11 とんでもない婆さんでした
あたしは最初のページへ戻って【
するとさっきまではまるで読めなかった文字列の意味が、ぶわっと頭に流れ込んできた。
魔法袋のリストを読むときと似た感じがするわね。この脳で読む感覚もいくらか慣れたとはいえ、やっぱりちょっと疲れるのよねぇ。
「どうだい? 読めたかい」
「えぇ、これってあなたの世界の文字なの?」
「いいや、そいつは『魔法言語』さ」
「これが……」
魔法言語。
鍛冶神様やショタ神様があたしと契約するときに使っていた言葉だわ。
「そいつは只人には発音できない言語でね、『神の言霊』とも呼ばれている」
「これを書いたのは?」
「白の神さ。あたしが神の国へ訪れたとき、こちらの魔法がすぐにでも使えるようにと
「
「さぁてどうだったかね。ほれ、こっちも読んでいいぞ」
「いきなり禁書ぉ!?」
「ヒヒヒッ」
読めない文字で書かれたこの魔導書は、こちらの世界の魔法の理が網羅されているものらしく、【視る】能力を持つ者にしか解読は不可能な代物なんだと、魔除けグッズを選び終えてほくほく顔の婆さんが兎の脚をめっちゃモフモフしながら語ってくれた。
あんたそれ相当気に入ったのね? あたしは五冊全部を読み終えて、少しぐったりよ。
「それにしても、どうしてあの屋台のオヤジはここにこんな本があるなんて知ってたのかしら」
「そりゃ普通の魔法書もあるからに決まっとろうが」
「……はい?」
「内容は薄くしてあるがね、こっちの言語で書いた魔法の手引き書がある」
「それ、あたしでも使えるやつ?」
「使えるねぇ」
「ならそっちを先に見せなさいよ!!」
「ヒーッヒッヒッヒッ」
あああんもぉ!!
別に損はしてないしむしろ詳しく魔法も知れたしありがたいっちゃありがたいんだけどめっっちゃ腹立つこの婆さん!!
「さぁて、それなりに面白い対価はいただいたし、そいつはもういいだろう」
「え? 交換じゃないの?」
「バカタレ。そんなもん外に出せるわけないだろうが」
「はあぁ!? じゃあそれ返しなさいよ! いらないけど!」
「神の記した魔導書が読めただけでもありがたいと思いな。それでなくてもお前さん上から下まで神装備なんてふざけたナリなんだ。いつどこで【眼】持ちと出くわすとも限らん鈍臭い坊やにそんなもん持たせてたまるもんかい」
「そんなことまでわかるの?」
「ヒヒッあたしの【魔眼】をお舐めでないよ」
あたしの【
それより他にもこんな能力持ちがまだいるってなにそれ怖い!
「ったく本当に鈍臭いねぇ。何のためにそいつを読ませたと思ってんだい」
「え、というと?」
「それに隠し方も書いてあったろう。【眼】で視た魔法言語は身に附くもんだ」
「そうなの!? え、じゃああれに書いてあった魔法、もうあたし全部使えるの!?」
「器がありゃ使えるさね」
『器』というのはさっき読んだ魔導書に確か書いてあったわ。魔法を操るための魔力の器、つまりはあたしの持つ魔力の量さえ足りていれば、魔法はその分だけ発動できる。
その魔力の量を視る方法も当然書いてあったし、今もそれを思い浮かべただけで視ることができた。
今さらだけど……本当に読んでよかったのかしら? なんかちょっと色々ヤバげなあれこれがたっくさん書いてありましたけど!?
「そこで怯むお前さんだからこそ、白の神もお前さんを選んだんだろうさ」
「そんなようなこと本人にも言われたわね確か……」
「ヒヒッなら気に病むこたぁないさね」
「そういうものかしら……」
まぁ、危なっかしいのは使わなきゃいいのよ! そもそも使うような機会もないでしょうしね!
覚えちゃったものはしょうがないわ。不可抗力よ。そうそう。そうなのよ!
「鈍臭いくせに開き直りは随分早いね」
「うるっさいわね兎の脚返してもらうわよ!? いらないけど!!」
それからあたしは婆さんに言われるままに、神様達から頂いた装備品全てに隠蔽をかけたり、【眼】の使い方から【眼】持ちに視られる可能性のある情報の隠蔽までもやらされた。
曰く「危なっかしくて見ちゃいらんない」んだそうで……。はいはい、どうもすみませんねぇ。
だって神様達にしてみれば装備品が神様仕様なのはごく当たり前のことだし、そこまで気が回らなかったのかもしれないじゃない。
いや、ショタ神様はわかってて黙ってそうだわね。
「疲れたぁ……」
「魔法を使えばそれだけ魔力が削られるんだ。疲れて当然さね」
「あぁ、この疲れってそういうことなのね」
「【眼】を使うのとはまた違うがね。あれは精神力が削られる」
「それ回復するんでしょうね!?」
「寝りゃあ治るよ」
恐ろしいことサラッと言うわねこの婆さん!
精神力削られるとかなにそれ怖い。
「これだけ出来てりゃ他の魔法も問題ないさね。まぁ困ったらまたおいでな。同じ落ち人の
「もう用もないしあげるものもないわよ」
「ヒヒヒッ、色々いただいちまったからねぇ」
「えぇ……そうね。なんだかんだほとんど全部ね」
「特にこいつは最高だよ」
「あぁ……それね。兎の脚ね」
「ヒーッヒッヒッヒッ」
「だから怖いってば!!」
そしてあたしはようやく、ハロウィン魔女屋敷から脱出することができた。
もうあのメルネとかいう婆さんに会うことは二度とないでしょう……えぇ、ないわよ。きっと。多分。
疲れを引きずったまま大通りまで戻ると、昼間あった軽食の屋台群は消えていて、代わりにしっかり量のあるお食事屋台がずらりと連なっていた。
夜になると馬車の通行もなくなるからと、通りにテーブルを出してそこで自由に食事ができるようになっているんですって。
あたしはそこでいくつか美味しそうなものを見繕って食事を済ませ、おなかいっぱいでお宿の大きなベッドで横にな……
「──ってたらダメじゃない! あのショタ!!」
そうよ、うっかり大事なことを忘れるところだったじゃない!
色々言ってやりたいしなにより聞かなきゃいけない大事なことがあるのよ!
「ちょっとそこの主神様ぁー!!」
『はいはい、聞こえてるよレイ』
「はいはいじゃないわよこの愉快犯!」
『何のことだい?』
「すっとぼけてんじゃないわよ! なんなのよあの婆さんは!!」
『私の古い友人だよ』
「そういうのじゃないってわかってて言ってるわよねぇあんた」
『ふふふ』
あぁんもうどいつもこいつも腹の立つ……!!
『メルネと仲良くなれたようでよかったよ』
「あれをどう見たら仲良しに見えるのかしらねぇ? ったく……碌な交遊関係じゃないんでしょどうせ」
『そんなことはないさ。彼女とはお互いの世界にある魔導の知識を交換しているんだ』
「へぇぇ? それで?」
『メルネは元の世界では指折りの魔導師らしくてね、知識も豊富だし本人の知識欲も旺盛で、元の世界で得られるものはもうないからと、自ら
「なにそれとんでもないわね!?」
『とんでもないんだよ。称号を視ただろう?訪ねし者、尋ねし者っていうのはそういうわけさ』
自ら神域を訪ね、魔導の理を尋ねた者、っていうことらしいわ。
長命の魔人族であり、途轍もない知識と魔力の持ち主で、ショタ神様を随分と喜ばせたそうよ。
送り返すなんて勿体ないと、彼女の居住希望を全て叶え、いつでも話せるように話具となる腕輪とついでに『ギフト』を贈り、セヘルシアへと迎え入れたんですって。
神域滞在時間の最長記録保持者でもあるらしいんだけど、だからなんなのよって聞いたら、普通の人では耐えられないんだとか……。
それほどメルネとかいう婆さんは物凄い人らしいんだけど、だからって『困ったことがあったら彼女を頼るといいよ』なんて軽く言われても……ねぇ。
そんなこと聞いちゃったら、逆に軽々しく頼るのも
『あはは、レイはそうしたところがとてもいいよね』
「はいはい。どうせ小心者ですわよ」
『誉めているのに』
「嘘おっしゃい」
『大丈夫、メルネもレイのことは気に入ったみたいだからね、むしろ頼ってあげたら喜ぶと思うよ』
「そんな殊勝な婆さんかしらねぇ」
『彼女の【魔眼】も、レイのものと同じく私が与えた能力だ。君を通して私を感じ、自分と似た何かを感じ取ったのかもしれないね』
「なにそれ全然嬉しくないぃ……」
まぁ、あの婆さんがこの町にいたのは本当に偶然だったらしいから、とりあえずこの話はそこまでにしておいてあげたわ。
そんなことより落ち人のことよ。
落ちた時代がてんでバラバラで、ただ戻すだけじゃどうにも上手くいかなさそうなのよ。
『なるほど……そうか、そういう落とし穴があったとはね』
「今あたしがいる時間軸のまま戻すことになったら、多分あたし達の世界でかなり厄介なことになると思うのよ」
『そうだろうね。かといって帰還時の時間操作は無闇には出来ないものだ』
「どうにか上手くいく方法ってないかしらね……」
『……少し考えておくよ。君にもまた色々協力してもらうと思うけど、今の時点では落ち人への帰還示唆は控えておいてもらえるかい?』
「もちろんよ。まだギルドにいた子にしか話してないし、その子にも口止めしてあるから大丈夫よ」
『さすがだね。ありがとうレイ』
「どういたしまして」
何かいい方法がきちんと見つかるまでは、例の
面会申請しちゃったけど……大丈夫かしら。もし申請が通るまでにショタ神様から返答がなければ、申請を取り下げてもらうか日程を調整してもらいましょう。
頼んだわよショタ神様。いい方法を見つけてちょうだいね。
それまであたしは目一杯、異世界観光を楽しませていただきますから~!
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