08 ギルド登録と初代勇者

 面会許可が降りるかどうかは確認してみないと分からないそうだけれど、ひとまず可能だった場合の為にと申請書類をその場で作成し、彼女に預けることになった。

 ここは『総合ギルド』と謳うだけあって、役所と似た機能を果たしているらしく、住民の管理から地域の保安、保全、各種申請、銀行や保険などの窓口も兼ねている組織なんですって。

 更には商人や冒険者、技術職に医師や薬師など、各職業ごとにバラバラに存在していたギルドを纏め上げ、相互取引の円滑化に成功したんだとか。

 これら全ては初代勇者の時代に改善されて、落ち人だけでなく元々の住人達にもそのシステムは助けとなり、彼らからも歓迎され今日まで続いている、と千草さんが熱く語って聞かせてくれたわ。


「そうだ、レイさんはこちらにどれくらい滞在されるご予定ですか?」

「あたし? とりあえず今回は六日ほどだけど、早めに自称勇者問題が解決したら別の町に行ってみるつもりよ」

「それなら、こちらでギルドに登録していかれることをお勧めします。日本の住民登録のようなものなんですが、これがないと町への出入りにかかる金額が大きくなりますし、他国へも行けませんので」

「身分証明書みたいなものね」

「はい。こういう物なんですが」


 そう言って千草さんは、革紐に吊るされた二枚組のドッグタグを首から外して見せてくれた。

 そこには彼女の名前と種族、居住地、所属ギルドといった基本的なデータが数行と、一番下の行に『落ち人』と刻まれている。そして同じものが二枚。米軍タグと一緒ね。昔の落ち人にそういうのに詳しい人がいたんだわきっと。

 だけどこの全く知らない文字が読める不思議。これもなんだか慣れない感覚ねぇ。


「これには個人の基本データと、本人の魔力と血液が記憶されていまして、様々な場面で本人確認に使用されています」

「落ち人さん達も魔力ってあるの? 貴女も魔法が使える?」

「落ち人で魔力があって魔法が使えるのは、ほぼ『ギフト』持ちだけです。なので私は使えません。使ってみたかったですけどね」


 そうなのね。言語だけじゃなくてどうせなら魔力も与えてくれる仕組みだったら良かったのに。

 だけど元々の住人にも、魔力はあっても魔法は使えない人がそれなりにいるようで、特に不便や肩身の狭い思いなんかはないと聞いてホッとしたわ。


「あたしはどこの所属にしたらいいのかしら?」

「レイさんは一応落ち人枠になりますが……こちらに住むわけではなく、あちらとこちらを行き来されるんですよね?」

「えぇそうね。それに毎回ここへ来るかも分からないわ」

「なら、居住地なしで登録ということになりますね。それですと、申請できるのは冒険者ギルドだけです。あとは拠点を持たないと登録が出来ません」

「冒険者」

「はい。拠点を持つ冒険者がほとんどですが、中には各地を旅しながら活動を行う冒険者もまた多くおりますので、冒険者ギルドに限り居住地なしでの登録が可能となっています」

「冒険者ってなにするお仕事?」

「各種ギルドや個人からの依頼を受けて、雑務や護衛、それから素材の採集や魔獣の討伐などを代行し、報酬を得る職業ですね」

「あら、それちょうどいいかも」


 だってあたし、今回は自称勇者おバカさんの件があるから最優先でここに来ただけであって、本来はそっちが本命なのよ。

 神様達からの依頼品を集めるに落ち人に会ったらお話するっていう約束だものね。


「では、冒険者ギルドへの登録でよろしいですか?」

「えぇお願い。すぐにできるのかしら」

「大丈夫ですよ。今必要なものを持ってきますね」

「ありがとう」


 そして待つこと数分、千草さんは冒険者ギルド担当の職員という若い男性を連れて戻ってきたんだけれど……


「……みみ」

「ようこそセヘルシアへ落ち人さん。獣人族を見るのは初めてか?」

「しっぽ……?」

「俺は狐族のティルだ。あんたらの世界にゃ空想でしかいないらしいが、こっちじゃ俺みたいなのは普通にいるからな。町で見かけても騒ぐんじゃねぇぞ?」


 ぴこぴこしてる!! なんか頭の上でぴこぴこしてるわよ!? あぁん尻尾ふっさふさ!! 赤茶の毛並みもまぁキレイだこと!! 

 やぁだぁなにこれめっちゃ可愛い~モフり倒したぁ~いっ!!


「レイさん? レイさーん」

「あっ、ご、ごめんなさいあたしったら」

「大丈夫です。お気持ちめっちゃわかりますから」

「千草さん……っ! そうよね!? たまんないわよね!?」

「たまりませんね……!」


 だってだって、ちょっと生意気そうな男のコに狐の耳と尻尾が生えてるのよ!? しかも自然に動いてんのよ!? ヤバくない!? ヤバいでしょこれ!!

 可愛い女の子に耳と尻尾がついたアニメみたいな絵を目にすることもあったし、コスプレなんかもお店のイベントでやったりしたけど、これはヤバい。生の破壊力マジで半端ない。

 今まで生温い目で見てしまってごめんなさいねその界隈の皆様方……。これはヤバい。わかる。しんどい。


「おーい、始めていいかー?」


 落ち着きを取り戻したあたしは、ティルさんから冒険者ギルドについての説明をしてもらった。

 まず冒険者とは、から始まって、依頼の受注方法や失敗時のペナルティ、それからランクについてなど。

 

「冒険者のランクは星の数でタグに表示される。シングル、ダブル、トリプル、クワッド、クイントと呼ぶ。全員まずは駆け出しのシングルからスタートだ」

「ランクなんてあるのね」

「あぁ。依頼をある一定数成功させたり、強い魔獣を討伐したりで星が上がる。もちろん査定もある。身の丈に合わねぇ依頼を受けるバカの命を守るためと、依頼者に無駄待ちをさせないためだな」

「なるほどねぇ」

「依頼書に受注可能ランクが表記してあってな、自分の星以上の依頼は受けられない仕組みになってるんだ」

「ふんふん」


 次はタグの有効期限について。

 一年以上何も活動しないと休会扱いになり、査定クエストを受けて達成できれば同ランクで復帰できる。査定次第ではランクが下がることもあるらしいわ。

 それから犯罪行為をすると、資格剥奪の上投獄なんですって。


「復帰に一年の猶予とか、けっこう甘めなのね?」

「貧困層への仕事の斡旋という側面もあるんです。前科持ちでも、釈放後の査定によりシングルからの復帰を認めています。そもそも復帰できないような者は釈放されませんし」

「なるほどねぇ。それで治安もそこまで悪くないのね」

「冒険者保険や年金制度なんかもありますよ」

「へー、かなりしっかりしてるのね」


 ところどころで千草さんが補足説明してくれて、とっても助かる。

 やっぱり保険や年金なんかは落ち人の発案だったみたいで、他にも特許に似たシステムや、職業ごとの免許制度もこちらの世界に浸透しているんですって。

 落ち人の影響力って凄いわねぇ。


「そりゃあイオ様のおかげさ! 世界に平和をもたらした英雄だからな」

「イオ様ってだぁれ?」

「知らねぇのか!? 初代勇者様だよ!」

「勇者は知ってるわ、ごめんなさい名前を知らなくて」

「初代勇者は尾形惟緒いおという方なんです。総合ギルドの始祖であり、平和をもたらした英雄でもあります。セヘルシアでその名を知らない者はいないくらい、皆から敬愛されているんですよ」

「イオなんてキラキラネームねぇ……女の子?」

「男の中の男だ! ただ切った張ったのゴリ押しなんかじゃなくてよ、なんと魔王と友達ツレになっちまったんだ!」

「友達!?」

「そうさ! 戦争なんてやめようぜって乗り込んでな。最初は周りにバカにされもしたが、実際魔王側は戦争を吹っ掛けられるから受けていただけで、こっちにゃ何の恨みもなかったそうなんだ」


 あれよあれよという間にティルさんのスイッチが入ってしまったわ。

 どうやら彼は相当な初代勇者ファンらしく、拳を振り上げ振り回し、熱く熱く語っていらっしゃる……。


「魔王軍と組んで当時の権力者や軍人を次々ぼこぼこにしてな! 各地でクーデターを起こしたんだ!」

「当時の人族国家は終戦と共に解体され、今この大陸にある国々は全て勇者の手によってデノメアラとの和平条約を締結されました」

「そしてこう言ったんだ!『戦争なんてつまんないことやめて遊ぼうぜ!』ってな!」

「そして今日こんにちまで、戦争のない平和を与えてくださっているのです」


 ……千草さんも勇者ファンだったのね。なんだかんだ合いの手を入れながら目がキラッキラしてる。

 ティルさんとも息ピッタリで、あたしは二人の熱弁が終わるまでひたすら笑顔で耐え抜いた。




「よし、冒険者の心得はここまでだ。今の説明を聞いて全てに了承したならば、この書類を書いてくれ」

「わかったわ」


 熱い勇者語りを終え、本来の目的を思い出したティルさんから渡された申請書類を、あたしは端から埋めていく。

 文字もね……さっき面会申請を書いた時にわかったんだけど、読めるだけじゃなかったみたい。何故か書けるのよ。

 書類は少しぼこぼこした引っ掛かりのある紙で、何度かインクが跳ねてしまったわ。製紙技術は藁半紙止まりってところみたいね。


「じゃ、次はこのタグ握って魔力を流してみてくれ。あんた『ギフト』持ちだろ?」

「え、わかるの!?」

「何の能力かまでは分からねぇけどな。俺は相手の魔力の色が見えるんだ。だから登録窓口なんてやらされてるんだけどな」

「へぇぇ……ね、あたしは何色?」

「あんたは赤だな。それと白と青。多色持ちはいるが白は珍しいな」

「色にも意味があるの?」

「相性のいい魔法の属性がわかるんだ。赤は火、青は水、白は聖属性っつってな、治癒や浄化なんかができる。冒険者の間じゃ引っ張りだこだぜ」


 でもあたし魔法の使い方なんて……いや、知ってたわねそういえば。神域でショタ神様に見せてもらったじゃない。

 魔法の鞄の使い方と基本は変わらないって言ってたし、とりあえずこのタグに魔力が流れるように念じてみたらいいかしら。


「出来たかしら?」

「おうばっちりだ。あとは血を少し、ここに垂らしてくれるか」

「ナイフで切るの!?」

「大丈夫だ。弱いが『治癒ヒール』が使える職員がいるからすぐ治してやれる」

「じゃあ、私はその職員を呼んできますね」

「……わかったわ」


 えいっ、と指先にナイフで小さく傷をつけ、ぷくりと滲み出てきた血を二枚のタグにそれぞれ擦り付ける。すると不思議なことに、付着した血はスッと馴染んで消えてしまった。

 千草さんが連れて来てくれた女性に傷を治してもらい、あとはタグに基本データを刻印すれば登録は完了だそう。


「お待ちどうさん、タグが出来たぜ」

「ありがとうティルさん」

「ティルでいい。これであんたも冒険者の仲間だ。歓迎するぜ、レイ」

「えぇ、よろしくねティル」


 あぁんぴこぴこお耳やっぱりかわいい~!! いつか触らせてくれないかしら。ダメかしら。

 そんな目線に気付いたのか、ティルはニヤッと笑って一歩下がった。


「獣人族の耳と尾にゃ触んなよ? これを触れるのは家族と伴侶だけだ。それに俺は男と番う趣味はねぇ」

「やっぱりそういうお約束よねぇ……」

「レイさん、愛でるだけはタダですから。今度獣人カフェ行きましょう」

「そんな店まであるの!?」

「大繁盛ですよ」

「行くぅ~!!」



 こうしてあたしは、晴れて冒険者になった。

 と言っても依頼を受けたりしてる暇なんかあるのかしらね? まぁその辺はまた追々考えましょう。


 泊まって行ってもいいという千草さんのお誘いをなんとか断って、お勧めの宿を紹介してもらいギルドを後にする。

 さぁて、ショタ神様と色々相談しなくっちゃ!

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