第十六話 さよならだけが人生で
「日に三十発のガンベルト、ねぇ……無限じゃねぇけど無限バンダナみてぇだな」
「なんだそりゃ」
「いやこっちの話」
「日に三十しか撃てんのか。不便じゃのう」
「三十もあれば十分だぜ? 戦争でも始めるんで無けりゃあな」
「……こないだは残り何発だったん?」
「三発」
「ギリギリじゃねーか」
「だが生きてる。ガブリエルサマの加護に文句付ける気はねぇよ」
「どうもこちらに火縄は無いようじゃし、必要には違いなかろうが……」
……あの後。
村に帰った黄色たちは、事情を説明すると歓声と感謝に包まれ……それはそれとして、急ぎ治療が行われた。
黄色は比較的軽傷と呼べる部類だったが、エミリオは相当酷かった。特に右腕が。バルたちもそれなりに負傷したらしい。黄色だって無傷というわけではない。無傷なのは村正ぐらい。誰も彼も、治療が必要だった。
そんなこんなで、数日―――――――
「だいたいそれ言ったらオタクらの方がどうかしてるぜ。若いツバメか?」
「それだったらもっとセクシーなねえちゃんに呼ばれたかっ痛ァ!?」
「たわけっ! 弟子じゃ弟子」
「……グーは酷いと思います師匠」
「弟子ねぇ……あんたが自分で戦うワケにはいかないのか」
「儂は剣じゃ。剣士ではないわい。……実際、切り結ぶのであればもう小童に儂を使わせた方が強かろう。概ねな」
「えっそうなの」
「気付いておらんかったか? 担い手の手の内に無い儂など切れ味半減よ。術理はともかく、
「半減でも十分そうだけどな……鉄斬れたぞ鉄」
「クク、鍛え方が違うわ。文字通りにの。お主の成長も無いとは言わぬが、あれは儂の切れ味あってこそ。ゆめゆめ驕るでないぞ」
「へーい」
「弘法筆を選ばずと言うが、ゆくゆくはお主も数打ちで斬鉄を成せるようになってもらわねばのう」
「オタク、ヘラクレスでも育てるつもりか?」
……今ではすっかり怪我も治って、こうして雑談に興じている。
最初は「回復魔法の効きが悪い」とかでひと悶着あったが、自然治癒力を高める魔法薬とやらを飲んで寝ればこれこの通り。……魔法への抵抗力も、必ずしもいいことばかりとは限らないらしい。怪我が
「そろそろ本格的に技も仕込んでゆかねばのう……」
「……お手柔らかに頼む」
「カンフー・マスターへの道は遠いな?」
「だからカンフー使うのは中国人だっつの」
エミリオ共々アンナに絶対安静を言いつけられ、暇を持て余して話してみれば、改めて打ち解けるのは早かった。
あの時の共闘で、何か絆のようなものが深まったのか。
あるいは単に、遠慮する気がなくなったのか。
……向こうは最初から遠慮なんて言葉は知らなさそうだったが、そういうこともあるのだろう。多分。
ともあれ、ともかく、なんにせよ。
数日たっぷり寝て――――二人の負傷は、すっかり治っていて。
絶対安静命令も解け、村人たちから感謝の言葉も貰い、物質的な礼も色々と受け取って。
「――――すっかり仲良くなったわね、みんな。ちょっと妬けちゃうわ」
「ん、おはようアンナ」
「ええおはよう! 今日もいい天気ね」
「ちと冷え込むがの」
「……仲良し? こいつらと? オレが? ハ、冗談キツいぜお嬢さん」
「あら、私の勘違い? ならエミリオさんのご飯は後ね。嫌いな人とご飯を食べたって、おいしくないでしょう?」
「…………オーライ、負けたよ」
「ふふ……それじゃあご飯ができたから、下で待ってるわね」
「ああ、ありがとな」
――――――――――――――――今日は、この村から旅立つ日だ。
◆ ◆ ◆
「……ふぅ、ごちそうさま」
「お粗末様でした。ふふ、本当によく食べるのね、キーロは」
「いやいや、アンナの料理がうまいからだよ」
朝食を終える。
今日の朝食は、いわゆるお粥だった。
決して濃い味ではなかったが、優しい味がした。
「それで――――みんなは、一緒に行くのよね?」
食後の片付けをしながら、切り出したのはアンナだった。
「…………ああ、まぁな」
「それこそ、どういう心境の変化かしら。キーロたちと一緒に行く義理は無い、って言いそうなものなのに」
「こいつらには借りができてね」
エミリオは、黄色たちと行動を共にするつもりのようだった。
あの戦いの助太刀を彼女は“借り”と捉え、少なくともそれを返すまでは一緒に旅をしてくれるらしい。
義理堅い奴だ、と黄色は思う。
その視線は、自然と彼女の左手に向けられた。その下にある、『義』の文様に。
「それに、元々宛てがある旅ってわけでもない。こいつらに付き合いながら、またバーボンでも探すさ」
「……あんのか?」
「あるかも知れない。それでいいだろ?」
肩を竦め、彼女は笑った。
アウトローらしい、シニカルな態度だった。
「そっか。……キーロ。女の子と一緒だからって、変な気を起こしたらダメよ?」
「……もし変な気を起こしたらその日が俺の命日だよ」
「お、よくわかっとるの」
「賢い仲間で安心したぜ」
「やっぱもっとセクシーなおねえさんとかがよかった……」
「たわけ」
アンナはもう、エミリオの性別を知っていた。
治療の際、服を脱がしたからだ。右腕の傷は深く、服を着たままでの治療は難しかった。
そのことについて、エミリオが文句を言うことは無かった。
ただ、他の奴らには内緒にしておいてくれ、と言っただけだった。
「さて、荷物はちゃんとまとめた?」
「多分」
「そこはきっちり答えぬか。情けない」
「いやだって、来るときは手ぶらだったんだぜ!?」
「それでよく生き延びたもんだ。いや素直に感心するよ」
「俺もそう思う」
なんてことなど無い風に、言葉を交わしていく。
雑談。これからのこと。今の事。
……この別れが、きっと永遠のものになるだろうということを、誰もがわかっていた。
わかっていたが、口には出さなかった。
別に死ぬわけじゃない。
ただ、もう来ないだけ。
……魔王を倒す旅路。
そこでたまたま立ち寄った、のどかな農村。
また来る機会があるかと言えば……きっと、無いのだろう。
魔王を倒せば黄色は元の世界に帰り、もしも負ければそこで死んで終わり。
そうでなくとも――――旅人との別れなんて、だいたいそんなものだ。
一期一会。
袖振り合って、それでおしまい。
エミリオはよくわかっているのだろう。きっと村正も。
黄色もなんとなくわかっていた。
アンナも……彼女は聡いから、どこかで理解しているようだった。
荷物の確認をする。
……手ぶらでこの村に来たのに、出る時はたくさんの荷物を貰った。
旅に必要な道具を、村のみんなが集めてくれたのだ。
村を救ってくれた礼だと言って、惜しみなく。
…………いい村だな、と思った。
ようやく、心の底からそう思えた。
バルたちに謝る男たちがいて、それを笑って許すバルたちがいて。
柵や家を修繕する人々がいて、通りがかれば笑いかけてくれて。
これがこの村の本来の姿で――――魔王軍が、それを歪めていて。
だからやっぱり魔王は倒さねばならないのだと、黄色は強く決意した。
背負う荷物の重さは、決意の重さだった。
「……荷物、ちゃんとまとまった?」
「ああ。全部ちゃんとあった。忘れたら大変だしな」
「ふふ、ほんとね。ええと、行き先は……」
「ここから西に行くとそれなりに大きな街がある、って聞いてね。とりあえずそこだな」
「……らしい。俺地理関係全然わかんねぇんだけども」
「万が一はぐれたら終わりじゃの」
「縁起でも無いからやめろ!」
出立の準備が着々と進んでいく。
数日――――たった数日世話になった部屋とベッドに別れを告げた。
この世界に来てから、初めてのちゃんとした寝床だった。
それがとても嬉しかったのを、覚えている。
食卓を通り過ぎる。
ここで出される食事はいつも美味しくて、いつもおかわりをしてしまった。
少しは遠慮した方が良かったのかもしれないが、アンナは笑っておかわりを用意してくれた。
それがとても嬉しかったのを、覚えている。
そうしてアンナの家を出て、荷物を馬に乗せた。
馬の名前はパルツィヴァル。
村人たちが、旅立つ黄色たちにくれた一番の贈り物。
赤茶色の毛並みを持つ、立派な馬だった。
賊の襲撃で家畜の数が減ったはずでは、と言えば――――だからこその礼なのだと、彼らは笑った。
全てを失わなかったことに対する、感謝。
……嬉しかった。
どれもこれも――――嬉しかった。心の底から。
「オ、丁度よかッタ。今行くとこカ?」
「バルさん! ボルさん! ガルさん! 見送りはいいって言ったのに!」
「カカカ! ンな水クセェこと言うナよナ!」
「一緒に連中ブッ殺した仲だロ?」
ゴブリンの木こりたちが見送りに来ていた。
村人たちには、見送りはいいと伝えてあったのだが……病み上がりで仕事を控えていて、暇なのだと彼らは笑った。
嘘で、方便に違いない。
……でもそれは、心地よい方便だった。
「オタクら、元気なのはいいが調子に乗って無茶するなよ?」
「カカカ! そいつぁ約束できネぇナ!」
「まーその思慮があればこの怪我もしていなかろうの」
「ふふ。その辺りは、私がちゃあんと見張っておきますから。魔法も万能じゃないんですから、気を付けてくださいね!」
「嬢ちゃンに言わレちゃしょウがねぇナぁ」
会話をかわしながら、着々と出立の準備は進んでいく。
……荷物は決して多くない。
三人旅だ。
馬の積載容量にもまだまだ余裕がありそうなぐらい。
……終わる。
もう――――――――――――旅立つ時だ。
「……ねぇ、キーロ」
自然と口数が減り、その中で控えめに切り出したのはアンナだった。
「これ、受け取ってほしいの」
「これは……」
差し出されたのは、シンプルなペンダント。
革紐の先についているのは――――削り出した、動物の骨?
複雑な文様が刻み込まれており……ああ、そうか。
「ワームの牙で作ったの。キーロが倒したって言う、ヴァインヴァレイ・ワームの牙で」
これは、牙で作った護符だ。
魔法の文様が刻まれた護符。
魔物の骨を使った護符。
アンナの隣で、バルたちがしたり顔で笑っていた。
どうも先日の戦いの折、ちゃっかり牙を剥いでいたらしい。
「キーロたちには魔法がうまく効かないから、気休め程度かもしれないけど……酒宴神様の加護があなたにありますように。彼の神の奔放さと勇敢さが、あなたの旅の助けになりますように、って」
「……ありがとう。大切にするよ」
「そうしてくれると嬉しいわ。はい、ムラマサちゃんにも」
「……ん、すまんの」
村正にも、同じものが手渡される。
早速首から提げてみる。
……酒宴神の加護とやらがあるのかはよくわからなかったが……少なくとも、暖かな気持ちにはなれた。
思えば、彼女からは貰ってばかりだ。
黄色は彼女に、何か返すことはできたのだろうか?
……わからない。
できたのだと思いたい。
あるいは――――できるのだと思いたい。世界を脅かす、魔王を討つことで。
「それから、エミリオさんにはこれ」
そしてエミリオに差し出されたのは、一組のイヤリングだった。
透き通った茶褐色の、硬質な輝きの耳飾り。
……あれは多分、ワームの鱗を加工したイヤリングだ。
「……よくできてる。オレよりお前の方が似合うんじゃないか?」
「ふふ、お上手ですこと。……でも、これはあなたにつけてもらいたいの。自由なあなたは、きっと自由な酒宴神様に気に入られるだろうから」
「…………ふぅん」
エミリオは、それを受け取らなかった。
ポンチョの中に両手を隠したまま、アンナと視線を合わせる。
二人の視線が交差する。
いつまでそうしていたか――――数分はそうしていたか、それとも一瞬だったか。
「酒宴神サマとやらには興味は無いが――――まぁ、つけてりゃバーボンも見つかるかもしれないな」
ニッ、と牙を剥き、アウトローは笑った。
笑って、差し出されたイヤリングを受け取った。
アンナがほっと胸を撫で降ろし、穏やかに笑い返した。
……けれどその手をエミリオが取り、何かを握り込ませる。
「――――――――けど、二つもつけて気に入られ過ぎても面白くない。片方はあんたに返しとく」
それは、イヤリングの片割れだった。
あっ、とアンナが何か言う前にするりと手を放せば、もう片方のイヤリングをつまんで揺らす。
「……キザな奴」
「女泣かせじゃの」
「妬くなよ。照れるだろ」
エミリオは一歩、二歩とアンナから離れながら、右耳にイヤリングをつけた。
それが妙に様になっていて、それが妙に似合っていて、黄色は一瞬ドキッとしたが――――それはノイズだろう。
後ろでは呆気にとられた顔のアンナが、一拍遅れてクスクスと笑っていた。
その手には、しっかりとイヤリングを握っていた。
「さ――――――――――――じゃあ、行こうぜカウボーイ」
馬の手綱を引いて、エミリオがそう言った。
荷物を載せるための馬だから、背に乗るわけではない。
手綱を引いて、先導してやるのだ。
「……カウボーイはお前だろ」
呆れ顔でそうツッコんでから、もう一度アンナたちを見る。
「……世話になった。飯も、ベッドも、それ以外も……ほんとに色々と」
「ううん、いいの。私がしたくてしたことだもの」
「だからこそ、だよ。……ありがとうな、アンナ。この村のこと、忘れないから」
黄色はペンダントを握りしめた。
この村の思い出は、きっと色あせることは無いだろう。
「バルさんたちも。……ほんとに、助かった」
「ヨせヨせ!」
「元気でナ、コゾウ!」
「こっちこソ助けラれタ! ありがとウよ!」
バルたちと別れをかわす。
陽気で善良な、小さな隣人たちと。
「…………それじゃあ」
黄色は少し、泣きそうになった。
けれど、悲しい別れにしたくはなかったから、堪えた。
グッと堪えて、明るく笑い飛ばす。
「――――――――達者で!」
「――――――――達者での」
「――――――――……ああ、達者でな」
三人の犬士は別れを告げて――――ヴァインヴァレイに、背を向けた。
アンナが大きく手を振った。
バルも、ボルも、ガルも。
他の村人たちも、黄色たちに気付けばそうした。
――――――――――――黄色たちが守った、穏やかな村の姿だった。
◆ ◆ ◆
「……良かったのかい?」
黄色たちが、村を去った後。
広くなった家の中で、父は家事をする娘の背に問いかけた。
「良かったって……何が?」
「……わかっているだろう。別に、エミリオくんたちについていっても良かったんだよ?」
なにも、こんな小さな村で一生を終える義務は無い――――
……別れが悲しいのなら、別れずに一緒に旅に出たって良かったのだ。
父はそう思っていた。
娘が愛おしいからこそ、そう思っていた。
そうするべきだとすら思っていて、けれど娘は旅に出ることはなかった。
「うん……うん、そうね。みんなと一緒に冒険をするのも、きっと楽しかったんでしょうけど」
アンナは家事の手を止め、背を向けたまま答えた。
「けれど――――私がいなくなったら、誰がこの村の怪我人に癒しの魔法を使うの? 迷子になった家畜を探すのは? 私以外に、誰が魔法を使えるのかしら?」
「それは…………」
……それは、そうだ。
アンナは魔術師。偉大な祖母の、二番弟子。
病弱故に亡くなってしまった一番弟子……彼女の母に代わって、この村で唯一魔法を操る者。
村における立場は大きく、強く、彼女がいなくなっても何も困らない、とは言い難い。
……けれど、それでも、だからこそ。
「……アンナ。お前は別に、この村に縛られなくたっていいんだよ。魔法使いなら、隣村を頼ればいい。それに、魔法薬を買えば怪我を癒すこともできるし、家畜だってやがては見つけられるさ」
だからこそ、娘は彼らと旅に出るべきだと父は思った。
この村に縛られて一生を終える義務なんて、娘には無いのだ。
そんなものがあるとしたら、それは無くなってしかるべきだ。
そう思って、父は問うた。
娘はそこで、ようやく振り返った。
「勘違いしないで、お父さん。確かにみんなと旅がしたくなかったって言ったら、嘘になるけれど」
花のような、けれど穏やかな笑みを浮かべて、彼女は振り返った。
「――――私、この村が好きよ。だから私はこれでいいの。それに……」
小さく開いた窓から、ぴゅうと冬の風が吹き込んだ。
風は少女の亜麻色の髪を掬い上げ――――――――その左耳で、茶褐色のイヤリングが小さく揺れた。
「――――――――――――お別れだけが、お別れじゃないもの。でしょう?」
――――『義』の章、閉幕。次章へ続く。
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