07 自称勇者の行方
千草さんに連れられて、彼女お気に入りという食堂へとやって来たあたし達の前には、お洒落な魚介メインのランチプレートが並んでいる。
ここへ来る前さっきの女将さんの店にも寄って、せっかくだからと売っていたパニーニ風の、蟹とチーズの香草焼きを挟んだパンも食べているけれど、さすが女子の選んだお店ね。ボリュームそこそこのヘルシーランチだったわ。
ここのランチメニューはなんと千草さんがアドバイスしたものらしく、今では近隣の働くお姉さん達からも大人気なんですって。
皮はパリパリ身はジューシーな白身魚のグリルとサラダ、それにパンと果実水が付いておひとり千ジル。日本の価値で約百円!? やすっ!
「美味しかったわ~。だけど随分お安いのね?」
「港町ですから魚介は安く手に入りますしね。日本でいうワンコインランチを提案してみたんですよ」
「それにしたって百円よ? 一応物価とかお金の価値なんかは聞いているけれど……一昔前のアジアみたいな感じね」
「物の価値が割とちぐはぐなんですよね。地元の食材はかなりお手頃ですが、輸入品は高価ですし、土地によっても変わります。ただどこの国も貨幣はインフレ気味ですね」
「ちぐはぐって言えばさっきの女将さんのとこよ! 最初水蜘蛛って言われて驚いたんだけど、あれ蟹よね?」
「私も初めて見たとき驚きました! そうなんですよ、そういった学問もあまり進んでない感じです」
発展途上とは聞いていたけれど、本当にまだまだなのね。だからショタ神様は図鑑なんて欲しがったのかしら。
お金の価値もちょっと見直さないとダメねぇ。誰よジルを十で割ったら日本の価値だなんて言ったの。全然当てにならないじゃないの。
これは慣れるのかなり大変そうだわ……。
「ギルドはしっかりした風だったから、つい日本の感覚で見ちゃってたわねぇ」
「初代勇者と、集まった落ち人がほぼ仕組みを作り上げた組織ですからね。中には海外の落ち人もいますが、何故か日本人の割合が多いんですよ」
「その理由なんとなく知ってるわ……」
あれよ。嬉々として落ちちゃう系のやつでしょ絶対。
「そういえば、貴女は落ちて来てどれくらいになるの?」
「だいたい四年くらいです」
「やだ結構長いのね」
「はい、そうなんです……だからもう、日本の文化が恋しくて恋しくて……だってこっちにはテレビも雑誌も漫画も何もないんですよ!?」
「そ、そうでしょうね」
あら? 雰囲気が変わったわよ?
変なスイッチでも入れちゃったかしら……
「私! 地方出身なんですよ! だからずっと行ってみたかったけど行けなかった場所があって、でもこっちに来ちゃったから本当にもう二度と行けないんだなって思ってて」
「ちょ、ちょっと声! 落ち着きなさいよ」
「私一度でいいからオカマバーに行ってみたくて!!」
「えぇ?」
「まさかこっちで本物のオネェさんとお話しできるなんて……しかもマッチョだなんて最高です……!」
きゃっ言っちゃった☆ ……じゃないわよ!
「モロ好みのオネェさんです~」
「ちょ」
「このお御足~ゴリッと具合がたまりません~」
「ちょっと」
「どこかにお勤めなんですか? ショーとかやってました? どんな人が好みですか?」
「ええと」
「その髪ウイッグですか? 触ってもいいです?」
たじろぐあたしをよそにマシンガンの様に言いたいことを矢継早に言い放つと、千草さんは「あぁぁ帰りてぇ~~~!!」とテーブルに突っ伏し手をバンバン叩きつけ始めた。あんたお酒入ってないわよね?
マッチョが好きなのはあたしもだからわかるけど、あたしはそんなにマッチョじゃないわよ! ゴツいけど!
ていうかそろそろ周りのお客様に迷惑よね。あたしはグダる彼女を宥めに席から立ち上がった。
「ねぇ千草さん落ち着いて、そろそろお店出ましょう? 貴女この後もお仕事でしょ?」
「いーやーでーすー もっとレイさんとお話したいですー」
「ほらしゃんとしなさいって」
「日本のお話ー、聞かせてくださいよぉー……」
その声は少し震えていた。……里心でもついちゃったのかしら。
ひしとしがみつく彼女は、さっきよりもだいぶ幼く見えた。仕事中は出来るキャリアウーマン風だったのにねぇ。
そりゃ四年も知らない世界にいて、戻る手段もなく趣味から遠ざかっていたところに餌が放り込まれたらこうもなるかしらね。
あたしは腰にしがみつく形のいい頭を撫でながら、ふたり分のランチ代と、迷惑料として少し多目に料金を支払い、そのまま彼女を引き摺って店を出た。
「レイさぁん」
「はいはい。お話ならまたいつでもしてあげるから。お仕事に戻りなさいな」
「本当ですかぁ? 嘘言っちゃやですよぉ」
「こんなしょーもない嘘付いてどうすんのよ。ほら行きしょ? そういえばあたしも、まだギルドで聞きたいことが色々あるのよ」
「……わかりました。じゃあ一緒に戻ります」
ずるずるとあたしの腰から引っ付き虫が剥がれ、やっとその泣きっ面を見せた。
なぁにその顔! 失礼だけど思わず吹き出しちゃったわ。
「ひっどいブスねぇ」
「……ひどいです」
「ほら、むくれてないで案内してちょうだい。まだ道覚えてないんだから」
そして何故か手を繋いで歩き出すあたし達。
顔を見合わせては吹き出すあたしを、千草さんは「もう!」と叩いてみたりぷんとそっぽを向いてみたりで、なんだか妹ができたみたいで楽しかった。
戻りたくても戻れない場所、……か。あたしにもあった気もするし、なかった気もするわ。
里心なんて、もうすっかり忘れてしまった感情だもの。あたしの帰る場所はもう、あそこじゃないから。
せめてこの子は無事帰れるように、ショタ神様と色々お話してあげないとね。
「そうだ、私の分の食事代を」
「美味しいランチを紹介してくれたお礼よ」
「でも」
「いいのよ。年長者に花を持たせてあげるのも、イイ女の嗜みよ?」
そう言ってウインクしてみせると、千草さんはふふっと笑ってくれた。
「……敵いませんね。ではありがたく、ご馳走になります。代わりと言ってはなんですが、もしよければこの後も私がご案内しますので、先程の場所でお待ちいただけますか?」
「わかったわ。待ってるから早くお化粧直してらっしゃい、おブス」
「もう!」
ギルドに着く頃には千草さんもすっかり元の佇まいに戻っていて、ホッとしつつもついからかっちゃったわ。
かわいいわねぇ。ああいうコは嫌いじゃないわ。
きっと今までたくさん色んなことを諦めて我慢して、頑張ってきたんでしょうね。それがあたしと話して少しでも紛れるのなら、あたしも嬉しい。
「お待たせいたしました」
少ししてお茶を手に、しっかりお仕事モードで戻ってきた千草さんと、再び向い合わせで座り直す。
さて、まずは一番の目的、自称勇者の居場所から聞くとしますか。
「あぁ彼ですか。彼なら今は留置所にいますよ」
「留置所!? なにをやらかしたの!?」
「器物破損と傷害ですね」
「えぇぇ……」
いきなり何なのこの展開!
数々やらかしてはいるけれど、人を傷つけたりはしてないって聞いてたのに。
「相手は魔族の方?」
「いえ、ロキシタリアの国境監理局の方です。無許可での渡橋を強行しようとした際、彼が誤って門柱を破損させ、その欠片が局員に当たりました」
「ならそんなに大きな怪我ではないのね」
「ですが怪我は怪我だと、これ幸いに全力でふん縛られていましたよ」
「御愁傷様ねぇ」
けど留置所にいるなら話も付けやすいかしらね? 面会許可って取れるのかしら。
「面会……どうでしょう。後で確認してみますね」
「ありがとう、お願いね」
「会ってどうされるんですか?」
「お話するのよ。神様が魔王様もだいぶお困りだって仰るから」
「私達も手を焼かされました。彼……河野卓也は本当に人の話を聞かなくて。魔王討伐隊募集ビラを勝手にばら撒いたり、観光客を装いデノメアラへと入り込んで王都の門前でハンストやデモをしたり、こっそり王城へ入り込もうとしたり。先月には門扉に火を放とうとして強制送還されてきました」
思ってたよりしょうもなかったわ!!
けど、それでもだいーぶやらかしてるじゃないの。よく生きて帰って来れたわねぇ。
「魔族といっても人と変わらず、基本理性的で穏やかなんですよ。和平条約もありますし、そもそも相手にされていません。頻度が問題なだけで」
「でも彼って何だか特別な能力があるんでしょう?」
「はい。彼の『ギフト』は炎を操る能力です。それほど強力ではありませんが」
「それで火を放とうとしたのね」
「……大好きな漫画のキャラと同じ能力だったそうですよ。それで『自分は選ばれた勇者なんだ!』って勘違いしたらしくて」
「それはまた……」
流石は嬉々として落ちちゃった系代表格のおバカさんね!?
やっぱり頭の中身が中学二年生じゃないの!
「それで実力もないのに魔王に挑んでは毎回門前払いなものだから、意地になっているみたいですよ」
「どうしようもないわねぇ」
「まだこちらへ来てそう経っていないので、どれだけ魔王も魔族も敵じゃないと説明してもわかってくれなくて、逆に『お前達は騙されてるんだ!』とか言い出す始末です」
「……ねぇ、ところでその河野って子、いくつ?」
「十八歳ですね」
「若気が至りまくってるわね……」
受験勉強で疲れてるのかしら? それとも浪人中で鬱憤がたまってたとか?
なんにせよこれは、相当骨が折れそうだわ……。
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ロキシタリア 通貨 ジル
角鉄貨 1(ほぼ使われていない)
丸鉄貨 10
角銅貨 100
丸銅貨 1,000
角銀貨 10,000(庶民のお買物はこの辺まで使用)
丸銀貨 100,000(ここまでが一般的に普及)
金貨 1,000,000(ここからは市井でほぼ見ない)
白金貨 10,000,000
星金貨 100,000,000
レイさんが換金で受け取ったのは金貨8枚とと丸銀貨6枚だったので、千草さんが気を利かせて出掛ける前に丸銀貨をある程度細かく両替してあげました。
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