29 オクトの町へ

「ないわねぇ……」

「ここで本当に間違いねぇんだろうなマイアス」


 今あたし達はオクトの港に程近い、繁華街と倉庫街が隣り合った多少場所で、とある建物を探している。

 今日の昼間、冒険者ギルドで話をしている時に遅れて現れたマイアスさんの一言がきっかけで、例の取引場所がクユ島じゃない可能性が出てきたの。


「多分な。なにしろ聞いたのは随分前の話じゃ」

「おいおい頼りねぇな」

「やかましいわい。お前こそとっととその自慢の鼻を利かさんかい」

「どこもかしこも酒臭くてわからねぇよ」


 ジギーさんと、その半分くらいの背丈しかない髭もじゃドワーフ、マイアスさん。あたしは今このふたりと行動を共にしている。

 元々ノットで活動していた六人、ナイルさんにジギーさん、それとマイアスさんと三兄弟は、面識はあるし技量もわかっている間柄。

 そこで顔馴染みではないあたしとランディのために、二チームに分けてそれぞれ親睦を深めつつの探索になっているというわけ。

 繁華街の両端から探っていって、途中でかち合ったらあたしとランディが入れ替わることになっているのよ。


「お店の名前はわからないのよね?」

「すまんがど忘れしてしもうてな。ここいらじゃったと思うんじゃが」

「しかしまさか『魔魚の巣窟』が裏ギルドの隠喩とはなぁ」


 昼間マイアスさんがあの暗号を見て、オクトにある裏社会の社交場的な酒場が確か『魔魚の巣窟』と呼ばれていたような気がする、と言い出したの。

 なんでも、その裏街を牛耳る組織、裏ギルドっていうらしいんだけど、そこの連中が根城にしている酒場があるんですって。

 そこでは様々な後ろ暗い取引が交わされ、狙われたら最後、例の魔魚ピキライヤの如く喰らいついたら何があっても離さないところから、そう呼ばれるようになったらしいの。

 併設していくつかの取引用倉庫や建物も持っているらしく、そこを使うのではないかと。それを確かめるべく、こうして揃ってオクトまで馬車でやって来たのよ。

 ちなみに三兄弟は宿の確保やなんかで別行動中よ。


「そっちはどうだ?」

『どこもかしこも怪しくて逆にわからん』

「すまんなナイル、確かにここいらなんじゃが」

『まぁいいさ、焦らず探そう』


 それなりに人通りもあるけれど、あたし達は堂々と話具でやりとりしつつ、一軒一軒様子を伺って歩く。

 目当ての場所はまだ見つからないのに、マイアスさんは足取り軽く上機嫌で、首に巻いたスヌードを持ち上げた。


「しっかしこの襟巻きは便利じゃ。こそこそせんで済むのは楽でええのう」

「本当にな。姉ちゃんに感謝せんと」

「ふふ、お役に立てて光栄だわ」


 そう、全員あたしの用意したスヌードを身につけているから、平気で大声で喋るし堂々と店を覗いたりしてる。

 馬車でノットを出るときも、マイアスさんと三兄弟以外は既に着けていて、警備隊対策もばっちり。

 ティルからの情報ではまだ動く気配はないらしいけれど、あたし達の動きを見張られている可能性はあるからね、念には念を入れてよ。


「意外と広いのねぇ」

「オクトは輸入の物流拠点だからな。領都の次に栄えてる。酒場が多いのもそのせいだ」

「それ故に、こういう場所には決まって裏の連中もたかって来よるんじゃ」


 それはなんとなくわかるわねぇ。

 あたしは全く関わりなかったけれど、日本にだって、ネオンの影に潜む裏の顔はあったわ。

 夜の仕事をしていれば、嫌でも耳に入って来たものね。


「……そういう見方をすると、怪しいのは向こうかしらねぇ」

「そろそろ真ん中くらいか?」


 繁華街のおおよそ半分まで歩いてきて、そろそろランディ達とかち合うかしらと思ったとき、そのランディから声が飛んできた。


『レイ、拐い屋だ! 昨日見た奴がいる!』

「えっ!? 今どこランディ!?」

『珊瑚の欠片という店の裏手だ。俺は奴を追う』

「ナイル、お前は残れ」

『わかった』


 拐い屋の誰かが来たならそこがアタリっぽいわね。

 よぉし珊瑚の欠片、珊瑚の欠片っと、……見つけた、けど。


「えぇ~? うっそぉ……」

「どうした姉ちゃん」

「あ、いいえ何でもないわ。あたし達も行きましょう」

「おうよ」


 さすがに通称だから【真眼まなこ】じゃ『魔魚の巣窟』を見つけられないと思って使ってなかったのに。

 ごめんなさい、しっかり視えたわ! あたしのバカ!


「あそこだ! ナイル!」

「早かったな」

「すぐ近くにいた。ラン坊は中か」


 珊瑚の欠片という酒場の裏手でナイルさんと合流して様子を伺っていると、中からランディがネイビーのマントで包んだ男を引きずって戻ってきた。

 ちらっと顔を見ると、確かに昨日拐い屋のアジトで見た連絡係の男だったわ。ナイスよランディ!

 ここでさっきの失態をカバーしなくちゃ!


「少し離れよう」

「どうする気だ?」

「お話してもらうのよ。でしょ? ランディ」

「あぁ、頼む」


 裏口から離れた路地に男を寝かせ、昨日と同じように魔法で口を割らせていくと、やっぱり取引は島ではなくここの倉庫で行われるということがわかったわ。

 拐い屋からは例の三人とこの男、密売屋も二、三人で来るはずとのこと。

 『魔魚の巣窟』、珊瑚の欠片の裏手にある倉庫には檻と荷車が既に用意されていて、明後日の夜には拐い屋も子供を町まで運んでくることになっていて、今日ここへ来たのは最終確認のためだと、虚ろな目のまま男は語った。



「さて、どうするか」


 男を戻した後、繁華街を抜けて三兄弟と合流し、取ってもらった隠れ宿へ入るとすぐに作戦会議が始まった。

 場所と時間、それと人数の確認はできた。こちらと相手はほぼ同数。けれど相手には既に一度やられている。

 上手の相手がいる状況ならばこちらも裏をかいて罠を仕掛けてああしてこうで、と喧々諤々言い合う中に、またしてもマイアスさんが一石を投じた。


「なぁレイよ、お前さん精神操作あんなことが出来るんなら、眠りの魔法なんかはちょちょいじゃろ?」

「え、えぇたぶん、出来ると思うわ」

「ならあの場に来る敵を全員眠らせちまって、縛って運んじまうのはどうじゃ」

「……なるほど?」

「ぶぁははは! こぉんなに便利な襟巻きがあるんじゃ、使わん手はない。何もわざわざ正面からやり合わんでもええじゃろ」

「確かにそうだな、無駄な消耗もしないで済む」


 ええぇ~、それでいいのぉ?

 特にナイルさんとジギーさん、やられっぱなしじゃ男が廃るとかなんとか言ってたじゃなぁい?


「わはは! 別に殺したいわけじゃねぇし、俺はそれでいいぜ」

「俺もだな。捕らえて警備隊に突き出せればそれで構わん」


 と、ふたりからは何ともあっけらかんと言い返されてしまったわ。

 ランディも頷いてる。彼の目的は密売屋からニーネちゃんの情報を聞き出すことだから、それで構わないって。

 やぁだみんな、省ける手間は省いてくわよっていうあたしのスタンスと一緒じゃなぁい!

 そうよね、無駄な労力使うことないわよね! って、なんであんたがドヤ顔してんのよランディ。


「ほらな、レイありきの作戦になっただろ」

「今回だけよ。慣れないでね?」

「わかってるさ」

「レイよ……本当にこれ返さにゃならんか?」

「ダメよ。そういう約束でしょう?」


 これはギルマスから言われたことなのよ。過ぎた道具は慢心を生むから今回限りの貸し出しにしてくれってね。

 だからそんなしょげた顔したってダメよマイアスさん。あなたはお茶目だし頼もしい人だけれど、あたしのタイプじゃないのよぉ~、ごめんなさいね?


「でも、それならこんなに人数いらなかったんじゃない?」

「そう言うなニコ。お前らは奴らと接触してないからな、色々動いてもらわにゃならん」

「そうだ、俺達じゃ目立ちすぎてしまう」

「エコとエニもな、そっちはどうじゃった?」


 確かに四ツ星クワッドで名の知れたおふたりでは表立っては動きにくいものね。

 代わりに三兄弟がそれぞれ、方々走り回ってきてくれたのよ。


こっちオクトの警備隊に行ってきた。ギルマスからの手紙も渡してあるんで、連携は可能です。あの隊長とこっちの隊長、水と油らしいです」

「俺は冒険者ギルドっす! こっちも大丈夫っすよ」

「よぉし、じゃあ詰めるか!」


 そうして決まった作戦は、三兄弟は外との連携、あとのメンバーは倉庫へ潜伏して連中を捕らえる、というとてもシンプルなものになったわ。

 拐われた子も保護して、例のリングも解除した上で警備隊へ預け、親元へきちんと届けさせるという約束もしてきてくれたの。やるわねエコくん!

 冒険者ギルドもこちらのギルマスに話を通し、それとなく港や町を監視してくれるんですって。

 警備隊があからさまにうろついてたら警戒されちゃうからね。ナイスよエニくん!


「明後日の夜か、それまでは大人しく待機だな」

「特に準備も必要ないしな。捕縛用の縄くらいじゃないか?」

「警備隊から借りてきてあるんで大丈夫です」

「さっすがエコ!」

「ニコは遠見が使えるんだったな。ギルドの連中と町を見回って、何かあればすぐ連絡を頼むぞ」

「はい!」



 翌日は宿で一日を過ごしたんだけれど、ランディはまんじりともせず、じっと窓の外を眺めていた。

 もうすぐよ。絶対にニーネちゃんの居場所を突き止めて見せるわ。

 あたしもなんだかそわそわしてきちゃって、夜に少しお酒でも、なんて魔法の鞄から取り出したところをマイアスさんに見つかってしまったのが運の尽き。

 気付けば全員あたし達の部屋に集まって飲めや騒げやの大宴会になってしまったのよ!

 ちょっとぉ、気を緩めすぎなんじゃないの!?


「これしきの酒じゃどうにもならんわい! ほれもっと注がんかレイ!」

「んもぉ~、あたしのお酌は高いわよぉ?」

「わははは! ほれラン坊も飲め! 固くなってちゃいい仕事は出来んぞ!」

「ちょっ、ジギー! 溢れる溢れてるって!」

「うわはははは!」

「こりゃ溢すでない! 勿体ない!」

「ナイルさぁ~ん、また一緒に依頼行きたいですぅナイルさぁ~ん、ナイルさぁ~ん」

「おいニコに飲ませたの誰だ」

「俺じゃないっすよ」

「ほぉらそこの坊や達、進んでないわよぉ? じゃんじゃん飲んじゃいなさぁい」

「おう飲め飲めい!」

「レイだな」

「マイアスもだ」


 どんちゃん騒ぎは夜中まで続き、ふと気付いた時には朝だった。まったくもう、部屋に遮音をかけてなかったら苦情が来てたわよ!

 ぶつぶつ言いながらふと見回すと部屋は片付けられていて、それぞれ雑魚寝姿に毛布がかけられていた。

 ふふっ、こんなことするのはあの子しかいないわよねぇ。


「おはよランディ」

「レイ、起きたのか」

「あんたは? 眠れたの?」

「あぁ」


 少しスッキリした顔をしたランディが、今朝はちゃんとそこにいてくれたことが嬉しかった。

 この期に及んでまた抜け出したりしたら張り倒してやるところだったわよ。


「ありがとう、レイ」

「なぁにが?」

「……いや、いい。今日は頼むな」

「ふふ、お互い頑張りましょう」


 そう言って笑いあった後、もそもそとメンバー達が起き出した。

 なんだかんだで親睦も深まったし、マイアスさんには感謝しなくちゃだわ。


 ……当の本人は、ジギーさんとふたり張り合うように、とんでもないイビキの大合唱を繰り広げているけれどね。

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