04 再びの神域へ

 白い白い、どこまでも真っ白な神域へ、あたしは再びやってきた。

 目の前にはにこやかに笑う美少年が佇んでいるけれど、あたしのハートはピクリとも動かない。

 んもう、お出迎えなら鍛冶神様にお願いしたかったわぁ。


「いらっしゃい、レイ」

「お久しぶりね主神様」

「おや、今日はドレスじゃないんだね」


 あたしの格好を見て、ショタ神様は目を丸くした。

 ちょっといいの? 彼女来ちゃうわよ?


「あれは仕事着。普段はこんなものよ」


 今日のあたしはほぼ普段着。まぁ一応旅行者らしく多少のお洒落はしてますけどね?

 シンプルな広めVネックのニットソーにデニムのワイドパンツ。その上にドレープたっぷりのゆったりカーディガン。手にはクラッチバッグと足元は深い赤のパンプス。

 パンプスと色を合わせたルージュとマニキュアに、髪は緩めのポニーテールでアクセントはサングラス、そしてキラリと揺れ光る大粒ビジューのピアス。

 どうよ、完璧でしょ。


「とてもよく似合っているよ」

「どうもありがと」


 さて、と佇まいを直したショタ神様は指をひとつ鳴らし、現れたソファーセットへあたしを「どうぞ」と促した。

 あたしもなんだか慣れたものよね……。ここで何が起きてもあんまり動じなくなってきたもの。


「改めてようこそレイ。鍛冶のが色々世話をかけているようだね」

「いいのよ楽しかったし。あ、そうだ今ここで図鑑渡しましょうか?」

「あぁ、受け取っておこうかな。ありがとう」

「ちょっと待ってね」


 クラッチバッグに入れておいた魔法の鞄から、ご所望の図鑑シリーズを使テーブルへ直接出した。

 その様子を見てショタ神様は「おや」と楽しそうに目を細めた。


「扱いにも随分慣れたようだね」

「おかげさまでねぇ。毎日毎日あれこれ届くんだもの。今じゃ指先ひとつよ」

「それは頼もしい」


 目に入る任意の位置へ自由に取り出せるって本当めちゃくちゃ便利なのよ。家でも随分使わせてもらったわ。

 ショタ神様は、目の前に並ぶ計十冊にも及ぶ図鑑シリーズの表紙をひと撫でし「後で読ませてもらうよ」と、いずこかへ消した。


「でもそれ読めるの?」

「文字のことかい? 私は問題ないよ」

「あらそうなの。鍛冶神様は読めないって仰ってたからてっきり」

「私はそちらの神域にも行ったことがあるからね」

「ぅん?」

「だいぶ昔のことだけどね。言語変換は落ち人だけのものではないようだよ」

「あぁ~そういう……って、知らなかったの?」

「私もこの宇宙のことわり全てを把握しているわけではないからね。ひとつの銀河を任された、大勢いる神の中の一柱なだけだよ」

「へぇぇ……」


 なんだかよくわからないけどそういうものなのね? また世界の不思議をひとつ知ってしまったわ……。


「あ、じゃあ鍛冶神様もあたしのとこの神域へ行かせてあげてくださらない? 本が何冊かあるのよ」

「そうだね、考えておくよ」


 あら? ダメなのかしら。

 ならショタ神様に翻訳してもらうしかないわよね。その方が面倒じゃない?


「それはさておきレイ、君にはお願いがあるんだ」

「なによ改まって。何か欲しいもの?」

「それもあるけど、これはまた別件でね」


 にこりと笑って一呼吸おく。

 え、なによなんか怖いんですけど!? 


「……鍛冶のの前で、神域ここでパソコンが使えたら、などと今後一切口にしないでくれるかな」

「……は? 何でそれ知っ……!? あんたまさか!!」

「うん?」

「盗み聞きしてたわね!? 趣味の悪い!!」

「心外だなぁ。その指輪もネックレスも絡繰りが同じなだけだよ」

「だからなによ」

「だからね、君がこちらに声を飛ばすと、私にも届いてしまうんだ」

「……そうなの?」

「私と話したときも、彼にも届いていたんじゃないかな」

「筒抜けってこと? えぇ~……」


 別に聞かれて困る話なんてしてないけど、それでも第三者に会話を聞かれるのってなんとなく嫌じゃない?

 でぇ? こっちを見るのも出来ちゃってたんでしょどうせ。ったく……四六時中覗いてたんじゃないでしょうね。


「流石にそんなことはしないさ。君達が話しているときだけだよ」

「ほんっとにご趣味のよろしいことで!」


 どう言い繕ったって出歯亀は出歯亀でしょうに。相変わらず油断も隙もないったら。


「そんなことより、これは大事なことなんだ、レイ」

「……なによ」

神域ここであんなものを、君のように時間も制限せず彼に与えたらどうなると思う?」

「えぇ……っと」

「それでなくてもここ最近、君とのやりとりで彼は浮かれっぱなしなんだ」

「目に浮かぶようね……」

「そうだろう?」

「え、じゃあ……それってつまり、あんたならここにネット環境を」

「……レイ?」

「わわ、わかったわかったわ! 約束するわよ!」


 ショタのくせにドスのきいた声出してんじゃないわよ!!

 やだもう久々にゾッとしちゃったじゃない。

 

「もしかしてそれを言う為にあたしを直接呼んだの?」

「ご名答。話が早くて助かるよ。念話だと彼にも聞こえてしまうからね」

「なるほどねぇ。だからここにも誰もいなかったのね」

「ここは私の許可がなければ入れない私的な場所なんだ。内緒話にはうってつけだろう?」


 内緒話なんてかわいいもんじゃなかったけどね。

 お話が終わったんならさっさと鍛冶神様に会わせてくれないかしら?


「そうだ。内緒事の見返り口止め料として、セヘルシアであの『スマホ』とやらを使えるようにしてあげようか」

「へ!? そんなことまで出来るの!?」

「君に渡したそのネックレスで常にこことは繋がっているからね。君が手にしている限りは使えるようにしておこう」

「それはありがたいけど、電池も持たないだろうし、なにより鍛冶神様にバレるんじゃなぁい?」

「そうか。……なら今回セヘルシアでの使用は諦めて、私に預けてみるかい?」

「あんた本当はそれが目当てでしょ」

「まさか。こちらでも使えるように、動力の仕組みを構築してあげようと思っただけじゃないか」

「ものは言いようよねぇ」

「ふふふ」


 まぁ別にスマホを使うこともないだろうし、預けるのは構わないんだけどね。特に見られて困るものも入れてないし(そういうのは家の外付けHDDよ!)

 電話やメールまでここに届くとは思えないけれど、もし何かしらの通信があっても応答しないことを約束させて、あたしはショタ神様へスマホを渡した。

 それにしてもここで地球のネットに繋げられるとかどんだけよ!?


「あっ、そうだわ! スマホを預けるならついでにあたしもお願いしたかったことがあるのよ!」

「なんだい?」


 先日大奮闘したあれよ! 鞄の中身リストのバージョンアップ!

 鍛冶神様に相談してみようと思っていたけど、ショタ神様ならちょちょいで出来そうじゃない!


「なるほど、頭に浮かぶリストをこのような表示ができるようにしたいと」

「それもあるけど、いっそ連動させられないかしらと思って」

「中身の増減があっても、自動で書き換えて表示させる仕組み、ってことかな」

「そうそれ! できないかしら?」

「お安い御用だ」


 ……やっだぁ、ショタのくせにちょっとカッコよかったじゃない今の。

 それにしてもよかった! 言ってみるもんねぇ。

 早速魔法の鞄も渡したらサクッと目の前でやってくれちゃったわ。

 確認したら脳内リストもバッチリよ! 本当凄いわねぇ。

 

「さて、じゃあ皆のところへ行こうか」

「っはい!」


 あぁんやっとお会いできるわ鍛冶神様!!

 神様だもの、お変わりないとは思うけれど、その美しい雄っぱいは今日もあたしを受け止めてくださいま──……ぼふっ


「ぶ!?」

「レイ!!」


 ぷにゅっとした何かに両頬を挟まれぎゅうっと抱き込まれて息が止まった。

 え、圧死しそうなんだけどなにこれちょっと!! ねえ!! めっちゃ苦しいんですけど!?


「美の……」

「会いたかったわぁ! 寂しかったじゃない鍛冶のとばかり話して!」

「女神様……ぐる、し……」

「あらごめんねレイ、大丈夫?」

「死、ぬ、かと、思った、わ……」


 ようやく解放してもらえてゼーハーと息をつく。

 元凶を見上げれば本日もゴージャス艶やか美の女神様がツヤッツヤのハニーブロンドを靡かせていた。 

 あたしよりも背の高い彼女に正面から抱き着かれたらそりゃあアレにダイレクトよね……。うわすごいぷるんぷるんしてる。

 あ、あたしのルージュ移っちゃってるじゃないの。やだ卑猥。


「しょうがないわねぇ」


 ハンカチをその凶悪な谷間に押し付けてやったわ。ここまでデカいと最早凶器ね。

 ていうかねぇ! そんなことより鍛冶神様は?


「レイ、久しいな」

「鍛冶神様ぁ~! お会いしたかったわ~!!」

「息災か」

「えぇおかげさまで! ていうかほとんど毎日お話してたじゃない!」

「それもそうだな。健勝そうでなによりだ」


 美の女神様が霞んじゃうくらい煌めいててときめきが止まらないぃ……っ!!

 あぁ~やっぱり生で見る鍛冶神様最っ高だわぁ~

 どうせなら鍛冶神様の雄っぱいに挟まれたかったぁ~ん


「して、レイよ」

「はぁい?」

「お主に頼んだ品を貰い受けたいのだが」

「えぇ、今すぐ!」


 そわそわしちゃってんもうかわいいんだから! 待っててね、今すぐ、今すぐ──……あら?


「鍛冶の」

「はい」


 それまで流れを見守っていたショタ神様が前へ歩み出て、鍛冶神様はピッと姿勢を改めた。

 あたしは魔法の鞄に触れたまま、冷や汗を流す。


 だってリストが。『鍛冶神様用』のリストが。


「君は最近、とても楽しそうだね?」

「……っ、主」


 中身が無いのよ!! あいつさっき何かしたわね!?

 これあたしにしか使えないんじゃないの!?


「ちょっとあんた」

「レイ、待て」

「だって」

「待つのだ」

「……はい」


 鍛冶神様に窘められて、あたしは口を噤む。

 あんのショタめ。一体何してくれやがったのよ!!


「先程レイから全てを預かったよ。欲しくば……わかるね?」

「御意に」


 えぇ!? どういうこと!? 鍛冶神様が何したっていうのよ!!

 せっかくあんなに喜んでくださったのに……。

 口も挟めず憮然としていたら、美の女神様がすすすと近付いてきてこそっと教えてくださった。


「あのねレイ、鍛冶のやつここ暫くほとんど職務をしてないのよ」

「はい?」

「あんたと毎日話すようになってからずーっとよ」

「えぇぇ……」


 おかげでちょっと落ち着いたわ。

 ていうか鍛冶神様!? ダメじゃないの!!


「……すまぬ」

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