12 さぁ観光よ!
翌朝。少しの肌寒さで目覚めたあたしは、まだ少しぼんやりしたままベッドボードに手を伸ばす。
今何時かしら……目覚まし目覚まし……
もそもそと手探りしてもいつもの位置に目覚ましはなく、逆にないはずの壁に指を打ち付けてふと違和感に気付く。
「んん……? あぁ、そうかここ家じゃなかったわ……」
旅行先。しかも異世界。
昨日はやたらと濃い一日だったから、今日は少しゆっくりしたいわぁ。
ぐーっと伸びをして起きあがり、タオルとポーチを手にパウダールームへいそいそ向かう。
朝一番の大切な時間。
「やっぱり永久脱毛しちゃおうかしら……」
手早く髪を纏めあげ、手でジェルを満遍なく広げてひたりと首筋から剃刀を滑らせる。
……ゾリゾリゾリ、ジョリジョリショリショリ。
あぁん嫌な音。
ついでにフェイスラインの産毛や眉も整えて、ざぱっと水で流してそのまま洗顔。ふわふわに泡立てた洗顔フォームで丁寧にマッサージしながら寝起きのむくみをほぐしていく。
柔らかいタオルでしっかり水気をぽふぽふ落とし、化粧水、保湿美容液、乳液の順にこれもマッサージしながらデコルテまでしっかり馴染ませて、と。
「おはようレイ、今日も素敵よ」
鏡に向かってにっこり挨拶。いつものあたしの出来上がり。
「さぁて、朝ごはんは下の食堂って言ってたわよね。ちゃちゃっとお化粧もしちゃいますか」
お店じゃないから目元以外はナチュラルメイクよ? んふふ。
軽装に着替えて髪を整えて、今日はそうねぇ、ハーフアップにしようかしら。
緩めに纏めてくるりんぱ。チャーム付きのゴムで小さくお団子にして、ピアスを着けたら完成よ。
「うん。上出来」
ベルトに魔法の鞄を通して、と。さぁ、朝ごはん朝ごはん~
一階にある食堂へごきげんで向かい、三千ジル、丸銅貨三枚を渡してメニューを選ぶと席へ通される。
炙った白身魚と爽やかな香草ソースを挟んだ、昨日屋台でも買ったパニーニ風の焼きパンふたつとスープをいただいて、食後のお茶でひと休み。
このパニーニ風のパンは『チョキ』というらしく、この辺りで昔からよく食べられているものなんですって。お店や家庭によって中身も様々で、魚介だけじゃなくてお肉だったり野菜や卵だったり、あとスイーツ系のもあるらしいわ。
昨日の蟹とチーズのやつも美味しかったのよねぇ。チョキって名前もなんだかかわいいし。
そうだ、今日はチョキの食べ比べをしてみようかしら。あとあのお茶も探してみなくちゃね。
んふふ。たぁのしーい!
「レイ様、おはようございます」
「おはようございます。鍵をお願いするわね」
「はい、お預かりいたします。お戻りのご予定は?」
「特に決めてないけど、暗くなる前には戻るわ」
「畏まりました。ではお気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ありがと、じゃあいってきます」
丁寧なお宿ねぇ。千草さんに感謝しなくちゃ。多分これがスタンダードじゃないとは思うけれど、ここは絶対当たりだわ。
土地勘もないしガイドブックもないけれど、治安は悪くないはずだし朝からやらかすバカもいないでしょう。
そんな気楽な気持ちで、あたしは町へ飛び出した。
大通り沿いは昨日と同じでたくさんの屋台が立ち並び、新鮮な魚介類や軽食なんかを扱っている。
ここの屋台群は朝は鮮魚と軽食、昼はそれにスイーツが加わって、夜はガラッと変わってお食事メニューと、朝昼晩で店主が入れ替り立ち替り、場所を交代しながら運用しているんですって。
そして今は朝。ということは……!!
はぁんやっぱりいっぱいいるわぁ~海の男達!!
彼らは今日も弾ける筋肉を惜しげもなく見せつけてくれていて、もうほぉんと眼福。真っ白な歯とタンクトップが眩しいったら……!!
宿のお部屋にキッチンがあれば色々買ってあげたいんだけれど、残念ながらキッチンはないし、お魚を買うことはなさそうなのが悔しいわぁ。
「らっしゃいらっしゃい! 活きのいいのが入ってるよー!!」
「揚げたてニキフライのチョキだよー! 熱々だよー!」
「おね、にーちゃん? なんでもいいやそこのあんた! 今日は珍しい海の魔物があるぜぇ!」
本当、港町の方々は元気いっぱいね。
ていうか魔物!? 魔物食べちゃうの!? 食べて平気なの!?
「なぁに言ってやがる。美味いんだから食うに決まってんだろ」
「美味しいからって食べちゃうのね……。あたし落ち人だから、そういうのまだよく知らなくて」
「へぇ、あんた落ち人か! じゃあぜひ食ってみてくれよ、こいつは美味いぜ?」
「うーんせっかくなんだけど、宿にキッチンもないし、買って帰ってもお料理出来ないのよ」
「そんなの調理場に持ってきゃ料理くらいしてくれんだろ」
「え、そういうの有り?」
「有り有り! 持ち込みなんてよくあることだ」
「へぇー、いいこと聞いちゃった。じゃあそれ、おひとつくださいな」
「おっ、毎度あり!」
「魔物が食べられるなんて思わなかったわねぇ。なんか毒持ってそうじゃない?」
「馬鹿言え! 魔力がある分普通のやつよりうめぇんだよ」
なるほど、それは覚えておかなくちゃ。魔物は美味しい、これ大事。
それにしても色んなお魚がいっぱいねぇ。地球と似た環境というだけあって、魔物でも魚の形状はやっぱり似たような感じ。魚だけじゃなく蟹も海老もイカもタコもある。ただどれも呼び名が違うのよね。
この『完全言語』とかいう翻訳システムってどうなってるのかしらね? ショタ神様でさえ理はわからないとか言ってたけど……。
共通しない固有名詞はこの世界の言葉のまま聞こえるのかしら。もしかしたらその辺りをまとめた本なんかもあるかもしれないわね。
なにしろこだわりとオタク気質の日本人がこの世界には多く落ちてきているのよ。絶対誰かしらやってそうじゃない。
図書館とかあったら行ってみるのも面白そうね。
魔物や魔獣は呼び方が違うだけで括りは同じらしいんだけど、それと普通の生き物の違いっていうのもよくわからないのよね。
見ただけでわかる特徴とかあるのかしら。魔物図鑑が欲しい……。ショタ神様の気持ちがなんとなくわかったような気がするわ。
「あ。……あー、嫌なこと思い付いちゃったわ……」
あの婆さんのところへ行けば、なんて。
ダメダメ。あんなとこもう絶対行かないわよ。どうせ行くならギルドでしょ。
落ち人の千草さんもいるんだし、ギルドはセヘルシア中で繋がっている組織らしいから色んなデータがありそうじゃない。
どっちにしても今日は行かないけどね!
だって今日は観光する日だって決めてるんですもの~
「こっちの通りはなにかしら?」
あたしは大通りを抜けて、一本隣の通りへと向かってみた。
そこには屋台はなく、服や雑貨、輸入食料品や道具屋、カフェや食堂などがずらりと並ぶ商店街が広がっていた。
「いやーんこっちも楽しそう!」
屋台巡りもいいけど、やっぱりショッピングって言ったら断然こっちよね!
特に観光地っていうわけでもないから名所もないみたいだし、今日はここを見て回りましょう!
あたしはとりあえず、すぐ目の前にあった小物屋さんへ入ってみる。
アクセサリーやスカーフ、鞄や小物入れなんかがたーっくさんあって目移りしちゃう。
デザインは素朴で、色使いも素材の味を活かしたものが多いみたいだけど、どれも丁寧に作られていてとてもかわいい。
「あら、この革の小袋いいわね」
そうそう、小銭入れが欲しかったのよね。
魔法の鞄から直に出すので問題ないんだけど、屋台巡りしてるときに他のお客さんが持ってるのを見ていいなーって思ってたの。
手の平サイズの巾着タイプで、うっすらピンク色の革の小袋。隅に小さなお花の刺繍入り。
お値段六百ジル。え、安くない!? 買う買う~!
「お気に召しましたか? こちらにサイズ違いもありますよ」
「シリーズものなの? やぁだこっちもかわいい~」
「あ、ありがとう、ございます……?」
声をかけてくれたお店のお姉さんが引いてしまったわ。ごめんなさいね、あたしオネェなのよ。
ていうかお姉さんが獣人さんだったわ! リスかしら、小さいお耳にシマシマの尻尾。かわいらしいわぁ~
「じゃあこの小さいのと、こっちのボタン留めのやついただくわ」
「あ、はい、ありがとうございます。あの……セラの花がお好きなんですか?」
「ん? なぁにお姉さん」
「あ、すみませんいきなり……」
「あぁいいのよ全然おしゃべり大歓迎よ。ね、これセラの花っていうの?」
「はい。道端に咲く小さな花なんですが、とても好きで、刺繍にしたんです」
「これお姉さんの手作りなの? やだ素敵じゃない!」
聞けばこのお店の商品はほとんどこのお姉さんとお母さんが手掛けているんですって。こういう町の商店は割とそういうお店が多く、どこかで仕入れてきたものは割高になるんだそうよ。
そういえば前回寄ったあの素敵なオジサマの道具屋さんもそうだったものね。手に職があるなんて素晴らしいわね。
「あ、そうだお姉さん、こちらに鞄を通すベルトってないかしら」
「ベルト、ですか?」
「ええ。これなんだけど、いちいち外して通してが面倒くさくて。だからそれ専用に、服の上からでも落ちたりしないようなベルトが欲しいんだけど」
実は昨日も今朝もやっちゃったんだけど、服を着てから魔法の鞄を忘れてるのに気がついて、もう一回ベルトを外して通してと、ちょっと面倒だったのよね。
ポケットに入れるには大きすぎるし、だったらボトムの上から着けられるようなベルトがあれば便利だなって思ったのよ。
「すみません、うちには置いてなくて……。でも装備品店に行けばあると思います。個人店ならサイズや意匠の希望も受けてくれますし」
「装備品店ね。ありがとお姉さん。あともうひとつ聞いてもいいかしら?」
「はい、なんでしょうか」
「この辺にお花のお茶を売ってるお店はあるかしら」
「セラ茶ですか?」
「あのお茶もセラの花なの? やだ偶然だわ」
「セラ茶は乾物や食品を扱うお店ならどこにでもあると思います。私も大好きで」
「いい香りよね。あたしも大好きなの」
ふふふ、と微笑みあって、お会計を済ませてお店をあとにした。
一軒目から幸先いいわねぇ。とってもかわいい子だったわ。あとでお礼にお菓子でも差し入れしてあげましょ。
あたしは上機嫌で、次のお店を目指して歩き始めた。
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