33 切なる願い

 スッと目の前に現れたあたしを見て、ランディは尻尾をびん! と逆立てた。

あらいやぁねどうしたのかしら? 鬼でも見たみたいな顔しちゃって。

 にっこり笑ってみせても、彼のその表情はまるで変わらなかった。


「…………殺したのか?」

「あははっ! バぁカおっしゃい。あたしに人殺しなんて出来るわけないでしょ?」

「だが、」


 ランディは次の言葉を呑み込み、目を伏せた。

 ふふ、大丈夫よ。本当に殺してなんかいないもの。


「……さっきの、レイの気配は尋常じゃなかった。……何をしてきたんだ?」

「別にぃ? もう二度とおイタの出来ないな身体にして差し上げただけよ」


 そう、物理的にね。

 鍛冶神様にいただいた剣をこんな風に使うだなんて罰当たりもいいところだけれど、あたしは一切躊躇も、後悔もしていない。

 血痕も傷跡もナニもかも全部ぜぇんぶ綺麗に消してきたから、目が覚めたらきっと大騒ぎでしょうね。

 うふふ。そのザマを見届けられないのがとぉっても残念だわぁ~


「……っ!」


 具体的には何も言ってないわよ?

 あの腐れオネェが何をしたのかも、この子達が何をされたのかも、あたしが何をしてきたのかも。

 でもきっとナニかを想像しちゃったんでしょうね。ランディは足の間に尻尾を挟んで、きゅうっと縮こまってしまった。

 わっかるわぁ~、あたしだって御免だもの。


 ──だからこそやってやったんだけどね。



「俺、絶対、レイに逆らわない」

「うふふ。心配しなくてもあんたにそんなことしないわよ」


 だってあんたはあんなことが出来るような人じゃないでしょう?

 それにあたしだって、自分があんなことをしでかして、しかもこんなに平静でいられるのが信じられないのよ。

 相当キたってことよねぇ……。

 って、怖い。


「そ、それより早く帰りましょう」

「……あぁ」

「ねぇそうだわ、あっちに戻る前にランディの国へ行かない?」

「それは、願ってもないことだが」

「んふ、早くニーネちゃんを帰してあげたいでしょう?」


 ランディの腕に抱かれて眠るニーネちゃんは、まだ猫姿のまま。リングを外しても戻らないのはさっきオクトで助けた子達と同じ、奪われた魔力が戻っていないから。

 あたしが魔力を与えてあげればいいんだけどそうしていないのは、もうひとりの子が男の子だから。

 人に戻したら裸になっちゃうんだもの。だから今はまだその姿でいてちょうだいね。

 そっとふたりの頭を撫でて、ランディにも眠ってもらう。そしてショタ神様に再び喚んでもらって、神域へと向かった。



「おかえりレイ、思い切ったことをしたねぇ」

「えぇと、はい……やっちゃったわ」


 人の世に干渉しないとはいえ、無抵抗の人間にあんなことしちゃったのは咎められるかしらと少し不安だったけれど、ショタ神様はニコニコと笑うばかりで、あたしを責めはしなかった。

 それどころか、ちょっと面白がっている節さえあるでしょう。あんた慈悲の心とかないわけ?


「だって、あんな方法で制裁を加えるだなんて私には思い付かないよ。それに私はこの銀河を統べる存在だ。人の子の行いにどうこうは言わないさ」

「そういうもんなの?」

「そうだよ。人の世は人のもの。見守りはするけれど、裁いたりなんかは私の仕事ではないよ」


 多少の手助けはするけどね、と付け加え、ショタ神様はあたしの傍らで眠る三人を柔らかい表情で見下ろした。

 さっきはあんな風に言っていたくせに、その瞳には慈悲の色が窺える。

 あたしはぎゅっと手を握りしめ、ショタ神様に向き直った。


「……ねぇ、お願いしたいことがあるの」

「なんだい?」

「この子達があの屋敷にいた間の記憶を、消してあげて欲しいの」


 しゃがんでニーネちゃんと狼の子の頭をふわふわと撫でるショタ神様の横に並んで、あたしは膝を付き、指を揃えて頭を下げた。

 こんな風に神様に頼るのは行き過ぎかもしれない。そもそもランディにも本人にも確認していない、あたしの我が儘。

 だけどどうしても、この子達をそのまま帰すだなんて、したくなかった。


「どうしてだい?」

「この子達、売られた先でひどい目に遭っているのよ。なかったことにはならないけれど、せめて忘れさせてあげたくて」


 自己満足よね。エゴの押し付けだって自分でも思うわ。

 けどこんなに幼いうちにあんなことがあっただなんて、覚えて引きずる必要なんてないでしょう?


「されたことは消えなくても、本人がそれを覚えてさえいなければ、この先の人生に影響は少ないんじゃないかと思うのよ」

「そうだろうね」

「出すぎた真似だとは思うわ。あなたに頼るべきことじゃないっていうのもわかってる。けど、どうかお願い。この子達の未来を守ってあげて」


 深々と頭を下げて、あたしは必死に願った。

 どうしてこんなに必死になるのか自分でもよくわからないけれど、とにかく守ってあげたかった。

 同じオネェが仕出かした罪をどうにかしてやりたいっていう気持ちも、あったかもしれない。


「あたしじゃ完全に記憶なんて消せないのよ。もし代償が必要ならなんだって差し出すわ」

「レイがそこまでする必要があるのかい? 君に責任があるわけでもないのに」

「それは、そうだけど……」

「彼の身内だからかい? その子とたまたま一緒にいたからかい? 他に捕らわれた子だって大勢いるんだろう?」


 スパスパと突き刺さる言葉に、下げた頭がもっと下がる。

 やっぱりダメよねぇ。思い上がりも甚だしいわ。

 言えば何でも聞いてくれるだなんて、心のどこかで思ってたもの。


「私の力を頼りに動かれても困るよ」

「……はい。ごめんなさい」


 あたしは完全にぺしゃんこになってしまった。

 例えダメでも、ここまで言われるとは思わなかったのよ。甘えていた証拠ね。改めないと……


 ──ピピッ


 不意にどこかで聞き覚えのある、そしてこんなところで鳴るはずもない『電子音』が聞こえて、あたしは目を見開いた。

 恐る恐る顔を上げてみる。とんでもなく嫌な予感がしてたまらないんですけど!?


「……ちょっと」

「くっ、ふふっ、ふふふふっ」


 そこには、手にあたしのスマホを持ち、撮って出しの『動画』を見ながら笑いをこらえるヤツの姿があった。


「……てめぇ」

「ふふふふっ、これは永久保存しなくてはね」

「何してくれちゃってんの!? てか消して!? 今すぐ消しなさいよ!!」

「あはは、ダメだよレイ。だって君が言ったんじゃないか。『代償』に何でも差し出すって」

「だからってこれぇ!?」


 やっぱりこいつ本当に心底マジでガチで碌でもないわね!?

 神様だなんて大嘘でしょう!! この悪魔!! 人でなし!! ニコニコ腹黒野郎!!


「ほら、あまり騒ぐと彼らが起きてしまうよ?」

「……っ、この」

「可愛らしい寝顔じゃないか。起こしてしまったら可哀想だ」


 一体誰のせいだと思ってんのよ!

 もぉやぁ~だぁ~……その慈悲のひと欠片だけでもあたしに使ってちょうだい?

 土下座までしたのに何なのよこの仕打ち!!


「これでダメって言ったら怒るからね!?」

「ふふ、もちろん言わないさ。実はね、レイがそう言い出すような気はしていたんだ」

「ふぅん? それでからかってやろうと思ってたってわけ? 相変わらずご趣味のよろしいこと」

「だってこのカメラとやらにはここの者は写らないんだ。せっかくだから使ってみたくて」

「あぁそうですか」


 ふんだ、いいわよ別に。それどうせあたしのスマホだし、返してもらったら消してやるんだから。

 それよりほら! やってくれるんならさっさとやっちゃってよもう!


「はいはい。仕方がないね」

「何『やれやれ』みたいな顔してんのよ!」


 ……結局甘えることになってしまったけれど、これくらいは別に構わないよと言ってもらえたわ。

 あとはランディの国へ送り届けてもらえば今夜の騒動はひとまず終了ね。


「けど、ずーっと何かを忘れているような気がするのよねぇ……」

「どうしたんだい?」


 拐い屋は押さえた。密売屋も来ていた連中は捕まえたし、ニーネちゃんも無事保護できた。

 買い手のクズもお仕置きしたし……婆さんはいいとして、後はもうないはずよね?

 何かしらこの胸のつかえ。


「それ以外のことじゃないかな」

「え、どういうこと?」

「自称勇者」

「……あっ!!」


 そうだ、それよ! すっかり忘れてたわ!!

 そもそも今回の旅の目的はそれだったじゃない!


「ご、ごめんなさい……すっかり忘れてたわ」

「まぁ今は捕まっているみたいだから、かの女神も休養を取れているし、いいんだけどね」

「ああぁそれもあったわ……どうしましょう、警備隊にケンカ売っちゃったのよねぇ」

「おやおや」


 仕方ないわ。いざとなったら転移で忍び込んで連れ出しちゃいましょう。

 ここに直接飛んできちゃえばいいわよね。警備隊長に責任が行っちゃうかもしれないけど、それこそ構うもんですか!


「そうね、ノットに戻ったらすぐにでも会って来るわ」

「うん、任せたよ」

「わかったわ。じゃあごめんなさい、シュライルンの王都の、ランディの親友の……えぇと、なんていう方だったかしら!?」


 え、待って待ってどうしましょう!? 名前をど忘れしちゃったわ!!

 妹さんは確かジーナさんで、旦那さんはえーとえーと……えーっと。


「思い出せないぃ~っ!!」

「ふふ、そう焦らずとも。今あちらは夜中だし、なんなら宿へ戻るかい?」

「ダメよ」


 うん? と首を傾げるショタ神様に、不安に思っていたことをぽつぽつと話した。

 ショタ神様の力を疑いはしないけれど、もしもニーネちゃん達が、心の奥底で『オネェ』という存在に対して恐怖感や嫌悪感を残していたとしたら。

 深層心理ってやつはなかなか手強いものなのよ。この子達にフラッシュバックが起きないとも限らないでしょう?

 オネェは他にもいるでしょうけど、解放された直後なのに、そんな思いをさせたくはないのよ。


「だから、この子達には会わないでおきたいの」

「君のせいじゃないのに、優しいねレイは」

「違うわ。怖がらせて、あたしまで傷つくのが嫌なだけ。ただの自己保身よ」


 そうよ。小さい子に目の前で泣き叫ばれるのって結構キツいのよ。

 だからそのニヤニヤした目をやめなさいったら!


「そういうことにしておいてあげるよ。場所は彼から読んだから、シュライルンへ送ろう」

「色々ありがとう主神様。頼まれたこと、まだ何も出来てなくてごめんなさい」

「私も楽しませてもらっているから、気にしないでいいよ」

「そうよねぇ、スマホも随分と使いこなしてるみたいだし」

「ふふふ。シュライルンから戻るときもここへ来るだろう? 鍛冶のも呼んでおこうか」

「本当!? やだ嬉しい~っあたし頑張る!!」


 そうと決まればさっさと済ませちゃうわよ!

 嬉しさのあまりスマホを奪い返すのも忘れ、あたしはまた見知らぬ土地へと飛ばされていった。


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