第二十話 事の次第と獣と勇気

 ――――今から、十数年は前の話。

 当時のイクソニア市は、暴君の圧政に苦しんでいたらしい。

 重税、悪法、私腹を肥やす市長と側近――――語るまでも無いほどの、絵に描いたような圧政。

 民は苦しみ、喘ぎ、救いを求めた。

 その声に応える者がいた。

 当時、軍の長であった若き騎士。

 名をラファイス・レオント・テッサライズ。

 “いわおの”ラファイスと讃えられた、質実剛健にして高潔なる騎士の中の騎士。

 彼は民の嘆きに応え、奮起し、市長に叛逆した。

 レジスタンスの蜂起。軍部の離反。

 市長の抵抗もむなしく、彼は討ち果たされた。

 民は圧政から解放され、自由を勝ち得た。

 そして皆で話し合い……全会一致で、新しい市長にラファイスを据えたのだそうな。


 それから十数年。

 ラファイスは市長としてく務め、市民のために骨を折り、心を砕き、尽くしてきた。


 善良な市長であった、と市民は言う。

 優しい市長であった、と市民は言う。

 立派な市長であった、と市民は言う。


 ……、と言うからには――――今はもう、そうではない。


 ほんの数ヵ月ほど前。

 ラファイスは、急に改革を始めた。

 街の治安維持のため、駐屯所を各地に設置して警備を固める、と。

 その宣言と同時に、土地の接収が始まった。

 ここには駐屯所を設置する。そのため、即刻荷物をまとめて立ち去りなさい――――急な勧告。

 非難があり、抗議があった。

 ラファイスはそれを全て無視し、押さえ付け、強引に人々の住処を奪った。

 それに伴い、税も引き上げられた。

 接収した建物の改築や人員増加のため、資金が必要なのだと重税が課された。


 何かがおかしい――――誰もがそう考えた。

 あの優しく高潔なラファイス市長が、こんな横暴をするはずがない。

 ……けれど、ああ、だからこそ。

 何か考えがあるはずなのだと、市民たちは考えた。

 少なくとも名目は、市民の安全を守るため。

 ならばきっと、これは結局は市民のためなのだ。

 強引な接収や徴税は、そのための必要な犠牲なのだ。

 市民たちはそう考えた。そう信じて、そう祈った。

 しばらくすれば市長は事情を説明してくれて、全ては丸く収まるのだと。

 だって彼は、共に圧政に立ち向かった我らの騎士だ。

 その彼が、暴君に堕すはずがない。

 これは何かの行き違いで、やがて問題は解決するはずなのだ。

 そんな風に、多くの者が考えた。


 ……だから、反逆を選んだのはごく僅か。

 その多くは十数年前の事件をよく知らない若い世代。

 それから、実際に住処を追われた市民の一部。

 そして、たまたま居合わせた旅人たち。

 義憤に駆られた者もいれば、報酬という下心に従った者もいる。

 ともあれ彼らはレジスタンスとして地下に潜み、ラファイス市長に立ち向かっている――――


「――――と、およそそういう事情でな」

「なるほどなぁ……」


 ……あの後、嬉々として外に飛び出そうとするアルギリウスを必死に抑えた黄色たちは、ひとまず事の次第を彼の口から説明してもらっていた。

 意外にもと言うか、その説明は理路整然としており、扇動的なニュアンスを含まなかった。

 普段からそういう風に喋ってほしい、というのは黄色の甘えなのだろうか。多分村正もエミリーも同じ気持ちだった。


「私がこの街を訪れたのは、二週間ほど前になるか。宿をとったのだが、まだ陽も昇らぬ内に兵が立ち退き要求にやってきてな」

「あ、聞いた聞いた。随分揉めたんだって?」

「ふん、当然だ。立ち退き要求と言えば聞こえはいいが、あれは嫌がらせに等しいものだろう。奴らは傲慢かつ高圧的に店の者を侮辱し、私はそれに反論した」


 彼の弁に嘘がなければ、まぁ確かにそうなのだろう。

 そもそも陽も昇らぬ内に来る辺り、嫌がらせ以外の何物でもない。

 抵抗の意思を見せる店への嫌がらせ……多分、そういうもの。

 街の統治者側と揉めていて、朝早くからの立ち退き要求で起こされる宿など、泊まりたがる者は多くないだろう。

 それに対してアルギリウスは得意の弁舌を振るい、追い返した。


「連中を追い払った私は事情を聞き、悪なる暴君を滅ぼすべく広場へと赴き、市民に正義を訴えかけ……」

「……で、兵士に捕まって今に至る、と」

「うむ。まさか、その結果として他の勇者と相まみえることになろうとはな」

「そいつはこっちのセリフだぜ、“銀腕の命知らずシルバー・バレット”さんよ。まさかいきなり絞首台の上とはな」

「む。処刑は斬首が予定されていたそうだが」

「アー。比喩だよ、比喩」


 実際あそこでエミリーが助けに入らなかったら、一体どうなっていたことやら。

 その際も随分揉めていたし、なんというか随分気難しい人物なのは間違いあるまい。


 ……と、訝しむようにアルギリウスを観察していた村正(また人型になった)が口を開く。


「……時にお主、その腕はなにでできておるんじゃ? 鉄かとも思うたが、それにしては明るすぎる。銀かとも思うたが、見たところそれとも違うようじゃ」

「ああ、これか。これはこちらに来る際、我が信仰の証としてヘルメスより授かりしアポロンの加護でな」

「ヘルメスから授かったのにアポロンの加護なのか?」

「仲介なんじゃねぇかな……」


 ヘルメス、そういうことしそうだし。

 確か神話でも勇者ペルセウスがハデスの兜をヘルメス経由で借りたという話もあったはずだし、そういうものなのだろう。


 ……いやまぁ、実際の所は――――召喚時に彼に与えられた、“特典”ということなのだろうが。

 村正にとっての黄色、エミリーにとってのガンベルト。

 それが、アルギリウスにとっての銀の義手。

 あの神とどんな問答をしたのかは黄色の知るところではないが、そのような設定で与えられた特典なのだろう。

 彼は精巧に作られた義手を撫でながら、誇らしげに語った。


魔導銀ミスリルという、こちらの世界の希少鉱物らしい。鋼よりも頑丈で、しかし担い手にとっては羽のように軽く、他者にとってはなまりよりもなお重い魔法の銀なのだそうだ」

「みすりる」

「ミスリル! へー! やっぱそういうのもあるんだな! ……触ってみてもいい?」

「ふふ、構わんぞ」


 ミスリル……いかにもなファンタジー鉱物である。

 好奇心に任せてその腕に触ってみると、冷たい感触が指先に伝わった。

 持ち上げようとしてみれば、確かにずしりとした重みがある。

 軽く小突けばやけに澄んだ音が響き、それが超常の鉱物でできているのだと確かに感じさせた。


 ……そのようにファンタジー感を楽しんでいると、ふと黄色の制服の裾が引っ張られた。

 振り向けば、不満そうな村正の顔。


「ん?」

「……みすりるだかなんだか知らぬが、儂とて白鋼しらはがねじゃぞ!」

「う、うん。うん?」

「兜を割り、鎧を断つ千子せんご真打しんうちじゃぞ!」

「うん。うん? ど、どうした?」

「むむむむむ……もうよいわ! たわけ! お主などもう知らん!」

「えぇー……」


 小さな師匠は怒り心頭といった様子で、ぷいとそっぽを向いた。

 わけがわからない。黄色がなにをしたというのか。

 もしかして嫉妬か。

 もしかしてそれは嫉妬なのか。

 急に出てきた不思議な鉱物製の義手に対抗心を燃やしているのか。

 嘘だろ……という気持ちと、どうしろと……という気持ちが沸き上がる。

 困ってエミリーに視線で助けを求めると、呆れたように肩を竦められた。

 付き合ってられねぇ、という意志が言葉ではなく態度で伝わってきた。見捨てないでほしい。


 ……仕方がないので、頭をガシガシと掻きながら屈んで村正と視線の高さを合わせる。


「……村正ー?」

「…………………………………」


 この野郎マジで視線合わせねぇ。


「悪かったって。ちょっと珍しいから気になっただけでさ。村正は天下一の名刀だって、俺もちゃんと知ってるよ」

「…………本当に、心からそう思ってるんじゃろうな?」

「ほんとだって。俺、今まで村正に嘘ついたこと……ああ、その、結構あるけどさ。うん。でもこれはマジ。何度も助けてもらったしな」


 それは、本当のことである。

 村正が名刀であることは、もはや疑うまでもない。

 鋭く煌く切っ先、妖しく輝く刃、蠱惑的な刃紋。

 振るえばワームの鱗を斬り裂き、オークが纏う魔法の鎧も真っ二つ。

 間違いなく、常軌を逸した大業物だ。

 本人は複雑だろうが、妖刀と称されるのもどこか納得するほどの美しさと切れ味を持つ天下の名刀――――それが、黄色の師匠たる村正である。

 そのように伝えれば、村正はようやく正面を向いて満足げに、そして誇らしげに笑った。


「……ふふん! 当然じゃ! なにせ儂は千子の真打にして、天下の剣豪たる木葉門左衛門の佩刀はいとうなのじゃからの!」


 調子のいい名刀であった。

 ……まぁ、機嫌が直ったのならよしとすべきか。

 苦笑気味に立ち上がれば、同じく苦笑する他の二人と目が合った。


「やれやれ。物言わぬ友が物言うようになるというのも、考えものだな」

「ああ、オレもスコフィールドがシャイだったことを神に感謝してたとこだ」

「他人事かお前ら」


 他人事であった。


「――――ともかく、オタクの事情は理解したよ。OK、OK、ご立派なことさ。だが……どうしたってそんなに無茶をする?」


 訝しむように訊ねたのは、エミリー。

 積み上がった木箱を背に寄りかかり、肘をついた体勢で碧眼をアルギリウスへと向ける。


「無茶、と?」

「無謀? 蛮勇? 好きな呼び方で結構だがね。後先考えずにノコノコ出てって捕まって、無駄死にだってわからないのかい?」

「お、おい。もうちょっと言い方ってのが……」

「事実だ。そうだろ? あのまま処刑で全てがおじゃん。正気じゃないか、狂ってるかのどっちかとしか思えないね」

「ふん……」


 半ば侮辱にも等しい、エミリーの問い。

 それを受けた赤毛の勇者は、いかめしい顔つきで鼻を鳴らした。


「――――理由を問われているのであれば、私は答えよう。私は正しい行いを望み、そのままに臨んでいる」


 青き瞳が、凛々しくエミリーを見据える。


「無駄死にではないかと問われたならば、私は答えよう。断じて否。真なる知性と理性から生まれた正しき行いは決して滅びることなく、民を導く灯火ともしびとなるだろう」


 右手を堂々と胸の高さに上げ、ゆっくりと指を握り込む。


「狂気に堕したかと問われたならば、私は三度みたび答えよう。にして否。私は常に理性と共にあり、しかし理性と狂気は表裏一体。冬のデルフォイをディオニュソスが治めるように、優れた理性は時に狂気にも似るものだ」


 そしてその拳は、アルギリウス自身の左胸――――心臓を軽く叩いた。


「怒りに任せて暴力を振るうことに、なんの意味があろうか。それでは獣と変わらんではないか。我々には知性があり、理性がある。であれば我々は人らしく理性に従い、対話によって事を成すべきではないか。暴力によって奪ったものは、やがて暴力によって奪われる運命さだめにあるのだから」


 ――――彼の瞳に、偽りの色は無かった。

 瞳の中では理想の炎が燃え、それが知性という鋼を鍛え上げていた。

 彼は心から理性を信じ、正義を信じ、戦っているのだと。

 言葉は雄弁に、瞳はさらに雄弁に、アルギリウスという男を語っていた。


「……筋金入りじゃのー」

「やっぱりあのまま処刑台に立たせといたほうが良かったんじゃないか?」

「いやいや、そういうわけにも」


 さて、この頑迷な男をどうやって説き伏せ、無謀を思いとどまらせるべきか――――




 ――――――――そう考えた瞬間、大きな衝撃と爆裂音が地下室に響いた。




「うぉッ――――――――!」


 みし、と音を立てて部屋が軋み、埃が舞う。

 音は上から。

 なにか大きな衝撃を受け、建物全体が揺れている。

 それが伝わっている。地下まで!

 思考を巡らす間に、村正が黄色の手を握った。再び、元の姿へ。

 素早くエミリーが扉を蹴破る。


「どうしたァッ!」


 怒号。

 扉の向こうではゲオルグたちも驚愕の様子を見せ、しかし次の瞬間には警戒と共に武器を手繰り寄せて。


「――――――――――――襲撃だ。迎え撃つッ!!」


 黄色たちは頷き合うと、素早く地上を目指した。




   ◆   ◆   ◆




 地上に出れば――――鼻をついたのは、酒の匂い。

 建物の壁が扉ごと派手に破壊され、崩れ去っている。

 当然店内の酒はグチャグチャで、散乱した中身がこの匂いの原因だった。

 立っているだけでクラクラしそうなほど濃密な匂いだ。酒に慣れていない黄色は、思わず袖で鼻を覆った。


 しかし、それどころでもない。わかっている。

 後続の邪魔にならないよう素早く前に出つつ周囲を確認。

 崩れた壁。

 倒れた棚。

 背後には小人ハーフリングの女性。受付にいた人。

 怪我でもしたか、肩を抑えている。

 眼前には兵士。

 鎧を着こみ、盾と剣で武装した兵が四名。

 壊れた壁の向こうから、盾を構えて中を伺っている。

 距離はそう遠くない。

 瓦礫と棚と酒瓶が散乱した足場ではひと跳びとは行かないが、それでも10mは無いだろう。

 広さはそれなり。

 刀を振り回すには十分だが、自在にとは行くまい。用心せねば。


「地下に潜んでいたか、ドブネズミども……」


 吐き捨てるように、兵が呟いた。

 黄色の後ろから他のメンバーが上がってくる。

 全員で戦う……とするには、手狭だろう。

 ちら、と視線を後ろに向けた。

 上がってきたゲオルグに焦点を合わせる。


「……キーロ。裏口がある。ここは退くぞ」


 怪我人もいる。無理はできない。


「わかりましたゲオルグさん。……俺が殿しんがりを務めます」


 ゆっくりと、黄色は村正を鞘から抜いた。

 鞘走りの音が静かに響き、白刃が妖しくその身を晒す。

 ぎらり、照り返す月光。

 既に陽は落ちていた。

 夜が来る。夜が来た。

 妖刀の煌きは、ひどく蠱惑的だった。


「いや、ここは俺らが……」

「俺、道わかんないんで。多分足手纏いになります」

「チッ……わかった。だが俺も残る。いいな?」

「了解。……ありがとうございます」

「ったくこのガキァ……エミリーはそっちの護衛を頼む」

「アイ、アイ」


 黄色に並ぶように、ゲオルグが隣に立った。

 小盾を掲げ、片手半剣を抜き放つ。

 腰を深く落とし、体を半身に。

 剣は胸の高さに。油断なく。歴戦を感じさせる構え。


「――――逃がすと思うか?」


 兵士たちもまた、腰を落とした。

 臨戦態勢。

 来るか。

 敵は訓練された兵士。

 掲げるは凧型盾カイト・シールド

 盾であり、壁であるもの。

 威圧感――――さて、やれるか。

 ワームを斬り、オークを斬った。

 だが、それは暴力との戦いであった。

 これなるは技との戦い。昇華された暴力との戦い。

 やれるか。

 いいや。

 否、否、否――――やるのだ。やらねば。何故ならば!


「――――――――逃がせなきゃあ、天下無敵を名乗る甲斐がねぇ……ッ!」


 いざやこの身は天下無双。

 天狗夜天流門弟、里見黄色。

 少年は仮面を被った。

 構えるは正眼。

 兵たちが盾を構えたまま、駆け出した。

 前に二人。遅れて二人。

 乱戦には狭いと判断したか。正しいのだろう。

 黄色たちの背では、他の仲間たちが急ぎ裏口から脱出を始めていた。

 そちらにも敵はいるのだろう。武運を祈る他ない。

 祈る他ないから、祈ったあとは思考から追い出した。

 思考を研ぎ澄ませろ。刃の如く。切っ先の如く。

 念ずること無く、想うこと無く。

 これ即ち無念無想。演じて見せろ剣身一体。

 兵たちが距離を詰めてくる。

 五歩、四歩、三歩。

 盾を構えたままの突撃チャージ

 侮るなかれ、鎧と盾の重量で押し潰されれば人は死ぬ。

 盾は壁だ。刃が通らぬ。

 避けては通れぬ。故の盾。

 さながら重機関車の如く、兵が瓦礫を蹴飛ばし駆けている。

 ならばどうする。このまま死ぬか。

 否、否、断じて否。

 それでは父に合わせる顔が無く、黄色は勝って帰らねばならぬ。

 いざ、いざ、いざ――――




「――――――――――――よく吼えた、少年ッ!!!」




 ――――――――そして黄色のすぐ脇から、紅蓮の炎が飛び出した。




 違う。炎ではない。

 それは頭髪で、それはアルギリウスだ。

 彼は砲弾の如く飛び出し、兵のひとりに打ちかかった。

 得物は? 無い。

 徒手である。銀腕が彼の得物である。

 構えた盾に、力一杯の右拳が叩きつけられた。

 激しい金属音。兵がよろめき、他の兵の動きも止まる。

 驚愕。それが見えた。

 そしてそれを待たず、アルギリウスは果敢に拳を振るう。

 左ジャブ。盾をさらに押し込んだ。

 右ジャブ。さらに押し込む。

 一歩踏み込み、腰が捻りを加える――――左フック。ボディブロー。

 盾の脇を抜け、それはしたたかに兵の腹部を捉えた。

 衝撃音。うめき声。

 同時に隣の兵が剣を突き出し、それを素早く銀腕で外に弾けば、紅蓮の砲弾は後ろへ飛び退いた。


 ぽかん、と黄色は呆気にとられた。ゲオルグも。

 二人の間に入るように飛び退いたアルギリウスは、銀腕をしっかと構える。

 左手は開いたまま突き出すように。右の拳は弓のように後ろへ引いて。


「――――圧政を暴力で滅ぼさんとするのは、獣の所業に他ならぬ」


 兵たちが数歩下がり、打たれた者を後ろに隊列を組み直す。

 撃破には至らぬ。それでも確かに打撃は与えている。


「しかし、しかしである。しかしである! 暴君が力で市民を押さえ付けようと言うのならば、良識ある市民は武器を手に取らねばならぬ! 勇気をもって立ち向かわねばならぬ! 友を、妻を、親を、子を、隣人を、神殿を守るために!」


 アルギリウスの言葉はどこか場違いに、しかし熱量と共に夜に溶けた。

 彼がひとこと喋るごとに、冬の夜が熱を帯びていくような錯覚すらあった。

 ギリ、とその銀拳が硬く握りしめられた。怒りと、勇気の音だった。


「我が弁舌は剣であり、我が拳は盾である。来るがいい、獣ども! 忌まわしき暴君の走狗よ! 我が名はデルフォイのアルギリウス! 破邪なるアポロンの名にかけて、今ここに盾を掲げる者であるッ!!」


 兵が僅かに怯み、それを押し殺すように吠えた。

 まるで、獣のようだった。


「……ほんと、気難しい人だな」


 改めて、黄色も刃を構える。ゲオルグも。

 そして今度こそ、兵たちは反逆者を捕らえるべく突撃を開始した。

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孝行息子になれない俺は~異世界召喚八犬伝~ 斧寺鮮魚 @siniuo

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