04 鍛冶神様との攻防

「ったくあのショタ……。まぁ一度やるって言ったからにはやってやりますよ。やってやるけどなんっか腹立つのよねぇ……」

「ははは。最初はその姿と口調に面くらいもしたが、なかなか胆の据わったところがあるな」

「またdisった!」


 神様という人種(?)は、みんな人をおちょくる 性質たちなのかしら。まったく失礼しちゃうんだから!


「さて、主が戻る前にいくつか話をしよう」


 そう言って鍛冶神様はスッと手を差し伸べ、あたしを立たせてくれた。いやん紳士っ


「主とも相談したんだが、ひとつお主と取引がしたい」

「取引……と、言いますと?」

「まず『元の場所へ帰らせる』こと、それに対し『何かを奉じる』というお主の話だが、これを成すにはお主の記憶を保たせたまま帰還させる必要がある」

「それは確かにそうね」


 記憶を消されてしまったら捧げ物もなにもできないものね。それこそさっきの『手紙を渡す』ことも難しくなるんじゃないかしら。

 ……まぁ、本音を言えばあまり進んでやりたくはないけど。

 なにしろ神職ですらないただの一般人が、一番上の神様への ことづけを預かるのだから。

 こっちの主神様はあんなショタで小憎たらしいけど、あたしのいる世界を統治してる神様って言われたらやっぱり畏れ多いというか、直接相見あいまみえるなんて正直怖いものねぇ。


「そこでだ。立場を入れ替え、お主は『こちらの求めに応じる』、そしてこちらは『見返りを授ける』という契約とし、お主の記憶を残したまま帰還させ、今後我々に助力してほしいのだ」

「はぁ」

「主の依頼だけではなく、俺もできるならばそちらの世界の品々を求めてみたいのでな」

「はー……、なるほど。それで契約なんて話になるわけね?」

「そうだ。無論主も賛同しておるし、支援と謝礼の用意もある」


 なによもう、ハナからやらせる気満々じゃないの。あたしだって暇じゃないんですけど?

 でもねぇ……


「こちらにはない細工物をもっと色々と集めたり、構造を学んで作ってみたりしたい」

 

だとか


「未知のものを知ることは実に素晴らしく興味深い。まだ知らぬ技術があるかと思うとこの胸が踊るのだ」


 だとか


「そちらの世界に俺は行けぬし干渉もできない。できたとしても勝手に貰ってしまっては盗みになってしまうだろう? 故に一時の献上ではなく、長期的に協力を願いたいのだ」


 なんて、好みのイケオジが目の前で熱の籠った瞳で話しててごらんなさいよ?

 あっという間に絆されちゃうんだから。


「あたしに出来ることならなんだってするわ。任せてちょうだい!」

「おお、頼もしい!」


 チョロい。なんてチョロいのかしらあたしったら……。

 ただ、そうなると気になることもある。


「そうは言っても、あんまりお高いものはムリよ? あなたが欲しがりそうな物って価値あるやつはすんごいお値段したりするんだから」


 そう。無い袖は振れないのよ。

 一応経営者だしある程度の貯えもあるにはあるけど、そんなの秒で消えるような品を要求されでもしたらさすがに応えられないもの。


「案ずるな。支援はすると言っただろう?」


 そう言って不敵に笑った鍛冶神様がパチンと指を鳴らすと、あたしたちの立つ真横に、軽自動車サイズの巨大な金塊が音もなく現れた。


「────……は?」

「足りぬか?」

「は?」


 にこやかに笑う鍛冶神様と巨大な金塊を、口を「は」の形にしたまま何度も何度も見返してしまう。

 目の前のものが何なのか、頭が理解することを拒否しているみたいに素通りしていく。


「これだけあれば、そちらの品を色々入手できるだろう?」

「いやいやいやいやなにドヤ顔してんのちょっと!! 馬鹿ね!? 馬鹿なのね!?」

「不足か?」

「っじゃなくて量!! こんなにでかいの!! なによこれ!!」

きんだが、そちらにもあるだろう?」

「あああぁん話が通じないぃ!! こんなものほいと寄越されたってどうしろっていうのよ!?」

「半分はお主への謝礼だが」

「くれるの!? ダメじゃない!? こんなもの一般人に渡したら一発で狂っちゃうわよ!!」

「お、落ち着け」

「これが落ち着いていられますかぁー!!」


 どうどう、と宥めるように肩に置かれた手を思わず振り払ってしまったわ。

 神様レベルだとこんな金塊なんてことないの? やだ怖い。


「あ、あのね鍛冶神様。これはさすがに多すぎると思うのよ……」

「そうか? そちらでの価値がわからんでな、手元にあるだけ全部持ってきたのだが」

「しがない一般人にこれは毒よ……半分の半分の、もう半分でも多いくらいよ? お願いだから仕舞ってちょうだい」

「……そうか」


 ああんっ! しゅんとしたお顔きゅんとしちゃうから! ときめいちゃうから!

 やめて! あたしのライフはもうゼロよ!!


「これでいいか?」

「うわぁ、それでもまだかなり大きいわね……」

「これ以上は譲らんぞ」

「う……わ、わかったわよ。あぁでもどうすんのよこれ。扱いに困るわぁ」


 どうやって仕舞ったのか、さっきの八分の一サイズの金塊が、それでも「でん!」と存在感を放ってそこに鎮座していた。

 これ何キロあるのかしら……下手したらトンある? 金って一グラム何千円とかでしょ? えぇ~これをあたしにどうしろと?


「なにに困るのだ?」

「この大きさよ。そもそもね、こんなもん一般人がどうやって捌けっていうのよ。こんな大きい金塊持ち込んだら出どころ問われて大変なことになるじゃない! ていうかそもそも持てないわよ!」

「ふむ。ではどうすれば可能か」

「せめて掌サイズのインゴットとか、あぁでもなんか決まった刻印とかないと不審がられるかしらね? うーん、だったらちょっとごつめの指輪とかチェーンとかの装飾品系がいいかしら。それなら少しずつ別々のところで捌けばそう目立たないと思うけど」


 もうこの金塊を押し付けられるのは諦めた。わかった。受け入れるわ。

 ただ、塊のままではどうにもできないのよ。


「よし、ではこれならどうだ?」

「え?」


 再びパチンと指が鳴る。すると大きかった金塊がザバッと音を立てて一瞬で崩れた。

 ころりと足元に転がってきたひとつをサラマンダーちゃんが咥えて手に乗せてきてくれた。見ると、それは分厚くゴツく重たい指輪になっていた。

 小山になった金塊は、全て指輪や喜平っぽいネックレスやバングルなんかの装飾品に変わっている。


「え、なにこれ。今なにしたの?」

「言われた通り装飾品に変えた」

「変えた、って、これ」


 ダメダメ。相手は神様よ。目を疑うようなことが起きたって神様だからなんでもアリなのよきっと。ええそうよ。

 だから一般人の、まして別の世界の常識なんてここでは一切通用しないんだわ。

 改めて今いる状況って本当に……


「とんでもないわねぇ……」


 呆けたまま、そう呟くしかできなかった。

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