二幕、『義』の章
幕間/前奏 Mild Milky Musical
ギィ、と扉のきしむ音。
乾いたベルの音が響き、次いでブーツが床を叩く音。
テーブル席で管を巻いていた男たちと、退屈そうにジョッキを磨いていた店主の視線が入り口に向けられる。
そこには当然、人がいた。
拍車のついた頑健なブーツ。ベージュのジーンズ。首元から腿まではブラウン・カラーのポンチョが覆い、体全体のラインを覆い隠している。推測される体格は、若干細身で中背の人物。目深に被ったつば広のキャトルマン・ハットのせいで表情は伺い知れない。
余所者――――それも、無頼の類。
否応なく酒場の緊張が高まった。その緊張を知ってか知らずか、余所者はゆっくりと歩を進め始める。硬質なブーツが床を叩く。重さがある。ポンチョの下に何を隠している? 男たちの刺さるような視線をどこ吹く風と、その人物は悠然とカウンターの前に立った。
ポンチョの下から伸びる右手。レザーグローブ。立てられたひとさし指が
「……そう睨むなよ。オレがあんたらに何かしたか?」
交差する視線。
高まる緊張。
慌てて、店主が割って入る。
「あ、ああ、すまない。なにせ、人通りの少ない村でな。旅人が珍しいんだ。気を悪くしないでくれ」
「いや、いいさ。慣れてるからな。歓迎パーティを期待してるわけでもない」
旅人はカウンターに右肘をつき、もたれかかってくつくつと笑う。
……どこか危うげな人物だ。どうしようもなく抑えきれない死と暴力のにおいを纏っているように、店主は感じた。ごろつき……いや、それ以上。歴戦のアウトローの気配。ニタニタと笑いながら、嗤いながら、店内を見渡している。
「……注文は?」
絞り出すように、そう尋ねる。
「ああ。バーボンはあるか?」
返答は短く。
しかし、店主は首を傾げた。
「……バーボン?」
聞いたことのない名前だった。酒なのか、料理なのかもわからない。オウム返しにそう尋ねると、旅人は肩を竦めた。
「バーボン。バーボンだよ。知らないのか?」
「悪いが、聞いたこともないな。どこかの郷土料理か?」
「……酒だよ。オレの故郷のな」
苦々しく、ため息一つ。
「……すまんがうちには無いな。ワインならあるが……」
「はぁ……こう見えて敬虔でね。神の血は飲まない主義なのさ」
「それはどういう……」
「牧師連中はありがたがるが、どう考えても神の血を飲むってのは不敬だろ? まるでヴァンパイアだ。ワイン以外には?」
「……酒ならエールぐらいだな。あとはジュースかミルクだが、どうするね?」
奇妙な男だ。店主はますます怪訝な顔で、旅人に尋ねる。
旅人は天を仰ぎ、大きく肩を竦め、大きく肩を落とした。
「……OK、仕方ない。ミルクセーキをダブルで。それから、パンとスープを」
途端、旅人に睨みを利かせていた男たちがゲラゲラと笑い始める。
「――――ミルク! ミルクだとよ!」
「妙なことしか言わねえと思ったら、結局は酒が飲めねぇ言い訳か!」
「ギャハハハハ! カッコいいでちゅね~! 帰ってママにパンでも焼いてもらいな、色男!」
「おい、お前ら……」
仮に男たちの邪推通りだったとしても、旅人に対してこの態度は礼を失し過ぎている。流石に店主が諫めようとすると、旅人が右手で制した。カウンターにもたれかけていた体を、ゆっくりと持ち上げてまっすぐ立つ。肩幅に開いた足。左手は、まだ一度も見えていない。
「……そういうオタクらは、昼間から愉しそうだな。若い男咥え込むのに邪魔だから出てけって嫁さんに言われたのか?」
「……あ?」
「テメェ……もういっぺん言ってみろ」
男たちがぴたりと笑いを止める。
怒気。殺気。旅人は意にも介さず、続けた。
「――――――――言っておくが、保証はできないぜ。オタクらの命の話だが。それでもやるか? 酔っ払い」
「――――野郎ッ!」
怒声。
男たちが勢いよく立ち上がり、それぞれ空になっていたワインボトルを手に取った。
やめてくれ、と店主が叫ぶ――――それより早く。
轟音。
重ねて三度。
獅子のような、竜のような、腹の底まで鳴り響く咆哮が三度。
――――同時に、男たちが握るワインボトルが弾け飛んだ。
「なっ――――」
旅人はポンチョの下から左手を出していた。手に何か握られている。真っ黒な、筒状の何か。煙を吐いている。何が起きた?
「まさか、魔法……!?」
「んなわけあるか、なんも見えなかったんだぞ!?」
狼狽。旅人はひとさし指を通していたリング状のパーツを軸にその筒を回転させ、フッと煙を吹き消した。
「……で、次は頭を飛ばすか?」
……この武器の名を、この世界の住民は誰も知らない。
だが、知る者がいればこう呼ぶだろう。詳しい者なら、さらに詳細に。
リボルバー拳銃――――――――S&Wスコフィールド。
遠い遠い、開拓者の国の、その象徴が――――あまりに場違いに、ここにある。
――――――――二章、開幕。
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