30 現場へ潜入

「酒クセェな」


 スン、と鼻を鳴らす男にビクッとする。

 夜中の薄暗い倉庫の中、壁際で取引が始まるのを待っていたあたし達は全員口許を押さえて冷や汗をかく。

 待って待って飲んでたの昨晩よ!? まだ臭うの!? 消臭なんて魔法でできるかしら!?

 気配は消せても匂いでバレるなんてめちゃくちゃカッコ悪くない!?


「酒場の裏なんだ、酒の匂いくらいするだろう」

「ヨォ、アックスんとこの旦那」

「時間通りだな、拐い屋」


 なぁんだよかったわ……。

 そうよね、あたし達の匂いじゃなくて場の匂いのせいよね。んもうビビらせんじゃないわよ。


「ガキは」

「お望み通り、ワン公とお馬さんをご用意しましたぜ旦那ァ」

「どこだ? 見せろ」

「檻ン中でさ」


 今話しているのは一昨日捕まえ話を拐い屋の男。それと密売屋の、背の低い割と身形のいい男。その後ろには、それぞれ護衛のような男達が立っている。

 拐い屋の方は先日アジトの小屋で見た、ランディ達を襲った三人。密売屋の方はこれまた頑強そうなボディーガードが二人。よしよし、聞いた通りね。

 檻にかけられた布が外されると、中には真っ白な犬と栗毛の子馬が入れられている。

 入ってくるときにも見たけれど、それぞれ鼻面に革で出来たベルトを巻かれていて、声が出せないようにされていたのよ。

 更に尾にはそれぞれ例のリングが嵌められていて、怯えたように身を寄せあい、檻の隅で小さくなっている。

 なんて非道いことをするのかしら。すぐにでも叩きのめしてやりたい気持ちを押さえるのが大変だったわ。 


「躾は?」

「一通り。その呪いの輪リングを外さねェ限り、ご主人様に忠実なおしゃべり玩具ペットでさ」

「フッ、せいぜい飽きられんよう、惨めに飼い主の靴を舐め続けることだ」

「気がしれねェな」

「全くだ」


 心の底から最低最悪ねあいつら!!

 こっちの全員がそう感じたらしく、とんでもない形相で奴らを睨んでいて、あたし達の回りだけぐわっと気温が上がったような気さえするわ。


「よし運べ、手はず通りにな」

「はっ」

「旦那ァ、お次はどうします?」

「また猫だ。先日の猫がお気に召したらしい」


 密売屋の言葉に、あたしとランディは大きく反応する。

 これってニーネちゃんのことよね!? ああでも子供が運ばれて行っちゃう!


「連中行っちまうぞ、レイ眠らせろ!」

「えぇ!」


 あたしは急いで眠りの魔法を全員に届くよう思いっきり発動させて、その場でパタパタと呆気なく倒れていく様を見届けた。

 よし、全員ちゃあんとおねんねしたわね。


「相変わらず凄ぇな」

「んふ、どうもありがと。起きないとは思うけど、今のうちにシャキシャキ縛っちゃいましょ」

「おう任せろ」

「あ、その小さい男はこっちにくださる?」


 こいつはニーネちゃんの情報を持っているはずだわ。ランディを呼んで、まずは縛り上げてもらいましょう。

 その間にあたしは檻を開けて、子供ふたりを中から出してあげた。怖がらせてもかわいそうだから、ちゃんと一緒に眠らせてあるわ。

 よく頑張ったわね。だから傷はないけれど、きっとたくさん辛い思いをしたはずだわ。

 ふたりの頭をそっと撫でてやってから、持ってきた毛布で包んで尾に嵌められたリングと鼻面のベルトを外してあげたけれど、姿はそのままだった。

 でも魔法の効果は切れているから、とりあえずはこれで一安心ね。


「この子達をお願い」

「おう」

「縛った奴らはどう運ぶんじゃ?」

「檻に突っ込んで荷車に積み上げちまえ」

「あ、じゃあ積み終わったらそこの布をかけておいてくれる?」

「わかった」


 そしてランディの元へ戻って、今度は横たわる密売屋の男に精神操作をかける。

 こっちの警備隊に渡す前に、色々喋ってもらうわよ。


「はい、いいわよランディ」

「すまん。……おい、起きろ」

「……はい」


 よし、大丈夫そうね。じゃあ聞き出しはランディに任せて、後はえーっと何だったかしら?


「積めたぞ。あとそいつだけだ」

「もう!? さすがねぇ、仕事が早いわ」


 力仕事は任せて正解だったわね。また三人とも手際のいいこと。

 ぎっちり縛られ檻に詰められた男達は、それでもぐっすり眠ったまま。数時間は起きないでしょうから、このままオクトの警備隊へ渡しちゃいましょう。

 荷車の帆布に隠蔽の魔法をかけて、ナイルさんへ外との連絡をお願いし、ジギーさんには子供ふたりを荷台に乗せてもらう。

 ランディの方はもう少しかかるかしらとそちらを見ると、なぜか男がぶわりと宙を舞っていた。


「…………えぇ!?」

「ラン坊!?」


 ドサッと床に倒れ伏す男に、尚も拳を振り上げようとするランディをジギーさんが羽交い締めにして止めてくれたけれど、まだ彼は男を射殺さんばかりに睨み付けている。

 こんなに取り乱すなんて何を聞いたのかしら……とおろおろしていると、入口から数人の足音が聞こえドアが勢いよく開けられた。


「お、おい! 何があった!?」

「他の奴はどこだ!? 商品は!?」

「ダン! 誰にやられた!?」


 しまった! 外にまだ仲間がいたんだわ!!

 隠蔽のおかげで、奴らには今ランディがぶっ飛ばした男がひとりで転がっているようにしか見えていないはず。

 とりあえずランディをどうにかしなくちゃ……!


「ランディ落ち着きなさい、聞きたいことは全部聞けたの?」

「……っ、あぁ」

「よし、ナイル! マイアス!」

「おう」

「やれやれじゃ」


 何かを堪えながらも頷くランディを見て、ジギーさんが指示を飛ばすと、ふたりは入ってきた三人をあっという間にタコ殴りにした。


「がはっ!?」

「おいどうしぐふぉ!!」

「ひぃ!? 誰かいるんげはっ!!」

「やめ、ごふっ」

「うぅっ……」

「がっ」


 相手から見えないのをいいことに、後ろから前からガツゴツと、そりゃあもう無慈悲に砂にされてしまって……


「エグいわぁ……」

「わはは! 見えねぇのに攻撃されるってなかなかの恐怖だろうぜ。お、終わったか」

「手際良すぎじゃなぁい?」


 倒れた男達をサクサクと縛り上げ、最初にランディが飛ばした男もついでに一緒に檻へと放り込み、よっしゃと拳タッチしてるナイルさんとマイアスさん。

 ちょっと、俺もやりたかったみたいな顔してないでよジギーさんたら!


「よぉし、とりあえず運び出しちまうか」

「待て、一度外を見てくる」

「そうじゃな。まだいるかもしれん」


 外にいるニコさん達とも連絡を取りながら脱出準備は進み、警備隊と落ち合う場所の確認が取れたところで外も大丈夫だとナイルさんが戻ってきた。

 ジギーさんの戒めから解かれたランディは、まだ何かを堪えたような顔のままで立ち尽くしている。


「大丈夫ランディ? あたし達も外へ出ましょう」

「……すまない、レイ、俺は行く」

「どこによ?」

「レジナステーラ」

「はぁ!?」


 今から? どうやって? ひとりで!?

 そうやってすぐ突っ走ろうとするの、あんたの悪いクセよ!?


「何を聞いたのか知らないけど少し頭を冷やしなさいな。ひとりでなんて無茶だわ」

「ニーネの居場所はわかった。奴らの拠点も」

「だからってどうするのよ! どうやって取り戻すって言うの?」

「どうとでもするさ! 死んでも取り返す!」

「こんのおバカ!!」


 話を聞かないランディの頭をべしんと思いっ切りひっぱたいてやったわ。

 死んでもだなんて軽々しく言うんじゃないわよ!


「あんたねぇ! 策もなく突っ込んでもし助けられたとしても、あんたが死んじゃったら妹さんもニーネちゃんもどれだけ悲しむと思うの!? そんな助けられ方して喜ぶとでも思ってんの!?」

「……レイ」

「どうしてあんたはそうなのよ! 何でもひとりで抱え込んで突っ走ろうとするんだから!」


 ほんっとおバカ! 無鉄砲! 唐変木!

 そんなぽかーんとした顔してんじゃないわよ!!


「頼りなさいよ! 何のためにあたしが残ったと思ってんの! あんたの力になる為でしょう!! わかってるの!?」

「……だが、これ以上頼ってばかりじゃ、俺は」


 そう呟くと、ランディは俯いて黙ってしまった。

 ちょっとあたしもヒートアップしすぎちゃったかしらね。


「場所はどこ?」

「え?」

「レジナステーラったって広いでしょ? 何ていう国の、どこにいるの?」

「……大陸の北西、ネブロビルという国の、タラスイア」


 北東ってことは、ロキシタリア大陸に割と近い地域ね。それなら婆さんの力も借りればどうにかなるかしら。まだ地理を完全には覚えていないのよね。

 とりあえずは地図を出して、エルトも喚んでおこうかしらとしたときに、話具から連絡が入ってきた。


『おーいお前ら何してんだ、まだ中か?』

「ジギーさん」

『早く来い、置いてっちまうぞ』


 どうする? と聞こうとして目に入ったランディの悲痛な顔を見て、あたしも腹を括ったわ。

 やるならまとめてやっちゃいましょう!


「ごめんなさい、あたし達ちょっと別行動するわ。後のことはお願い」

『……そうか』

「何かあったら連絡してちょうだい」

『そっちもな、気を付けろよ』

「えぇ、ありがとう」

『ラン坊を頼んだぜ、レイ』

「任せてちょうだい」


 よし、これでこっちは心配ないわね。

 まずはここから一旦出ましょう。


「ランディ、行くわよ」

「ど、どこへ」

「とりあえずは婆さんのところね」


 そしてランディの手を取り、メルネ婆さんの屋敷の前まで一気に転移テレポートした。


「あ……ダメ、ごめんランディ……」

「大丈夫かレイ!?」


 魔法の使いすぎかしら。頭がクラクラして立っていられない。

 まだ魔力は残っているのにどうして?


『何をやってるんだい』

「婆さ……入れて」

『開いてるよ』

「レイ、俺に掴まれ」

「ごめんなさ……」

「いいから」


 ランディに抱えられて婆さんの屋敷の中へ入れてもらうと、相変わらずのミニマム婆さんが見上げているのに見下すという器用な真似をして、開口一番バカにしてくれた。


「みっともないねぇ」

「うる、っさいわよこの……」

「ヒヒッ、慣れんうちに大きな魔法を使いすぎると酔っちまうのさ。言わなかったかい?」

「聞いてないわよぉ」


 ソファーに寝かされてぐったりするあたしを、ランディが心配そうに覗きこむ。


「大丈夫か? なぁ、レイは治るのか?」

「一晩寝りゃちったぁ良くはなるだろうよ」

「ごめんねランディ……大口叩いといてこんなザマじゃ、頼るどころかお荷物よねぇ……」

「そんなこと言うな。……嬉しかった、レイの力を借りたい。だからまずは休んでくれ」


 早くニーネちゃんを助けにいきたいでしょうに、やっぱり優しい子ねぇ。

 一晩と言わず、もっと早くどうにかならないかしらねぇ、婆さん? 


「安かないよ?」

「貰ってきたわよぉ? 新しいの」

「……なら仕方がないねぇ」


 ニヤリと不敵に笑ったメルネ婆さんは、壁際の怪しい薬棚から小さな瓶を一本取り出して、あたしのところへ持ってきた。

 それはこの世界には存在しない、メルネ婆さんが元いた世界のものをこちらの素材で再現した、回復薬ポーションという薬品だと、小さな魔女は告げた。

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