第16章:魔法の杖から燃え盛る隕石が飛び出しました
森の入口を引き返し、そこから道場の方面から逸れたところにある草原に僕たちは集結した。草原といっても、本当にあたりにはモンスターが飛び出してくるような茂みさえもなく、360度完全に開けている。出ていったばかりの森の形を成す木々がちゃんと見えるし、別の方面を向けば、道場どころか、その向こう側の町の風景さえも少しばかり見える。
「ここまで来れば大丈夫か。じゃあ、ヌンティア、やっちゃって」
先生で軽い口調で特訓のゴーサインが出た。
「よおし、いっくわよ~!」
ヌンティアがローブのような衣の腕をまくりながらアピールした。
「ギガ・メテオ・キャノン!」
僕は早速技名を叫びながら、両手で握った杖を振るったものの、何も起きない。
「ああ、やっぱり80敗ボーイじゃそんなものか」
ヌンティアの冷めた言葉が、僕の胸元に突き刺さる。
「あのね、ギカ・メテオ・キャノンのような必殺技は、ヒートヘイズや、ドロップバーナーと同じような気持ちで放つものじゃない。それじゃあ杖の先から隕石も出てきやしないわよ。だってアンタ、私が教えてくれた動作をただなぞっているだけじゃない」
「じゃあ、どうすれば」
「隕石はどこからやってくるかイメージできる?」
「空から」
「あながち間違いじゃないけど、隕石は空の向こう側から落ちてくるのよ。それはどこ?」
「宇宙です」
「そう、これは宇宙を巻き込むほどのエネルギーを使った、一大必殺技なのよ。宇宙を味方につける意志をアピールしないとね。宇宙からのエネルギーをその魔法の杖にかき集めて、初めて放出できる技なんだから」
ヌンティアのアドバイスに従い、僕は魔法の杖を太陽にかざした。
「ダメダメ! 太陽にかざしたら、宇宙からのエネルギーが太陽にさえぎられて、魔法の杖にたくさんは集められない。そうなったら、放出できるのは隕石ではなく、ただの石ころよ」
「石ころでも、それなりにダメージは与えられるんですよね?」
「アンタ馬鹿あ? しれっと目的意識を隕石から石ころへレベルダウンしてどうするのよ? アンタが出そうとしているのは?」
「隕石です」
「そう、何てったってギガ・メテオ・キャノン。宇宙から集めたエネルギーが織り成す、正義の隕石! それがアンタの手から放たれれば、魔法史さえも揺るがすこと間違いなし! で、失敗したら、救いようのない負け犬として惨めな日々。もう試合にさえ出してもらえないかもね!」
「それどころか、負けたらゴキブリだよ~。マリスランドにゴキブリとして転生だよ~」
コロンバス先生があさっての方の空を眺めながら、僕に聞こえるように声を上げた。
「とりあえず、アンタはゴキブリ! 負けたらゴキブリの危機! それを脱出するためには宇宙を味方につけるしかない!」
「ちょっと待て、ゴキブリのくだりにはノーリアクションなのか?」
「やる前から負けること考えるバカがいるか、バカヤロー!」
ヌンティアはかわいい声を精一杯に張り上げ、僕に一喝した。
「さあ、行くわよ! やっちゃいな!」
僕は太陽の位置を確認すると、そこからちょっとズレた位置にあたるように魔法の杖を掲げた。宇宙に味方にしてくださいと頼むように、僕は目を閉じて念じた。
「とおりぁあああああっ!」
突然ヌンティアにスライディングされ、足を払われた僕は転ぶしかなかった。
「いきなり何するんですか?」
「だってアンタ、宇宙からのパワーを集めるとき、気が弱そうな顔してたもん。宇宙に味方してもらうときは、胸を張って思いを伝えるもの。今のアンタは、宇宙にゴマをすりながら『こんな弱い僕ですけど、何とか味方してもらえないですかね? グレゴリーって男に彼女取られた恨みを晴らそうと思っているんですけど、どうしたらいいか分からないんで、とりあえずエネルギーだけでもください』って卑屈な顔をして頼んでいたわよ」
僕の台詞を勝手に代弁しているときのヌンティアの顔は、まさにどこぞの王様に媚びへつらう側近が取り入ろうとする嫌らしい表情だった。ついでに手のひら同士を無駄にすり合わせる様も忘れていなかった。正直ウザくてウザい。
「いい? 宇宙からエネルギーを集めるときは、戦士としての誇りをさらけ出し、胸を張って杖を掲げるのよ」
「分かりました」
ヌンティアが僕から横へ離れるのを確かめてから、僕は精神を集中させる。胸を張りながら天を仰ぎ、杖を太陽から少しズレたところに向くように突き上げた。先端の水晶体に、少しながら紅く染まった粒子が集まってきた。どうやらこれがエネルギーのようだ。僕はこれを十秒ほどためたあと、技に移行しようと決め込んだ。
「ギガ・メテオ・キャノン!」
僕は草原の地平線が見える方へ向かい、必殺技を放とうと杖を振るった。しかし、実際に飛び出したのは、まだらに赤く染まった、ひとつの石ころだった。僕は思わず、その石ころを拾いあげた。これぐらいの石なら、リンデン国の渓谷の何でもないところにいくらでも落ちている。ヌンティアの方を振り向くと、彼女は顔をおさえ、残念そうに首を振っていた。
僕は石を眺めながら、自分の力はこんなものかと心の中で嘆いてた。
「友道、いつまでボーッとしているんですか、コノヤロー! 必殺技は完成するまで続けるんですよ、コノヤロー!」
遠くからコロンバス先生の一喝が聞こえ、僕は思わず石を投げ捨てて我に返った。
そこから僕は、何度も宇宙からエネルギーを集め、ギガ・メテオ・キャノンを撃ってみた。しかし、集まってくる粒子の量が少ないせいで、放たれるのはいつも石ころばかり。場合によっては、少しだけでもエネルギーが集まったのに、杖を振るっても石ころ以下の赤い粒が出てきたり、最悪なときには何も出てこないことさえあった。
何度目かの失敗の後で、コロンバス先生が、「今日はここまでにしよう」と宣言し、僕の方へ歩み寄った。
「試合当日まで、技の特訓を続けるからな。明日からも毎日、ギガ・テメオ・キャノンの習得訓練は行うからね。覚悟しといてね」
コロンバス先生は相変わらずの厳格な表情のまま、僕の行く末を予告した。
そこから三週間が経った。
「試合まであと二日だからね。そろそろ今日こそは決めてよね。練習で決まらないものが本番で決まるなんて奇跡中の奇跡だからそんなもん期待しない方がいいよ。だからマジでここ二日のうちに決めてよね」
コロンバス先生が若い言い回しでめっちゃ念を押してくる。ギガ・メテオ・キャノンを成功させてほしいのは分かる。僕もそう思って何度もチャレンジしてる。
「今までの失敗キャノンで最大なのは、直径三十センチぐらいが三発出たぐらいね」
ヌンティアがドライに僕の現状の成果を口に出す。
「成功したギガ・メテオ・キャノンの直径は分かる?」
「一メートルぐらいですか?」
「いいえ、三メートルぐらいよ」
ヌンティアはあっさりと僕の予測を上回る答えを出した。
「それじゃあ頑張ってね、三メートル目指して。私は離れたところで応援しているから」
「ちょっと待ってよ。三週間ぐらいもやり続けて、まだ全然コツがつかめてないんだけど」
「コツなら何度も言ったわよ。アンタが実践しきれていないだけ。もう面倒臭いからこれでも読んでよ」
ヌンティアは僕に一枚の紙きれを渡してきた。
「ここにギガ・メテオ・キャノンの使い方とポイントをまとめてあるから。なくしちゃダメよ。誰かに渡してもダメよ。他のウィザードに悪用されたら、アンタのウィザードとしての立場が余計不利になるんだからね」
ヌンティアはそう言い残して、僕の方から数メートル分離れると、振り向いて僕に微笑みかけながら手を振った。
僕は改めてメモにさっと目を通すと、ポケットに収め、胸に拳を添えて精神を統一させると、ゆっくりと杖を上空に掲げた。
「行くぞ、僕は、グレゴリーを倒すウィザードだ。自分だって強くなれることを証明するために、宇宙からのパワーを味方につける。さあ宇宙よ。僕に力をくれ。我を勝利に導く、熱き希望の力をくれ!」
僕は宇宙にエネルギーを願うと、早速深紅の粒子が大量に集まってくる。これまでと比べると、その数はおびただしく、まるで粒子の雨が降っているかとさえ感じられた。
「行けえええええっ! ギガ・メテオ・キャノン!」
杖の先からまだらな赤い模様が混じった石ころが現れると、それが少しずつ膨らんでいく。ボール並の大きさを超え、僕の身長を超えるぐらいの大きさまで広がっていった。僕は心の中で、やった、やっと感触が掴めてきたと思った。
……それも束の間だった。
隕石は、それまで膨らんでいたのが嘘のように、一気に飴玉ぐらいにまで縮まり、杖から力無く放たれた。そして十メートル以上先のところで地面に落ちると、場の空気など露知らぬとばかりに軽く転がって止まった。
「だから何これ」
ヌンティアが僕の方へ歩み寄る。
「あー、何度も見たパターンね。まあ、次ガンバ」
ヌンティアが僕の肩を叩く。僕はゲンナリしながらも、ネガティブな気を振り払うかのように頭を振り、もう一度チャレンジすることにした。
僕はとにかく隕石を放とうと、ガムシャラに何度も何度も「ギガ・メテオ・キャノン」と叫んだ。しかし結果は報われない。一度膨らんでもそれを全否定するかのように縮んだり、最初から飴玉ぐらいの大きさしか放てなかったり、そもそも何も出なかったりである。ヌンティアから渡された紙を読み返し、何度も実践してみたが、結果は変わらない。
いよいよこの日も陽が傾き始めたかというとき、僕は空に杖を突き出した。今までよりも多くの粒子が、杖の水晶体に集まっている。
それを見て僕は期待せずにいられなかった。しかも粒子が集まるスピードが、これまでより少し速い気がした。僕の度重なる願いが、ついに宇宙に届いたんだ。
こんな僕でも報われる。グレゴリーをこの技でやっつけられる。僕はありったけの思いをこめて叫んだ。
「ギガ・メテオ・キャノン!」
杖の先からは、これまでよりも巨大な隕石がみるみると表出する。その大きさは、ヌンティアが言う推定三メートル、いやそれ以上かと思うほどに至った。
「行けええええええええええっ!」
僕はついに訪れた隕石に向かい叫んだ。
ところが隕石は水晶体の奥へ一気に引っ込んでしまった。そして甚大なパワーの反動から魔法の杖の先が爆発し、僕は杖とともに後ろ向きに吹っ飛び、地面へ不時着しながら、数十メートルにわたって引きずられた。衝撃と全身を激しく擦った痛みで、僕はしばらく動けなかった。
「幸助!?」
芽衣花が真っ先に駆け寄る。僕は彼女の顔を見上げる。彼女の顔はなおもツンとしたままだったが、目の奥に僕を心配するような悲壮感がほんのりとうかがえた。芽衣花は、僕を見て、言葉を出そうかどうか迷っているようだった。
「もう……!」
芽衣花は声を漏らしながら、僕を抱き寄せた。突然の行動に、僕はリアクションに困った。
「芽衣花、どうしたんだよ」
「アンタって、バカね……」
「あの、これでも一応、人生で一番頑張っているんですけど」
「80敗ボーイという意味でのバカとはもう違うわよ」
芽衣花が明かした真意に、僕は戸惑った。
「グレゴリーという男を倒すために、アンタがバカみたいに本気になるなんて、思わなかっただけ」
「芽衣花……」
彼女がここまで優しい言葉をかけてくれたことなんて、一度もなかった。だから僕は、ギガ・メテオ・キャノンが失敗続きで塞ぎ始めていた気持ちに、一筋の光が指した気がした。
「ちょっと、何抱き合ってんのよ。私はうっかりそれやって堕妖精になっちゃったっていうのに!」
ヌンティアが露骨な不満を示しながら、僕たちのもとへ駆け寄ってきた。
「私は妖精じゃなく人間、あなたは妖精だった。それだけのことでしょ」
と言いながら、芽衣花はなぜか僕を抱いたままこの体を自分の方へ寄せてきた。
「ちょっと待って、もしかして、アンタたちって……」
「今まではただの知り合い。でももう、そうでもないかな」
芽衣花の言葉を自分の頭のなかで文字に起こしたら、それは実に衝撃的だった。
「芽衣花ちゃん……?」
「勘違いしないでね。私は本気でアンタに可能性を託しているだけだから。ただの知り合いじゃなくなったからって、すぐにアンタとラブラブするわけじゃないんだから」
「えっ?」
「グレゴリーをやっつけること。奴は私を弄び、私の人生に大きな影を落とした。今はそのグレゴリーに彼女を奪われたリベンジを果たそうとしている人がここにいる」
「それって、ただの利害の一致じゃん。知り合いでもそれぐらいあるわよ」
ヌンティアは面白くなさそうに言った。
「でも本当は、利害が一致しただけかな?」
芽衣花はヌンティアではなく、僕を凝視しながら言った。
「アンタが必死になって頑張っているのを見ると、私も、アイツにフラれた忌まわしき思い出と、決別できそうな気がしたの」
「そうなのか?」
「頑張ってよ、幸助」
芽衣花が僕の両肩を掴みながら言った。
「アンタならできるから。今ならそう言える。私、本気でアンタを信じてるから。負けたら許さない」
「僕は、負けるのが嫌で、頑張ってたつもりなんだけど」
「負けることを恐れちゃダメ。勝つ喜びを追い求めなさい。グレゴリーに勝つ喜びを、憎き悪を制す喜びを追い求めなさい」
「あっ、それっていいヒントかも」
ヌンティアが唐突に不思議なことを言った。
「何それ、どういう意味」
「必殺技を出すには、それにふさわしい思いを魔法の力に乗せることが大切って言ったでしょ。幸助、必殺技って何のために出す?」
「勝つため……です」
「そうよ。勝つため。それもグレゴリーだけに勝つためじゃない。負けてゴキブリになってマリスランドに転生することを逃れるためだけに勝つのでもない」
「それじゃあ、僕は何を思えば……」
「君はグレゴリーに勝ちたいだけですか? 負けてゴキブリになるのが怖いから勝ちたいだけですか?」
いつの間にか近くにいたコロンバス先生が、僕に問いかける。
「それだけじゃない。僕は、彼女を取られたのが許せない。グレゴリーもマーガレットも、悪いことする人を許せない。つまり、正義感です。あと、80敗しちゃった僕とさよならしたい。とにかく、ダメな自分とさよならしたいです。やられてばかりの自分じゃない、やりたいことできる自分でいたいんです」
「それで?」
さらに答えを求めるヌンティアに、僕は戸惑いながらも向き合った。
「こんな僕でも、ウィザードとして、強くありたいんです。みんなの前で、僕だって強くありたい。とにかく強くなりたい。80敗したけど、それで終わりたくない。僕は強くなりたい!強くなるんだ!」
僕は高ぶる感情に任せ、天に向かい叫んだ。そのとき、見上げた空に赤い星のようなものが宿った。今はまだ夜じゃないうえに、それは星にしても、輝きがあまりにも勇壮だったから、ついつい見入ってしまう。深紅の星は、いつまでも消え去らず、まだ暮れない空の中でも燦然とした輝きを保ち続けた。
「あなたに、伝えたいことがあります」
その聖母のような優しい声は、明らかに空の彼方から聞こえてきた。僕は目を見開き、神でも見たのかという感に支配されていた。
「あなたには、大いなる可能性があります。なぜなら今、あなたは正義のために、常人をはるかに超える務めを行っている。その類まれなる強大な意志は、この私がしかと感じさせて頂きました」
「……本当ですか?」
「ええ、その通り。唐突ながら申し遅れました。私はモリンドス十二神のウィスティアと申します。この私が、あなたに力を授けましょう。それでは、杖をかざしてください」
僕は何も言わずに、天に向かって杖をかざした。
「あっ、他の人たちはちょっと下がってくれる?」
他の三人が、僕から距離を取る。
「強くなった自分を、思い浮かべてください」
僕は頭のなかで、強い自分をイメージした。それは、グレゴリーと互角の死闘を展開しながらも、最後に魔法の杖から隕石を飛ばし、場内からの喝采を浴びる僕の姿。その後もウィザードとして、練習場や、それこそ今いる草原の中でありったけの炎の魔法を放ち、研鑽を積む僕の姿。他の強いウィザードとの戦いも制し、優勝トロフィーを片手に祝福を浴びる僕の姿。多くのファンと優しい握手をかわし、人気を確かめる僕の姿。草原を焼き尽くすドラゴンを、正義の隕石で鎮める僕の姿……。
とにかく、強くなった自分の姿なら、何でも思い浮かべた。
「さあ、今こそ放ってみるのです!」
ウィスティアの声を合図に、僕は叫んだ。
「ギガ・メテオ・キャノン!」
杖の先から隕石が膨らみ始める。ここまでは、今までの練習でも見たことがある画だ。
「大切なのはそこからですよ! 隕石が放たれるまでは、強い自分をイメージし続けるのですよ!」
僕は心の中で「そうだ!」と思い、巨大な燃え盛る隕石を放つ自分をイメージし続けた。隕石を産む圧力が、魔法の杖に伝わる。僕は懸命にそれとも闘い続けた。
何としてもこの必殺技を放つんだ! ウィザードとして変わるため……!
僕は、弱くない。強くなる。いや、僕は強いんだ……!
「ドゴオオオオオオオオオオ!」
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