25 無茶ぶり
警備隊との連携が白紙になったばかりか、こちらが情報を掴んでいると伝わってしまった以上、それが裏目に出るかもしれない。
そう懸念するあたしに、みんなはそんなことは気にするなと笑い飛ばしてくれた。
こんな風に言ってくれる人達にいつまでもぐずぐずした顔なんか見せていられないわよね! こうなったらとことんよ!
あたしは気を入れ換えるために軽く頬を叩き、そして魔法の鞄からメルネ婆さんに貰った石付きの編んだ革紐を取り出した。
「これは?」
「婆さんからの差し入れ。念話もできる話具よ」
「なに!?」
「念話だと……」
「えぇ。しかも盗聴防止付き」
「マジか……」
「聞いたこともねぇ……」
あらあら。皆さん揃ってドン引きしちゃったわ。
その気持ちわっかるぅ~
「……いや、レイも十分あれだからな」
「やんもう失礼しちゃうわね! あの婆さんと一緒にしないでちょうだい」
「似たもん同士か……」
「ちょっと! 聞こえてるわよ!」
ほんっと失礼なんだから! あんまりだとここに本人呼んじゃうわよ?
ぶつぶつ言いながらも袋から全て取り出してテーブルに広げる。その数はあたしとランディの分を除いて十一本。
「今ここにいる四人分と、残りは七本か」
「少数精鋭でもいいが、ギルマスが出ないならもう何人かは欲しいところだな」
「あ、俺もムリだぞ」
「なによティル、抜けちゃう気?」
確かに荒事には慣れてなさそうだけど、あんたも一応冒険者で獣人で仲間でしょう?
ここまで来て一抜けたはないでしょうよ。
「違うって抜けるんじゃねぇよ。俺は情報担当。警備隊にツレもいるし」
「信用できる相手なの?」
「飲み行くたんびに野郎の愚痴を延々聞かされる。内部でもかなり反発はあるみたいだぜ」
「そうか、なら一本、一番信用できる奴に渡せ。邪魔が入っても面倒だ、なるべく早く渡してこい」
「了解。今夜にでも」
残りはあと六本。あたしは冒険者の知り合いなんていないから、残りは彼らに託すことにしたわ。
ギルマスは、信用できて腕の立つ人を厳選すると約束してくれた。
「まずは偵察か」
「それは俺が行く。レイ、あのマントを借りていいか」
「マント?」
別にそれは構わないんだけど、どうせならみんなにも何か渡した方が色々効率良いんじゃないかしら。
せっかくある魔法は使わなきゃ損よね? もう今さらよね? とことんやるって決めたものね!
「何か特別なマントなのか?」
「人混みを歩いても全く認識されないレベルの隠蔽がかけられる」
「なんだそれ!? それも魔女のやつか?」
「それはあたしが掛けたのよ」
「はぁ!?」
あーあーうるっさいわねぇ。
しょうがないじゃない。できちゃうんだもの。
「全員分何かしら用意するわ。隠密には隠密でお返ししましょ?」
「お、それいいな姉ちゃん!」
「でしょう?」
ひとまずは、あたしとランディで隣町のオクトへ向かい、奴らの動向を探ることに決まったわ。
ランディは渋ったけれど、もし何かあってもあたしがいれば傷を治したり隠れたりといった対策がすぐ取れると言い含めてなんとか納得してくれた。
ナイルさんとジギーさんは体調を考慮して念のため待機。その間にギルマスと一緒に仲間を秘密裏に集めてくれることに。
取引の日に一気に叩くか、個別に叩くかは今夜の偵察次第。これでランディの姪っ子ちゃんの行方がわかればいいんだけど、どうかしらね。
「隣町まではどうやって行く?」
「早馬ならギルドのやつを一頭出せる」
「馬なんて乗ったことないわよ」
「俺は乗れる。任せてくれ」
移動は早馬で二時間ほどかかるんだそうよ。あたし耐えられるかしら……。
あとは全員分の隠蔽魔法よね。
話具に重ねがけはムリっぽいし、何かしら身に着けられるものを用意しておきましょう。
「連絡は話具で密に、深追いはするな」
「あぁ」
「姉ちゃんもだぞ。魔法は凄ぇしタグも持っちゃいるが素人だろ?」
「大丈夫よ。ランディが一緒だもの」
「そういやラン坊、星は?」
「
「えっ、ランディ冒険者だったの?」
あらあら知らなかったわ。そういえば聞いてなかったわね。
まぁあたし自身が冒険者なのも「一応」がつく程度のものだし、人のランクに気が行かないのも当然かしら。
「妙なコンビだなぁ」
「ランクで友人を選ぶわけじゃないんだ、別におかしくないだろ」
「まぁな!」
ふふ、友人ですって! んもうそうやってちょいちょいあたしを喜ばせるんだから!
さぁて、じゃあそんなランディのためにも、張り切って準備をしなくちゃね!
それからギルド所有の早馬を一頭借り受けて、一旦あたし達は宿まで戻ることにした。
まだ時間もお昼くらいだったからね。
「頼んだぞ」
「気を付けてな」
「えぇ」
ギルド裏手の厩舎でみんなに挨拶をして別れ、ランディが引いてくれる馬と一緒に宿まで戻った。
宿の入口で馬を預けて、今は厩舎でお休みしてもらっているの。
馬の良し悪しなんてあたしはわからないけれど、流れるような筋肉や艶々の毛並みも、とても美しくて素敵な子だったわ。
「ランディ、あたしちょっとやることがあるから、あんたお遣い頼まれてくれない?」
「お遣い?」
「えぇ、冒険者市場わかるかしら。あそこで良さそうな装備品を十個くらい見繕ってきてほしいのよ」
「みんなの隠蔽用か」
「そうよ。冒険者の人が身に着けてても違和感なくて邪魔にならなくて、着けたり外したりも楽にできるような物がいいんだけど」
「注文が多いなぁ」
「ふふ。冒険者の装備なんてあたしじゃ良くわからないもの。先輩にお任せしたいのよ。ついでにお昼も食べてきていいから。ね?」
「ったく、人を使うのが上手いな」
「ありがと。じゃあこれでお願いね」
あたしはコインの入った革の巾着を渡して、ランディを送り出した。
さて、今のうちに色々やっておきましょう!
「エルト、『
腰に吊るした兎の脚に手を触れ、エルトを喚び出し膝の上に座ってもらった。
あぁんやっぱりかわいいわねぇこの子!
ずーっと猫耳猫尻尾も狐耳狐尻尾も、ついでに牛耳尻尾も目の前にあるのに撫でられずにいたあたしのフラストレーションが火を噴くわぁ!
婆さんの気持ちわかるぅ~めっちゃかわいい~めっちゃモフモフ~
……違うわよ。かわいいしモフモフ気持ちいいしかわいいけど違うのよ。
今のはエルトに魔力をあげてたの。エルトのランチタイムなの!
「はぁ……真面目にやりましょうか」
さてさて、うまく行くかしらね?
あたしは鍛冶神様に頂いた金細工の中から腕輪をひとつ取り出して、メルネ婆さんに語りかけるようにエルトに念を送ってみた。
『婆さん婆さん、隠密行動、奇襲作戦、あと魔力を吸収する魔法も防いで、できれば怪我も防ぎたい。みんなを守るための魔法をかけたいの。お願い、導いてちょうだい』
腕輪を両手で包み込むと、エルトがその上から小さな両手を添えて、『
ふたつ以上の魔法を重ねがけするのは初めてだったけれど、婆さんの「こうしろ」っていう意志がエルト越しに伝わってきて、あたしはするすると魔法を組むことができた。
例の
隠蔽と遮音、それから防御系をいくつか。
ひとつずつかけると干渉しちゃうのね。だから組み込むの、ふぅん。
あぁ、こうすれば魔力で発動させるスイッチになるの。じゃあいちいち着けたり外したりしなくて済むのね。
知識はあってもやってみなきゃわからないことってたくさんあるのねぇ。
よし、これでいいかしら?
『ヒヒッ』
どこからかいつもの笑い声が聞こえた。上出来ってことみたいね。
出来上がった腕輪を視て、あたしはふうっと肩の力を抜いた。
「ありがとう婆さん。エルトも、お疲れさま」
戻る? まだいいの?
エルトがスリスリとまだ外にいたいアピールをしてきたから、しばらく部屋に放して好きにさせておいてあげたわ。
はぁ~和むわねぇ~
『レイ、ちょっといいかな』
「へ? 主神様?」
ソファーに寝転がってエルトを眺めて和んでいたら、主神様から声が飛んできてちょっとびっくりしちゃった。
珍しいわね。なにかあったのかしら?
「どうかしたの?」
『先日話した落ち人の時間軸の件なんだけどね、少し確認したいことがあって、一旦君に
「ええと、それって今すぐじゃなきゃダメかしら? どうせご存知でしょうけど、今ちょっと色々立て込んでるのよ」
出歯亀してるのはもうわかってるんだから。
まったく
『多分すぐ終わるから、頼むよレイ』
「んもう仕方がないわねぇ。ちょっと待ってて」
一応もしもの為にランディに伝言を残しておきましょう。戻るのが遅くなっても、この腕輪を使ってもらえれば一人でも心配ないわ。あと馬を隠す用にストールも置いておきましょう。
あぁそれとエルトを戻しておかなくちゃ。ほら、いらっしゃいエルト。
「お待たせ、いいわよ」
『すまないね。じゃあ喚ぶよ』
そして四日ぶりにあたしは神域へとやって来た。
前回と同じく、目の前にはショタ神様だけ。
あらかじめ用意されていたソファーへと促され、向かい合って座る。
「んもう、急に呼ぶならせめて鍛冶神様のお出迎えがほしかったわぁ」
「彼はお仕事中だよ」
「……そうだったわね」
仕事放棄して怒られちゃったんですものね。
あたしが日本から持ち込んだ品も全部取り上げられちゃって、それを受け取るために必死で働いているのよね。
せっかく来たのにお会いできないのは残念だけど頑張って! 鍛冶神様!!
「それで、確認したいことってなぁに?」
「うん、君さ、こないだ兄から色々受け取っていたよね」
「え? えぇそうね。ほとんどメルネ婆さんに持ってかれちゃったけど」
「話具があっただろう?」
「あるわね」
「ちょっと借りたいんだけど、いいかな」
んん? お話ししたいってことかしら。
神様同士ならそんなのなくてもお話できたりしないの?
「できないことはないんだけど、話具のようなものを媒介する手段に比べて、とても時間と手間がかかるんだ」
「ふぅんそういうもんなの。まぁいいわ、はいこれ、どうぞ」
「ありがとう」
あたしから青い勾玉の御守りを受けとると、ショタ神様はそれを握りしめて目を閉じた。
念話でやりとりしてるのかしら。聞かれたらまずいことなのかもしれないわね。
……あたし暇じゃなぁい?
辺りは相変わらず真っ白で何の面白味もないし、お茶飲むくらいしかやることがないわよ、もう。
あぁそうだわ。ついでだからあとで兎の脚をお願いしてもらいましょう。
メルネ婆さんからせがまれちゃったからね。どうやって受け取ればいいのかわからないけど。
「レイ」
「はぁい? お話終わったの? あたしお兄さんにちょっとお願いしたいことがあるのよ」
「じゃあ本人に直接言ってあげてくれるかい」
「えっ? え、ちょっとなに……っ!」
おなかの下辺りがヒュンってする感覚がして、神域から飛ばされたのがわかった。
何度か経験した、落とされる感覚。
「んもう! 何の説明もなくいきなり送り返すとかなんなのよあのショタ!!」
「本当だよねぇ、無茶振りがすぎるよ」
「……えっ!?」
そこにいたのは、いつぞや夢で会った万年床……じゃなくて!!
「主神様ぁ!?」
「や、久しぶり」
ほんっともう意味わかんない。
どうしてあたし、こういつもいつもあいつに振り回されるのよぉっ!!
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