19 ギルドでの騒動
メルネ婆さんに全てを託し、あたしは今ギルドへひとりでやって来た。
宿に戻ってランディと色々話をしようと思っていたんだけど、ギルドから伝言が入ってたのよ。
ランディは宿に置いてきたわ。あの格好で外を出歩くのはもう嫌だって言って、ベッドに潜り込んでしまったの。
んもう素敵だったのに。もったいないわねぇ。
「レイさん、お待たせしました」
「はぁい千草さん、お元気?」
「はい、おかげさまで」
先日あたしの前でぐずぐず泣き崩れていたなんて信じられないくらい、デキるOLさんは今日もピシッとしているわ。
ふふ、だけど少し表情が柔らかくなったかしらね。
「お呼び立てしてすみません。来てくださってありがとうございます」
「あぁんいいのよ全然。それよりなぁに? 面会の件かしら」
「はい。警備隊から連絡がありまして、いつでも構わないそうです」
「そうなの? 随分簡単ねぇ。暴れたりしてないのかしら」
「留置所には魔力を封じる魔道具がありますので。あそこにいる限り河野は何もできません」
「便利な魔道具があるのねぇ」
なんでも留置所で使われているのは手枷タイプの魔道具で、拘束しつつ魔力操作も封じるという優れ物なんだそう。
あら? どこかで聞いた話にそっくりねぇ。
「北のレジナステーラ大陸にある、チャスラオという国で開発された物だそうです。あそこはセヘルシアでも有数の魔道具開発国家なんですよ」
「ふぅん、レジナステーラ大陸ねぇ」
「はい。チャスラオの最新魔道具は魔力のない落ち人でもボタンひとつで簡単に使えるという触れ込みで、しかも量産することで価格も抑えられていて、世界中で広く使われいるんです」
「へえぇ凄いのねぇ。じゃあ
「腕に嵌めなければ効果は発動しませんので、見るだけなら問題ないと思いますよ」
「やったわ。教えてくれてありがとう千草さん」
北の大陸に魔道具国家、魔力を封じる拘束具。
なーんか、図らずも色んなピースが揃ってきちゃってなぁい?
「ではこちらが面会許可証です。留置所は警備隊の本部内にありますが、場所はご存知ですか?」
「場所はわからないわねぇ。ごめんなさい、この辺りの地図ってあるかしら」
「町の地図でいいですか?」
「そうねぇ、ついでだから近辺の大きめの地図と、あと世界地図もあったら欲しいわ」
「そのふたつは有料になってしまいますが……」
「いいわよ、お支払いするわ」
「わかりました。ではご用意します」
「あぁ待って、ついでにまた換金もお願いできるかしら」
「はいお預かりします。ではこちらで少々お待ちくださいね」
「はぁい、お願いね」
実は昨日色々買いすぎちゃったみたいで、神様がたの依頼品を求めるのに若干不安になってきちゃったのよね。
念の為に前回の物より少し大きめの指輪をふたつ、千草さんに渡しておいたわ。
そしたら彼女、めっちゃ震えながら布を被せたトレーを運んできたのよ。
「こんな大金初めて持ちました……」
ええと、うん、そうよね。ごめんなさいね。
トレーの上には金貨が二十一枚と丸銀貨が一枚、そして角銀貨が七枚。しめて二千百十七万ジル。
……あたしもびっくりだわ。
「早く、早く仕舞ってくださいレイさんっ」
「え、えぇわかったわ千草さん」
お金って怖い。
急いで魔法の鞄にざらっと流し込んで、ふたりしてふうーっと深く息を吐いてへたりこんでしまったわ。
それから千草さんは、丸めたポスターサイズの紙筒を二本と、チラシサイズの地図を渡してくれた。
「こちらがノットの周辺地図です。ギルドの位置がここ、警備隊本部はここですね」
「国境の橋の近くなのね」
「はい。港から北へ馬車で三十分くらいです。乗り合い馬車もありますので」
じゃあ港に行けばいいわね。
でも馬車かぁ、あたし乗ったことないのよね。酔わないかしら。
「あとこちらがロキシタリアの国内地図と、こっちが世界地図です。二枚で三万ジルいただきます」
「あら、やっぱりそれなりにするのねぇ」
「印刷は魔法頼りなんです。モノクロですし精度もそこまで良くはないですが、この大きさになると価値もそれなりになってしまって」
「へぇぇ。じゃあ本なんかも?」
「本は印刷された物と、あと手書きの物もありますので、やっぱり高いですね」
手書き! はぁ~随分アナログねぇ。それこそ印刷用の魔道具でも作ればいいのに。
だからぺらぺらの新聞くらいしかなかったんだわ。雑誌なんてもってのほかよね。
新聞だって部数はかなり少ないらしくて、一般の人はギルドや港なんかの、人が集まる場所にある掲示板に貼られている物をわざわざ読みに行くんですって。
発展途上も甚だしいわね。
「色々ありがとう千草さん、また来るわね」
「はい、お待ちしてますね」
「そうだ。お宿紹介してくれてありがとうね。とっても素敵なところだったわ」
「気に入ってくださって良かったです」
「なんだかギルドからも口利きしてもらっちゃったみたいだし、お礼を言っておいてくださる?」
「はい。伝えておきます」
「よろしくね。じゃあまた」
「ちょーっと待った!」
「ティル!?」
千草さんに挨拶を済ませて帰ろうとしたところに、冒険者ギルド担当の狐族の獣人、ティルが走り込んできた。
どうしたのかしら? やけに慌てちゃって。
「レイ、折り入って頼みがある」
「なぁに?」
「あんた聖属性あったよな。魔力もそれなりだろ」
「まぁ、そうね」
「頼む! ちょっとついてきてくれ!」
慌てて捲し立てるティルにぐいと腕を掴まれて、受付の方へと引っ張られるように連れていかれる。
千草さん一緒にもついてきて、不安げな顔でティルに説明を求めた。
「何かあったたんですか? ティルさん」
「
「魔獣にですか!? この近くにそんな強力な魔獣なんて……」
「違う。あれは刃物の傷だ」
「それこそまさか! 彼らがやられるなんて!」
「だから焦ってんだろうが!」
大きな声で窘められた千草さんは、ビクッと身を竦めて黙ってしまった。
ちょっとティル。それはないわよ。
「落ち着きなさいティル。まだ息はあるんでしょう?」
「あるが時間の問題だ。うちの職員じゃ治しきれない。魔法書はある。だから頼むよレイ!」
「魔法書はいらないわ。あたしに出来ることは全部やるから、ちょっと落ち着いてちょうだい」
「あ、あぁ……悪い。チグサも、ごめんな」
「いえ、私は大丈夫ですから、それより急ぎましょう」
そして隣接する冒険者ギルドの治療所へ揃って駆け込むと、なんと昨日冒険者市場で見かけたあの大柄な二人が血まみれで床に横たえられていたのよ。
特に角の生えた獣人さんの傷は酷くて、息も絶え絶えになってしまっているわ。
「頼むぞレイ!」
「えぇ、任せてちょうだい」
あたしは群がる人をかき分けてふたりの間に座り込み、それぞれの胸に手を当てて魔力を練り上げる。
そして頭に浮かんだ
「(
「お……おぉ!!」
「すげぇ……」
見る見るうちにふたりの傷は塞がって、酷かった出血も完全に止まったけれど、これだけじゃ失った血までは戻らないのよ。
あたしはこっそりふたりの身体に魔力を送り込んで、ついでに魔法で軽く造血を促しておいた。
輸血の技術がないらしいのよ。過去に医療関係者の落ち人はいなかったのね。
落ち人に頼りすぎるのもどうかと思うけれど、この世界は落ち人のおかげで発展した部分も大きいみたいだから、どうせならそういう技術を持った人が落ちてきてくれたらいいのに。
そう思ってしまうのは身勝手かしらね。
「やったぞ、助かった! ありがとうレイ!!」
「お役に立てて良かったわぁ」
「レイさん、いつの間に魔法を……?」
「えぇと、昨日ちょっとね」
「なんだっていいさ! おい! ギルマス呼んでこい!」
「は、はいっ!」
ティルに指示された若い冒険者が階段を駆け上っていくのを、あたしはぼんやりしたまま見送った。
ふたり分一気に魔法を使ったのはさすがにキツかったわねぇ。
あたしも宿に帰って、少し休みましょう。
「どこ行くんだレイ」
「帰るわ。疲れちゃった」
「そりゃあんな凄ぇ魔法をふたり一気にかけたりするからだろ。どうなってんだレイの魔力量」
「さぁ……知らないわ」
一応視てみたけれど、これだけ疲れが出ていてもまだ半分以上は余裕で残っていたわ。
本当一体どうなってるのかしらねぇ……あたしが知りたいわよ。
「ねぇ、それよりこのふたり、ベッドに寝かせてあげたらどう?」
「そうだな。おーい誰か!」
「あんたもやりなさいよ」
「俺にあんなでかいの持ち上げられるわけねぇだろ?」
「それもそうね」
集まって見物していた冒険者達が協力して、ふたりをそれぞれベッドへと移動させてくれた。
先に血の跡をきれいにしてあげたら良かったかしら。シーツが真っ赤だわ。
「それくらいは誰でも出来るさ。このふたりはうちのギルドの看板なんだ。喜んでやるよ」
「そうなの、やっぱり有名な方だったのねぇ」
「知ってるのか?」
「昨日町で見かけたのよ。ふたり並んで歩いてて、威圧感が半端なかったわ」
「
憧れの冒険者ねぇ。確かにとんでもなく強そうだものね。
だけどそんな彼らがどうしてこんなことになってしまったのかしら。
「それは今探らせてる。目が覚めたら本人達にも聞いてみないとな」
「刃物の傷ってことは、相手は人よねぇ」
「あぁ。このふたりにこんな深手を負わせられる奴なんて、相当ヤバいぞ」
そんな相手が近くにいるかもしれないだなんて嫌だわぁ、怖いじゃないのよ。治安がいいはずじゃなかったの?
でも、そういえばランディも刃物の傷だったわね。それにジギーさんも獣人さんだし……。
まさかね?
「レイというのはどれだ?」
「ギルマス!」
物思いに耽っていると、背後から渋い男性の声が降ってきて、振り返るとこれまた筋骨粒々で厳めしい顔の爺さんがあたし達を見下ろしていた。
ほんっとなんなの冒険者って。こんな人達の中にいたら、あたしが「ゴツい」だなんて気にしてるのがバカみたいじゃない。
「ギルマス?」
「冒険者ギルドのマスター、ここの責任者だ」
「あら、じゃあ一応あたしの上司ってことになるのかしら?」
「上司……っつーか、元締め? みたいなもんだな。冒険者は個人事業主だ」
「へえぇ?」
「こないだ説明しただろ」
「勇者の話しか覚えてないわよ」
「んっ、んん!!」
ギルマスを前にティルとふたりでこそこそ話していたら、隕石でも堕ちてきたみたいに重たい咳払いが降りかかってきて、思わず竦み上がってしまったわ。
そろりと顔を窺うと、深く刻まれた眉間のシワが更にぎゅうっと顰められた。
やだもうちょっと怖いんですけど!?
「ティル、レイというのはこいつか?」
「は、はい。彼……いや、はい。この人がそうです」
何を言い淀んでるのよ。面倒くさいわねぇ。
「特別報酬を出す。上までついてこい」
「えっ、あたしそんなつもりじゃ」
「いいから。俺もついてくから行くぞ」
「え、えぇ……?」
んもう毎日毎日なんなのよ。落ち着く暇がないわねぇこの世界。
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