34 さよならのその後で
シュライルン。中央ロキシタリア大陸西部にある、ランディの故郷。
高く聳える王都の城壁に程近い林道へと飛ばされてきたあたしは、ランディだけを起こして子供ふたりを抱えてもらい、街の方へと歩いて向かった。
「ごめんなさいね、ニーネちゃんの家の前じゃなくて。そういえば細かい場所とか聞いてなかったものね」
「大丈夫だ。むしろそれで良かった」
「そうなの?」
「あぁ。騎士の宿舎前なんかにいきなり現れたら大変なことになる。なにしろ王城の中だ」
「なにそれこわい!!」
危ないところだったわね!?
もしかしてそれも見越して飛ばしてくださったのかしら。たまにはいいとこあんじゃないのショタ神様ったら!
……いつもそうならいいのに。
「それにしても大きなお城ねぇ」
「ロキシタリアに比べれば、国も城も小さいさ。大陸の中では三番目くらいだ」
「ふぅん? ね、ここはどんな国なの?」
そう聞くと、ランディは誇らしげに城を見上げ、あれこれと聞かせてくれた。
名産品や観光地とか、あたしが喜びそうな所から話してくれるあたりが彼らしくて、ちょっと嬉しかったわ。
「それと、他国に比べて獣人族が多い。かつては戦闘特化の国として名を馳せていたが、今は平和だ。その名残で、春には世界的に有名な格闘技の大会もある」
「へぇ面白そうね! あんたも出たことあるの?」
「……俺はない」
少し含みを感じてランディの顔を覗くと、「どうした?」と笑って流されてしまった。
まぁ、言いたくないなら聞かないけどね。
静まり返った夜の街をてくてくと歩き、ようやく城下町らしき場所へと辿り着いた。
「そういえば、妹さんもその宿舎に住んでいるのよね? お城へ行くんじゃないの?」
「こんな夜中に城は入れないだろ。今夜は俺の隠れ家に……」
「え?」
「あ、……いや、俺の家が向こうにある。行こう」
なぁんかさっきから様子が変ね?
隠れ家ねぇ、一体誰から隠れているのやら。
「ここだ。入ってくれ」
「ここ?」
連れてこられたのは、町外れにある長屋みたいな集合住宅の一室。
中に入るとそこにはベッドとテーブル、あとは武器や地図、旅道具なんかの冒険者らしい物しかなくて、生活感はほぼゼロだった。
なるほど隠れ家ね。本当の家はこことは別にあるんだわきっと。
「なぁレイ、このふたりは朝まで起きないのか?」
「えぇ、そうだと思うわ」
「そうか」
ふたりをベッドに寝かると、あたしは座るよう促されて向かい合ってテーブルにつく。
キッチンにも何もなくて「茶も出せずすまない」としょぼくれていたから、あたしは鞄から果実酒とカップを取り出してテーブルに置いた。
「まずは祝杯といきましょ?」
「……あぁ、そうだな」
もう夜中もだいぶ深い時間だったけれど、今夜は色々ありすぎて眠れそうもないもの。
琥珀色で満たされたカップをごつりと合わせ、寄り添い眠るふたりを肴に、祝いの酒をぐっと飲み干した。
「あ、そうそう、ランディに言っておくことがあったの」
「なんだ?」
「この子達があの屋敷にいた記憶、神様にお願いして消してもらったから」
「……は!?」
「だから、後はあんたに任せるわね」
あたしのお仕事はここまで。……だからあんたとも、ここでお別れ。
朝が来る前に、あたしはノットに戻るわ。
「そっちの狼の子もお願いね。神様が言うには、この子もシュライルンの子みたいだから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「なぁに?」
「ここでお別れって、いきなり何故」
「この子達のためよ」
「……どういうことだ?」
あのことは、本当はランディに言わないでおきたかった。
でもきっと納得しないでしょうから、あの屋敷の腐れ野郎があたしと同じ、
この子達がされていたことは、やっぱり言えないもの。
「記憶を消したんだろ? ならレイに会ったって平気なんじゃないのか」
「人の頭は複雑に出来ているのよ。何がきっかけで思い出すかわからないんだから」
「だからって、ニーネに礼も言わせず見送るなんて」
「いいのよ。こぉんなに可愛らしい寝顔が見られたんだもの。これで十分だわ」
「レイ……」
「目覚めてすぐ、あたしを見て嫌なことを思い出したりしたら可哀想でしょう? だから、ね」
お願いよランディ、引き留めないで。あたしだって寂しいわ。
あんたに全部投げちゃうのは申し訳ないけれど、信頼しているからこそなのよ。
「…………わかった」
絞り出すようにそう言って、ランディは椅子から立ち上がると深く頭を下げた。
「本当にありがとう、レイ」
「やだちょっとやめてよ」
「こんなにすんなりニーネを取り戻せたのも、何もかも全部レイのおかげだ。感謝してもしきれない」
「どちらかと言うと神様のおかげよ。それに前にも言ったじゃない。あたしはいつだって、イイ男の味方なんだから」
ね、とウインクしてやったら、駆け寄って来てきつく抱き締められた。
んもう、そんな大きな体のくせに、あんたってば時々子供みたいことするんだから。
「……また会えるよな」
「えぇ。またこの世界にも来るでしょうし、そのときは声をかけるわ」
「絶対だぞ。まだ何も返せていない」
「えぇもちろんよ。……あんたもその話具、無くさないで持っててね」
「勿論。レイの色の、俺のお守りだ」
「ふふっ、かぁわいいこと、……言ってくれるじゃない」
バカねぇ。今生の別れでもあるまいし。
歳とると涙腺弱くなっちゃうんだからやめてよもう。
「元気でね、ランディ……っ」
「あぁ。レイも」
背中に腕を回してぐずぐずに涙を溢れさせ、ランディの胸元に大きな染みを作ってしまった。
でもダメね、止まらないの。
あんたと過ごしたのはたった数日だったけれど、弟か後輩が出来たみたいで、本当に楽しかったわ。
『主神様、お願い』
『……いいのかい?』
『えぇ』
そしてあたしはランディの腕をそっとほどき、ぐしゃぐしゃの笑顔でお別れを告げる。
また会いましょう。大丈夫。きっとすぐよ。
「またねランディ。大好きよ」
「レイ、俺──
「おかえり」
「久しいな、レイ」
「か、鍛冶神様ぁ~っ!!」
神域に戻ると、ショタ神様は約束通り鍛冶神様を伴って待っていてくださった。
そしてあたしは脇目もふらず、真っ直ぐ鍛冶神様の胸へと飛び込んだ。
「……レイ、今しがた彼と涙のお別れをしてきたばかりなんじゃないのかい?」
「その傷心を癒してくれるのはこの雄っ……じゃない逞しい腕の中だけなのよぉ~」
「現金なことだね」
「あぁ~ん鍛冶神様ぁ~!」
あたしは目一杯その厚い胸板に甘え、鍛冶神様は戸惑いながらも肩に手を置き宥めてくださった。
はぁ~んお久しぶりの鍛冶神様ぁ……たまんないわこの筋肉……あぁ癒されるぅ~
「ところでレイ、彼のことだけどね」
「なぁによもぉ!」
んもう邪魔しないでくれる!?
あたしは渋々鍛冶神様から離れてまだ少し湿った目元を拭い、ショタ神様に憮然と聞き質した。
「彼って、ランディのこと?」
「いや、自称勇者だよ」
「あのおバカさんがどうしたのよ」
これでノットに戻れるんだから、明日には会いに行く予定よ?
あとのゴタゴタはギルドとオクトの警備隊にお任せするつもりだし、預けたアイテムを回収したら、あたしの役目は終わりのはずだもの。
「彼ね、釈放されるみたいなんだ」
「……はい?」
「君が来ないうちに会えないようにしてやろうっていう目論見だそうだ。今は監視の者が張り付いているらしい」
はあぁ!? うっそでしょ!?
あんの嫌味野郎どこまで憎たらしい真似してくれてんのよ!!
え、じゃあなに? 今すぐ戻れってこと!?
あぁんやっとお会いできたのに、せっかくの鍛冶神様との逢瀬が……そんなぁ~!!
「なにしてくれちゃってんのよ……」
「物や素材は逃げないけれど、彼の件に関してはそうも言ってあげられないかな」
「わかってるわよぉ……」
行くわよ、行けばいいんでしょう!? さっさと取っ捕まえてここに連れて来てやるわよ!
だから鍛冶神様、ちゃんと出来たらあたしのこと誉めてくださいね……。
「お主なら大丈夫だ。ここで待っておるぞ」
「えぇ、頑張ってくるわね!」
「あぁそうだ、ついでに彼女を紹介しておこう」
いつの間に現れたのか、ショタ神様の背後にとんでもなく清楚で上品でお淑やかそうな風采で、床まで届く青味がかった銀髪を背に流した、線の細い美しい女性が静かに立っていた。
その女性は、あの
「レ、レイと申します。お初にお目にかかりますわ、水の女神様」
「レイ様、あなたのことは色々と伺っております。わたくしの為に奮起してくださったこと、とても嬉しく思いました。お心遣い、誠にありがとうございます」
「そんなとんでもないわ。頭を上げてくださいな女神様!」
見た目だけじゃなく中身まで完璧清楚な女神様ね!?
やだあたし、こういった本物オーラにちょっと弱いのよ……。なんだか圧倒されちゃう。
「彼の者の行方は
「様だなんてやめてくださいな。もちろんその為に来たんだもの、あたしに出来ることなら何だって」
「忘れていたけどね」
「ちょっと黙っててくれる!?」
「ふふっ」
「うふふふ」
やめてよもう! こんな圧倒的完璧美人の前でおちょくらないでちょうだい!?
ほら笑われちゃったじゃないの……めっちゃ居たたまれなぁい。
「良いのですレイ様。わたくしが彼の者を引き留められなかったのが、そもそもいけないのですから」
「そんな馬鹿な話があるもんですか! どうせ碌に話も聞かずに飛び降りたんでしょう? 貴女に責任なんて全くないわよ。ねぇ主神様」
「勿論さ。水のにはもう何度もそう言っているんだけどね」
「いいえ主様。彼の者の心を察しきれず、みすみす行かせてしまったばかりか鍛冶様方の御わす
「主が良いと言っておるのだ、水のよ」
よよよと腕に纏う薄衣で涙を拭う姿さえ、まるで一枚の絵画のように見えた。
少し頑ななところもあるみたいだけど、とても慈悲深くて、素敵な女神様だわ……。
「必ず連れて戻って来ますから。だからもう涙をお拭きになって、女神様」
「レイ様……っ!」
うわぁん眩しいっ!!
そんな曇りのない瞳であたしを見つめないで。
色々穢れきったあたしをそんな、キラキラ、あぁ~浄化されるぅ~っ!!
「うん、浄化されたね」
「相変わらず水のの神力は素晴らしいな」
「恐縮でございます」
「へ?」
どうやら本当に、色々と清浄(正常?)してくださったみたい。
疲れもなければ魔力も満タン、神力を与えてくださったから、魔法の威力も上がるんだとか。
「……ヤバいわね?」
「レイなら扱いきれるだろう。あの魔導書にあった魔法も、きちんと自制して制御できているじゃないか」
「それはあたしがビビりだからよ」
アレコレ視ちゃったヤバい魔法の数々。
いつかどこかで暴走しやしないかと冷や冷やしてるんだから。
今回だってちょっとやり過ぎたと思ってるのに、変にイケるとか言わないで欲しいわ。
あたしにあれらを使いこなすなんて、無理に決まってるじゃない。
「ふふ、全く誉め甲斐のないことだ。思い切りのいいところもあるのに、レイはここぞで肝が小さいよね」
「うるっさいわねぇ、放っておいてちょうだい!」
えぇえぇそうですよ。悪うござんしたね!
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