第17章:もし僕が勝ったら、自分が負け犬じゃないと証明できます

 これは現実なのか。

 それとも、夢なのか。

 僕は、どっちが答えなのかを測りかねていた。


 魔法の杖の先端にある水晶体から、軽く煙が出ている。その先から放たれた隕石が、その先のなだらかな坂を越え、上り終わりの地点で壮絶な爆発を起こした。その衝撃で、僕が立っているところでも地鳴りがした。


「これが、ギガ・メテオ・キャノン……」

 僕は一人でうわ言を呟いた。

「ワーオ、ファンタスティック」

 この空気に見合わぬ言い草が聞こえたのは、天の彼方からだった。


「本番は2日後でしたね? あなたのご健闘を、天から祈っています」

 深紅の星がそっと消え去っていく。ウィスティアが去ったのである。その後も、僕は、自分があれだけ巨大な隕石を放ったことが未だに信じられず、その場に立ち尽くしていた。



 翌日。

「ギガ・メテオ・キャノン!」

 僕は再び、杖より現れ巨大化した隕石を放たんとした。しかし、隕石は急速に石ころ程度に縮まり、力なく草原を転がるのみだった。

「ああ、昨日のはやっぱり、まぐれだったのかな」

 僕は地平線を眺めながらつぶやいた。その後ろから芽衣花が駆け寄ってくる。


「本当に、これで大丈夫なの?」

 彼女の心配する声が、かえって僕の胸を締めつける。

「昨日はうまくいったから、という慢心があなたの潜在意識で踊っていたんじゃない?」


 ヌンティアにそう言われてグサッときた。確かにそう考えていたかもしれない。だが今日も何度も試して、一度も成功していない。草原に余分な石ころを転がしただけだ。

「まだ練習時間が残っているけど、中へ戻ろう。グレゴリーと戦うにあたってのイメージトレーニングと、戦略プランの構築に専念しましょう」


「それでいいの?」

「どんなすごい技を持っていても、勝ちたいという精神状態が完成しない限り、実力がまともに発揮されるのは難しいわ」

 ヌンティアは芽衣花にそう語りかけると、僕を手招きして帰りの合図をした。


 その夜、部屋の中で僕は、ヌンティアと芽衣花の三人と、床のうえに座りながら向かい合っていた。ちなみに僕と芽衣花はすでにパジャマ姿で、ヌンティアは寝間着も妖精時代のローブ的な格好のままだ。


「まあこんな感じで、食事とか風呂とかの時間を挟みつつ、時間の許す限り語り合ったわけじゃない? 幸助、今の気持ち教えて。グレゴリーに勝てるかどうか」


「勝つしかないだろう。ここで負けたら、僕はゴキブリに転生しなきゃいけない。猟犬みたいにデカい分だけマシとも言わないからね。負けたその場で先生はフィールドにやってきて、僕を転生させちゃうよ」

「何かまた後ろ向きな感じになってない?」


 芽衣花の指摘が、僕の胸をきゅっと締めつける。目の奥が熱くなる。どうしてか分からない。自分でも表情が崩れ始めそうなのが分かった。僕は女子と妖精にそれを見られたくなくて、ベッドに顔を伏せた。しかし、嗚咽は止められない。僕の顔の下で、布団が濡れ始める。


「いきなりどうしたの?」

 芽衣花が不思議そうに語りかける声が聞こえる。でも、僕はただひたすら布団に顔を伏せ、だだ漏れする嗚咽と闘っていた。


「もしかして……?」

 そこまで言いかけて留まったのは、ヌンティアの声だ。

「……ごめん」

 僕は、二人に対してそれしか返せなかった。


「ちょっと、一人にしてくれるかな?」

 僕はむせび泣きながら、二人にそう頼んだ。

「辛いのは分かるわ。アンタぐらいの状況に置かれた人、見たことないし、見るとも思わなかったから」


 芽衣花がそう語りかけながら、僕の肩口に手を置いてくれた。

「この機に乗じて何かやる気? 私なんか多分それでも不純異性交遊とか言われて」

「今は関係ないの!」

 芽衣花が真剣な声でヌンティアを諫めた。


「アンタの気持ち、痛いほど分かるわよ。でも、『ごめん』とか、『一人にして』とか、その場しのぎみたいなこと言ったって仕方ないじゃん。辛い気持ちは、素直に吐き出してごらん。私がアンタにそうしたみたいに」


 その瞬間、僕はあの場面を思い出した。あの日、僕はグレゴリーとの失恋に泣く芽衣花を慰めながら、彼女の部屋でついつい一夜を過ごしてしまっていた。

 僕は、涙にまみれた顔をゆっくりと芽衣花に見せた。

「僕、怖いんだよ」

「何が?」


「負けるの。次に負けることがあったら、それはこれまでの80回の負けとは違うんだ。マリスランドにゴキブリとして転生して、光も希望もない世界を彷徨わなきゃいけない。筋肉質な男に拾われて、手のひらで押し潰されてしまう。明日そうなるのかと思うと、怖いんだよ」

「そうなの?」


「それだけじゃないよ。相手はグレゴリーだよ。僕は一度、コロシアムの舞台裏でアイツにぶっ飛ばされたことがある。それもレイジング・フラッシュ・バーストで、マーガレットの目の前で」


「グレゴリーの必殺技?」

「確かに僕にはナチュラル・アーマーがある。おかげで人並みより体が丈夫なのも分かっている。でも、必殺技を撃たれる恐怖までは、アーマーでは防げないんだ」

「幸助……」


「芽衣花、一つだけ言っておく。僕は、やっぱり勝てないかもしれない」

 部屋がしんと静まりかえる。それはきっと、僕の吐いた言葉が幼稚だったからではない。むしろ、僕の飾り気のない本音だったからこそ、二人はどう反応していいか分からないのかもしれない。


「でも、これも約束する。僕はこれまでの僕より強いってことを、君に見せてあげる。そうすれば、僕は決して負け犬じゃないって、みんなに伝わると思う」


「幸助……」

 芽衣花がベッドに上半身をもたげて僕に寄り添った。


「大丈夫だよ。きっとあなたならできる。私がついてるから」

「芽衣花」

 彼女は、そっと口角を上げ、柔らかく微笑んだ。


「アンタ、これまで充分努力してきたでしょ。グレゴリーを倒すために、やることやってきたでしょ。それは私もよく知っている。あのギガ・メテオ・キャノン、本当にかっこ良かった。私も見ていたから。ヌンティアも、先生もそう」

「じゃあ、僕、自信持っていいんだ」


「そう。それだけは忘れないで。たとえアンタがグレゴリーにぶっ飛ばされて、マリスランドに行くことになっても、私はアンタが今まで頑張ってきたこと、ずっと忘れないから」

「ありがとう」

 僕の感謝の言葉に、芽衣花が肩に手を回して答える。しばしの沈黙が流れる。


「一つ言っていい? そのまま寝ちゃう気?」

 忘れた頃のヌンティアの声で、僕たちは現実に立ち返った。

「もう、隙あらばそれ? 私なんか池の中で幸助をちょっと抱いただけで」

「それは関係ないでしょ」

 芽衣花が冷たい声でヌンティアの勢いを断ち切った。


「でも、試合前日の男子の部屋に入り込んだまま一夜を過ごしちゃうのは、さすがに問題行動よね。分かってる。私まで先生にサンクションされたくないから」

「じゃあ、おやすみ」

「ちゃんとベッドの上で寝てね。試合当日に風邪ひいてもらうと、さすがにアレだから」

「分かってるよ。明日は僕にとって人生で一番大事な試合だもん」


 芽衣花が去るのを見送ってから、僕はベッド付近の壁にかかった燭台に灯るロウソクを吹き消そうと近づいた。そこで何気なくベッドの方を向くと、いつの間にかヌンティアがベッドの布団に収まっていた。


「何してるの?」

「だって寝るところがないから、一緒に寝かせてもらおうと思って」

「ヌンティア!」

 芽衣花が戸口から冷たい声を飛ばす。


「しょうがないわね……」

 堕妖精は残念そうに芽衣花のもとへ行き、二人で部屋を出る。


「扉、閉めて」

「はいはい」

 ヌンティアは不満を覗かせながら従った。僕が改めてロウソクを消すと、部屋は真っ暗闇に包まれた。

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