26 帰還対策

「ねぇ待ってなに? なんで? 全く状況が掴めないんですけど!?」

「ねー」


 小首かしげて「ねー」じゃないわよ!

 いきなり目の前にうちの主神様ってことは、ここってまさか……


「そう。僕らの銀河」

「やっぱりぃ!? なんでこんなことになっちゃってるの!?」

「僕のせいじゃないよ」


 だから説明してちょうだい!?

 三角座りで膝に両手ちょこんと乗っけてしょんぼりしてんじゃないわよ! 相変わらずスウェット姿だわ前髪ずるずるだわもうしゃっきりしなさいな!


「ほら、やっぱり怒ってるじゃん」

「ちょっと! これどういうこと!?」


 あっちのショタ神様に話しかけているのを見て、

あたしも思わず胸のネックレスを引きちぎらんばかりに掴み上げてしまったわ。

 それはまるで襟首を捻り上げるような姿になってしまって、若干目の前の万年床が引いていたけど気にしちゃいらんないわよ!


『君がそっちに着いてから説明しようと思ってね』

「じゃあさっさと説明して帰してちょうだい! 今立て込んでるって言ったでしょう!?」

「あのね、神域ここから地球に落とすなら、時間が弄れるんじゃないかって」

「……はい?」


 時間を弄れる? って、どゆこと?


『前回君を帰すとき、多少無理をすればこちらの神域からでも時間の操作が可能だっただろう?』

「えぇ、そうだったわね」

『それなら、そちらの神域を経由して、そこで時間操作をしてもらえばいいんじゃないかと思ってね』

「…………なるほど?」


 向こうの神域から地球へ直送する際の時間操作は、それに使用する神力も大きく、更には境界の歪みを広げる恐れもあって、無闇な使用は出来ないって言ってたわよね。

 それで一旦こちらの神域を挟んで、ここで時間を操作して元いた場所へ帰してあげたらいいんじゃないかと。そういうお話?


「出来るの?」

「たぶん」

「多分じゃ困るのよねぇ……」

『だから君を送ったんだよ。ちょっと検証してみてほしくて』

「まぁたあたしが人身御供なわけ!?」

『だって他にいないじゃないか』


 そりゃそうだけど!! だからってこれ今やることかしらね!? あっちが色々全部終わってからじゃダメなの!?

 ……って、待って。そうよ、そうだわ。むしろ今で良かったかもしれないんだわ。


「一応聞いておきますけど、神域そこからあの時間のあの宿に帰ることは出来るの? 例えばここで数日過ごしたとしても、それでも大丈夫?」

『こっちは大丈夫だよ』

「ならそれを先に言いなさいよ……色々焦って損しちゃったじゃない」

『レイも色々忙しそうだったし、彼のいる前で声を飛ばして来なかったからね。一応気を使ったんだけどなぁ』

「はいはい、お気遣い痛み入りますわ」


 でもそういうことなら仕方ないわね。

 今この検証さえやってしまえば、あと三日どころかまだ暫くはあっちにいられるじゃない。

 せめてランディの姪っ子ちゃんを助け出すまであっちにいられたらと思っていたところだったのよ。渡りに船だわ。


「じゃあお願いするわ。あたしはどうしたらいいの? ほら早くしてちょうだい」

「う、うん」


 そしてあたしは万年ど……じゃない兄主神様から『楔』として彼の髪を一本指に巻かれて、何度か日本と神域こことを行き来した。

 行った先は五年前だったり十年先だったり。場所は知らない土地ばかり。

 日付を判別するために、街頭ビジョンで確認したりコンビニの新聞をチラ見したり。

 兄主神様と話せる御守りをショタ神様に渡してそのままだったから、その都度ショタ神様を通して連絡を取り合って、特に問題なく検証を終えることができたの。


「なんでショタ神様は大丈夫って即答したのにあんたは『多分』なんて言ったのよ。普通に出来てたじゃない」

「だってやったことなかったかし、そもそもやれるなんて知らなかったから」

『私はレイに聞いてから一度試してみたんだよ』

「え、そうなの? あたし呼ばれてないわよね?」

『メルネがいるじゃないか』


 そっちかーい!! っていつの間にそんなことしてたのかしら。

 まぁ、タイムラグなく戻れるなら知らなくても当然だけど。

 えぇーじゃあこっちの検証も婆さんにやってもらったら良かったじゃないのよぉ~


『あれ、良かったのかい? 君の世界にメルネを行かせても』

「あぁ……それは、何もしないでしょうけどなんとなくご遠慮いただきたいわね」

『ふふふ』


 あ、そうだ婆さんで思い出したわ。

 帰る前に兎の脚よ!


「兎の脚?」

「えぇ。もしまだあったらいただけないかしら」

「別にいいよ。気に入ったの?」

「あたしじゃなくてあっちの魔女がね」

「魔女かぁ……いいな」


 羨ましがるポイントが良くわからないわねぇ。

 そういえば前にも魔法を取り入れてなかったことを悔やんでいたものね。魔法に憧れでもあるのかしら。


「昔は本物の魔女がこっちにもいたんだよ。多分どっかから来た落ち人だけど」

「そうなの!? でもこっちには魔素とか魔法はないんでしょう?」

「うん。だから自前の魔力だけで魔法使ってて、威力も低かったよ。それに薬の研究とかの方が楽しかったみたいだし」

「へえぇ」

「でも魔女狩りでみんないなくなっちゃった。この脚はその名残り」


 はい、と渡されたのは、エルトの毛並みと良く似た焦げ茶色の兎の脚。

 これで婆さんとの約束も果たせたし、そろそろ帰らせてもらいましょうか。


「ありがとう主神様。先日頂いた物も、あちらでとても役に立ってくれたのよ」

「そう? じゃあもっと持ってく?」

「ええと、また今度でお願いするわ」

「なら用意しとくよ。またすぐ来るんだよね」

「えぇ、全部済んだら、またここへ帰ってくるわ」


 そのときは、今から三日後の朝、台湾へ送ってくださいね!

 そう約束して、あたしはショタ神様の元へと戻っていった。


「お帰り、レイ」

「たっだいまぁ~! じゃないわよあんたは本当にもう!」

「ふふふふ、だってレイの驚く顔が見たくて」

「そういうのは嬉しいサプライズだけにしてくれないかしらねぇ? あんたのは心臓に悪いのよ!」

「だけどこれでひとつ心配事はなくなっただろう?」


 くっそドヤ顔してくれちゃって本当にもう憎たらしいったら。

 でもその通りよ。ランディの件については、時間の制限がなくなったのは本当にありがたいわ。

 だけど落ち人の件に関しては、まだまだ不安も残るのよね。


「この先はまたレイに任せてしまうことになるけれど、落ち人達の元々の年代や、落ちてからの経過年数から戻す時間軸を割り出して、落ち人との交渉にあたってみてくれるかい」

「わかったわ。とりあえず自称勇者とギルドにいた子にはそれで話をしてみるわね」


 上手くことが運ぶといいんだけど。でもたぶん、中にはどうにもならない人も出てきちゃうと思うのよね……。

 だって初代勇者なんてもう八十年くらい前の話だっていうじゃない。本人も既にセヘルシアで亡くなっているそうだし。

 割と勢いで安請け合いしちゃったけど、これはなかなかにヘビーなものを背負っちゃったかもしれないわねぇ。


「レイ、迷ったときは必ず相談しておいで。依頼した私が言えた立場ではないかもしれないが、君に全てを負わせるつもりはないんだ」

「主神様……」

「すまない。私も少し見通しが甘かった」

「いいえ、いいのよ。ありがとう」

「全員を帰らせろと言いたいわけでもない。もし本人が希望するなら、残ってくれても構わないんだ」

「えぇ」


 ショタ神様が珍しく、真面目な顔であたしの手をそっと包み込んでくれた。

 久しぶりに見たわねぇその神様オーラ。

 なんだか少し、気持ちが落ち着いてきたわ。


「ねぇ、ずっと聞きたかったんだけど、亡くなった落ち人の魂はどうなるの? この世界との繋がりがないから、消えちゃうのかしら」

「命を落としてしまった落ち人は大勢いるけれど、その魂は回収して、兄へ送り届けているよ」

「ならあっちでまた命が巡るのかしら」

「恐らくね」

「そう、良かったわ……」


 この世界に留まったまま消えてなくなったりしていたら、それこそ辛すぎるもの。

 あっちに戻れたのなら良かった。


「それともうひとつ、聞いてもいいかしら」

「なんだい?」

「例えば、今の時点から数十年前のセヘルシアに落ちてしまった人がいるとするじゃない? それで、あたしがここからその時間へ飛んで、その人を落ちてすぐ回収する、というのは可能よね?」

「そう……だね。うん、可能だ」

「だけど、それがもし『初代勇者』だったら? 今のセヘルシアの歴史は大きく変わってしまうんじゃなぁい?」

「……なるほど」


 それだけじゃないわ。どこで誰がどう関わっているかわからないもの。子供を残している落ち人だっているでしょう。

 あの世界で落ち人の影響は割と大きいし、先回りして回収すれば、なんて思ったけれど、それで世界が変わってしまうのは、それこそあたしには荷が重すぎる。


「君の懸念するところは良くわかったよ。うーん、これは悩ましいね」

「でしょう?」


 あたしだって、たった四日間なのにもう何人もの人に関わっているし、命だって助けちゃったのよ。

 そんなひとりひとりの関わりが積み重なって、世の中って回っているものでしょう?


「そうだね、レイの言う通りだ」

「どうするのが一番いいのかしらねぇ」

本人に意向を聞いてみるのが一番なんじゃないかな」

「……そうね」

「その上で、出来る限りの希望に沿えるよう我々も努めるさ」

「あたしも出来る限りのことをしてあげたいわ」

「頼もしいが、無理はしなくていいんだよ。君に出来ることは多いけれど、君は神ではないんだ」


 言われてみれば、少しおごった考えになっちゃってたかもしれないわ。

 ていうかそもそも何なのよ、あたしのこの色々できちゃう感じは!

 

「嫌だなぁ、鍛冶のも言っていただろう? 君は我々の代わりにこちらの世界に降りてくれているんだし、君も安全に旅したいと言ったじゃないか」

「それは確かに言ったけど、ちょっと規格外すぎやしない? 魔法については婆さんにあの本を読ませてもらったおかげもあるにしろ、加減がわからないのにこんなに魔力積まれたって困るわよ!」


 あとやたら肩が強くなってたのもきっとあんた達のせいよね?

 そうじゃなきゃ色々説明がつかないもの!


「ははっ、加護って凄いよね」

「その一言で済ませちゃうのぉ!?」

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