第5章:僕、弱すぎてこの世界から追い出されるんですか?
朝食後、僕、芽衣花、エリザベスの三人は、何もなくて、狭い空き室に呼び出された。早い話がウィザード指導室である。
「まず君、何で昨日の夜は芽衣花と一緒に寝ていた? もしかして80敗目に到達した現実から逃避するために芽衣花を口説いてたんですか、このダボが」
先生の棒読みな詰問が、かえって僕の背筋をじわじわと凍らせる。
「あーっ、やっぱりアンタたちイチャイチャしてたんだ! て言うかアンタ、本業の戦闘魔術師の仕事放っぽりだして、ラブコメに夢中になりまくってんの!? そりゃウィザードデビューから80連敗するわけだわ」
「失礼な! ちゃんと4回は勝ってます」
「20回負けたら1回勝った分はノーカウントにならないの?」
「なるわけないだろ! 何で負けた事実じゃなく、勝った事実から目を背けるんだよ!」
「はいは~い、次モメたら私から直々にサンクション入りますからね」
「す、すみません!」
先生からのお仕置きは「サンクション」と言う。試合や練習で不甲斐なかったり、寮生活のルールを破ったりしてしまった場合は、先生から恐ろしいお仕置き魔法をかけられてしまうのだ。現に僕は80回負けるまでの間、先生から何度もサンクションされてきたが、えげつなさすぎて慣れる気配など一向に感じない。むしろ食らえば食らうほど、恐ろしくなっていくぐらいだ。
「正直に答えろ。お前、芽衣花に惚れたのか? マーガレットが失踪した途端に乗り換えか?」
「いや、乗り換えじゃないです。彼女とは別れましたから」
「それに、私、彼とは正式に付き合っているわけじゃありません。ただ、ベッドで泣いているところを彼に慰めてもらっただけです」
「はいそこ、質問されていないのに不規則な発言は慎むように」
先生は淡々と芽衣花に注意した。
「確かに、マーガレットは、お前がコロシアムで何者から襲われた次の日から、こちらに帰って来ず、行方不明となっている。魔法治安局の捜査では、お前が別れ話のもつれでマーガレットと口論になり、激高したマーガレットがタブーエネルギーを使用した魔法でお前をぶっ飛ばしてその場から逃げたと見られているぞ」
「ちょっと待ってください。事実と全然違います」
「じゃあ、真実は何だと言うんだ」
「僕を襲ったのはグレゴリーです。確かに僕は、マーガレットがコロシアムの舞台裏でグレゴリーと浮気しているのを見て、彼女を問い詰めました。そしたらグレゴリーがいきなり僕に恐ろしい攻撃魔法を放って、僕はあんなことに! だからマーガレットは僕を攻撃していません! もう別れた相手だし、浮気という罪を犯しているし、今の話じゃかばっているみたいで何ですけど……」
「君はバカか?」
事実を告げただけでなぜそんなこと言われなきゃならない? 僕の目が点になる。
「グレゴリー・ダニエル・ジェイ=クリフォードはアルティメット・ウィザードバトル・ユースチャンピオンシップで二連覇を果たした、稀代の天才ウィザードだぞ。所属するジムはウィザードバトル界で一大勢力を誇る「ブレイジング」。あそこからは創設以来、多数の優秀なウィザードが現れていたが、その人たちをも上回るほどの絶世の光彩。光属性の魔術師史上でも最強との呼び声が高い男だぞ」
「それが、どうしたんですか?」
「最後まで聞け。アイツは1万年に1人の希望と言われる。ウィザードバトルの次世代のエース候補どころかエースそのもの。フィールドの外でのファンサービスも、神のように美しく優しいと言われる。だからこそ我々としてもアイツにどこか隙がないか、選手とともに探しているところだが、今のところそういう非の打ちどころは見つからない状況だぞ」
「非の打ちどころならありますよ。アイツには社会常識が欠落しています。人の彼女を奪ってはいけないという社会常識のかけらもない地点で、希望もへったくれもありません」
「口だけ番長、よく聞け。アイツに逆らうとどうなるか分かっているのか?」
その時、僕の記憶には、グレゴリーの、眩しい光の中に、僕だけが知る人間のエゴイズムが織り成す凶悪さを見たおぞましき攻撃魔法が放たれる瞬間が蘇った。
「と言ってもお前はもうそれを味わったんだったな。それでも一週間で退院できて良かったよ。コロシアムの壁という壁を何重にも突き破りながら広場を真っすぐに飛んで、街路を横切り、向かいの酒場へ突っ込んだんだしな。酒場にいた何人かが巻き込まれてケガしたのは知っているか?」
「すみません。魔法でドカンとやられた地点で、意識なくなってましたので、そこまでは分かりませんでした」
「あれぐらいやられたら、体中の30ヶ所ぐらいは骨折していてもおかしくないって、医者は言ってた。だが実際のお前のケガは、奇跡の中の奇跡とも言うぐらい、右腕の打撲と、左足の筋を不全断裂しただけだった」
「確かに、色んな人から、体だけはやたらめったら丈夫だねと言われます」
「丈夫なんてもんじゃないぞ。80回も負けたら、それだけでも何度ケガするか分かったもんじゃない。それでウィザードを続けようと思ったら、今頃体は満身創痍。でもお前に限ったらそうじゃない。ていうことは……」
「自慢じゃないですけど、試合でケガした記憶がありません。て言うか、あの時が初めてのケガだったんじゃないですか」
「へえ、そうなんだ~」
背後から明らかに闇の深い幼声が聞こえたかと思うと、松葉杖を抱えた左腕を掴まれた。エリザベスが掴む両腕が再び怪しいエネルギーに包まれたかと思うと、僕は有無を言わされず、後ろ向きに投げ飛ばされた。
「痛い~、鼻打った~! 右肩と左足は大丈夫だけど今度は鼻打った~!」
僕は泣き言を言いながら、ゆっくりと床をのたうち回った。
「エリザベス、何をするんだ!」
先生が軽く語気を強めるのが聞こえる。
「だって、この人の体ってどれだけ頑丈か、この手で確かめてみたかったんだもん」
「彼はケガ人だぞ」
「すみませ~ん」
「お前、次の大会で懲罰試合だ。人を投げて、人の食事を台無しにした罰と、ここでケガ人を改めて投げ飛ばした罰としてだ。格上の相手と戦ってもらうぞ。ああ、そうだ。そういう相手と3人掛けだな」
「おお、それって素晴らしい提案ですね。それで私がもっと強くなれるきっかけを作れるのなら、是非ともお願いします」
エリザベスって、闇属性のくせにすげえ前向きだ。懲罰試合の意味など確実に分かっていない。
「よし、話は終わりだ。帰っていいぞ」
「もう終わりなんですか? じゃあ、これで失礼いたします」
芽衣花はさっさと先生に背を向けた。
「おーい、加賀、お前には言ってない。エリザベスにだけ帰っていいって言ったんだ」
芽衣花が渋々先生の方へ向き直る。
「ありがとうございます。私、頑張りますので。こんな恋愛にうつつ抜かした80連敗ボーイとは違いますから」
「4勝80敗だよ!」
「4勝なんて知らないわよ!」
無軌道な言い返しをして、エリザベスは早足で部屋を去って行った。僕はやっとこさと立ちながら、ケンケンで松葉杖の方まで行き、拾いながら立った。
「さあて、君たち、今日もどこかでイチャイチャですか?」
嫌らしすぎる問いかけに、僕の全身が冷たくなる。
「すみません、さっきから何で僕と芽衣花が付き合っている前提なんですか?」
「そうですよ。この人は、私がグレゴリーにフラれて泣いていたのを慰めてくれただけです」
「何言ってる? このカメラの中に証拠があるんだぞ」
先生のパパラッチ気取りを見ていると、益々ワケが分からなくなる。
「いや、確かに撮られたのは分かりますけど、それだけで僕たちが付き合っている証拠になるんですか!?」
「逆に聞こう。付き合う意思もないのに、二人一緒にベッドの横から頭をもたげるか? これはもはや、添い遂げる一歩手前だな」
「違います! 幸助に慰めてもらったら、ついつい二人で眠りに入ってしまっただけです。今のところ、彼は私にとって、ただの知り合いです。友達でもないですからね」
「ふ~ん」
先生は僕たちにジト目を向けながら、カメラを置いた。
「友道幸助。お前はマーガレットと付き合っていたときも、その前の女子とも、さらにその前の女子と付き合っていたときもそうだったな。魔法は一向に上手くならないくせに、女子を手玉に取って、イチャイチャすることばかりが上手くなっていった」
「それは、すみません。確かに、女子にばかりうつつを抜かしていて、魔法のこと、ちゃんと考えていませんでした」
「だがしかし、そんな馴れ合うような日々にも終わりが告げられる」
先生の一転しての意味深な言葉に、僕は妙な緊張感を覚える。
「次の戦いで負けてみろ。お前はこのジムを追われる」
「えっ、本当ですか!?」
僕はこれ以上ないぐらいのサンクションの予告に、震え上がった。
「あの、幸助はこの通り、まだ怪我しているんですよ?」
芽衣花がさすがにちょっと心配そうな顔で指摘する。
「もちろん、ケガ人を無理矢理試合に出すほど私も鬼畜ではない。だが彼は、復帰戦にして、他のウィザードが経験しえないであろうレベルの進退をかけることになる。今はゆっくりケガを治すことに専念すればいい。だが復帰戦で負けてみろ、お前は晴れてこの世界から卒業だよ、分かる?」
先生の言葉に、僕は思わずおののく。
「私もお前の次の試合を観に行く。負けたら、即私がフィールドに乱入し、フォースド・テレポートという魔法でお前をマリスランドという異世界へ転移させる」
僕はもはや、返す言葉が出てこなかった。当然だ。魔法で現れた巨大な拳で頭をげんこつされたり、電撃でビリビリと痺れさせられたり、杖から現れた八本のタコの触手的なもので全身を絡められ、強烈に締め上げられたり。僕は練習や試合で不甲斐ないところを見せるたびに、平然とした顔をした先生にお仕置きを受けてきた。
それでも、この世から教え子を追い出す指導者なんて、聞いたことがない。世界中、いや、宇宙のどこにも、いや、どこの異世界にもそんな人はいないだろう。
「私は、やると言ったら本当にやるぞ?」
先生は僕に顔をじっと近づけ、冷徹に囁いた。
「ちょっと待ってください。いくら何でもそれはやり過ぎじゃないですか?」
「だってしょうがないだろう。ウィザードバトルは実力主義の世界だよ。甘くないよ。むしろ人生そのものが甘くないよ。結果が出せなきゃこの世からバイバイありがとうさよならだよ。分かってるの?」
芽衣花も唇を噛み、返す言葉が見当たらない様子だった。
「そうやってかばうのは、やっぱり彼が好きなんだろう?」
先生が真顔で芽衣花を問い詰める。
「別に、そういうわけじゃないですけど」
「でも、君の失恋を慰めてくれた人は、もうこの世界を去ってしまうかもしれないんだぞ。それとも何? 彼と一緒にマリスランドへ行くのかい? でもあそこ、全然楽しくないってクチコミが10万件ぐらいあったっけな」
「あの、マリスランドってどんなところなんですか?」
僕はおそるおそる先生に聞いてみた。
「あ~あ、そんなのに興味持っちゃってる地点で、勝つ気概がない証拠だなあ」
先生は頭を抱える。どうやらまたマズい言動を選んでしまったようだ。
「と言っても、リスクを正確に知らない向こう見ずも考えようだからな。マリスランドのこと、触りだけでも教えてあげてもいいぞ」
「いいんですか?」
「まあ二人とも、とりあえず私について来なさい」
出口に向かう先生に、僕たちは続き始めた。しかし、そこに差しかかったところで、先生が急に立ち止まるので、僕たちも軽く驚きながら踏みとどまった。先生が、意味ありげにゆっくりとこちらを振り向く。
「負け慣れた君でも、あの世界は見るに耐えられるかな?」
その言葉に重いものが含まれているのは明らかだった。先生は出口の方へ向き直る。
「とりあえず、出たら君たちのどっちか、扉を閉めてくれないか? 閉めた途端に逃げるのはナシだぞ」
先生が再び歩き始める。僕は言われた通りに指導室の扉を閉めると、必死で松葉杖を動かしつつ師の背中を追った。
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