第六話 里見黄色の芸術論
それからまた、いくらかの時間が経った。
二週間か、三週間か、それぐらいの時間は経っただろうか。
狼肉も食い尽くし、また芋虫を食う生活に戻ったが……それでも、精神的負荷はいくらか軽減されていた。
慣れや心境の変化もあるのだろう。が、それ以上に修行のパターンに変化ができたのが大きい。と言っても基本ルーチンは変わらず、構えの種類が増えたのと、素振りを黄色自身に任されるようになったこと、素振りも太刀筋の種類が増えたこと。それぐらいだ。
だが、着実に強くなっている実感があった。
あの時狼を打破した経験は、やはり大きかったのだろう。達成感というか、確かな結果があると修行にも身が入る。もちろんキツいものはキツいので、時折脱走してはボコボコにされていたが。
「……一通りの基礎的な型、立ち回り、体作り……」
「んあ?」
「ま、どうにか仕上がったかのう」
昼食の芋虫にかぶりつきながら(もう慣れた)、黄色はきょとんとした顔を村正に向けた。
「なんの話だよ」
「いやさ、そろそろ刻限も近いと思うてな」
「ああ……そっか。確かに最近、冷えてきたよな」
こちらの世界に来てから、かれこれ一ヶ月以上は経過するだろうか。冷たい風が、ぴゅうと洞窟に吹き込んだ。
来た時の厳密な暦はわからないが、恐らくは秋の中頃から始まり……もうじき冬が訪れようとしているのがわかる。最初に決めた、森を抜ける刻限だ。これ以上の滞在は命に関わる危険性が高い。凍死する。
「……行くのか?」
「んー……じゃな。行くなら早い方がよかろ」
「いよいよか……」
「感慨深いか?」
「へっ! せいせいするよ。二度と芋虫なんか食いたくねぇし、暖かい布団で寝たいし、ちゃんとした風呂とか入りたいし、とにかくうまい飯が食いてえ」
「クク、
思えばこの一ヶ月と少し、ひたすら村正と過酷な修行をするだけの日々だった。
およそろくな日々では無かったが……それでもこの世界で最初の拠点だと思うと、このなんの変哲もない洞窟にも不思議な愛着が湧いた。
終わるのだ。
この修行の日々が。
一時も欠かさず薪をくべていた焚き火に、ワイン瓶に貯めた水をかけて火を消した。
無事に森を抜けられるかはともかくとしても……もう二度と、ここに帰ってくることはないだろう。
魔王を倒すための冒険が、ようやく始まろうとしていた。
「言うておくが」
村正が、その細く長い指を黄色に突き付ける。
「儂がお主を動かせるのは一度きりじゃ。甘えるなよ」
「……わかってるよ。自分のことだしな」
最近、何度か試した。
体の主導権を村正に明け渡し、絶技を振るう――――今なら、一度目は耐えられた。
多少の苦痛が骨肉を
だが二度目は耐えられなかった。
苦痛に耐え兼ね、膝をついた。
意識を失わないだけ上等だったが、実戦では使えないだろう。
もちろん、危険な生物に一度も会うことなく森を抜ける可能性はあるのだが、それでも留意しておくべき問題だ。
……森を抜けたあと、永遠に戦わずにいることはできないのだし。
「……………………」
「……怖じ気付いたかの?」
「まぁ……ちょっとな。緊張してる。本番前みたいだ」
実際には、その比ではない。
命がかかっているのだ。芝居と比べられるはずもないだろう。舞台で人は死なない。それでも、黄色の中で比するに値するものはそれだった。
"役を演じる"という行為は――――言わば異なる人間になる、ということだ。
例えば、許されぬ恋に身を焦がす貴族の青年。
例えば、予言に踊らされた無敵の将軍。
例えば、復讐のために狂人を装う王子。
それとも逆に、暗い復讐の嵐を鎮める王子にだって。
例えば、例えば、例えば。
遥か西を目指して旅する猿の王にも、王位を取り戻すためにハイエナと戦う百獣の王にだってなれるだろう。
その役を演じきるだけの実力と、覚悟さえあるのなら。
覚悟――――そう、覚悟だ。
演じるということは、生まれ変わるということだ。
仮面を被れば、なんだってできる。
だからこそ、仮面を被る直前はいつも酷く緊張した。
もしも演じきれなかったら、役にも、観客にも、作家にも、仲間たちにも悪いような気がしたから。その恐怖を捩じ伏せる覚悟が、どうしても必要だった。
……最後はいつも、観客席にいる父や姉の姿が勇気をくれたっけ。
「安心せい。あの熊程度であれば、今のお主の敵ではないわい!」
「……ありがとな」
「よせよせ、こそばゆい」
くつくつと、村正が笑った。
父も姉も、この世界のどこにもいない。
ただこの世界では、この小さな師匠が勇気をくれるらしい。
つられるように、黄色も少しだけ口角を持ち上げ、笑った。
しばらくそうして……ふと、顔を見合わせる。
――――――――――――行くか。
その言葉は発せられないまま、二人の間で共有された。
小さな師匠は手をさしのべ、黄色はしっかとその手をとった。
次の瞬間には、ひと振りの刀がその手に収まる。多少グラつくが、ベルトに下げ緒を巻いて固定する。
……街についたら、村正を
そんなことを考えながら、黄色は森へと足を踏み出した。
この森から、出るために。
ぴゅう、と。
冷たい風が、森を駆けて行った。
◆ ◆ ◆
そのまましばらく、黄色は川沿いに上流に向けて歩いていく。上流に人里があることはわかっていたから、当然の流れだ。
時折
「街についたら、まずは路銀を調達しないとな」
「そのために狼の皮を剥いでおいたじゃろうが」
「……どれぐらい価値があるかわかんねぇからなぁ」
「二束三文とはいかんと思うがのう。流石にこればかりはわからんわい」
「頼りねぇなぁ……」
「なんじゃとぅ!
「あー! わーったわーった! 悪かったよ!」
「まったく、そもそも誰が狼の毛皮を剥いでやったと思っておるのじゃ」
「や、まぁ、実際その辺は感謝してるよ」
「ふん、わかればええわい」
懸念していたような問題は、ここまで特に発生していなかった。
つまり、熊や狼などの猛獣と遭遇することは無かったということだ。運が良いのか、あるいはいよいよ冬も近いということで既に冬眠に入ったか、ここらの食料を食い尽くしたので別の餌場に向かったのか。
いずれにせよ好都合だ。危険は少ないに越したことはない。
……が、別の問題にぶち当たる。
「……しまったな」
「崖か……」
水は低きに流れる――――ある偉大な儒学者は人が安易な道を選びたがることをこれになぞらえたが、さてその通り水は低きに流れる。当然の世の摂理だ。アイザック・ニュートンの発見を引き合いに出すまでもなく、世界は重力という法則が支配している。異世界であれ、その事実は変わらない。
ということは、上流を目指すという行動は自然と高きを目指すことを意味し……このような崖に直面することも、自然なことと言えた。
見上げれば、50m以上はあろうかという高さ。滝がざあざあと勢いよく崖を滑り、水面に飲まれてまた低きへ流れていく。それは大自然が生み出した壮大にして荘厳なる美の一端には違いなかったが、この場合には行く手を遮る障害でしかない。
「よし小童、登れ」
「できるわけねーだろっ!」
繰り返すが、崖は50m以上はあった。
「……やはり無理か?」
「ここしばらく素振りはいくらでもしたけど、崖登りはやったことねぇなぁ」
「やはり無理か……」
流石に村正も無茶ぶりだと理解しているのか、無理にやらせることはなかった。
あるいはいつまで続くかわからない旅路で、無暗に消耗させることを嫌ったのかも知れないが、どちらにせよ黄色としてはありがたい。下手をすれば……というか普通に考えて、素人が道具も無しに登っていい高さではない。
「……迂回するか」
「それしかないのう」
崖沿いに進めば、どこかで登れそうな場所に行き着くだろう。
もし見つからなければ……その時はまた改めて対策を考えるしかあるまい。
本音を言えば、見晴らしのいい川沿いから離れるのは不安が伴う。ここなら敵性生物の存在にいち早く気付けるし、刀も存分に振るえるからだ。
……だが、他に道はない。
高まる緊張を、深呼吸でほぐしつつ……黄色は崖沿いに、川辺を離れて森へと入っていく。
静かな森だ。
少し、不気味なぐらいに。
「……妙じゃな」
「……静かすぎるって?」
「うむ……じきに冬とはいえ、雪が降ったわけでもなし。冬ごもりをせん獣もおるはずであろうに……鳥の鳴き声ひとつせんではないか」
「そういう森なのかも」
「本当にそう思うか?」
「いや全然。嫌な予感を紛らわせたかっただけ」
「たわけ」
冗談めかした苦笑は、少し引き攣っていただろうか。
奇妙な静けさのせいか、鼓動の音がいやに大きく聞こえた。
村正の言う通り、この静けさは異様だった。
おかしい。確実に。
右手で崖を撫ぜながら、視線を周囲に巡らせる。
森の中に獣の気配を感じることは、やはりどうしてもできなかった。
「これなら、熊が出てきてくれた方が気が楽なんだけどな……」
……そうぼやいたのがいけなかったのだろうか。
――――――――ズン、と響く地鳴りの音。
近い。いや遠い?
どこだ。
村正の柄に手をやりながら周囲を見渡し、しかし違うと確信する。
違う。
右ではない。左でもない。
もう一度、地鳴り。
大きい。近くはない。遠くもない。
「小童! 下がれ!」
村正の指示が飛んだのと、黄色が崖から離れて森の中へと飛び込んだのはほとんど同時だった。
音の出どころはは右でもなく、左でもなかった。
なら、どこから?
決まっている。上からだ。
ガラガラと何かが崩れる音。
少し遅れて巨大ななにかが崖の上から落ちてくるのを、黄色は森の茂みの中から見た。
巨体。鮮血。うめき声はなかった。
……熊だった。
脇の下に傷跡がある。
あの時、こちらの世界に来た日に出会った熊で間違いない。
それが死んでいる。
崖の上で何者かと交戦し、突き落とされて死んだのだ。
つぅ、と黄色の頬を冷や汗が伝っていった。
熊――――常識的に考えれば、森の中で最強の動物。
それを打破している。
同等以上の力を持つ存在がいるのは間違いない。
熊か、猪だろうか。
そうあってほしい。
……ああ、だが。
そうあってほしいということは、そうでない可能性を理解しているということだ。
「――――来るぞ。頭を下げろ」
言われるがまま、頭を下げて茂みに身を隠す。
崖の上から、何かが降りてくる。
岩壁を伝い、流れるように。
“それ”を見た時、黄色が叫び声をあげなかったのはほとんど奇跡と言ってよかった。
……それは大きく、長く、つまりは長大であった。
その頭部だけで、軽自動車程度の大きさはあるだろうか。
そこから後ろへと、長い長い胴が続いている。尾の先までは何メートルあるのだろう。
トカゲとも鳥ともつかない頭部の、嘴にも似た口からは、二股に裂けた舌がチロチロと顔を覗かせている。
もしもその長大な胴だけを見たら、倒木の類だと勘違いするだろうか。
その全身は土色の鱗に覆われ、身をよじらせながら崖下を這いずっている。
「……
声を潜め、村正が吐き捨てた。
蛇――――蛇、なのだろう。
あまりに巨大な、蛇の怪物。
だが、黄色の知る知識の中でその怪物の名を呼ぶのであれば、大蛇というのは少し違う。
大地を這う、蛇であり竜である怪物。
時に毒を吐き、時に火を吹き、時に世界を喰らう大地虫。
伝承に曰く、北欧の竜殺しが退治した悪竜もそうなのだという。
呪われた黄金を守り、その血を浴びれば不死となる悪竜の名は、そうなのだという。
流れる時の中でその意味を変質させた、翼を持たぬ竜の名前。
「――――――――――――――――――――ワーム……!」
今日では虫の名となった怪物が今、目の前に。
怪物……ワームは熊の死体を中心にとぐろを巻き、大きく口を開けてゆっくりと熊を飲みこみ始めた。……熊を倒し、勝者として敗者を喰らっているわけだ。丸のみにしている辺り、生態としては実際蛇に近いのだろう。
黄色たちこの異世界でおよそ一ヶ月以上は過ごしてきたが、今まで遭遇した動物はほとんどが地球に住む動物の範疇だった。せいぜいがやたら巨大な芋虫程度のもので、それですらジャングルの奥地にいないとは言い切れない程度だ。
つまり、初めてなのだ。
こんな、あまりにも具体的な怪物を目の当たりにしたのは。
気付けば黄色は奥歯を強く噛みしめていた。
叫び出しそうになるのを、無意識で必死に堪えていた。
巨大である、というのはシンプルな脅威だ。
慮外である、というのは単純な恐怖だ。
神話や伝説の中でしか見たことのない怪物を前に、生存本能が警鐘を鳴らす。
「――――退くか」
短く、村正が提案した。
それは理想的な案に思えた。
緩慢に熊を飲みこむあの怪物に、刀ひとつで立ち向かえるとは思えない。
思えない。
……思えないが、しかし。
「……無理だろ」
逃げるのは多分、もっと難しかった。
だって、気付かれてしまう。
茂みの中に身を隠している今はともかく、茂みから出れば……絶対に。音もなくここから立ち去る技術なんて、里見黄色は持ち合わせていないのだ。音で気付かれるし、姿で気付かれるだろう。
ジッと待っていればやり過ごせるか?
……どうにもそれも、分の悪い賭けに思えてならない。
「たわけっ。
「…………なら、いつまでだ?」
「なに?」
「いつまで修行すればあれに勝てるんだ? あれがこの世界で一番強いってわけじゃないと思うぜ、俺は」
「それは……」
「遅かれ早かれだろ。蛇、目と鼻が利くらしいからいつまで隠れられるかもわかんねぇし」
動物図鑑か何かで読んだことがあるが、蛇にはピット器官という熱源探知能力と、ヤコブソン器官という発達嗅覚が存在するのだそうな。もしかすると、既にあのワームはこちらに気付いているのかもしれない。その生態が本当に蛇に近いのなら、だが。……無視できる可能性ではないだろう。背を向けた瞬間、飛び掛かってきて丸のみ……という末路だってありえるのだ。
だいたい逃げ切ったとして、それでどうする?
もう刻限だ。これ以上この森にいることはできないし、あのワーム以上の脅威が今後出てこない保証がどこにある?
どうせ最後は魔王を倒さなくてはならないのだ。いつまでも逃げ続けて、それが可能なのか?
……やるしかない。やるしかないのだ。
胸の中でそう呟いて、村正の柄を強く握る。
「……いや、駄目じゃ。駄目じゃ駄目じゃ駄目じゃ! 死ぬぞ小童!」
「もう何度も死んでるだろ。夢の中でだけど」
「たわけ! 死んだら……死んだらおしまいなのじゃぞ! 剣士でもあるまいに、なにを悟ったようなことを!」
「剣ならもう、握ってる」
「っ、たわけ!」
ワームに気付かれないように、小さな声で口論する。
村正の泣きそうな声。
バクバクと高鳴る、黄色の鼓動。
覚悟を決めたような物言いこそしているが、その実これだ。思わず笑いも込み上げた。死にたくない。逃げ出したい。けれど。
「……木葉門左衛門なら、勝てると思うか?」
「――――……当然じゃ。主様は、主様の天狗夜天流は、あのような畜生に遅れなど取らん。しかし」
「ほら、やっぱりやるしかねぇ」
嫌だ。怖い。勝てるわけがない。
次々と湧き上がる感情を押し殺す。あふれ出す。押し殺せ。
震える手で、強く強く村正の柄を握る。
どうせ逃げ切れやしないのだ。
覚悟を決めろ。やるしかない。
「天下無敵の剣術の門弟が、蛇相手に尻尾巻いて逃げ出した……ってわけにはいかないだろ」
「分を弁えろと言うておるのじゃ! ここで死んでなんになる!」
「俺は死なねぇよ。家で父さんが待ってる」
「なら!」
「――――――――俺はさ、村正」
村正の声を遮る。
彼女の声は酷く悲痛で……それが不思議と、黄色に勇気を与えた。
負けられない、と強く思った。
暖かな炎が、胸の奥で灯ったように感じた。
「感謝してるんだ。お前に。修業はメチャクチャ厳しいけど、色々鍛えてくれたし……俺がここにいるのも、元はと言えばお前が俺を呼んだからだし。いやまぁ、俺個人を呼んだわけじゃないのはわかってるけど」
村正がいなければ――――村正が神に凡人を望まなければ、里見黄色はここにはいない。
永遠に家に帰る機会を手にすることはなく、ただの親不孝者として人生を終えていたはずだ。
彼女はチャンスをくれたのだ。それが彼女の意図するものでなかったとしても。
「急に何を……」
「最強なんだろ。天狗夜天流。……まだよくわかんないけどさ。世に知らしめるんだろ。無敵の剣豪が編み出した、最強の剣術なんだって」
恐怖は消えない。
死への恐怖は次から次へとあふれ出て、けれど手足の震えは止まった。
それより大事なものがある、と思った。
ただ、燃える様な使命感だけが、今の黄色を突き動かしていた。
「いい武勇伝になるぜ。巨大なワームを倒した剣術!」
「駄目じゃ……駄目じゃ小童。死ぬな。死なんでくれ。儂を置いていかんでくれ。黄色。嫌じゃ。儂はもう、置いていかるのはたくさんじゃ」
大丈夫だ、と言ってやりたかった。
説得力が無いのはわかっていたから、そう言ってやることはできなかったけれど。
安心させてやりたかった。笑っていて欲しかった。
恩人である彼女が悲しげに泣き出すのは、どうにも耐え難かった。
「……映画で見たんだ。最高の芸術ってのは、人を幸せにすることなんだと」
だから、「大丈夫」と言う代わりに笑って見せた。
仮面を被る。演じてみせろ。
天下無敵の剣術の、その門弟であるのなら。
負けることなどありえはしないと、分不相応に言ってみろ。
敵は怪物。手には妖刀。振るう術理は天下無双。
「せめて一緒に旅する恩人ぐらいは、笑顔でいて欲しいんだ。芸術家の端くれとしては、さ」
夢を見た。
役者として、数多の観客を笑顔にする夢を。
自分が芝居をして、それでみんなが喜んで、そのみんなの中には当然父と姉がいて。
いつだか、そんな夢を見た。
……その夢は、今だって消えていない。
「俺は死なねぇよ、師匠。勝って、家に帰るんだ」
茂みをかき分け、黄色は一歩踏み出した。
その音に反応して、熊をすっかり飲みこんだワームが視線をこちらに向ける。
正面から見ると、思っていたより怖かった。
明確に死が形になったような、そんな印象だった。
けれど、けれど黄色はもう一歩踏み出した。
静かに抜刀し、構えを取る。正眼。この一ヶ月で、すっかり体が覚えた構え。
息を吐き、吸う。
切っ先はピクリともブレなかった。
「……本当の本当に、大馬鹿者じゃ、お主は」
呆れたような、泣き出しそうな、けれどどこか穏やかな声で、村正がそう言った。
「かもな。今結構後悔してる。……でも、そうじゃない」
今、自分の被っている仮面はそうじゃない。
大馬鹿者でもないし、ただの高校生でもない。胸を張る。胸を張って、ああ、そうだ、今の名は。
「――――――――――――天狗夜天流門弟、里見黄色。いざ、推して参るッ!」
応じるようにワームが甲高く咆哮し――――戦いが始まった。
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