23 目覚めた四ツ星

 碌でなし凄腕魔女、もといメルネ婆さんをもってしても、ランディの姪っ子ちゃんが今現在どこにいるのかはわからなかったみたいで、恐らくはかなりの隠蔽効果がある魔道具でも使われているんだろうと、珍しく歯噛みして語った。

 そしてそれはつまり、既に愛好家クズの手に渡ってしまっている可能性が高いということを示している。


「そんな、婆さんにもわからないなんて」

「お前さんならできるかも知れんがね、ただ、やっちまうと明日起きられるかは保証できんよ」

「それだけ精神力を削られるってこと……?」

「ヒヒッ、そうさ。その拐い屋なり密売屋なりを取っ捕まえて聞き出した方が確実さね」


 悔しいけれど、確かに婆さんの言う通りだわ。

 せっかく【眼】の使い方が広がったのにまた役に立てないなんてと、そう思う気持ちも確かにある。

 でもランディの気持ちを思えば、今はそんなことに気をとられている場合じゃないのよ。


「ランディ、ギルドに行きましょう」

「……あぁ」

「色々ありがとね婆さん、今度うちの神様からたっぷり兎の脚いただいてくるから!」

「ヒヒヒッそんなにゃいらんよ。あぁ、ついでにこいつも持っていきな」


 そう言ってメルネ婆さんが渡してきた袋には、どこか見覚えのある石が編み込まれた革の輪っかが数本。

 ええと、これってもしかして、あのときの数珠じゃない?


「なぁにこれ?」

「お前さんはちっとも人の言うことを聞かんな。無意識にでも使えるよう常にと言ったろうに」

「え、あぁ、ごめんなさい。まだ慣れなくてつい」

「はン、ほれほれ行った行った。図体でかいのがふたりもいたら狭っ苦しくてしょうがないよ」

「ちょっ、いきなりなんなのよもう!」


 ぺしぺしお尻を叩かれながら屋敷を追い出されたあたし達は、なんだかよくわからないままとりあえずギルドへと向かい始めた。

 歩きながら、渡された袋の中から編まれた革紐を一本取り出して視て、あたしは思わず吹き出してしまった。


「ほんっと素直じゃない婆さんねぇ」

「何だったんだ、それ」

「話具よ」


 あのとき一粒一粒入念にチェックしてたかと思えば、まさか数珠をバラしてこんな使い方をするなんてね。

 魔力の通りがいい石を選んで、そこに魔術が込められていたの。

 目の前でこれを視られるのが照れ臭かったのかしら。やぁねぇ婆さんのツンデレなんてどこにも需要ないわよ。


「思ったよりいい人、なんだな?」

「ふふっ、捻くれてるけどねぇ」


 これはありがたく使わせてもらうわね、婆さん。

 あたし達ふたりと、それからギルマスとティルに渡してもまだ何本かある。

 チャスラオ製の通信具の使用を控えたい今、これは本当に助かるわ。ていうか、あのときの話をってのがまた怖いんだけどねぇ。


「念話も出来そうねぇこれ。はいランディ、一本取って」

「どれでもいいのか?」

「えぇ、石が違うだけでどれも一緒よ」

「なら……これがいい」


 そう言ってランディが選んだのは、瑪瑙めのうかしら? 深い赤と茶色の縞が入った石の付いたものだった。


「それにする? こっちの紫色のやつなんかも似合いそうじゃない」

「いや、これがいい」

「そう? 赤が好きなの?」

「レイの色だろ」

「んま!」


 やっだもうなんてこと言うのこの子ったら!

 深い意味なんてなさそうにケロッとした顔しちゃって憎たらしいわね!


「レイが帰ってしまっても、これがあれば心強い」

「んもぉ~あんたほんっとかわいいわねぇ!」

「ぶっ、ちょっ、レイ!」


 もう思わずランディを抱き締めてぐりぐりすりすりしちゃったわよ。

 なんて嬉しいこと言ってくれるのかしら。泣いちゃいそうになったじゃないの!


「今日入れてあと三日よ。できる限りのことはするから、頑張りましょうね!」

「あぁ、頼りにしてる」


 お互い腕に話具を着けて、再びギルドまでの道を歩き出す。

 なんだか顔がにやけちゃうわ。ほんとにもう、あたしそういうの弱いんだからやめてちょうだい。


「あ、レイ!」

「ティル、今日はこっちなの?」


 冒険者ギルドに着くと、ちょうど中からティルが顔を出したところだった。

 普段は総合ギルドに詰めているはずなのに、どうしたのかしら?


「ちょうどギルマスに遣いを頼まれたところだ。入れ違いにならなくてよかった」

「あたしに用事?」

「おう、今朝ナイルとジギーが目を覚ましたんだ」

「まぁそう! よかったわぁ」

「んで、ふたりともレイと話がしたいって」

「いいの? お体に障らない?」

「本人達がいいって言ってんだからいいだろ。ギルマスもいるし」

「そう、じゃあお邪魔するわ。おふたりは今どちらに?」

「流石に起きたばっかだからまだ治療所だ」

「わかったわ。あ、そうだわティル、こちらが昨日お話ししたランディよ」

「あぁ、大猫族の。俺は狐族のティルだ。よろしくな」

「ランディーニだ。よろしく」


 明るい赤茶の狐ティルと黒猫のランディが軽く握手を交わして微笑んだ。

 んん~ふたり並んだ絵面の素晴しさったらないわねぇ~


「レイ、レイ。顔がひどい」

「うるさいわよティル、もうちょっとそうしてなさいな」

「いいから行くぞ」

「あんもう」


 そしてティルに連れられて昨日も訪れた治療所に入ると、奥に並んだベッドに腰かける大柄なふたりと、その前にギルマスが座って話をしているところだった。

 なにやら深刻そうな顔をしているけれど、何かわかったのかしら。


「早かったなティル」

「ちょうどレイが来てくれたんで」

「そうか。早速だがレイ、こいつらが話をしたいそうだ」

「えぇ」

「ナイルだ」

「俺はジギーだ」

「はじめまして。レイと申します」


 ふたりから握手を求められ、それぞれと交わす。ゴツくて分厚くて、力強い手をしてるわねぇ。

 間近で起き上がってる姿を見ると、やっぱりこのふたりの存在感は物凄い。

 そこにギルマスまで加わって、割と広い治療所のはずなのにやけに狭く感じちゃうわ。


「あんたが俺達を助けてくれたんだってな」

「感謝する。何か礼をさせてくれるか」

「いえそんな。もうギルドから報酬もいただいてますし」

「それじゃ俺達の気が済まない。何か出来ることはあるか?」

「そうだぞ。命を救ってもらっておいて何も返さないなどありえん」


 左右からぐいっと顔を寄せられて、思わず仰け反って一歩後ずさってしまったわ。

 圧! 圧がすごいから! なんかここだけ空気薄くなってない!?


「えぇと……じゃあ、昨日のお話を聞かせてくださいません?」

「それは構わないが」

「あぁレイ、あの件はまだこいつらには話してない」

「あらそうだったの。じゃあ彼のこともまだよね。先に紹介するわ、大猫族のランディよ」

「ランディ? ランディーニ!? やっぱお前か!」

「ジギー、知り合いか?」

「昔ちょっとな」


 え、そうなの!? 昨日知ってる風ではあったけど、まさか知り合いだったなんて。

 ジギーさんはしげしげとランディの顔を覗きこみ、逆にランディはすすすと斜め下を向いてしまった。

 あら? どうしちゃったのよ?


「でっかくなったなぁラン坊!」

「……それやめろ」

「わはは! いっちょ前になりやがって、ほらこっち来い」

「いいってばうわっ、大人しく寝てろよ!」

「わはははは!」


 あらあらまぁまぁ随分仲良しさんだこと。

 ジギーさんてばランディの首根っこ捕まえてぐりぐりかわいがってらっしゃるわ。

 やぁだランディ子供みたいな顔しちゃって!


「角! 痛い!」

「うはは! いやぁラン坊にこんなとこで会えるなんてなぁ! おっちゃん嬉しいぞ!」

「離せってもう! あんたも相変わらずだな!」


 どうやら、昔ジギーさんが旅の冒険者だった頃にランディのいる国を訪れたことがあって、そこで知り合ったらしいわ。

 逞しく強いジギーさんに憧れたランディは彼に懐き、冒険者のいろはや武器の扱い方なんかを教わったそうなの。

 ジギーさんもランディを気に入ってしばらくその町に留まり、近所の子供達も一緒によく稽古をつけていたんですって。


「いやぁ懐かしい」

「そんな繋がりがあったのねぇ。いいお話じゃない。なんでそんな顔してんのよあんた」

「……別に」

「連れてってやんなかったから拗ねてんだよ」

「ジギー!!」

「わはははは!」


 なんだか豪快な方ねぇジギーさん。ナイルさんは苦笑いしてるし、いつもこうなのかしらね。

 このふたりはそれぞれソロの冒険者だけど、たまに強い魔獣の討伐依頼があると、一緒に受けて旅に出たりするんですって。

 今回はその旅から帰ってきたところで、帰還途中で見かけた怪しい連中──恐らく例の拐い屋が、町でも不審な動きをしているのを見かけ、追っていたところを返り討ちにあってしまったんだそう。


「不覚だった。ありゃ相当な魔術師が仲間にいる」

「魔術師? 剣士ではなくか」

「あぁ。どんな魔法かはわからんが、魔力を吸いとられて動きを封じられちまったんだ」

「連中、外でも中でもコソコソしていてな、最初はただのゴロつきかと思ったんだが」

「拐い屋、か」

「……ランディを探していたのかもしれないわね」

「多分な」

「ラン坊、何かあったのか」

「……実は」


 ここでランディが、今の状況を詳しく話して聞かせた。姪が拐われこの国へ来たことと、探りを深めたところで、似た手段でランディも襲われたこと。

 そしてあたしも、婆さんのおかげで拐い屋と密売屋のアジトは掴めたことを話した。


「もうわかったのか!?」

「凄ぇ……さすが裏通りの魔女……」

「これがその地図よ」

「マジか……島のどれかにいることまでは掴んでいたが、どの島かまではわからなかったんだが」

「いくつかの島を転々としているらしいけど、今回はこの島だそうよ」

「こっちの丸は?」

「それは拐い屋のアジト」

「……おいおいマジか」


 北のレジナステーラ大陸はロキシタリア大陸の北東にあって、ロキシタリア大陸西部で拐った子供を大陸南部のここで受け渡し、魔族の国デノメアラを大きく迂回した海路でレジナステーラまで運ばれる。

 その手法はわかっていても、アジトやルートの特定が出来ずに国も梃子摺っていると、ギルマスは教えてくれた。


「でかしたレイ!」

「ラン坊も、よく頑張ったな」

「俺達も協力する。やられっぱなしじゃ男が廃る」


 こうして心強い味方がまた増えて、あたし達は連中を追い詰める計画を立て始めた。

 見てらっしゃい、絶対姪っ子ちゃんは返してもらいますからね!

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