ舞台裏にいって、ヌンティアを捕まえられるだけの時間まではなかったはず。じゃあ、どうして?


「スキルを見せつけてやったんだ。お前のその体に宿った鎧と同じ類のスキルだ。特殊能力だよ」

 グレゴリーは、これ見よがしに言い放った。


「オレの特殊能力を説明してやる。能力名はマグネットセンス。これでお前のチャンスも潰えた、全部」

「グレゴリー!」

 僕は苛立ちのあまりに叫んだ。


「まあ聞けよ。腹いせは慎めよ。この能力は、24時間に2回、実際に生物と非生物1回ずつしか使えない。でも、この世界、どんな場所からでも、自分が頭の中で希望した人や物を問答無用で出せる。だからこのスキルを気に入ってるよ、とりあえず。これでヌンティアを呼び出したら、すぐに仕返しするのもアリだしな」


 細かい韻を交えながら、グレゴリーが雄弁に言葉を並べた。


「さっきの深紅のエネルギー、あれでお前、本当にオレの首をはねる気? それぐらい身の危険を感じた。オレは特殊能力を使わなくても遺憾なく力を発揮できた。でもああなると、咄嗟に特殊能力を抜刀する以外なしと、そんな感じだったな」


「卑怯だぞ! そんなことして恥ずかしいと思わないのか?」

「お前に負けることの方が恥ずかしい。セミの抜け殻に転生したほうがマシ」

 グレゴリーは悪びれることなく言い放った。僕は憤るあまり、杖を向けた。

「どうしますか? そこからまた火でもぶっ放しますか? ここにいる精霊は見殺しますか?」


「幸助!」

 囚われのヌンティアが僕の名前を叫ぶ声が、何とも悲痛だった。ダメだ。撃てない。ヌンティアの体が、グレゴリーの体の大部分を遮っているから、どんな技をどう撃っても、彼女を巻き込んでしまう。こんなシーンに備えた訓練なんて、一秒たりともやったことない。もどかしさに、杖を握る手が震えた。


「アルジェント・ビーム!」

 ここでグレゴリーが、先ほど無言で放った銀色の光線を再び繰り出した。僕は当然のように、ナチュラル・アーマーの宿った体を突き出し、受け止める。


「きゃああああああ!」


 ヌンティアが突然、雷撃のようなものに包まれ、悶絶した。そのまま地面に力なく倒れる。

「ヌンティア!」

 僕は呆然とした。グレゴリーはさもしく両手を挙げ、ヌンティアには触ってないようなアピールをする。


「ヌンティアに何をした!」

「さあ、どうかな? 呼び出した人って、オレの敵が特殊能力を使ったら、プラズマに包まれて痺れちゃうんだっけ?  どうした、そんなにいきり立って」

「お前!」


「ほら、君の友達か何かだろ? 介抱しないの? それとも君には人情味ないの?」


 グレゴリーは嫌らしく語りながら、ヌンティアから後退する。僕は迷わず彼女の方へ駆けつけた。

「ヌンティア、ヌンティア!」

「幸助……」


 ヌンティアはダメージにかなり悶えているようだが、意識はあるようで何よりだ。しかし、安心したのも束の間だった。こめかみに不穏なものを感じる。おそるおそる感覚のする方を向く。グレゴリーが不敵に笑いながら、魔法の杖を僕に突きつけていた。


「ミルキーボウル!」


 鉛のような球体を至近距離から頭にぶつけられ、僕はロケットのように遠くへ飛ばされた。ぼんやりと喧騒が聞こえる。見上げた空が何重にも重なっている。青空の中にぽつりと浮かぶ雲が、蜃気楼のように増殖している。


 僕は大事なことに気づいた。なんだか眠い。でも、誰かが「寝るな! 寝たら負けだぞ!」と叫んでいるような気がする。そうだ。今、僕は、グレゴリーと戦っている。寝ちゃダメだ。起きなきゃ。でも、頭が猛烈に痛い。頭蓋骨が砕けたかも。それでも、戦わなきゃ。


 僕は自分のおでこに拳を突き立て、自身を鼓舞した。グレゴリーを、ぼやけた目で探す。目をこすると、どこかへ杖を向け、次の技に入る奴の姿が見えた。


「クリスタル・ジャイル!」

 フィールドに置き去りにされていた水晶体の歪んだ檻が、宙に上がる。上を向いていた底が元の方へ返りながら、僕のもとへ降ってきた。


 意識が朦朧としていた僕は、これを防ぐこともかわすこともできず、檻に閉じ込められてしまった。


「オレのエクストラショータイムだ。お前、どうせオレに勝つ可能性は皆無だ。だからしばらくそこで見とけ」

 グレゴリーが傲慢に言い放つと、ヌンティアに向き直った。


「さあ、ヌンティア、懺悔の時間だ。あの過去には遺憾だ。だからお仕置き、 せいぜい生きて帰れることをお祈りしな」

 グレゴリーの韻を踏みながらの脅迫に、ヌンティアの顔は怯えていた。


「お前の過去を、このコロシアムにいる人たちに知らしめてやるよ。なあ、みんな、オレの両親がどうなったか分かるか?」

 グレゴリーは憑りつかれたような顔で、観衆を煽る。それに応えるように、観衆の多くが声を上げた。


「よしよしよし、そうだね。 両親やられちゃったんだよね、それでマリスランドに送られちゃって」

 グレゴリーの告白に、同情のような悲壮感のある歓声が降り注いだ。


「ヌンティア、お前、そのとき何やった?」

「マリスランドの景色をバックに、うつむく二人の様子を予言画に示しました」

「それだけじゃないだろう? お前の予言画って、裏もあったよな?」

「はい……」


 グレゴリーはヌンティアに杖を振り上げて威嚇した。

「もうやめてやってくれよ! ヌンティアが泣きそうだろ!」

「うるせえ、80敗ボーイは黙ってろ!」


「一応、4勝はして……」

「ミルキー・ボウル!」

 きらびやかな鉄球が襲いかかる。とっさに後ずさりした僕。鉄球は凄まじい衝突音とともにクリスタル・ジャイルをへこませた。おぞましい暴挙に僕は声を失った。


「ヌンティア、お前のあのときの予言画を言ってみろ!」

「表は両親がマリスランドの酒場で、二人揃って酒に溺れる絵、裏は……あなたが、やつれた女子を二人従えながら、通りを彷徨う絵です」

「それだ」

 グレゴリーはワケアリの笑みを浮かべた。今にも次の暴挙をブチかましそうで、僕は恐ろしくて見ていられなかった。


「てめえがくだらねえ予言をしたせいで、両親はこの世界を飛び回るカーシング・ドラゴンの撃退に失敗した。カーシング・ドラゴンの必殺技フェイタル・センディング・ブレスに両親は巻き込まれ、マリスランドへ送られたわけだ」


「でも、あの予言は私が決めたわけじゃ」

「うるせえ、あれを示したのはお前だろ。お前がマリスランドにでも行けばいいんだよ。聞いたぞ。精霊の座も追われてやること全然ないんだってな」


「やることならあります。彼のトレーナーです」

「あのクズのか? んなもん職業じゃねえ、ご苦労とも言わねえ。職業っていうのは、この世界の社会に貢献してこそだ。お前のその選択は冒険にもならねえ。頭イッちまったみたいだな。なおさらお前こそマリスランドに行っちまいな」


 グレゴリーはヌンティアを突き飛ばし、後ずさりすると、天に杖を掲げた。マズい!

 僕はとっさに、クリスタル・ジャイルの網目の隙間から、杖を奴に向けた。 そのとき奴はすでに、杖の先でエネルギーを膨らませていた。


「ヘビー・パーティクル!」


 人間一人が入れるような大きさの煌めく球体を、ヌンティアに襲わせようとしている! ヌンティアは座り込んだまま、顔をそむけた。

「そらっ!」


「何!?」

 僕が思わずそう叫んだのは、ヘビー・パーティクルがヌンティアではなく、僕に放たれたからだった。踵を返して嘲笑うアイツの確信犯な顔を、僕は憎んだ。


「ズガッシャアアアアアアアアアアン!」


 砂煙に包まれ、僕は人形のように重力に体を弄ばされるように、二度、三度と激しく地面に叩きつけられた。砂煙が晴れると、皮肉にも僕は自由の身になっていた。クリスタル・ジャイルが、グレゴリーの強烈なスキルでバラバラに壊れたからという理由に、ゾッとした。


「知ってんだよ、ドロップ・バーナーか何かでまたオレの喉でも狙って、喋らせなくしてやろうとか企んでたんだろう、単細胞。ご愁傷、オレは二度も同じては踏まぬよ、バーロー」


 グレゴリーはこちらに歩み寄りながら、僕を意気揚々と罵倒し、ヌンティアの方へ向き直り、再び同じ技の準備に入った。


「復讐タイムはジャイアントサイズだ」


 奴はヘビー・パーティクルを再び繰り出そうとしている。ユースチャンピオンにして、マジックバトル界の神童のスキルは恐ろしすぎる。あれぐらいのクラスの技、短時間に二発も出せるウィザードなんて、今まで見たことない。


 ヌンティア、鍛えてくれたことはありがたい。ただ、今は許してくれ。君を助けようにも、こうやって遠くのグレゴリーの足元を目指して、激しい痛みをこらえながら這っていくのが精一杯だ。


「覚悟しろ、堕精霊という名の悪道よ。ヘビー・パーティ」


「やめなさい!」

 

 ヌンティアの手前で、両手を広げて立つ者は、紛れもなく、芽衣花だった。

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