第10章:無謀な挑戦か、ゴキブリへの転生か、あなたならどっちを選びますか?

 僕は自分の部屋のベッドのそばでヒザを抱えていた。ゴキブリに転生したどうしよう。その前に、今度はグレゴリーからどんな痛みを味わうハメになるんだろう。頭の中が恐怖でいっぱいになり、体が震えていた。恐ろしすぎて、今にも涙が出そうだった。

「ただいま帰りましたー」


 芽衣花がいつものクールな調子で帰宅を告げた。ジャーには、マジックシードの三分の二ほどたまっている。一粒一粒は、鮮やかな水色にして、ブドウの実一個分くらいの大きさである。これを一粒ずつ魔法の杖の水晶体にかざすと、マジックシードは水晶体の中へ吸い込まれ、パワーの補充が成立する。


「ちょっと、どうしたのよ?」

 彼女はさっそく僕の様子を見て不思議そうにした。

「僕、怖いんだ」

「何が……あっ」


 芽衣花は思い立ったように声を上げた。

「私たち守護魔術師が、マジックシードの採掘に行っている間、バトルウィザード用の練習場で色々大変なことがあったんだってね」

 僕はそっと頷いた。芽衣花が僕の隣に座る。


「何だよ」

 僕は芽衣花から少し離れた。

「いや、詳しく聞きたいから」

 芽衣花が至極当然のように言った。


「あそこで何があったの?」

「じゃあ、言うけど」

 芽衣花が僕を急かすように二度素早く頷いた。

「グレゴリーとマーガレットが来た」


「えっ!? アイツらが!?」

 芽衣花が驚いて立ち上がりながら大声を出す。

「もうびっくりするな~」


「だって私の元カレだよ!?」

「僕の元カノもいるけど?」

「アイツら何したの?」

「亮治を吹っ飛ばした。グレゴリーは次の大会で亮治と対戦する予定だったけど、何とか・フラッシュ・バーストをぶっ放したら、亮治は練習場の壁を突き破り、遠くまで飛んでいっちまったよ」


「そんな、ひどい」

「それだけじゃない。グレゴリーはいきなり亮治のかわりに僕とやると言ってきた」

「えっ!?」

 芽衣花はさらに驚きの声を上げたので、僕もまた一瞬びっくりしてのけぞってしまった。


「奴が懐から巻物を出してほどいたら、その絵は僕がグレゴリーをやっつけているものだった」

「ちょっと待って、それってもしかして予言画よね? もしかしたら、本当にアンタ、グレゴリーをやっつけちゃうってこと?」


「裏面にはグレゴリーが僕をコテンパンにしている絵だよ?」

「やっぱりそれね。だから真実の枠が見せたアンタの未来も『50%の確率で』っていう注釈がついてたわけだ」


 芽衣花は冷静さを取り戻したように、再びベッドの縁に座り込む。僕と芽衣花との距離は若干開いている。


「予言画は表に描かれたもの、裏に描かれたもの、どちらか一つが必ず実現するって奴。つまりどっちもナシの未来なんてありえない」

「おかしいよなあ。ふつう予言っていったら、一回に一つだけが示されて、それが必ず実現するものじゃないの? 裏の通りになったら、僕はマリスランドに行って、猟犬ぐらいデカいゴキブリとして生きなければならない」


「どうするの? ひと思いにグレゴリーに81敗目を飾ってもらって、ゴキブリになると割り切る?」

「そんなことしないよ!」

「でもアンタの実力で、グレゴリーに敵うかな?」

 芽衣花はうわごとのように言い放つ。僕の唇が震える。しかし、正直ここで強がりを言ったら、引き返せないような圧力を感じていた。


「どうする? グレゴリーと戦う? それとも諦めてゴキブリとしてのごくごく短い余生を過ごす? どっちか選びなよ」


 芽衣花が鋭く、凍りついたような視線で僕を見据える。ここでできないとか言ったら、本当に僕は異世界に転生して、ゴキブリになって、あのマッチョな男の忌まわしい足で潰される運命を享受することになる。


 どっちを取る? グレゴリーという名の恐怖か、ゴキブリになって、死に至る恐怖か? 選択肢は、二つだけ。そこから一つを選ばなきゃいけない現実が、僕の体をミリミリと圧迫していた。

 僕は、無我夢中で部屋を飛び出した。SHOOT OUTの寮を、飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る