第4章:傷ついていたのは僕だけではなかったようです
「グレゴリーって、もしかして……!?」
僕は動転した声で芽衣花を尋ねた。
「グレゴリー・ダニエル・ジェイ=クリフォード! あの男は、私を捨てた!」
それを聞いた時、僕は唖然として尻餅をついた。ここにいるのは、グレゴリーの元カノ!? 僕は怖くなって、そのまま後ずさりした。
「何でよ! 何でよ! 私は、あなたのことが好きだったのにいいいいいいいいいいっ!」
芽衣花は、ベッドに顔をうずめていたが、その泣き声は、部屋中どころか、この場所一帯に響かんばかりだった。僕はうるささに悶えながら、芽衣花の背中に手を置き、優しくなでてあげる。
「少し、落ち着こうか」
僕もこの間、失恋したばかりなのに、もう人を慰める立場になっていた。その間も、芽衣花の泣き声は止まらず、ベッドは彼女の涙でどんどん浸されていった。
気がつけば、僕はびしょ濡れのベッドに頭を預けっぱなしにしていたと分かった。僕と向かい合う形で、同じくベッドに頭をもたげる芽衣花の顔が、視界にドアップになっていた。
「芽衣花、芽衣花」
僕は彼女の体を揺する。芽衣花の目がゆっくりと開き、僕に気付く。
「幸助?」
その時、突然部屋に強烈なフラッシュが放たれた。雷かと思って外を見たが、そこは雲ひとつない快晴だった。後ろを向くと、コロンバス先生がカメラを構えていた。
「友道幸助、お前劣等生のくせに、また恋にうつつ抜かしてるのか?」
「あっ、すみません」
僕は先生に平謝りした。あの人がカメラを持っている理由は、色んな意味で怖くて問えなかった。
「朝飯食べるぞ。隣の女子は起きてるか?」
「はい、さっき起こしました。ね? 芽衣花」
彼女はけだるく問いかけに応えるように頭を起こし、外の様子を確かめる。
「ああ、もうこんな時間か。なんか一晩中泣くと、眠いと思う間もなく眠りこけちゃうのよね」
「今日の朝飯には誰かの好きなコーンポタージュがあるらしい。だから早く行かないと冷めちゃうぞ。それと、幸助。お前、女子の部屋で寝た件について後で呼び出しな」
先生はそう告げて部屋を後にした。抜け目なくて厳しい先生だと改めて思った。僕はあの人の足跡に妙な圧を感じながら出口へ向かう。
「おーい、行かないのか?」
僕は立ち尽くす芽衣花に呼びかけた。
「先に行ってよ」
「何か都合でもある?」
「アンタの恋人と勘違いされたくない」
「じゃあ友達としてなら」
僕は精一杯の愛想をアピールした。
「いいえ、ただの顔見知りです」
ズバリと斬り捨てられ、一瞬自分のいる世界を疑った。
寮の食堂には、一列20人ずつが向かい合って座れる形の長いテーブルが三つ置かれている。これで僕のジムには、何人のウィザードが所属しているかが大体分かっただろう。ウィザードの大半は男子も女子もバトルウィザードなのだが、芽衣花のように、その戦士たちの補助魔法を専門にした守護術師など、特殊なジャンルの魔術師が全体の二割近く存在する。
この日の芽衣花は、渋々といった様子で僕の隣に座っていた。僕は彼女を気にしながら、コーンポタージュスープをスプーンですする。後に続くように芽衣花もスープを飲む。
「あの、ズルズル音立てすぎじゃない?」
「アンタのスープの飲み方が女々しいのよ」
「いや、男女共通で、スープはなるべく音を立てずに味わうのがマナーじゃないかな?」
「自己紹介するときは、戦績は勝った回数だけじゃなくて、負けた回数も正直に言うのがマナーじゃないかな?」
芽衣花は流し目でこう言い放った。戦闘魔術師の傷を癒やすはずの守護術師が、言葉で人を傷つけにかかってる。
「それは本当に悪かった」
僕は念を押すように、謝罪を口にした。芽衣花は僕に振り向きもせず、白身魚の塩焼きの身をフォークで刺して頂いていた。
「夜中のことで質問があるんだけど」
魚を頬張ったまま、芽衣花が切り出した。
「何?」
「アンタ、私が泣きながらグレゴリーの名前を口にした途端、ドン引きしてたわよね?」
芽衣花は泣きながらも、僕のグレゴリーの名前に対するリアクションはしっかりと認識していた。女子の空間認識能力の高さって、こんなにすごいの?
「何かあったの? あのグレゴリーと。あの人だったら、アンタみたいな4勝80敗のウィザードなんて、振り向きもせずに素通りしてしまうレベルだと思うんだけど」
「これ、はっきり言っちゃっていいのかな?」
僕はシリアスなトーンを匂わせた。
「いいよ」
僕が作った重めの空気をあっさりと打ち破るような、芽衣花のさらりとした一言であった。
「彼女を取られた」
「えっ、ウソ!?」
芽衣花はそれまでのクールなイメージを吹っ飛ばす勢いで狼狽えた。
「ちょっとアンタ!」
芽衣花の背後から、やたら幼く高い声が聞こえた。女子の戦闘魔術師は、自分の目の前に突き付けられたナイフを持つ手を掴んだ。
「急にこんなの振りかざしてきて、何様のつもり?」
幼声の少女は、芽衣花の手を揺すりながら怒りを露にした。
「だってしょうがないでしょ。この男が急に彼女を取られたっていうから」
「だからって人の目の前にナイフを振るうバカがどこにいるっての!? 危険すぎてありゃしない! アンタそれでも守護魔術師? 殺人魔術師の間違いじゃないの? アンタなんかこうしてやるわよ!」
少女はいきなり席を立ち、芽衣花の手を掴む腕がいきなり不気味な紫色に煌めきはじめた。闇属性のエネルギーが働いている。彼女は華奢な体に似つかわしくない怪力で彼女を投げ飛ばした。
芽衣花の体が激しく宙を舞い、向こう側の食卓に叩きつけられる。食堂が一瞬にして騒然となり、芽衣花の周囲では、朝食を一瞬にして台無しにされたウィザードたちが怒りの声を挙げていた。
「ちょっと、いきなり暴れちゃダメだって」
僕は慌てて席を立ち、少女をたしなめた。
「あーっ、誰かと思ったら、4勝80敗ボーイ!」
いきなり核心を突かれ、僕の顔が青ざめる。
「食事の席で失恋の話するなんて、デリカシーなさ過ぎ! アンタもお仕置き!」
と言われて、襟首を両手でガッチリと掴まれた。またも彼女の両腕がきらめき始める。
「あの、僕は一応ケガ人なんですけど!?」
「エリザベス・ウィンスロウ=ド・モーガンの得意技をご堪能あれ! ダーク・グラビティ・ブレイカー!」
僕は非情な闇の光線を受けた。しかしそれは消えず、僕の体とエリザベスの杖を繋げた状態になった。そのまま僕は芽衣花以上に勢いよく投げ飛ばされ、高く宙を舞った。人形のように無造作に空中を回った僕は、未だに食卓の上で大の字に倒れている芽衣花の姿を越えていった。軌道が下向きになると、僕は芽衣花が倒れているところの向こう側の食卓へ向かい、激しく料理の上へ叩きつけられた。跳ねた体が、二人の男子ウィザードを巻き込み、僕は床の上へ転げ落ちた。
芽衣花のときよりも、食堂内が騒がしくなる。
「ごめん、ごめんね……」
僕は巻き添えにしてしまったウィザードたちに謝りながら立ち上がる。
「うわあ、どうしよう。80回もバトルで負けてる奴の体に触っちゃったよ。僕にまで負け癖がついたらどうするんだよ」
「もう、ウィザード引退しよっかなあ」
二人は嫌がらせのジョークなのか、本気なのか分からないようなドギツイことを口にした。て言うか、僕って負のオーラを運ぶウイルス的な存在なのか?
「おい、てめえ、負け犬の癖に人の料理こぼしてんじゃねーよ!」
僕が墜落したテーブルのひとつ向こうから男子ウィザードが、僕に向かってナイフを投げてきた。僕は咄嗟にかわす。ナイフが壁にガチで突き刺さり、それを見て戦慄を感じた。
「は~い、静かに~」
正面の舞台上でコロンバス先生が、相変わらずの気の抜けた声で注意する。騒ぎは全く収まる気配がない。
次の瞬間、コロンバス先生は、まるで恐竜のような咆哮を挙げた。その人の方からは圧力のこもった風が強烈に吹き付け、食堂内のウィザードの誰もが怯まざるを得なかった。水を打ったように、静寂が場を包み込んだ。
「何の騒ぎですか? 誰がこの騒ぎを起こしたのか正直に名乗り出なさい」
「すみません、何か知らないけど、いきなりモンスターみたいな女子に投げられました!」
僕は正直に事実を先生に告げた。
「私もです! 何なの、あの女!そんなに力をひけらかしたいわけ!?」
芽衣花もさすがにここは声を荒らげた。
「私のせいにしないでくれる!? 何でそのデビューから80連敗中の男が彼女を取られたからって、私がソイツの新しい彼女に八つ当たりされなきゃいけないのよ!」
エリザベスの説明は色々と歪曲されていた。
「あー、とりあえず、騒ぎを起こした二人の女子と一人の男子。あとで呼び出し。一人の男子の方は朝食前にすでに呼び出し決定だけど。とりあえず、きゅうし係。こぼれちゃった料理の代わり用意できる?」
先生は舞台の手前で様子を見ていた係の女性たちに呼びかけた。
「あの、お言葉ですが、きゅうし係ではなく、給仕 (きゅうじ)係と言うのですが」
「細かいことつべこべ言わない。さっさと行きたまえ」
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