15 純血者

 パキンッと、大きく薪の弾ける音でふっと意識が浮かび上がる。

 少しうとうとしちゃってたみたいだわ。

 辺りはすっかり真っ暗で、竈からチラチラと火の粉が舞い上がって星空に溶けていく様は、とても幻想的に見えた。


「……いなくなってる」


 傍らには布に包まった猫が一匹、すよすよと眠っている。大きい方の黒猫はどこかへ行ってしまったみたい。

 まぁ怪我も治したし、さっき食べ残していた魚もなくなってるからお腹も多少は満ちたでしょう。

 気にはなるけれど、野生動物だものね。強く生きなさいよ、とだけ心でエールを送っておいた。


「だけどこの子はどうするのかしら」


 子供じゃないのかしらね?

 連れてきていいって言うから連れてきたのに。託されたってこと?

 いやいやムリよ。飼えないわよ。


「……どうしようかしらねぇ。でもとりあえず起きるまでは見守っててあげますか」


 気持ち良さそうに眠っている猫を肴に、あたしは果実のお酒を取り出して大きめのカップへ注ぐ。

 甘くてそこそこ強いお酒は、ロックがよく合う。

 魔法でまんまるの氷を作り出し、琥珀色の海へ沈めて指でくるりと回せばとろりと馴染む。

 ロックグラスじゃないのが惜しいところね。


「はぁ……おいし」


 普段お店では焼酎とかビールばかりだもの。たまにはこうして、しっぽり飲むのも乙なものよね。

 何かアテが欲しいわねぇ。アヒージョもどきでも作ろうかしら。

 海老の殻を剥いてタコをぶつ切りに、きのことチーズは一口大に、それからニンニクをみじん切り。

 鉄の小鍋をふたつ用意して、ニンニクと香草、何かの果実の種油をそれぞれたっぷりめに注いで、ニンニクの香りがしっかり油に移ったら片方に海老とタコと、ついでに貝も投入。海老の色が変わってきたら塩で味を整えて、貝が開いたら出来上がり。

 もうひとつの鍋はきのことチーズ、ナッツのアヒージョよ。こっちは全部放り込んで、油が煮立ったら完成。

 ブラックペッパーは売ってなかったのよねぇ……。ミル付きのやつ、今度日本で買って鞄に入れておきましょ。


「あちちち……ふー、ふー、……んんーっ!」


 香草とか適当に入れたけど、その割にはめちゃくちゃ美味しくできちゃったわ!

 チョキのパンを炙って作ったなんちゃってバゲットにチーズときのこを乗っけてぱくり。やだこれ美味しい~止まんなぁい!

 海老もタコも貝もぷりっぷり。はぁん最高~!

 最高のロケーションで美味しいお酒と美味しいおつまみ。はあぁずっとこうしてたぁ~い

 

「これで隣に素敵な殿方がいてくれたら完璧ねぇ」


 そう、鍛冶神様みたいなね……ふふっ、今頃どうしているかしら。

 昨日は怒られてヘコんでらしたけど、そんな姿もなんだかかわいかったわね。



──ガサッ


「っ!?」


 なに!? また何か来たの!?

 今度は何よ! 野良犬!? ネズミ!?


「……ニャウ」

「なぁんだあんただったの。びっくりさせないでよもう」


 茂みから現れたのは、いなくなったと思っていた大きな黒猫だった。

 なにやら大きな包みを咥えて、あたしの前までずるずるゴトゴトと音を立てて引きずってきた。


「どうしたのこれ。随分重そうな音ねぇ」

「……ニ゛ャ」

「調子はどう? まだどこか痛い?」


 黒猫はふるりと首をふり、持ってきた荷物を前足でてしてしと叩いた。

 開けろってことかしら?


「開けていいの?」

「……」


 また頷いたわ。本当にお利口さんねぇ。こっちの言うことがちゃんとわかってるみたい。


「ええと果物、と?」


 荷物の口を開けてみると、中にはたくさんの果物と、その奥から傷の入った鎧と剣が出てきた。

 ちょっとどこから拾ってきたのよこんなもの!


「果物はいいけど、この鎧なぁに?」


 猫相手にそんなこと聞いたって答えは返ってこないでしょうけど聞かずにはいられなかったわ。

 だって、もしこれ盗んできたやつとかだったら困るじゃない!

 どうしていいかわからずにおろおろしていると、黒猫はすんと顔を上げてあたしをその鋭い目で見つめ、やがて口を開いた。


「……俺のものだ」

「へっ!?」


 しゃ、しゃべったァァァァァァァァ!!!?!?


 ……えっ、なに? この世界の猫って喋るの!?

 そんなの聞いてないわよ!? あたしの耳がおかしくなったわけじゃないわよね!?

 猫のくせにめっちゃイケボなのなんで!?


「驚かせてすまない。……俺は大猫族の獣人だ」

「獣人、って、そういう姿にもなれるの?」

「知らないのか?」

「ええと、あたし、落ち人なので……」

「……落ち人、か」


 まさかの新事実だわ!!

 黒猫さんが言うには、彼は人型と獣型に転変できるものの、今は体力と魔力が万全ではないから人型になれないとのこと。

 猫のふりをしようと思っていたけれど助けてくれたお礼がしたくて、荷物と一緒に果物も取ってきたんだと話してくれた。


「全部の獣人さんがそうなの?」

「いや、血の濃い者、『純血者ジェニュイン』と呼ばれる者だけだ。……今は人と交わる者も増えて、数は減っている」

「へぇぇ……知らなかったわ……」

「俺も、まさか落ち人とは思わなかった」


 落ち人は少し苦手なんだ……と、彼は背中を丸めて小さくなってしまった。

 なにか嫌なことでもされたのかしら。まったくどこのおバカよ!


「囲まれて、騒がれる」

「あ、あぁー……」

「獣人は耳がいい。ただでさえ若い女の声は苦手なんだが」

「きゃーきゃーされちゃったのね……」

「あぁ……」


 目に浮かぶわぁ。あたしもこないだティルを見たときちょっとヤバかったもの。

 なんだか同じ落ち人として申し訳なくなってきちゃった。代わりに謝っておくわ。ごめんなさいね。


「せっかくだし、何か食べる? まだ色々あるわよ」

「いや、これ以上は」

「これも何かの縁じゃない。あの子のことも聞きたいし、あたしもちょうど話し相手が欲しかったのよ」

「……なら、ありがたく」

「ちょっと待っててね。あ、ねぇお魚好き?」

「肉が好きだ」


 残念。お肉の類いは買ってきてないのよ。あ、でも確かベーコンがあったわね。

 アヒージョの鍋に、一口サイズに切ったベーコンをごろっと入れて火にかけて、と。


「ねぇ、胡椒持ってない?」

「少しならある」

「ちょっと使っていいかしら」

「あぁ」


 そう言って彼は荷物の中へと頭を突っ込み、しばらくごそごそした後、長財布くらいの大きさの使い込まれた革の小物入れを咥えて出てきた。


「この中だ」

「ありがと……って、空じゃない」

「魔法袋だからな」

「ならあなたじゃないと出せないんじゃない?」

「それに使用者権限はないから大丈夫だ」

「へぇぇ、そうなの」


 あたしのやつはあたしにしか使えないけれど、普通の冒険者が持っている物は使用者登録なしで低容量、お値段控えめの物が多いんですって。

 ただ、それでも魔道具だからそれなりのお値段はするし、誰にでも使えてしまうから盗難や襲われる危険性もあって、安価な魔法袋は荷物に忍ばせておくものらしいわ。


「勉強になるわぁ~。ね、あなた……えーと、」

「俺はランディーニだ。ランディと呼んでくれ」

「ランディーニ! んまぁ格好いい名前ねぇ! あたしのことはレイって呼んでちょうだい」

「レイ、さん」

「ふふっ、さんなんていらないわよ」

「……レイ」

「あ、そろそろ食べごろね」


 テーブルの高さに合わせて、ランディ用に砂を固めて椅子を作ってあげたら目を丸くされちゃったわ。

 あの竈もそうやって作ったのよって言ったら「変な魔法の使い方をするんだな」って首を捻られた。

 しょうがないじゃない。出来ちゃったんだもの。


「……!! 美味い!」

「熱くない?」

「大丈夫。レイ、これ、美味い」

「そう、よかったわ」


 大興奮でがっついてるんだけど。猫舌じゃないの? 大丈夫?

 あとなんか片言になってない?


「まだあるから、ゆっくり食べていいわよ」

「燻製肉と油がこんなに合うのか! これはレイの世界の食べ方か?」

「そうよ。アヒージョっていうの」

「おかしな名前だな」

「そうね。意味は知らないけど」

「なんでもいい、美味い」

「ふふふ」


 最初の剣呑な目付きが嘘みたいねぇ。こんなに喜んでくれるなんて嬉しいわ。

 あたしもちょいちょいつまみながらまたお酒を足して、風が出てきたから少し薪も足しておきましょう。

 布に包まった猫がうにゃうにょ寝言を言ってる。ふふ、かわいいわぁ。


「ねぇランディ、あの子も獣人の子なの?」

「いや、あれは普通の猫の子だ」

「そうなの。高ーい木の上にいるんだもの、びっくりしたわよ」

「……色々あってな、木の上に隠していたんだ」

「ふぅん?」


 なんだか事情がありそうだけど、話したくなさそうな感じね。

 まぁ会ったばかりだし、そこまで一気に信用はできないでしょう。


「……聞かないのか?」

「別に? 無理には聞かないわよ。あたしで力になれることがあるならもちろん聞くけど」

「そう、か」

「それよりねぇ、こっちも美味しいわよ」

「海坊主の足?」

「あはっ、そのまんまのネーミングなのねぇ」


 どうやらタコはこっちでは海坊主というらしい。

 そうやってあたしに色々教えて欲しいわ。まだまだ全然、この世界の常識を知らないもの。

 美味い美味いと食べ散らかすランディと、他愛もない話で盛り上がってお酒もだいぶ進んでしまった。


「……レイは面白い、不思議な人だな」

「どぉーゆー意味かしらぁ?」

「レイは男だろう?」

「そうねぇ、体は男ねぇ」

「なのに女のような姿で、話し方で」

「珍しい?」

「あぁ、あまり見ないな」

「……変だなーって思う?」

「いや、それはない。なんというか……レイは考え方も柔和で、だけど芯があって、内も外も、そうだからレイという人なんだと感じる。……それに」


 そこでランディは口をつぐんでしまった。お酒も飲ませちゃえばよかったかしらねーぇ?

 ほぉらほぉら、吐き出したいなら言っちゃいなさ~い。オネェさんそういうの聞くの得意よぉ?


「……俺のこの姿を見て、恐れずにいてくれた」

「普通は怖がられちゃうの?」

「さっきも言ったが……獣型になれる者は、今は少ない。血の濃い者はそれだけ力も強く、他種族からは恐れられている」

「でもさっきは満身創痍だったじゃなぁい?」

「それは……、獣人狩りの連中から、罠にかけられたんだ」

「獣人狩りぃ!?」


 なんだか不穏なワードが出てきたわね?

 オネェさんちょっと酔いが覚めちゃったわよ。


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