10 魔女の正体

「さて、そいつの中身を見せてご覧」

「は!? なんでよ」

「それと交換で話を聞いてやると言っただろ」


 無理矢理座らされたソファーの向かい側に、あたしの腰くらいまでしかない婆さんが更にちんまりと座っているこの状況。

 屋台のオヤジにここを教えてもらって、なんだかよくわからないうちに家の中まで引きずり込まれてしまったんだけれど、この婆さんかなり厄介そうな気配がぷんぷんするのよねぇ。

 頭からすっぽり被った暗紫のローブ、枯れ枝のような指に黒い爪。もう見るからに怪しいし、なんでか神域のことも【真眼まなこ】のことも知っている様子。

 出されたお茶だってとてもじゃないけど手をつける気になんてなれやしない。

 この婆さん一体何者なのかしら……。


「そう怯えなくとも取って喰やしないよ。固そうだし」

「一言余計じゃない!? ていうか固くなかったら食べちゃうの!? なんなの!?」

「喧しいねぇガキじゃあるまいし。ほら、いいからお見せな」

「……なにが目当てなのよ」

「目当てがあるのはお前さんの方だろう。それに見合う見返りを求めるのは当然さね」

「あたしの目当てが何かなんてまだ言ってないわよ」

「こいつだろう?」


 ヒヒッと笑って老婆が取り出したのは数冊の本。やっぱりこの婆さん、何かしらの【視る】能力を持ってるっぽいわね……。

 そうだ。あたしもやってやればいいじゃないの! せっかく貰った『ギフト』なのに、そういえばまだ一度も使ってないわ!

 よぉし、見てなさいよ。


 そして頭に流れ込んできた老婆の情報に、あたしは愕然とする。


「う、そ……」

「なんだ。もう視ちまったのかい。堪え性のないことだね」


 つまらん坊やだとぼやくその老婆は、焦るでもなくちんまりと座ったままニヤリと笑う。


「知りたいことは視えたかい?」

「落ち人……でも魔人って、」

「ヒヒヒッそこまで視えるか。流石は神の契約者だ」


 メルネ・シルジヴァン・サディーノ

  387

  魔人族

  落ち人

  訪ねし者

  尋ねし者

  【魔眼】

  【魔導師】

 

 

「あたしゃ神の契約者にはなれなかったがね。神の国への来訪を認められし者さ」

「でも、落ち人を神域へ呼ぶことはできないって」

「行ったのは落ちたときの一回こっきりさ。だがお前さんもこいつを持ってるだろう?」


 ほうれ、と見せられたのは虹色に煌めく宝石の嵌め込まれた腕輪。今あたしが身に着けているネックレスの石とそっくりな。

 ……そういうこと。これもショタ神様から頂いた物に違いないんだわ。


「ったく、つまらん種明かしじゃないか。もっと脅かしてやろうと思っていたのに」

「いいご趣味ねぇ。誰かさんそっくりよ」

「そいつは誉め言葉だね坊や」

「ねぇその坊やってやめてちょうだい」

「なんだい。嬢ちゃんとでも呼んで欲しいのか図々しいね」

「こっの減らず口……!」

「四十にも満たないガキになんざ負けるもんかね」

「ちょっと! 歳をバラさないでよ!!」

「誰も聞いちゃいないよ」


 いいえ! こんなの絶対見てるか聞いてるかしてるわよあのショタは!!

 まさかこの状況もあいつの差し金だったりするんじゃないわよね!? こうなったら呼びつけてやる!


「ちょっと! あんた見てんでしょ!!」

『……っくくく、やぁレイ、また随分と面白いことになっているね』

「笑ってんじゃないわよこのショタが……何してくれてんのよ!」

『何もしてなんかないよ。偶然偶然』

「嘘くせぇ……」


 もう本っ当に信用ならないわね!?

 ちょっと婆さん、あんたもニヤニヤしてんじゃないわよ!


「久しいね白の神、随分楽しそうじゃないか」

『それは君の方だろうメルネ』

「そうさねぇ、あんたの顔もとっくに忘れちまっていたが、この坊やが思い出させてくれたよ」

『あまりレイをからかわないでやってくれるかい』

「ヒヒッ、さてどうしようねぇ」


 えぇぇマジでぇ……?

 なによこいつらめっちゃ仲良さそうじゃない!? ヤバいどうしよう全然勝てる気がしないんだけど。


『レイ、視ての通り彼女は君の所とはまた別の世界からの落ち人なんだ。珍しかったから引き留めて少し話をしたら気が合ってね』

「最っ悪の迎合ね……」

『君と美の意気投合に比べたらかわいいものだよ』

「一緒にしないでくれる!? そっちのがえげつないでしょうよ!」

「喧しいねぇ本当に。それより白の神、こいつに何やらせてんだい」

『うーん、私達のお手伝い、かな。そうだメルネ、君もレイを手助けしてやってくれないかな』

「面倒は御免だよ。見返りは?」

『それはレイとの交渉次第だろう? 君の得意とする所じゃないか』

「ヒヒヒッ尻の毛まで毟り取ってくれるわ」

「ちょっと勝手に話を進めないでくれる!?」

『レイ、彼女に色々教えてもらうといいよ』

「だから! 勝手に決めないでってば!」

『じゃあねふたりとも、楽しんで』



 ──どうしてこうなった…………。


「頭痛くなってきたわ……」

「ま、座りな」


 ヒートアップして立ち上がっていたあたしを宥めるように、メルネという老婆は自分の膝をぺしぺしと叩き、ティーカップを手に取った。

 なんだか警戒するのも馬鹿らしくなってきて、あたしも一口お茶をいただく。


「え、このお茶」

「なんだい。口に合わないとか言ったらはっ倒すよ」

「どうしてそう殺意が高いのよ!? 違うわよ、神様のとこでいただいたお茶に似てたからちょっと驚いただけよ」

「ふん、その仕掛けも台無しになっちまったがね」


 あぁそう……。これも脅かすタネだったってわけね。なんってしょうもない性悪婆さんなのかしら!


「レイといったか。あたしゃ面白いことは好きだが面倒は嫌いでね、望みを聞いてやるからさっさとその鞄の中身を寄越しな」

「追い剥ぎかよ!!」


 そんなこと言われたって、鍛冶神様の依頼品は全部ショタ神様に持ってかれちゃったし、今は特に大したもの入ってないわよ。

 それこそさっき町で買い歩いた食べ物とか食べ物とか食べ物くらいしか……え? お茶請けにちょっと寄越せですって? どっちが図々しいのよまったく。

 ぶちぶち言いながらもいくつか取り出して、ふたりして屋台で買った焼き菓子をしばしもぐもぐ。あらやだ美味しい。

 このお茶も神域で飲んだあのお茶と同じ花を使っているそうで、悔しいけどとても美味しかった。

 こっちの世界には普通に咲いている花らしいけど、とても小さい花で蜜は少ししか採れないから貴重なんだとか。

 神域のお茶はその蜜に更に花を漬けた稀少なもので、今飲んでいるのは花そのもので作られたお茶だから町でも売っているそう。後で探してみましょう。


 はぁ~まったりしてきちゃった。リラックスして頭も少しスッキリしたわ。

 まだ何かお茶請けになりそうなものあったかしら、と鞄に触れて、脳内リストに浮かんだひとつのフォルダに目が止まる。

 あれ、ちょっと待って。


「ねぇ、もしかしてあたしんとこの神様がくれた物が欲しいの?」

「なんだいやっと気付いたのか、思った以上に鈍臭いね」

「だっから一言余計よね!?」


 うーん、でもあげちゃっていいものなのかしらね? 特に必要ではないけれど一応神様からの頂き物だし。

 困ったときに使えとは言われたけれど、今がその困ったときに該当するのかしら。

 ……するわよね。するする。しちゃうのよ。

 だってマトリョーシカとかブーメランとかいらないし。


「ほれ、魔導書は五冊ある。基礎になる属性魔法、応用編、生活編、戦闘編、それから禁書だ」

「最後のいらなくない!?」

「お前さんなら使えるぞ? 転移や時限なんか使ってみたくはないか? 封魔もあるでな」

「転移……転移はすっごく興味あるけど……」

「ほれ出しな。お前さんが見合うと思う物でいい」


 町では売ってない魔法を使うための本が五冊、無造作にテーブルに置かれる。

 もっとそれっぽい、表紙に魔方陣とか描かれた分厚いハードカバーの古い本かと思っていたんだけど……なんか、教科書くらいのぺらっとした本ねぇ。

 それなりに価値はあるんでしょうけど、それに見合う物と言われましても。うーん。

 あたしはとりあえずマトリョーシカとブーメラン、それから木彫りのお面に、やたらといっぱいあった銀の短剣と御守りっぽい何かをいくつか取り出してみた。

 婆さんはそれらをちらりと見ると、はン! と鼻で笑いやがった。


「そいつが見合うと思うかい」

「だ、だってその本にどれだけの価値があるとかわからないもの。それに一応神様から直々に頂いた物だし、悪くはないでしょう?」

「そうさねぇ、その銀の短剣はまだいいが、他はまとめて生活編一冊分にもならんね」

「そこは基礎からじゃないの!?」

「馬鹿をお言いだね、基礎が出来なきゃ何も出来んよ」


 くっそ婆ぁ足元見てきてるわね!?

 でもまぁ……魔除けの衣とか金の杯とか、ガチそうなやつ以外なら別にいいかしら。何に使うんだかもよくわからないし。


「わかったわ、じゃあもう適当に出すから、好きなの選んでちょうだい」

「ヒヒヒッ最初からそうしな」


 テーブルの上に並べた地球のあらゆる魔除けグッズの中から、婆さんは銀の短剣と水晶の塊、あと何故か兎の脚を手に取った。

 そして今はたくさんある御守りと数珠をブツブツ言いながらあれこれ吟味しているんだけど、絵面がヤバいのよねぇ……。いかにも悪い魔法使いって感じでめっちゃ怖い。めっちゃ毒林檎作ってそう。

 あとめっちゃ兎の脚モフってる。


「ふむ、こいつは力をよく通す。こいつは駄目かい、こいつは……ヒヒッなかなかいいねぇ」


 コワイコワイメッチャコワイ!!


「お前さん暇だろ、これでもみてな」

「基礎編? いいの?」

「いいともさ。いや久々に面白い」

「それは何よりだわ……」


 だから顔が怖いってば!!

 まぁいいか楽しそうだし。この分なら残りの本も手に入りそうね。

 あたしは早速渡された本をめくってみる。これであたしも魔法使いの仲間入りねっ!


「え? なにこれ?」


 開いたその中身は、読めない文字で埋め尽くされていた。ページをいくらめくってもそれは変わらず、最後の最後まで一文字も読めなかった。

 ちょっとどういうことよ!? やっぱりただの追い剥ぎじゃない!!


と言ったろうに、頭の悪い坊やだ」

「見たって読めなきゃどうにもならないじゃないの。んもう」

「白の神もこれじゃあ力の与え損だねぇ、勿体無い」


 力? 白の神ってショタ神様のことよね。


「……あ!!」

「ヒヒッ」


 見るんじゃなくてんだわ! これは【真眼まなこ】で読むのね!!

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