第十一話 魔の法
結論から言えば、残りの賊はすぐに見つかった。
「クソッ! あの野郎! 俺の家畜小屋だぞ!」
「落ち着け! どうせゴブリンだ、すぐに焦れて出てくる!」
「馬鹿野郎落ち着けるか! 俺の馬だぞ! 聞こえるだろ! 今殺されてるんだよ!」
村人たちが、粗末な武器を構えながら小屋を囲んでやいのやいのと言い合っているのが聞こえてきたからだ。
エミリオ(すぐに追いついた)と視線を交わし、すぐに駆け寄っていく。
他の場所から悲鳴の類は聞こえて来ない。
敵が潜んでいるので無ければ、残りの賊はここにいるのだろう。
「アー、失礼。
「お前は……アンナが泊めてる旅人さんか。……そっちは?」
「同じく居候だよ。俺は予定だけどな」
「二人目か!? まったく、あの婆さんの孫だなあの子は……」
訊ねられた男はかぶりを振り、緊張と興奮から若干言葉を詰まらせながらも事情を話し始めた。
「クリスの家畜小屋に賊が立て籠もっちまったんだ……突入しようにも、魔道具を持ってるみたいでよ」
「魔道具?」
「ああ、“
……さて、弱ったことに知らない単語が乱発されてしまった。
とはいえなんとなくはわかる。
稲妻を放つ杖を持っている、ぐらいの感覚で間違ってはいないだろう。
この世界の魔法がどのようなものかはわからないが……電撃を飛ばす魔術師が立て籠もっているとなると、確かに突入は困難だろう。
「ヘイ。中にいるのはその魔法使いだけか?」
「いや、もう一人棍棒を持ってる奴もいるな。どっちもゴブリンだ」
「……どうする、エミリオ」
「ハ! ママにでも聞いたらどうだ? オレに聞くなって意味だが」
エミリオは拳銃……中折れ式のリボルバーを開き、弾倉に弾丸を込める。
足すのは二発。
撃った分だけ。
先ほど黄色を助けるために撃った分と、それ以前に賊を撃ったであろう分か。
一発。二発。
軽いはずなのに、どこか重厚な音で弾丸が弾倉に収まっていく。
かちり。
歯車がかみ合うように。
「一度試してみたかったんだよな。オレが“
ニィ、と尖った歯が覗く。
畜生絵になる奴だなと内心毒づきつつ、黄色も鞘に納めた村正の柄に手をかける。
「ケッ。だったら俺も
「なんだそりゃ?」
「……昔の剣豪の話だよ。雷を剣で切ったんだとさ」
戦国時代、そういう伝説を持つ大名がいたらしい。
黄色も詳しくは知らないし、村正から聞いた話でしかないのだが。
「そりゃあいい。
「俺が注意を惹くから、その隙に。頼むぜ」
「OK、いいとも――――オタクも人を斬らなくて済むしな?」
「……それ言っちまうのは野暮だろ」
「もちろん、邪魔にならなきゃ文句は無いさ。別に待っててもいいんだぜ?」
……気付かれている。
黄色が、人を殺せないことを。
さてはさっきの立ち合い見てたろとか、色々と言いたいことはあったが……事実だ。グッと飲みこんだ。
「……行くよ。退く方が傷になる。俺は甘ちゃんかもしれねぇけど、臆病者に育てられた覚えもないしな」
「好きにしな、
「異議なし」
苦しんでいる人がいる。
困っている人がいる。
自分には助ける力がある。
理由はそれで十分だった。
そういう風に育てられたし、そのことを誇りに思っていた。
家畜小屋の中から死角になるように迂回して近付き、入口のすぐ横に張り付く。
村人たちは固唾を飲んで見守っていた。
呼吸。吸って、吐く。思考はクリアだ。
エミリオに目配せする。首肯で返される。
「……1、2の――――」
――――いざ。
村正を握る手に力が籠り、足にぐっと力を入れて……
「どけどけどけどけェェェ~~~~~~ッ!!!!」
「ヒャッホォーッ!!!!」
「ブッ殺してやルゥ!!!!」
――――――――そういうのを完全に無視して馬に乗ってやってきたゴブリンの三人組を見て、二人の動きは停止した。
「なっ――――」
驚愕。
静止しようと思ったが、遅い。
彼ら――――昼間に会った、木こりの三人組だ――――は器用に、しがみつくように三人で一頭の馬に騎乗し、雄叫びを上げながら家畜小屋に突っ込んでいく。
正気か。
いや正気ではない。
村人たちも一様に呆気にとられ、次の瞬間には入り口を破壊しながら家畜小屋の中へ。
破壊音。雄叫び。絶叫。
それで正気に戻る。
「“
「わ、わかった!」
勢いはともかく、彼らの武器は騎馬の他は手斧とナイフ。
稲妻を放つという魔術師相手には、どうしたって危険が伴うだろう。
抜刀し、家畜小屋に踏み込む。
中は?
惨状。
馬の死骸。殺された家畜。
壁にぶつかったか、よろめく馬が一頭。突撃した騎馬。
飼葉桶やらなにやらはひっくり返り、あるいは破壊されて破片を撒き散らし、家畜小屋内部の散乱した状況の演出に一役買っている。
「ヤローッ!」
「殺セ殺セェーッ!!」
「ヒィィィィィィッハァァァァァーーーーーッ!!!」
そして、五人のゴブリンが殺し合っている。
厳密には、もう四人だ。
一人は死んでいる。
頭に一つ、胴に二つの斧が突き刺さったゴブリンの死体。
頬の文様と装備からそれが賊側とわかる。突撃の勢いそのまま、斧を投げつけたのだろう。
そして、その死体は肉壁として用いられていた。
右手で杖を構えたゴブリンが、左手でその死骸を支えて盾代わりにしているのが見えた。
直後、杖の先端についた宝石が明滅する。
「――――――――“
電撃。
放射する稲妻。
突撃した木こりたちが電撃を浴び、吹っ飛んだ。
そして稲妻の枝は部屋中に広がり――――黄色たちの方に伸びる。
マズい。
タイミングが悪かった。
突入の直後の放電。
エミリオが狙いをつける暇が無かった。
咄嗟に黄色は防御の構えを取っていた。
笑わせる。
刀で電撃をどうやって受けようというのか。
稲妻の枝は黄色に引き寄せられている。
村正が避雷針のように電撃を吸い寄せているのだろう。
歯を食いしばる。
村正を手放す気は無かった。それがどれだけ愚かなことだとしても。
電撃――――――――
「おおっ……!?」
村正の、驚いたような声。
刀身に刻まれた忠の文様と、黄色の右手の孝の文様が強く発光する。
……………………それだけだった。
わずかに手に痺れ。
だが、気になるほどのものではない。
ダメージが全くないのだ。
エミリオは当然として、黄色も、村正も、まるで被害を受けていない。
電撃は村正に当たったはずなのに。
威力は、電撃を受けて吹っ飛んだ木こりたちが証明しているのに。
一瞬、魔術師と黄色が硬直し、
「――――――――――――“
咆哮、二つ。
杖の先端についた宝石と、杖を手にしていたゴブリンの脳天を正確に一発ずつ。
エミリオの射撃がそれらを射抜く。
宝石は砕け、ゴブリンは倒れた。
鮮血が飛ぶ。
香る硝煙の匂い。
それで、静かになった。
◆ ◆ ◆
「……で、ほんとに大丈夫なのか?」
結局あれが最後の賊だったようで、黄色は村人たちに称賛されつつ、負傷した木こりの治療やら被害状況の確認やらなにやらがあるとのことで少し村人たちから距離を取っていた。エミリオは黄色に一言だけ礼を言うと、
聞けば、死人も出ているらしい。
湧き上がるやるせない気持ちをグッと堪え、人の姿を取った村正と話している。
「ん。少しびりっと来たが……その程度じゃの。負傷の内にも入らんわい。お主はどうじゃ」
「同じく。最初の奴に軽く斬られた太ももの方がまだ痛いぐらい」
話す内容は、先ほどのこと。
魔術師の放った稲妻が村正に直撃し――――それが無効化されたことについてである。
普通に考えれば、あの瞬間に黄色は感電して倒れていただろう。
直撃を受けたゴブリンの木こりたちの命があるらしいことから、殺傷力自体はそこまで高くないようではあるが……流石に無傷というのはおかしい。
あれこれと考えてみて……心当たりといえば、一応ひとつはあった。
「……魔法に対する抵抗力があるとか言ってたよな」
「言うておったのう。しかし、ある程度と言うておらんかったか?」
「言ってた気がする。……ある程度ってレベルじゃねぇよなぁ」
異世界言語の理解と、治癒力の向上と、ある程度の魔法への耐性――――それが八犬士に共通する転移の特典だと、神は言っていた。
魔法を受けた瞬間に二人の文様が発光したことから、原因がこれである可能性は非常に高い。
……とはいえ“ある程度”の文言では済まされぬ耐性だ。
なにか理由があるはずだろうと二人でうんうん唸り、
「……二人分の耐性が合算されてるとか?」
「剣身一体か……他に理由も思い当たらんしのう」
そういう結論に達した。
例えばゲーム的に「受ける魔法ダメージを-2する」というのが黄色たちの魔法耐性とするのなら、黄色と村正がひとつのユニットにまとまることで効果が二倍されているのだろう。魔法耐性があるキャラに魔法耐性を得る装備を持たせている状況だからだ。
これにより、黄色と村正は“魔法を断つ”ことができるのだ……と思う。多分。きっと。
……いかんせん確証は持てない。
が、魔法への耐性がある程度信頼できるという情報は有益なものだった。
今後魔法使いと敵対することがあったとしても、有利に立ち会うことが可能だろう。
そう前向きに結論したところで、ぱたぱたと駆け寄ってきたのはアンナだった。
「おーい、キーロ! ムラマサちゃん!」
「お、アンナ。どうした?」
「どうした、じゃないわよ! みんな急に飛び出して……無事だった? 怪我は無い?」
「すまんのう……兄者はどうにも無鉄砲なところがあるのじゃ。見ての通りピンピンしておる故、許してやってくれんか」
「あっ、俺が悪い感じなんだ!?」
そりゃあ無鉄砲と言われて反論もできないが、ひどい言われようである。
「もう……でも、聞いたわ。お手柄だったんですって? エミリオと二人でほとんど倒しちゃったって」
「……ほとんどエミリオだよ、やったのは」
黄色が倒したのは一人だけ。
木こりたちが一人倒し、エミリオは三人だ。合計五人。ほとんどがエミリオの手柄と言っていい。
「だとしても、ありがとう。私たちの村のために、戦ってくれて」
それでも――――アンナははにかむように笑って、そう告げた。
……面と向かって礼を言われると、どうにも気恥ずかしい。
軽く視線を逸らせば、ニタニタと笑う村正と目が合った。やめろ。
「……それにしても、こんなところにまで魔王軍が来るなんて……」
呟かれた言葉に、二人は弾かれるようにアンナを見た。
魔王軍。
気恥ずかしさはどこかへ消え、奇妙な緊張感が二人に走った。
「……魔王軍? 賊じゃなかったのか?」
「ええ……ほら、ここに紋章が刻まれてたでしょう?」
アンナが己の頬をなぞった。
……襲ってきた賊たちの頬には、確かに奇妙な幾何学模様が刻まれていた。
あれが、魔王軍の証?
「そっか……森の奥で暮らしてたから、知らないのね」
「……ああ。良かったら、教えてくれないか? 魔王のこと……」
「もちろん。まぁ、私も詳しくは無いんだけどね?」
そう前置きし、アンナはゆっくりと語り始める。
――――――――魔王が活動を始めたのは、今から五年ほど前のこと。
最初に現れたのは、大陸北部一帯を治める大国家ノーヴェ。
極めて強力な魔法使いだというその男は、王の前に現れると高らかに宣言したという。
曰く――――ある儀式のため、大陸全土を手中に収めたい。
故に、諸侯に与えられる選択肢は二つ。
死による隷属か、降伏による隷属か。
降伏すれば命は取らない。ただ、我が尖兵として少しばかり働いてもらう。
それを拒むのであれば、北の覇者と名高きノーヴェは千年の歴史に幕を下ろすことになるだろう。
王は拒み、その晩の内にノーヴェは滅んだ。
過酷な気候に耐え、屈強な戦士を育て、大陸中に名を馳せた偉大な国家は、たったの一晩で焼け落ちた。
生存者は――――おそらく、意図的に見逃されたのだろう――――方々に逃げ延び、口々に語った。
あれなるは魔を統べる王、魔王である。
死か、降伏か。
誰であれ、その定めから逃れることはできない――――大陸中に、その名は知れ渡った。
降伏した者たちがいた。
彼らは体に隷属の紋章を刻み、魔王の手足として侵略に従事した。
北部は完全に魔王の手に落ち、西は陥落寸前。
東と南も、いずれ来る滅びに怯えながら今日を過ごしている。
……ノーヴェを滅ぼした後、魔王の姿を見た者はいない。
意図はわからない。
だが、その配下である隷属者……魔王軍は、侵略を続けている。
あの賊たちは、その尖兵であると――――アンナは、静かに語った。
村人たちが黄色たち余所者を警戒するのも、無理からぬ話だった。
この世界の住民は、常に侵略の恐怖に怯えているのだ。
「……こんな村、なにも取るものなんてないのにね。それとも、魔王もワインが好きなのかしら」
アンナが笑った。
その笑顔には、一抹の恐怖と不安と、絶望が滲んでいた。
……倒さねばならぬ、敵の話だった。
誰のためでもない、黄色自身のために倒さねばならない敵の話だった。
家に帰るため。
そして――――世界を脅かす敵に対する、
拳を握りしめている自分がいた。力一杯に。
「…………さ、ともかく! エミリオさんがどこに行ったか知らない? 」
暗くなった雰囲気を切り替えるように、アンナが手を叩いて話を切り出す。
「ああ……さっき、哨戒とか言って森に行っちまったけど」
「そっか。ならキーロにお願いがあるんだけど、いいかしら?」
「ん、いいぜ。どうした?」
「エミリオさんを連れてきて欲しいの。二人に手伝ってもらいたいことがあって……人手、足りてないのよ」
「……だろーな。色々大変そうだ」
魔王軍が来て、家が荒らされ、人が死んでいる。
あちこちてんてこまいで、何かと人手は足りていないだろう。
パン、と一度自分の頬を張る。
怒りに震えている場合ではない。やることはたくさんありそうだ。
「了解! んじゃ探してくるわ! 行こうぜ村正!」
「偉そうに命令するでないわ。まったく……しょうがない兄者じゃのう」
「家で待ってるから、お願いね!」
◆ ◆ ◆
「……つっても、どこに行ったやら」
「森と一口に言っても広いからのー。まさかそんなことも気付かんで安請け合いしたのか、馬鹿弟子め」
「毎度ながら言い返せねぇ」
そんなこんなで森に入ったはいいが、冷静になってみれば手がかりゼロである。
フラフラとあちこちを彷徨ってみたが、特に見当たる気配はない。
当然と言えば当然の話で、しかし今更見つかりませんでしたと帰るのも恥ずかしい。
これで入れ違いになってたらどうしよう。どうしようもない。
「足跡でも残ってりゃいいんだけど――――」
……と、足元へ視線をやった時だった。
川のせせらぎに交じり、どこかから口笛の音が聞こえてきた。
良く透き通る、ご機嫌な音色。
「……エミリオかな」
「敵だとしたら、不用心と言う他ないのう」
村正と顔を見合わせ、よく耳を澄ませる。
そう遠くはない。
川の近くだろうか。
「おーい! エミリオー? いるかー?」
音の咆哮へと近づきつつ、大きな声を出してみる。
すると、ぴたりと口笛の音は止まった。
「っ、“
続いて、何か焦った様子のエミリオの声。
なんだ?
半ば悲鳴だ。
なんらかの危機?
それとも――――彼の全身はグローブやポンチョで隠されていた。
その下に魔王軍の紋章が無いと、誰が保証できる?
無言のうちに、村正の手を取る。彼女は刀へと転じた。駆けだす。
「どうしたエミリオ! なんかあったのか!?」
彼は賊に襲われる黄色を助けてくれた。
賊を一番多く倒したのもエミリオだ。
裏切り者だとは思えない。思いたくもない。
ならば危機か? なんの?
わからない。
わからないから駆け出した。
森を抜け、茂みを抜け、川に出る。
「エミリ――――――――――――」
探す。巡る視線。いた。
エミリオだ。
帽子を脱ぎ、衣服を脱ぎ、上半身を晒している。
傍らには炎。焚き火か。
胸元にシャツを掻き抱き、手にはリボルバー。銃口と瞳は黄色へと向いていた。
なぜ。まさか。いや。
エミリオの肌は白く、腰は細くくびれていた。
手足も白く、細く、しなやかだ。首も。
聞いたことがある。男女の一番の違いは、首の太さに出ると。
掻き抱いたシャツの下にある胸には、大きく丸いふくらみがあった。
怒りでか、エミリオの顔は赤く紅潮している。
気付いた。
思考が止まる。
「おまっ――――」
「後ろ向けクソがッ!」
銃声。
当たってはいない。威嚇射撃か。
慌てて後ろを向いた。
だが、わかった。
わかってしまった。
そしてもうひとつ、気付いた。
リボルバーを握るエミリオの左手には、奇妙な文様が刻まれていた。
それは魔王軍を示す奇怪な幾何学模様――――ではなく、『義』を意味するこの世界の文字。
「クソッ、なにしに来やがった? そのまま後ろ向いてろ。弾丸とキスしたくなけりゃあなッ!」
エミリオは、エミリオ・クイーンは、女で、義の犬士だッ!!
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