02 神域にて


 それから、目の前のイケオジは自身を鍛冶の神だと述べ、あたしの持っていたライターの持ち主であり、製作者なのだと言う。

 迷い人の持ち物を貰って、構造を研究して自作したとかなんとか。

 色々突拍子なさすぎて、全然頭が追い付いていかない。


「あの、ちょっといいかしら」

「あぁすまんな。失せ物が久方ぶりにこの手に戻り少々浮かれてしまったようだ。なにしろこいつは記念すべき第一作目でな、とても愛着があるのだ」

「あらそうなの~、嬉しかったのねぇ。見つかってよかったわぁ」

「そうだな。こういった細工は俺のいる世界にない故、実に興味深い」

「わっかるわぁ~。シンプルでいて機能美があって、とっても素敵よねぇ」

「わかってくれるか。こいつの良さはな……」


 ダメだわ。こっちの話をしたくても目の前のイケオジがそれはもう本当に嬉しそうに愛しそうに語るもんだからあたしもついついデレッとして接待モード入っちゃう。

 鍛冶の神って言ってたけど、鍛冶って確か刃物とかの金属製品を鍛える感じのお仕事よね。一応このライターもガワや部品は金属だし、金属製品ならなんでもいいのかしらね?

 あぁもうなんだか色々どうでもよくなってきたかもしれないわぁ。目の前のイケオジが素敵すぎてマジ眼福。はぁ~ん雄っぱいスリスリしたぁい。


「そういえば、お主はこれをどこで……いや、どうやってここへ? 空間の揺らぎがないが、ここの者ではなかろう?」


 一頻り熱い想いを語り尽くした鍛冶神様がようやく一息つき、さも今気付いたかのようにあたしの瞳を覗きこんだ。

 あん、やめてその顔面はあたしにキクぅ~!!


「ど、どうやってもなにも、あたしもそれが聞きたかったのよ。そもそもここはどこなの?」

「……ここへ来た時のことを覚えておらんのか」

「来たきっかけはたぶんそのライターじゃないかしらとは思うのよね。使おうとしたらいきなり目の前が真っ白になって、気付いたらここにいたのよ」

「……そうか、ならばこれと共鳴したのかもしれんな」


 そう言って鍛冶神様は懐から似たような形のライターをひとつ取り出して見せてくれた。

 あたしが持ってきたものとよく似た意匠の、シルバーのライターだ。


「これはオリジナルだ。燃料が尽きてしまいもう使えんのだが、音が気に入っていてな。時々手慰みに音を鳴らしている」

「それって、さっき言ってた『迷い人』とやらに貰ったものよね?」

「そうだ。燃料代わりにならぬものかと、俺やこいつの力を注いでみたのだが、それで神力を得て神器になってしまっている」

「待って待ってちょっと混乱してきたからひとつずついいかしら?」

「キュウ!」

「え、きゃあっ」


 耳慣れない単語をぽこぽこ連発されて、説明を求めようと手で話を遮った瞬間、返事をするように甲高い鳴き声が耳元で聞こえて、若干ビビりのあたしはその場に蹲ってしまった。

 そういえば、ここに来たとき足元に感じたふわふわしたものの正体もまだなにもわかってないじゃない。


「すまん、驚かせたか。こいつは俺の眷属ペットのサラマンダーだ」

「さらまんだぁ?」


 なんだかゲームや物語でよく聞くような名前ね。神様ってば意外と厨二っぽいのかしら。

 なんて失礼なことを思いつつ神様の手に収まった眷属(笑)とやらに目を向けてみると、そこには頭から尻尾にかけて炎のように揺らめく鬣を纏った、二の腕サイズの、翼の生えた真っ赤なトカゲがいた。


「…………さら、まん、だぁ」

「火の精霊だ」

「……もしかしてこの子、さっきから足元うろちょろしてました?」

「居たな。いたずら好きでな。このライターも、こいつが持ち出してどこかで落としてきてしまったのだ。まさかそちらの世界へ落ちているとは思わなかったが」


 思いがけずふわふわしたものの正体が判明。ていうか火の精霊ってなによ?

 地球上には確実に存在しないであろうそのフォルムはどう見ても手乗りサイズのドラゴン。

 ……ドラゴン??


「あの……本当に、ほんっとーーに、ここ、どこなんです?」


 あまりのイケオジっぷりに神様とかいう最も突っ込むべきパワーワードすら無意識にスルーしていた事実に今更ながら愕然としたわ。

 もうこれ夢よね? 夢でいいわよね?


「ここは俺を含む神々やこいつのような姿を持った精霊達の住まう神域だ。お主がいた世界とはまた別の、いくつかの世界を見守っている」

「神域……、て、え!? あたし死んじゃったの!?」

「いや、死んではいない。魂を管理する世界が違う。だが肉体がこちらに来てしまっているため、今お主の世界にお主は存在していない」

「それって……あたしだけ消えちゃってるってこと? じゃあ、もしかしてこの状態が『迷い人』?」

「状況で言うならそうだ」


 飲み込みが早いな。なんて神様はしれっと言ってるけど、これってヤバいんじゃない? 帰れるのかしらあたし。

 ことの深刻さに怖じ気づいてきたけど、聞けることは全部聞いとかなきゃ。


「ねぇ神様、さっきそのライターと共鳴したって仰ってたわよね。ならまたあたしが鳴らしてみたら帰れないかしら」

「ふむ……恐らくは、無理だろう。偶然同時に鳴らした音同士が共鳴し合い、オリジナルを持つ俺がいるここへ引っ張られて来たのではないかと思う」

「そんなことってあるの?」

「これも恐らくだが、先程も言ったようにこれオリジナルは神力を宿している。そしてそれ複製は俺の手で作り上げた物だ。同じ波長を持つ物同士の共鳴で、偶発的に起きた事象なのだろう」

「じゃああたし、帰れないの……?」


 ──そんな。

 ようやくお店を立ち上げて、皆で頑張って盛り上げてきたのに。やっとできたあたし達の居場所に、もう戻れないなんて。

 頬を一粒涙が濡らす。拭ってみたら指先が青黒く染まった。やだあたし、お化粧も直してなかったんだわ。


「案ずるな、迷い人。まだ神域だ」

「どういうこと?」

「お主の世界は、境界が曖昧なのか結界が弛いのか、何故か時折ここへと迷い込み、落ちてゆく者が居るのだ」


 ──遥か昔から、それは繰り返されたという。あたしのいる世界の人間が、彼らの住まうこの神域をすり抜けて落ちてゆくのだと。

 そうしたこちらの世界へ落ちてしまった人のことを『落ち人』と。落ちる前の、神域で彷徨っている人を『迷い人』と呼ぶそうだ。


「神域を通り抜ける際、近くに居るとこちらからは空間の揺らぐ気配でわかるのだ。故に落ちる前であれば保護し、元いた世界へ戻している」


 ただ、そうした迷い人はこの神域に数分も留まらずにいなくなってしまうそうだ。神域は広く、見つけて戻してやれるのはほんの一握りなのだとか。

 あたしは多分、それとは違うことわりでここへ来てしまっているから、落ちずに留まっていたんじゃないかって。

 なるほどねぇ。


「ちなみに、落ちちゃった人はどうしてるの?」

「ここを通った後では元の世界へ戻すのは難しい。魂の管轄が異なる落ち人はこちらの世界との繋がりがほぼない。故に紛れて暮らしていれば探すのも難しく、例え見つけたとしても、神域へ呼び戻す手段がそもそもないのだ」

「そんな……」


 いきなり身ひとつで言葉も通じない未知の世界へ放り出されるなんて、もしそれが自分の身に起きていたらと思うとゾッとするわね。


「いや、言葉は何故か問題ないのだ。人の子が神域を経た恩恵なのか弊害なのか、皆こちらの世界で普通に会話できている。今こうして俺と話せているのがその証拠だ。加えて稀に特殊な能力を得ていたり、あるいは記憶を失っていたり、様々ではあるが何かしらの変化が身に起こる者もいるようだ」


 困り果てたように眉根を寄せた鍛冶神様が言うには、神域で保護した迷い人のうち幾人かは、そうした心身への変化の危険性を説明をしたにも関わらず、このまま異世界へ行かせて欲しいと、むしろ嬉々として落ちてゆく者がいるそうだ。

 若い男のコに多いらしい。さもありなん。


「じゃあ、保護されて帰った人達はどうなるのかしら?」

「ここでの記憶のみ失う」


 それだけならよかった、無事に帰れるわね!! だけど、そうか。忘れちゃうのね。

 せっかく出逢えた理想の雄っぱ……おじ様を忘れてしまうのは本当に、本当~~に心底残念で仕方ないけれど、やっぱりあたしは帰りたいもの。


「だが、住まう地へ帰れたかどうかは俺にはわからんが」


 しんみりしてたらとんでもない爆弾落としやがりましたよこの神様。


「は!? どういうこと!? 帰れるんじゃないの!?」

「管理する世界が違うのだ。送り届けることは出来ても、どこへ落ちるかまではわからんのだ」

「なによそれ詐欺じゃない!? どうにかなんないのあんた神様でしょ!?」

「俺にそこまでの力はない。それに元はといえばそちらの境が弛いのが悪いのだ。そちらの神に言え」

「あんたあたしんとこに神様どれだけいると思ってんのよ! 八百万やおよろず八百万やおよろず!! そもそもそんな神様なんてひょいひょい会えるわけないじゃないの!!」

「そちらの世界のことはわからんと言っておるだろうが」

「そこをなんとかしなさいよぉ!! なんならそういうライターとかあんたが気に入りそうなものとか見繕って献上するからぁ!! ねぇなんでもするからお願いよぉ~!!」


 がくがくと揺さぶりながら勢いで言った言葉に、神様がぴたりと動きを止めた。



「……いい提案だ」


 どさくさに紛れて顔を埋めた胸板から、甘い低音ヴォイスが響いてめちゃくちゃときめいた。


「迷い人よ、ここで暫し待て」


 そう言ってあたしの拘束からなんなく抜け出し、神様はするりと目の前から消えた。


「え、やだ、ちょっとー?」


 胸板ぐりぐりしたのが不快だったのかしら。

 置いてけぼりをくらったあたしはその場に膝を抱えて座り込むと、サラマンダーがのそりとドレスの裾から顔を出した。


「キュ」

「ちょっとあんたなんてとこから顔出してんのよいやらしいわねぇ。……ていうか存在を忘れてたわ。ごめんなさいね」


 ひょいと抱えあげてみると意外と軽い。背中の鬣は……うん、触れるわ。熱くないのね。不思議な感触。

 見た目はドラゴンぽいけど、腕に収まるくらいのサイズだから、ゲームや漫画のマスコットキャラになりそうな感じね。よく見たら可愛らしい目をして、あたしを興味深げに観察してる。


「ドラゴンって本当にいるのねぇ」


 膝の上に落ち着けて頭をなでなでしちゃう。あらやだ目を細めて気持ち良さそうにしちゃって、可愛いじゃないのこの子。さっきは怖がってごめんなさいね。

 神様どこ行ったのかしらねぇ……なんだか眠くなってきちゃったわ。




 暫くうつらうつらとしていると、少し離れたところから二人分の声が聞こえてきた。

 誰か連れてきたのかしら?



「この状況で眠るとはなかなか豪胆な娘さ……ん? 娘、にしては些か頼り甲斐のありそうな背中だね……?」

「恐らく男かと」

「はぁ、あちらの世界にもこのような者がいるんだ」

「俺も迷い人で見たのは初めてでしたが、これはなかなか面白いですよ」


「ちょっと今これって言った!? ていうかサラッとdisってんじゃないわよ!!」


 目覚め悪っ!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る