09 セヘルシア
あたしが降り立ったのは、鍛冶神様が属する星、『セヘルシア』という世界。
ここはもうまんまファンタジーゲームのような世界で、人、獣人、魔族、妖精族などなど様々な種族が溢れ、魔物もいるし魔法もあるそう。
検証するのに人に出会えなければ意味がないので、大きな町の中へと飛ばされて来たんだけど……
「人混みでいきなりあたしが現れたりしたら騒ぎにならない?」
「そこは私の力の見せ所かな。向こうへ行って数分間は存在が隠れるよう、認識阻害をかけておくよ。ゆっくり解けるようにしておくから、しれっと町に紛れてくれるかい」
「それよりもその姿がだな……」
鍛冶神様が少し言い辛そうに眉をひそめた。
なによ。ドレスの何がいけないっていうのよ。
「あちらでドレスを纏うのは上流階級の者だけだよ。これから行ってもらう町は庶民の多く住まう土地だからね。浮いてしまうと思うよ」
「……そういうことなら仕方ないわね。でも着替えなんてないもの」
「あー……鍛冶の、なにか装備品はあるかい?」
「あの地で馴染める装備……。であれば、これはどうでしょう」
ぱちんと指が鳴らされ現れたのはやたらゴツっとした革の鎧と枯れ草色の服……。
えぇぇぇぇぇ……これ着るのぉ?
「今回限りだ。すまんがこれを装備してくれぬか」
「でもぉ……」
「あぁほら着るなら早く。ね。面倒なのが来ちゃうから」
「面倒なの?」
「お呼びかしらぁ?」
「あちゃー……」
あちゃーってあんた。ここで一番の神様なんじゃないの?
ていうか、あのど派手な女性は一体?
「……美の、呼んでおらん」
「まぁ随分ねぇ。さっきから騒がしいから文句言いに来ただけじゃない」
「いいから。悪かったから。戻っ」
「やぁだなにこの子! こーんなガタイで真っ赤な髪に真っ赤なドレス!!」
「なによあんた喧嘩売ってんの!?」
ショタ神様の言葉を遮ってあたしにかぶりついてきたのは、目がチカチカするほどファビュラスで
あたしよりも背が高くて、なんかもう圧が凄い。
美の、と呼ばれていたってことは美の女神なのかしらね?
真っ赤って言うほど髪も赤くないわよ! 茶系のマルサラよ!
「喧嘩なんか売ってないわよぉ! いいじゃないあんた。凄く似合ってる!」
「え、あらそう? ありがとうお姉さん。嬉しいわ」
あら、なんか思ってたのと違うわね。
「それに引き替えなぁにこの野暮の極みみたいな装備! 鍛冶、あんたね?」
「いや、その、セヘルシアにて馴染む装備をとのことでな、手持ちがこれしか」
「それこそ美の女神である私の出番じゃないの! 任せなさい、30秒で仕度するから!」
「(そこは40秒にしてほしかったわ……)」
というやりとりの後、彼女が装備一式を揃えてくれたのよ。
まず革の鎧は町を歩くだけなら必要ないと光の速さで却下されていた。グッジョブ美の女神。
渡されたのはグレージュの落ち着いた色合いの、襟と袖口の折り返しが大きく取られたジャケット。
ウエストのシェイプがとても綺麗で、前は短め、後ろはヒップが隠れるくらいの少し長めなスワローテイルですごくかわいい。
そしてボトルネックのチャコールグレーの長袖インナーに、深いボルドーの細身のパンツ。
靴は脛まである編み上げのワークブーツ、腰に斜めに掛けるベルトやグローブなんかの小物も全部用意してくれたの。
鍛冶神様にいただいた魔法の鞄も一緒に着けてみたけど、誂えたかのようにしっくりきたわ。
「満点とはいかないけど、特急にしては上等でしょ?」
「えぇ、さっきのより全然素敵!」
「この赤く長い髪が映えるように選んでみたの。緩く編んでもいいかも。ねぇ、触ってもいい?」
「お任せするわ」
「もっと時間があればちゃんとしたのを用意してあげるんだけどねぇ」
「これでも十分よ?」
「ふふ、そう? あんた気に入ったわ」
二人できゃっきゃうふふとファッション談義を交わしていると、ぐったりした表情のショタ神様が「まさかの意気投合……」とこめかみを押さえていた。
なんなのかしらね?
まぁそんなこんなで、ご機嫌でお着替えしたあたしは無事セヘルシアへと飛ばされて来たってわけ。
こうして町を歩いていても誰も気にしていない様子で、確かにそこらに似たような格好の住人がたくさんいるのが見てとれた。
それでもあたしのファッションが一番だけどね! ありがとう美の女神様!
なんだか楽しくなってきちゃって、目的も忘れて町を散策していたら鍛冶神様からお声が掛かった。
『レイ』
はぁ~ん頭に直接響く低音イケオジヴォイス最っ高ぉ~~っ!!
骨身に脳髄に染み渡るぅ~ん
『レイ? 聞こえぬか?』
『はぁい鍛冶神様、聞こえてるわよ』
『無事に着いたか』
『えぇ。今町を歩いてるわ』
『そうか。では町の者をひとり捕まえてくれるか』
その言い方だとなんだか人攫いみたいで嫌ぁねぇ……。
まぁ実際は転送に成功したら記憶を消して元の場所へ戻すから支障はないと言ってたけど。
『誰でもいいのよね?』
『構わん。だが騒がれても困るであろう。大人しそうな者を選ぶといい』
『……わかったわ』
だから言い方が人攫いのそれなんだってば。
それはさておき、どんな人がいいかしらね、ときょろきょろ辺りを見回してみる。
通り沿いには色んなお店が並んでいて、中を覗きながらあれこれ買い回るご婦人や老夫婦、走り回って遊ぶ子供たちもいる。
さっき回避した鎧に似たものを身につけた若い男のコが数人で、お店の前に置いてある樽をテーブル代わりにお酒を飲んでいたり、露店でお花を売っているお嬢さんに秋波を送ってはシカトされていたり。
賑やかで活気があっていい町ね。
屋台からは香ばしい美味しそうな匂いもする。やだ、お腹すいてきちゃった。せっかくだしどこかで換金できないかしらね?
「──ってだめだめ。そんなことよりさっさと選ばなくちゃ。できればひとりでいて、話を聞いてくれそうな落ち着いた人がいいわねぇ」
そうなるとやっぱりオジサマよね。だけどそういえば町中ではあまり見かけないよのね。
どこにいるのぉ? ナイスミドル~
「あ、発見!」
年季の入った看板が掛けられているそこは何かの道具屋みたいで、その店のカウンター奥にいたのよ! 素敵なオジサマ!
あたしは浮かれ気分でその扉を開けようとして……なんて声をかけたらいいのかしら? と足を止めた。
「記憶がなくなるとはいえ、神様からのお願いで、なんて言って信じてもらえる気がしないんだけど」
え、どうしよう。どうしたらいいの?
「何か入り用かい」
「あっ」
オロオロしてたら先に声をかけられちゃったわ。
ええいしょうがない。なるようになるわよ!
「あ、あの、こちらで
ああああなに言ってるのよあたし!!
さっきお腹すいた時に換金できないかしらなんて思ってたからつい!!
「悪いがうちはやってない。通りふたつ向こうのギルドへ行くといい」
「そうなんですね。ありがとうございます」
ふはぁ優しい素敵なオジサマ……。
職人! って感じで、口振りはちょっと無愛想だけどそこがまた凄くいいわぁ。
もう少しお話ししたぁい。
「あの、ちなみにここは何のお店なんですか?」
「うちは冒険者向けの道具屋だ。旅の装備や、よくある依頼に合わせて作った道具や小物なんかを扱ってる」
「少し中を見せていただいても?」
「構わんぞ」
なんなら手持ちの
金は重さで価値がだいたい分かるから、そういう販売方法も出来るんですって。
店内に入ると、所狭しと様々な道具が綺麗に陳列されていた。
「うわぁ……」
「ここらじゃ一番の品質と品揃えを自負しているがね」
「全部ご主人が作ったんですか?」
「いや全部じゃないが、まぁほとんどはそうだな」
「凄いですねぇ」
本当に凄かったのよ! 品揃えもそうなんだけど、またひとつひとつ味があってね。
鍛冶神様が下さった魔法の鞄と似た造りの鞄だとか、テントに寝袋、鎌やナイフ、ランプに調理器具なんかまである。
そのどれもがシンプルなんだけど機能性も良くて、あと刻印が凝っててめちゃくちゃ格好いい!
……そうだ。この人ならあのライターに興味持ちそうね。
『鍛冶神様、鍛冶神様』
『捕まえられたか?』
『今、町の道具屋さんにいるの。そこのご主人に触れてライターを使ってみるわね』
『わかった。
『任せて』
品物を見るふりをしつつ鍛冶神様と打ち合わせ、あたしは腰に着けた魔法の鞄から、そっとライターを取り出した。
「あの、これって何かわかりますか?」
「んん? なんだこりゃ。見た覚えはないが」
「ここが開くんですよ」
「お前さんの物か? ちょっと見せてくれるかい」
「えぇどうぞ」
『いくわよ鍛冶神様!』
『うむ』
『……三、二、一、はい!』
カウントダウンしながらご主人の手に触れてピィンと蓋を鳴らし……たのに何も起こらなかったわ!!
やだやっぱりこれじゃ駄目なのかしら。
「おぉ、いい音だな。ここが回るのか……ん?」
「あ」
ご主人があたしの手からライターを受け取り、横のフリントをシュッと擦った。
そしてあたしを残して彼だけが、目の前から消え去った。
『ちょ、ちょっと! ねぇ! あたしもそっちへ戻らせて!!』
『あ、あぁ、主に伝える』
『お願いよ!』
次の瞬間、再び神の御わす神域へと呼び戻された。
いきなりオジサマだけ消えちゃったからかなり焦ったわよ!!
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